第274話
「貴方たち全員、『ラックが、あの人が連れて帰ることを決めた人間』ですって?」
ミシュラは大人しく身柄を拘束された状態になっている、ラックの姿そのままの大人三人と、三歳から四歳くらいと思われるラックの子供時代を想起させる容姿を持つ子供への尋問を開始し、開口一番の想定外な返答に驚きを隠せなかった。
何故このような事態に陥ったのか?
事案発生時を含めて、十数分前からの推移を時系列的に辿るのならば、それは後述のようになる。
ラックの寝室から突如響き渡った子供の泣き叫ぶ声に、トランザ村のラックの本邸内は騒然となった。
ラックの直臣の女性たちが、各々の武器を手にしてその寝室へと駆けつけるまでに要した時間は、一分にも満たない。
ラックの本邸に交代制で常時詰めている、警備と使用人の役割を同時に担っている彼女たちの練度は非常に高かった。
使用されなくなって十六日が経つ寝室で発見された侵入者は、外見だけなら二つのゴーズ家を統べる男と瓜二つであった。
しかし、そのような大人が三人もいたことで、少なくとも二名は偽者であることが駆けつけた女性たちには嫌でも理解させられる。
まして、それをそのまま幼子にしたような容姿を持つ子供までいるのだから「何をかいわんや」となるのは道理であろう。
ミシュラたちにとっての侵入者でもあり、珍客でもあるライラたち四人。
四人は、全員が指先から出血を伴う負傷をしていた。
そして、魔道具の銃を向けられていても、その現状に何ら怯える様子を見せることもない。
それが危険な武器であることを知らないのだから、怯えないのは当然の反応ではあるのだが。
但し、身体が男性化しているライラたちはライラたちで困惑している。
一緒に送還されたはずの、一瞬前までは指先が繋がって一体化していたラックの姿だけが周囲のどこにも確認できないのだから。
「ここはラックの故郷、彼がキチヤ王国へ召喚される前にいた世界で良いのよね? 確か、『ファーミレス王国』って言っていた気がするのだけれど。ラックはどこよ? 貴女たち、ラックをどこへやったの?」
異世界人としては、真っ先に完全な困惑状態から抜け出し、精神面で多少持ち直したライラ。
彼女は、姿が見えないラックの所在と現状の場所を、眼前の見知らぬ女性たちに問うた。
ちなみに、この時のライラは確認事項として間違った国名を語ってしまっているのだが、それは彼女が間違って記憶していただけで、ラックはちゃんと正しい名称を教えている。
もっとも、雑談中に一度聞いただけの国名を、「一音違い」とは言え記憶していたのだから「ライラが責められるような話」ではないのだけれど。
「ここは『ファーミルス王国』だ。私たちはラック様のことについて、口外するのを禁止されている。それはそれとして、お前たちは何者だ? ここへは、どうやって入った? 何故ラック様の姿に扮しているのだ? 暴れる気はなさそうに見えるから、大人しく拘束されてくれないだろうか? そうすれば、邸内の全てに権限を持つミシュラ様の判断に後事を委ねることができるからな」
ラックが消息不明となっている事実は、公にされていない。
現状ではミシュラの指示に従うしかない館の使用人兼警備員としては、言えないことをそう伝えるしかなかった。
付け加えると、ラックの生き写し状態の姿形や声を持つ存在に対して、不審には思っていても、問答無用で安易に暴力的な手段を用いる対応をするのは憚られたのだ。
実のところ、警備側としてはなかなかに葛藤状態であり、判断の難しい対処となっていたのであった。
「『ミシュラ様』ですって? その方はラックさんの正妻ですわよね?」
セレンは警戒態勢を解かない女性から出た言葉の一部に、劇的に反応してしまう。
「ああ、そうだが。それより、私の問いに答えてもらいたい」
「そうでしたわね。わたくし、セレンと申します。ラックさんからは、『ミシュラ様の許可をいただいてから』という内容のお話でしたが、ラックさんとの婚姻を予定しておりますの。言うなれば、『仮の婚約者』でしょうか?」
