第272話
「『ライラ以外の子供たちが全員、母親共々死亡した』だと?」
ライラの実父、ラブイエ王国の王は緊急扱いの第一報として届けられた報告書に目を通す。
国王はそれを握りつぶしながら、驚きのあまり書かれていた内容を反芻するように冒頭の独白をしてしまっていた。
国王がライラとラックの二人との話し合いを済ませたあの日。
そこからは、既に五日の時が経過している。
国王としては今日までの間に、二人から反対されなかった側妃候補の選定作業を急ピッチで進めていた。
冒頭のそれは、そうしている最中に受け取った急報なのであった。
報告書に記載された内容自体は、「後継者争いの火種が消えた」と言える。
それは、「国王にとって喜ばしい情報」とも言えた。
しかし、その事案の「発生の時期」は問題であろう。
ついでに言えば、「自身にとっても、近未来のラブイエ王国にとっても都合の悪い存在が、まとめて全部消えた」などという事態が、自然に起こるとは到底思えない。
死亡事件が一件や二件だけならともかく、「全部まとめて」となると。そのような偶然があるはずはないのだ。
先に挙げた、事案発生の時期の問題。
国王には、報告書が届いた時から情報伝達に必要な時間を考慮して、逆算することで事案発生の日時を類推することができる。
順序立てて計算すると、「遅くともライラとラックの二人に会ったあの日か、その翌日」という答えに行きついてしまう。
出て来るのは、あり得ないハズの答えだ。
そんな時間の面での矛盾に頭を悩ませていた国王の元へ、この案件の第二報となる報告書が届く。
そこには、死亡した人間の死亡推定日時が詳しく記載されており、死因についても詳細が記載されていた。
死亡した全員が、他殺を疑う余地のない病での突然死。
個々の死亡した推定日時は多少の幅があるモノの、国王の事前の推測通り。
それは、国王がラックと初めて顔を合わせた当日の、夜から翌朝の間であった。
「(移動時間の問題を何らかの手段でどうにかできたとして、だ。これは、ラック殿が手を下したのか? それとも、ライラに神託があり、ライラの手の者がその神託に従って、殺害を実行したのだろうか?)」
安直にそんなことを考えたラブイエ王国の国王であったが、その想像には無理があることにすぐに気づいてしまう。
なにしろ、第二報の報告書には「他殺を疑う余地がない病死」であることが明記されているのだから。
それに加えて、ライラやラックが今回の事案で死亡した人々について、その存在も含めた詳細な情報を持っていたはずがない。
そう断定できるのは、全ての情報を持っている者がたった一人だけであるから。
庶子たちの父であるラブイエ王国の国王のみが、それら全ての情報を握っているのだった。
むろん、断片的な情報については、それを知っている者が国王の配下にも複数存在している。
けれど、準貴族だった時分から王に成り上がった現在に至るまで、ライラの実父は相続や後継者の問題で絶対に揉め事を起こしたくなかった。
故に、そこに繋がるリスクがある情報については分散管理を徹底し、全体像が他者に決して把握できないようにしていたのだ。
それは、国王自身が子供の頃から父親に教え込まれていて、細心の注意を払って実践し続けてきたこと。
それだけに、絶対の自信がある事柄なのだった。
但し、人知を超える神託だけは話が変わって来る。
ライラのみ得ることが可能なそれは、その点を克服できた可能性を否定できないのだが。
どのみち、情報面、時間の面、殺害方法という三点の全てをクリアできる人間などいるはずがない。
絶対的な無理筋の部分に少々目を瞑って考えたとしても、その結論は動きそうもなかった。
特に殺害方法については、できる者がいたとしたらそれ自体が大問題である。
他殺を疑えない形で病死をさせられるのであれば、暗殺はし放題となるのだから。
しかもそれは、何も証拠が見つからないことと同義であるから、犯人を捕縛することはできないであろう。
アレコレと思考を巡らせ、そんな考察をしていたライラの実父にとっては、ラックが持つ本当の力を知らないことが幸せでもあり、不幸でもあったのかもしれない。
「で? ラック、何か私に言うことはないわけ? 父から、『そんなはずはないとわかっているのだが。『妄想が過ぎる』と笑ってくれても構わん。それでも、一応確認をさせてくれ』ってな話があったんだ。それで、その『確認したい内容』ってのを聞いたらね、私は笑って誤魔化すしかなかったのだけれど!」
ラックに話を振りつつ、ライラの向けた目が「完全に据わっていた」のは言うまでもない。
二桁の人間が同じ時期に、「脳内血栓が原因で死亡」と、全く同じ死因で重なっていれば、人為を疑うのも無理はないのだ。
むしろ、ライラ的にはラックに対して「隠す気があるの?」とストレートに問い詰めたい気分である。
超能力者の持つ異能の力の一端を、これまでに何度もまざまざと見せつけられた経験者のライラは、「どうやったのか?」がわからなくとも、それがラックの仕業であることだけは確信していた。
