第273話

「『肉体は魂の器でしかなく、器は魂の付属物として世界間を移動させているだけ』だって?」


 召喚や送還の魔法陣が作用する対象者に対する仕様。

 それについての尋問を始めたラック。

 魔法陣についても魔法についても、セレンや虜囚としている侍女、ライラの三人から得た知識しか持たない男は、カルダーレのあまりにも杜撰な答えに驚いていた。


 それでも、過去に前例のない、まさに前人未到の事柄を成し遂げるならば。


 具体的には、この世界の住人を、ラックがミシュラたちのいる世界へと一緒に連れて行く方法を模索するのならば。


 手掛かりを得るべく、その時に作動する魔法陣について、最も詳しいはずのカルダーレへと問うしかないのである。


 ラックは驚きに加えて多少イラつきながらも、「尋問を止める」という選択肢はできなかった。

 そのため、冒頭の発言と共に視線で返答を促してもいたのだった。


「うむ。細かな判別を条件設定すると、すればするほどその分だけ余計に力が必要になる。かと言って、有機生命体が服を身に着けて生活している以上、素っ裸で召喚するのが不味いこともわかっている。だから、魂がなく、本人が身に着けていると認識している物体だけは、器と同時に移動させているな」


 カルダーレの言い分をかみ砕けば、「余分な力が必要になるが、衣服の類だけは渋々一緒に移動させている」ということになる。

 つまりは、手に持っている品物については、「それを持って行けるのか?」が微妙な感じ。

 翻って、リュックサックを背負っているようなケースだと、身に着けている物体扱いになる可能性が高いようにラックには感じられた。

 しかし、「魂がない物体に限る」という条件の時点で、生物は除外されてしまう。


 ラックが連れて行こうと目論んでいるセレンやライラは、除外の側にカテゴライズされるのだった。


「器の識別はどうなっている? 極論を言えば、身体の一部分を他人と縫い合わせて癒着させたら一つとみなされたりするのか?」


「そのような実験をやったことがないから、はっきりとはわからん。だが、おそらくその程度では同じ器の一部とはみなされない。遺伝子的な部分が器の判別条件に緩く入れてあったはず」


 問いを受けて答えながらも、カルダーレはラックの目的を悟って内心ではほくそ笑んだ。

 他者を連れて戻ることはカルダーレが知る限り、造ったシステム上不可能となっている。

 そこに、安易な抜け道などあろうはずがなかった。


 女神側の視点で語るのであれば、「器の細胞の遺伝子を判別条件に入れている」のだから、答えは出ている。

 よって、カルダーレとしては、問い質された内容に嘘を混ぜることがないように注意を払って、のらりくらりと返事をすれば良いのだ。


 ラックが神界に滞在できる時間は限られている。

 時間切れを狙う女神にとって、現状は好都合以外の何物でもなかった。

 この時のカルダーレの誤算は、ラックが持つ遺伝子コピーの能力を知らなかったことに尽きるのであろう。


「違う遺伝子は別物扱いになるのか? それだと例えば癌細胞の類は世界を移動する時に置き去りにされるのか?」

 

「癌細胞? ああ、体内の変異細胞か。変異していれば確かに遺伝子は違うのだろうな。だが、それはあくまでも元々の細胞が変質しただけだろう? そんなものは器の一部と判定されるに決まっている」


「なるほど。ところでカルダーレ。一卵性双生児の片方が召喚対象だったとしたら、召喚時にもう片方と手をつなぐ、抱き合うなどの接触をしていると同じ器の扱いになったりとかはしないか?」


 癌細胞の件は前振りであり、ラックは思いついていた本命の部分へと切り込む。

 超能力者の遺伝子コピー能力は成長を続けており、今では他者の全身をコピーしたそれに仕立て上げることすら可能と思われた。

 もっとも、時間と手間が掛かり過ぎるのと、そんな必要に迫られたこともなかったために、それは実験をしたことすらない未知の領域ではあるのだが。


「『一卵性双生児』とな? 要は同じ遺伝子を持つ個体か。それでも接触しているだけでは両方を一つの器とみなして同時に召喚はできまい。つまり、別の個体扱いだろうな。実際、過去にあった事例を言えば、『切り落とされたばかりの自身の右腕を左手で拾った瞬間に召喚された場合』と同じだろう。そのケースでは本人が左手で持っていたはずの物体が召喚前の世界へ置き去りにされた。もし、切断面に接合して縫い合わせていれば大丈夫だったかもしれんがな」


「おいおい。そんな重傷の人間を召喚したのか?」


 召喚時に自身が受けた説明を鑑みれば「戦うことが前提であったはずなのに、それはないだろう」と思ったラックだ。

 突如片腕となった者の戦闘能力の高さを一概に否定する気はなくとも、一般論で言えば「弱体化は避けられない」のが常識。

 まして、負傷したばかりであるなら出血も伴っていて、下手をすれば生命の危機ですらあるだろう。


 但し、この件についてはラックに知識がないだけで、魔法陣による自動選別の段階では健康と体力も重要な項目として扱われており、そのあたりは別の事情が絡むのだけれど。


「召喚対象の選定がなされてから、発動までに若干のタイムラグがあるのでな。先に挙げた実例は極めて稀なケースだったが、そのようなことは起こり得るのだ。但し、怪我なら魔法で治せるからどうということはない」