「私の名はライラ。一応セレンと同じ立場だ。だが、私にはラックとの間にできた子がいる。この子、ラサラがそうだ。無意味に暴れる気は毛頭ない。話し合いを望む。必要なら、一時的な拘束は受け入れよう。世界間の移動には成功したようだが、一緒だったはずのラックの姿がないことに驚いている。これが貴女の問いである『ここへは、どうやって入った?』の答えになるかはわからん。けれど、これ以外には答えようがない。今の姿に関しては、『送還の魔法陣を誤魔化すため、一時的にラックと同質の存在になる必要がある』と聞いている。後日元の姿に戻してもらえる約束もしているぞ」
「僕はテアと申します。どのような立場をいただけるのは『相談してから決める』とのことでしたが、『妾か専属の従者の予定』と聞いています」
最低限必要そうな情報が出揃ったところで、四人の拘束を始めると同時に、一人がミシュラの元へと走る。
奇怪な事態の情報が伝えられて、「とにかく会って話を聞くしかない」と判断したミシュラの決断が、冒頭の状況へと繋がって行くのであった。
「ラック様は、わたくしたちの世界を救う勇者様の一人として、わたくしの母国、キチヤ王国に召喚されました。世界を救ったラック様は、送還されるに当たってわたくしセレンと、ライラ、ラサラ、テアの四人をあちらの世界へ残すことを良しとはされなかったのです」
「にわかには信じがたいですわね。その『ラサラ』という娘。『あの人の子供』という主張をしているようですが。日数的に辻褄が合いません。それと、あの人は相手を選びます。誰にでも手を出すような人間ではないのです」
ミシュラは、「それが事実かどうか?」はともかくとして、「娘がいる」という事態に対して、湧き上がる激情、所謂怒りの感情をねじ伏せつつ、指摘するべきところを指摘して行く。
全員の容姿について言えば、ミシュラは「夫が他人の容姿を写し取れること」を知っている。
そのため、「特定の容姿を、他人に転写することもできるのだろう」としか思わなかった。
故に、夫そのままの顔、体格、声であるのを、「コピーである」という意味ではスルーした。
勿論、別の意味合いでは渦巻く感情があるのも事実。
しかし、今はそれを露わにして良いことなど一つもない。
その点に頭が回るだけの判断力を、ミシュラはギリギリのところで維持できていたのだった。
「その点には同意するわよ。あっ、いえ。同意いたします。私一人で連日連夜、体力の限界まで五年間ずっと、その、閨での相手をし続けたのですから」
「時間の経過に関しましては、ラックさんの体感時間で五年の時が流れていますの。こちらの世界とは、時間の流れの早さが違うらしいですわよ。それと悔しいことですが、わたくしには手を出していただけませんでした。理由は『身体がまだ幼過ぎる』とのことでしたが、酷いと思われませんか?」
「僕もです。直接、『『好み』ってモノがあるんだよ』とか、『身体はまぁ良いとしても、顔立ちがねぇ』とか仰るのです。せめて、僕がいないところで発言していただく配慮が欲しかったのです!」
三者三様の発言を受けて、時間の経過の疑問だけは解消されてしまったミシュラ。
彼女は付随して出て来た情報に対して、言葉に詰まる。
ライラのそれは、ミシュラ自身の若かりし日のアレコレを思い出せば、「納得」の一言でしかないからまだ良い。
いろいろとムカつく部分がないではないが、それでも、「よく頑張った」と褒めてあげたくなるまである。
むろん、「それが事実なら」という前提付きの話ではあるけれど。
片や、セレンやテアの、彼女たちの容姿に関連したラックの発言と思われる部分については、現状で本来の容姿ではない姿しか確認できていないのだから、ミシュラ的にはどうにもコメントし難い。
付け加えると、セレンの「幼い」は論外として、テアについては本気で掛ける言葉に困る。
客観的にラックの妻たちの中では容姿の面で劣っている、元スティキー皇国人で、妾の立場にいる船長たちの相手をすることには全く不満を漏らさない夫。