同時に、それを父親と共有する気は全くなく、説明して理解を求める方向には行かない。
彼女は父親から、ラックと自身との関係を妨害されたくなかったのだから。
ちなみに、ライラは父から死亡者の数を知らされた際に、「親父、アンタ母さんに内緒でさぁ。何人、外に子供作ってんだよ!」と罵倒したい気持ちになったのだが。
そんなことはここでは微塵も関係がなく、些細なことであろう。
「うん? 『何に対しての話なのか?』は想像がつくけどさ。僕としては『わざわざライラに伝えるほどのことでもない』って判断しただけだね」
「どうして、そうなるのよ!」
糾弾されている側のラックは、実のところ問われた内容をそっちのけで、「ライラはキレキャラが板についてきたなぁ」などと吞気に考えていたりした。
だが、それを彼女へ正直に伝えると「火に油を注ぐことになりかねない」のは承知している。
よって、超能力者がこの状況ですべきことは、事実を列挙し、冷静に理論で応戦するのみであった。
激昂状態の女性の感情論に、同じ感情論で対抗するのは愚策である。
これは、女性の占有率が高いゴーズ家における、男性陣の全員が持つ共通認識なのだった。
「ラブイエ王国の王族として認識されていない人間の中から、王子だの王女だのを突然名乗り上げられたり、傀儡にするためにどこぞの貴族が探し出してきて担ぎ出したり、下手をしたらクーデターの旗印的に利用されたり。僕がやったのは、そういった手合い面倒を事前に潰しただけの話だよね?」
「それはそうかもしれないけど。でも、」
ラックによる事実列挙の正論パンチを正面から喰らって、少しばかり言葉の勢いが減じたライラ。
それでも彼女は、諦めずに反論をしようと言葉を紡ぎかけた。
その姿勢だけは大したものであろう。
但し、言い掛けたところを、ラックに仕種でストップさせられるのだけれど。
「『でも』じゃない。そもそも、『拉致被害者』としての僕から言わせれば、この世界に生きている人間は直接的か間接的かの差があるだけで『全員が加害者』なんだよ。『敵対者』って言い換えても良い」
「えっ! 『敵対』って。それはセレンや私も? そうなると、私たちもいずれ殺されるの?」
ライラには、「自身が『ラックの復讐の対象』とされている自覚」など、頭の片隅にもなかった。
それだけに、告げられた言葉で衝撃が走る。
ライラは「ラックがその気になれば、自分は何の抵抗もできずに瞬殺される」のを熟知している。
それだけに、一瞬恐怖を感じたのは事実だ。
もっとも、これまでの散々身体を重ねた関係性を鑑みて、「そんなはずはない」と願望込みで感じたそれを強引にねじ伏せるのだけれど。
「あのね。僕にだって情はある。特別扱いや例外はあるさ。それに、ラブイエ王国の人間はもうカルダーレの関係者じゃないんだろう?」
「そうね」
ライラの短い肯定は、安堵の表れでもあった。
付け加えると、この時の彼女は何としてでもラックと共に世界を渡ることを、再度改めて心に誓っていた。
ついでに、「セレンも一緒に連れて行くべき」とも思ってしまう。
ライラの気持ち的には、もうセレンは仲間なのである。
但し、世界を渡る方法については女神ライヤーに丸投げであるので、改めてそれが誓願の形で強烈に伝わって来たライヤーが、焦りまくったりしていたのをライラは知る由もないけれど。
ちなみに、そんなライヤー側の事情など、「ラックにとっては気にもしないレベルの些細なことでしかなかった」のは言うまでもない。
「キチヤ王国の人間、要はカルダーレの信者については、生かしておくと将来新たな拉致被害者が出るかもしれない。僕自身や僕の身内だったり、親しい間柄の人たちだったりがそれに該当して、攫われるかもしれないだろう? そう思っていてもこれまでに完全排除をしなかったのは、セレンが僕に『彼らを生かしておく利』を提示したからに過ぎないのさ」
ラックの言葉で、ライラはラブイエ王国が建国される前の段階で、一度は全ての人間が抹殺対象になっていたことを悟る。
あくまで過去形ではあるが、そこには当然、彼女自身も含まれていた。
ライラ以外の誰も気づいていないが、セレンはこの世界に生きる全ての人々の命の恩人。
それも、ラックを含む勇者召喚で己の命を犠牲にするレベルの代償を支払い、結果的に邪神レイガー由来の脅威を退けた。
つまりは、「二度、救っている」と言える。
もっとも、二度目については危機の原因も生み出しているのも事実。
よって、見る者の立場次第では、「マッチポンプ」と言われかねないけれども。
とにもかくにも、そのような気づきがあったことでようやくライラは冷静になり、真面な判断ができる精神状態へと移行したのであった。
「ま、女神ライヤー様の陣営の今の私にとって、キチヤ王国の人間は敵だったわ。そう考えると排除対象にしても問題ない。うん。私の方が感情に流されてた。ごめんなさい」
相手が同じ人間であるのと、既に降伏していること。
その二点が理由で、キチヤ王国の人間はライラの無意識下の心情において、殲滅しなくてはならない対象とはなっていなかった。
また、移住希望者については、「ラブイエ王国で受け入れ可」とラックが判定すれば同胞として迎え入れることになる。