 召喚の魔法陣の作動条件的に、召喚者が出現する時に魔法使いが周囲に控えていない状況は考えられない。

 まず間違いなく助かる見込みがなくとも、血を提供した王族への治療行為は必ず行われるのだから。


 実際、ラックが目の当たりにしたセレンのケースでも治療自体はされていたのだ。

 よって、カルダーレの言い分は間違ってなどいないのである。


「興味本位の質問になるが。それ、重傷どころか死んでいる場合もあり得るのではないのか?」


「あり得るな。もし、その召喚のタイミングのズレの間に死んでいた場合は、魂の器がないのでその者の召喚が不成立となり、次点の候補へと自動的に切り替わる仕組みになっている」 


 興味本位の話題で少々脱線してしまっているが、ラックはカルダーレとの対話で抜け道らしきものの感触を得た。

 少なくとも他者への遺伝子コピーの実験は必要なのだが、それをしても心が痛まない人物は確保されているだけに、「情報を得られた現状は、先の展望が明るくなった」とさえ言えるだろう。


 それでも、まだ他に必要な確認事項が存在していた。

 故に、ラックは話題を転じて行く。


「なるほど。ところで、僕の帰還のタイミングの話をもう一度確認しておきたい」


「それは何故だろうか? ことさらに説明するようなことがあっただろうか? 単純な仕組みだと思うのだが」


「念には念を入れたいだけだ。僕としては、『魔法陣を稼働させるためのエネルギーを溜めるのに約五年の時が必要。それが溜まった段階で自動発動されるのが基本で、本人の希望があれば最長五年は先延ばしできる』と理解している」


 超能力者が入念に質問した意図とは何か?


 その答えは、「自動送還の流れに乗った場合、『それがいつ行われるのか?』がわかるのか否か?」となる。

 また、わかるとして、「それはどんなタイミングで知ることができるのか?」がラックにとっては重要であった。


 召喚時と同様、唐突に送還されたのではたまったものではないし、もしもそうであるなら「通算で十年を上限として、五年までは送還されるのを延期できる」という趣旨の事前説明とは矛盾してしまう。


 セレンとライラを連れ帰るための準備をどう整えるのか?


 それを考えると、送還に係わる事柄を全て、ラックは明確にしておかなければならないのだった。


「その理解で合っているぞ。それがどうしたのだ?」


「僕が詳しく知りたいのは、送還の発動を延長した場合に、帰る時の具体的な部分。どんな流れになるんだ?」


「どんな流れも何も。任意のタイミングで、『帰還したい』と強く念じるだけで済むのだぞ。このあたりの詳細な情報は、延長を望んだ場合に当事者が自動で取得できるようになっている」


「そうか。『一回目の自動送還が完全に発動する直前のタイミングで可否の意思表示ができる。その時、拒否した場合は以降に任意のタイミングで帰還の意思を強く示すだけ』というように理解したが、これで間違いないな?」


「うむ。間違いない」


 必要な情報がこうした会話の流れで集められた。

 ラックが行おうとしていることには前例がなく、事前に実験をすることのできない一発勝負。

 それでも、できる限りの情報収集を終えた今、実現の可能性が高い計画は練り上げられた。

 ここまで来れば、あとは成功することを祈って、ギャンブルをするのみとなるのである。


 尚、ラック的には知ったことではないが、実のところ送還時に超能力者が現在考えている方法でセレンとライラを連れ去る場合、カルダーレが送還のシステムを造り上げた時点で想定している状況からは逸脱している。


 何の話かと言えば、「『想定外であるが故に、送還で消費されるカルダーレの力が予定を大きく上回るのが確定となる』という点が、『いざその時』になった段階で初めて、急遽問題点として浮上してくる」のである。


 ラック視点だと、その時点でカルダーレに対して追加の復讐が成されることになる未来があるのだが、女神はその点に気づかない。

 付け加えると、追加の復讐が成立しても、幸運を意味するはずの単語と同じ名を持つ男は、その時にその事実を知る術がなかったりする。


 相も変わらず、無自覚にお仕置きをしてしまうのが、誰得なのかは定かではないものの、超能力者が背負っている宿命なのかもしれない。

 けれども、そのような未来の事象は些細なことであろう。


 とにもかくにも、女神カルダーレ視点だと価値が全く感じられない話題、すなわち他愛ない内容に過ぎない会話をラックと続けることで、時間の浪費を狙うのみ。

 この時のカルダーレの思考は、ラックが神界に滞在できる時間を使い果たすことのみに向けられており、推定残り時間が減少して行くのをカウントダウンしていたのだった。


 結果だけを言えば、「視野を広く保てず、他のことに気づく余裕を所持できなかったことが、女神カルダーレの不幸であった」のだろう。


 そして、ラックのタイムミリットは間近に迫っていた。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックは更に追加で興味本位で知りたいようなことについて、女神カルダーレから見透かされたように水を向けられ、残された僅かな時間を使い尽くしてしまう。