そうした夫の好み的なモノを計算に入れると、「テアという名の娘は、よほど酷い顔立ちなのか?」となってしまうのだから。
それはそれとして、ミシュラにとって確認するのが怖い、最重要な情報がまだ引き出せていない。
報告を受けた内容からある程度予想ができていて、現実を受け止める覚悟はあるものの、やはり怖いモノは怖いのが事実だ。
それでも、ラックの正妻としての立場は、状況が停滞したままを許容できないのが辛いところである。
「貴方たちの言葉で、あの人らしい部分が確認できたせいで、今の状況を信じてみる気になりました。ですから問いましょう。あの人は、まだ帰還していないラックは、わたくしのところへ戻ってこられる見込みがあるのでしょうか?」
「それはつまり、あちらの世界からこちらに来ることができたのは私ら四人だけで、『ラックは送還されていない』ってことでしょうか?」
「ライラ、それはミシュラ様に確認するまでもなくわかることでしょう。けれど、作動した魔法陣の原理から言えば、そんなことが起きるはずはないのですわ。少なくとも、あちらの世界からラックさんが出たのは確実。そして、わたくしたちがこちらに到着した以上、帰還する場所も間違っていない。これに介入できるとすれば、システムを造り上げたカルダーレだけでしょうか? ですが、できることは限られるはず」
ミシュラの真剣な表情と、ライラの少し考えが足りない発言。
それらを受けて、セレンは己の持つ知識を総動員する。
いかに「女神がやること」とはいえ、何の制約もない力の行使はあり得ないのだ。
逆に、なんでもできるのならば、邪神レイガーとの争いはカルダーレの勝利で早々に決着していたはずなのだから。
「僕、思うのですが。到着する場所を変えることはすごく大変で、できない気がするのです。でも、ひょっとしたら。到着時期を遅らせたり、別のルートを経由させることができたりなんかしませんか?」
「テア、それかも。それくらいなら女神の力を以ってすれば。それほど大変ではないかもしれないし、難しくもないかもしれない。人が扱う魔法と比べたらいけないのかもしれないけれど、攻撃魔法の速度や通過コースを弄るのとたぶん同じでしょう? 私は魔法使いじゃないので、父が配下にしていた魔法使いからの受け売りの知識でしかないけれど」
「ライラ。それですわよ。となると、ラックさんが戻って来るのは間違いない。問題は時期ですわね。ミシュラ様、これはわたくしの予想ですけれど、ラックさんが帰還される日時は、ラックさんがこの世界を発った時から数えて、約三十日が過ぎた頃になりましょう。もし、多少の誤差があったとしても前後するのは三日程度が限界だと思われます」
そんなこんなのなんやかんやで、完全な安心とまではいかなくとも、ミシュラがラック不在の不安に耐えなければならない期間には、「目安」と言うか、一応の終わりの日時が示されたこととなる。
人の精神は、終わりが見えない苦痛に長く耐えられるようにはできていないのが普通である。
誰も知る由もないことではあるが、今のミシュラはラックの正妻なだけに精神面で強靭な部分はあっても、終わりの見えない夫不在の状況に耐えるのは五年程度が限界であった。
ちなみに、フランをはじめとする他の妻たちだと一年から二年でそれぞれが限界に達してしまう。
そういった意味では、ファーミルス王国の時間軸でガリュウたちがいた世界から半年ちょいで戻ってこられたのは、ラックの持つ運命的な何かが作用した結果なのかもしれない。
「何で? 力が吸い出されて失われて行く。この力の流れは、送還の魔法陣? どうして? 必要な力は最初から別で切り分けて、確保してあるのに!」
カルダーレはラックが神界からはじき出されるのを見送ったあと、力の回復に努めていたせいもあって滅ぶ一歩手前の危機からは完全に脱していた。
しかし、いざ送還の魔法陣が作動した瞬間、吸い出されて行く力の大きさに驚くことになる。
それでも、そこは腐っても神を自称するだけの力を持った存在なだけのことはあったのも事実だ。