つまるところ、未だ長城型防壁の向こう側に隔離されている人々でも、その全てが純粋な意味での「敵」とは言えない。
ラックとしてはライラの事態への反応に多少はムカつくものの、そうした曖昧な部分があったことが原因であるのは理解できる。
ライラが素直に謝罪したので、ラックはこの案件をこれ以上は問題にしないことを決めた。
良くも悪くも、ライラやセレンは超能力者が無意識下でファーミルス王国がある世界へ連れ帰ることを検討するようなレベルの、完全な身内認定へと徐々に近づきつつあったのである。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックが接触テレパスで知った情報を元に行った一連の暗殺は、ラブイエ王国の国王にいろいろと頭を悩ませる種をまきつつも、国としての将来の憂いは完全に取り除いた結果へと繋がる。
ライラの父親が新たに娶る側妃の選定は順調に進み、ライラの派遣した人員が召喚と送還の、二つの魔法陣についての調査に着手する。
それとは別に、邪神レイガーと女神ライヤーによるラックの神界招聘の準備も着々と進むのであった。
「『他の神による手引きがあった』とは言え、亜神にすら届いていない存在から不意打ちをされるとはな。しかも、元飼い犬に手を噛まれ、滅ぶ一歩手前まで追い込まれるとは痛恨の極み。しかし、ラックよ。ここへの案内をしたライヤーを巻き込んで、あっちも消滅しかかったが良いのか?」
ライラ経由に伝えられた神託で、カルダーレを完全に滅ぼしてしまうと送還の魔法陣の機能が停止する可能性を示唆されたことで、ラックは神界の一角で振るう力を自制した。
ついでにライヤーを巻き込む形で、膨大な数の光の槍による広範囲空間制圧攻撃をかましたのは、単純に「カルダーレを逃がさないのを優先して、ライヤーを巻き込んでも構わない」と考えていたからに過ぎない。
超能力者は、女神ライヤーが何かを隠したまま自身を利用することが気に入らなかった。
それ故の行動でもある。
尚、邪神レイガーの「ラックへの自身の助力を本人に気づかせない形で済ませて、状況を静かに覗き見する」という選択は、完全に正解であった。
同行して間近での見物をしていたら、ただでは済まなかったであろう。
「あー。特に恩や義理はない。このまま行くと、あの世界はライヤーのモノになるんだよね? それに僕を利用した対価と、おそらくだけど僕がお前に対してダメージを与えたことで得る利益があるんだろう? 『それの対価を支払った』ってことで釣り合うんじゃない?」
「そうだな。上がるはずだった力とここで失った力。残された最後の力を振り絞ってここから逃げ去った今のライヤーは、しばらく語ることすらできん。存在を維持するだけで精一杯だろうよ。ま、あの世界を得るから、十年程度の時間は掛かるが元の八割から九割くらいまでは力が戻るだろうがな」
自身の神格を上げるために、ライヤーがラックを神界へ連れ込んだ。
そのことに、カルダーレは事後になって気づいた。
結果的に、力を得たのはラックただ一人なのは、ことがここに至っては許容せざるを得ない。
今のカルダーレにとっての最悪は、ラックが神界にいる状態で自身を完全に滅ぼすと、得意とする召喚と送還の技術がラックの固有能力化する可能性に気づかれ、賭けに出られることにある。
本来ラックが滞在できない神界に、ライヤーが生身の存在を一時的に変質させたことで成立している現状は、時間制限付きでそう長く続かない。
カルダーレは、ラックが興味を引きそうな話をすることで滞在時間を浪費させる。
そうして、亜神になりきれない矮小な存在が、自動的に神界からはじき出される時の訪れを待ち望んでいた。
「ふーん。ま、そんなことは良い。お前には、まだ聞きたいことがあるんだよね」
こうして、ラックはあまり時間を掛けずに行える範囲で、ラブイエ王国の後継者問題にガッツリ関与し、カルダーレとライヤーにはそれ相応の報いを与えることに成功した。
邪神レイガーには召喚されてから間もない頃にガツンとやっているので、超能力者に関与して痛い目をみていない神はいないことになる。
残る問題は、セレンとライラの処遇だけなのかもしれない。
帰還する際にセレンを生かして残すと、王家の血が存続する問題があり、さりとて殺したり不妊処置を施すのもできれば避けたいファーミルス王国の元国王様。送還の魔法陣が作動する際の、送還者の認識条件を最も詳しく知っているであろうカルダーレを問い詰める気満々の超能力者。少なくとも帰る瞬間以降まで、今の世界に関与できる力をライヤーから意図することなく奪ったことで、心配事を減らすことに成功しているラックなのであった。
◇◇◇感謝◇◇◇
他のサイトのお話で恐縮ですが、【1%ノート】がコンテストの一次選考を通過してました。
出張応援してくださった読者の皆様に、大感謝です。
本当に、ありがとうございます。
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