 ライヤーの力で変質していた身体が少しずつ元に戻り始め、急に言葉が出せなくなった超能力者。

 二柱神に大ダメージを与えることに成功したはずの男が、神界からはじき出される瞬間に目にした重傷を負っている一柱神の表情。

 それは、敗北した側のそれではなく、「してやったり」という満面の笑顔だったのには驚かされる。


 もっとも、少々驚きはしても己の目標は既に達成されている。

 故に、ラックは「どうでも良いか」とあっさりと切り捨ててしまうのだけれど。


 この時以降のカルダーレは、「危機を完全に乗り切った」と判断を下したことで、ラックの監視をするために力を割くのすら惜しんで、ダメージの回復に努めた。


 もしも監視を解かず、超能力者の人体実験を注視していれば。

 あるいは、女神に待ち受ける未来は変化したのかもしれない。

 けれど、あくまでそれは仮定の話に過ぎず、現実は厳しい結果へと繋がって行くのだが。




「ラックさん。これ、本当に大丈夫なのでしょうか? 『全身が軋むように痛い』って叫びながら、のたうち回っているのですけれど。それと、元の姿に戻せるのでしょうか?」


 ラックが虜囚としている元侍女に対して施した遺伝子コピー。

 それは、最終的な結果自体は、おそらく成功となりそうな感触ではあったものの、全身を変化させる速度についてだけは、完全な失敗例となっていた。


 使い慣れているヒーリングにしても、やはり自分自身への能力の行使と、他者へのそれは微妙に感覚が異なる。

 同じようにやっているつもりでも、同じ結果には繋がらないのだ。


 そもそも、ラックの感覚的には「遺伝子コピーは、ヒーリングの派生能力」と言えなくもない。

 よって、起きてしまった失敗の事象は、至極当然の結果であったのかもしれない。


 まぁ、そうした可能性を念頭に置いていたからこそ、「いきなりセレンやライラで試すことをしなかった」とも言えるのだが。


「うん。大丈夫大丈夫。死にはしない、(と思う)から。ちょーっと変身させる速度が速過ぎただけ。それと、(生きていれば)元の姿に戻せる自信はある。練習は必要だろうけどね」


 ラックの言葉にしない本音が隠れている発言に、暗殺者だった元侍女は泣き顔で「助けて! 殺される!」と叫ぶ。


 一時は自害が最有力の選択肢となっていたはずの女性。


 元侍女は、「無理矢理に食料と水を摂取させられて生かされ続けた」という前提の事情の上で、自身の所属していた組織がラックの手で滅ぼされていることを知った。

 そのせいで、自死ではなく生き抜く方向へと考えを変えていたのだった。


 尚、自身の容姿にはそれなりに自信があったにも拘らず、ラックから「性的対象とするに値しないレベルの容姿の女」という内容の暴言を受けて、プライドをずたずたにされたことも、生への渇望に繋がったのは些細なことなのである。

 

 片や、救助を求める叫びを聞いた実験の実行者は、「周囲の会話を拾って状況判断ができるなら、まだまだ余裕があるな」と、頭の中が外道も真っ青な思考に染まっていた。

 付け加えると、「『まだ余裕がありそうだし、この際だから遺伝子コピーで全身を造り変える速度を変化させるとどうなるか?』のデータも欲しいのでいろいろと試しておくか」と心の中で呟いていたのは、誰にも知られない方が平和であるだろう。


 こうして、ラックは女神カルダーレから必要な情報をそれと悟らせることなく全て引き出すことに成功した。

 それに加えて、「神界での滞在時間の残りを、その時の対話で全て失った」と、意図することなく女神側に誤認させたことで、油断させることも運良く成功している。

 尚、一連のそれを、邪神レイガーが覗き見をしながら爆笑していたのは、両者が知ったら噴飯ものの秘密であろう。


 帰還する際に、セレンとライラを共に連れて行くための実験に着手したファーミルス王国の元国王様。性別の転換が含まれる肉体の変化を「実験」と称して短期間に何度も何度も繰り返し経験させられた元侍女の性癖が、おかしな方向へと変質しつつあったのに、実験中は気づくことがなかった超能力者。この案件での全ての実験を終えたのちに、「攻めも受けも、どっちもラック様としたいので、僕も一緒に別の世界へ連れて行って。もしそれが無理なら、せめて一夜の思い出をください」という発言を受けて、ようやく自分のやらかしに気がついてしまったラックなのであった。




◇◇◇読者の皆様への質問です◇◇◇


 十二月から始まるカクヨムコン10に、本作【魔力が0だったので超能力を】のエントリーを予定しているのですが。

 エントリーする部門で、「これ、どっちだよ?」ってなってます。


◆『異世界冒険部門』


 ファンタジー世界で冒険したり、敵と戦ったりする物語を募集します。


◆『異世界ライフ部門』


 ファンタジー世界を舞台としつつも、冒険をメインとしない、さまざまな生活ドラマを募集します。


 読者の皆様はどう思われますでしょうか?

 ご意見いただけると嬉しいです。

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