カルダーレにとっての、現在進行形の最悪の事態が完了するまでには、アレコレ考える時間といろいろと細工を施す力だけはギリギリ残されていたのである。
いや、正確に表現するなら、「残された力のほぼ全てをつぎ込んで生き残る可能性に賭けたと同時に、元凶のラックに嫌がらせをした」と言うべきかもしれない。
カルダーレはラックが自分自身の魂以外に、四つのそれを入れた想定外の歪な魂の器を、元いた世界へ運ぼうとしていることを刹那の時間で理解した。
それが原因で、余分に力の消費がされてしまったのだ。
今のカルダーレに、それを完全に阻止する力はもう残されていないし、今更阻止したとしても失った力が戻って来るわけでもない。
だがしかし、だ。
現状を認識できた時点で、ラックの魂が入っている器の部分のみを切り離して、別の世界を経由させる介入は可能であった。
と言うか、「カルダーレが自身の存在を後世に残せる方法は、この段階に至るとその一つしか選択の余地がなかった」のだ。
ラックがファーミルス王国のトランザ村にある自身の寝室のベッドの上に戻る時間の上限は、キチヤ王国で十年を過ごした場合に送還される日時から動かすことはできない。
けれど、残り時間いっぱいまで延長することなら、ほんの僅かな力を行使すればできる。
元の世界へ戻ろうとする動機になりそうな記憶を、少なくとも三十年は思い出せないように封印し、カルダーレ自身が管理している別の世界を経由地に設定する。
そして、最後の仕上げは、ラックの魂の中に吸収されない形で潜り込んで、己の存在を眠りに就いているのと同等レベルの活動能力に低下させて隠れること。
残された力を勘案すると、カルダーレには他の神々から攻撃される危険がない隠れ場所が他にはなかった。
しかも、現状であればそれを行っても、ラックに気づかれる可能性は皆無である点と、仮に本人が神や亜神などと戦う状況になっても、そう簡単には負けそうもない点が優れている。
唯一の欠点らしい欠点は、ラックの魂にカルダーレの得意とする世界間の転移能力がジワジワと転写される可能性があるところ。
しかし、その程度のリスクは、完全に消滅するか否かを天秤に掛ければ論ずるまでもないのだった。
以前消滅しかかったライヤーに残されていた力の比ではないくらいに、力のほとんどを失って酷く弱体化させられた女神カルダーレ。
もう神どころか、力量的には亜神未満の存在になりかけのカルダーレは、最低でも百年程度は他の神に見つからないように逃げ隠れをしなければならない。
そうしないと、簡単に殺されない程度の力まで回復することが叶わないのだ。
ラックを送り込む、経由地となる世界はそういった意味では適している。
キチヤ王国での五年分が、現地では三十年に相当する時間の流れになっているからだ。
こうして、ラックはカルダーレの最後っ屁のような介入が行われたことに気づくことなく、ファーミルス王国が存在する世界への帰還時期が延長されることになった。
しかも、部分的に記憶の封印をされてしまったのである。
雑に急いで記憶の封印を施したことが、超能力を使えるか否かに関係してしまう干渉となったのに気づかなかったのは、決して些細なことではないのであろう。
小さく皮膚が剥がされている指先の出血と痛みで、鮮明になった意識に飛び込んできた視覚情報は、見知らぬ街並みであったファーミルス王国の元国王様。封印で記憶が失われているのと同様であるために、自身が何故今の状況下にあるのかすら理解できていない超能力者。最強の武器、超能力を失ったに等しい状態で、見知らぬ世界に放り込まれてしまったラックなのであった。
◇◇◇感謝◇◇◇
前話の読者の皆様のコメント、 ご協力に感謝。
カクヨムコン10での本作【魔力が0だったので超能力を】のエントリーは、『異世界ライフ部門』にすることに決定しました。
ありがとうございました。
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