第271話
「『ライラが妊娠した』だと?」
ライラの実父、ラブイエ王国の王は「いつかはあり得る」と思ってはいた現実に直面して、未だ自身にライラ以外の正式な子がいないことに危機感を募らせた。
もし現状が続くと、次代の王としてライラが女王となるか、もしくはライラの産んだ子が王となるしかないからだ。
実のところライラの実父には、認知をしていない子が複数いたりはするのだが。
それはそれで、諸々の事情から、今更父親側の都合で正式な子の扱いに変更などできないのである。
万一そこをあえて強行すれば、激烈な内乱必至であろう。
王位が次代に移行する時期がいつになるのか?
それは定かではない。
それでも、おそらくは「ラック」という人物がこの世界から去ったあとの話になるであろうことが想像に難くない。
そうなった時、何が起こるのか?
間違いなく、国が荒れるだろう。
ライラが女王になった場合、王配が不在だとその分の後ろ盾がないことになる。
それでも、神託の巫女としての価値があるため、求心力はそれなりに維持できはするだろう。
しかし、ラブイエ王国の国土の全てを王の直轄領化して、キチヤ王国であったような領主貴族を根絶し、女王ライラの権力を万全のモノにすることは不可能である。
事実、現時点でもキチヤ王国時代の南部地域の流れを汲む、領主貴族が既に複数存在しているのだから。
キチヤ王国が実質滅んだ今、そうした貴族たちが王に完全服従の形で従うに当たって、神託の巫女の力を含めたライラ自身の力がその理由ではなくなりつつある。
単純に、ライラ経由でもたらされる有用な神託の数が減って来ているからだ。
それは、勝ち確定な女神ライヤーがラックを移動させるための力を準備するに当たって、他のことに割く力を絞っているせいであった。
だが、ラブイエ王国の人間にとっては、女神側のそんな事情は知ったことではないのである。
だがしかし。
だからと言って「王の一人娘の価値が下がった」というわけではなかった。
代わりに台頭している理由が、「ラックの協力を得られるのは、ライラがいるからこそ」というモノ。
これは、ライラの己が身を犠牲にしている尽力の賜物には違いない。
広義の意味では、「ライラの力」と言えなくはないだろう。
けれど、その力はラックがこの世界に留まっている間だけのモノであり、期間限定のモノでしかないのだ。
ライラへの評価は、本質的にはラックの持つ圧倒的な異能の力、所謂暴力を恐れている面が大きいのだった。
これでは、ラックがいなくなってからライラが女王として立っても、上手く王国を回して行けるかが怪しい。
それは、ライラが今後産むであろう息子か娘が王位に就く場合でも、似たような話になってくる。
父親であるラックと、その実家が存在しないのならば、それを補うだけの何かが必要になるのは必定。
しかしながら、それを無理に求めれば、誰かの傀儡の王と化す未来しか見えない。
つまるところ、最もベターと思われるのは、現在の王自身が複数の有力貴族家から妃を迎え、それぞれを相手に子をなして、妃の実家が競い合う状況を作り出すことなのだろう。
キチヤ王国の治世がそれで上手く行っていたことを鑑みると、それ以外の方法はなさ気であった。
ラブイエ王国の国王は、ラックとライラを交えてそのあたりの話を詰め、事前に内諾を得ねばならない。
先々を考えると、残されている時間がそう多くはないのだった。
「母さんはこの先、子供を授かる可能性が低い。なので、私以外の後継ぎ候補を得るために父さんが側妃を何人か娶るのは、理解しましょう。ラブイエ王国のことを考えると、それは受け入れざるを得ません。この際、私個人の感情は無視するべきなのでしょうね。それに、私は女王になりたいとは思いませんし、私の子を王位に就ける気だってありません」
ライラは父である国王から「ラックと二人で来るように」との条件付きで内密に呼び出され、ざっくりとした呼び出し目的の説明を受けた。
前述の発言はそれを受けてのものになる。
「側妃の件をライラが反対しないでいてくれるのは正直助かる。お前は神託の巫女だから、その巫女が『反対』ってのは、他者から『女神ライヤー様も反対』と受け取られかねないからな。ただ、『女王になりたくない』のは何故だ? それと、『生まれて来る子を王にする気がない』のは、現時点だと問題しかないのだが」
ライラが、ラブイエ王国の次代を自身が担うのを、全面的に拒否しているかのような発言をしたことに、国王は大きな衝撃を受ける。
過去に娘がラックに自ら、自身の身柄を差し出して交渉を纏めた時。
その時点では、短ければ五年以内、最長でも十年以内にラックがこの世界から去るのが確定していた。
よって、ライラはそれ以降のどこかの段階で女王となり、王配を迎え入れるつもりだったはずなのである。
それがコロっと変わっているのならば、相応の理由がなければおかしいのだから。
そして、ライラの父には、そのような理由に心当たりはなかった。
故に、彼が衝撃を受けるのは至極当然だったのである。
「魔力量の問題が出て来るに決まっているからです。ラックさんは魔力を持っていないので、生まれて来る子は良くて私の半分くらいの魔力量を持つことでしょう。王になるのは無理だと思います」
そもそも、現国王もライラも、持っている魔力量はキチヤ王国の貴族のそれの平均程度でしかなく、特別多いわけではない。
けれど、元々が準貴族的なポジションにいただけに、過去に貴族の血が入っているせいもあって、完全な平民階級と比べるとかなり多い魔力を持っていることになる。
そして、キチヤ王国やラブイエ王国はラックの元いた世界のファーミルス王国ほど保有魔力量による「差別」は激しくはないが、それでも人の価値を決める指標の一つであり、しかも重要視される部分であるのは間違いない。
つまるところ、「ライラの予想通りの魔力量の子供が生まれた場合、その子を王とするのはかなり厳しい」と言える。
ライラの言い分は、前提が合っているのならば、正しいのであった。
この時、横で黙って聴いていたラックは、「たぶんだけど、クーガたちのような感じで桁外れに多い魔力を持って生まれて来るんじゃないかな?」と考えていた。
けれども、それを知られたら知られたで、ラック自身にとって不本意な女性を次々に押し付けられる可能性に思い至る。
ライラの顔立ちは、ラックがこの世界で見た女性の中ではダントツに好みであるから良いとして。
未だ幼さが残るセレンにしても、成長すればラックの基準でそこそこの美人になりそうなので、それも良いとして。
最悪、セレンには手を出さずに放置でも問題は全くない。
その時はライラが大変な思いをするのが続くので、ライラ本人にとっては大問題だろう。
だが、ラック的には「それはそれ。契約だからね」と、割り切るだけの別の話でしかない。
そうした事情はともかくとして、ライラが妊娠してしまったことでそっち方面の欲求を持て余し気味な現在でも、その他の女性にはラックの目が向かないのが現実なのである。
ラックからすれば、「僕は塔に押し込められるような、罪人じゃないんだぞ!」と言いたくなるような、不本意な相手に対する種馬扱いをされる未来は、本気で回避したいところなのだった。
尚、塔の件に関しては、もしラックがそれを声を大にして叫んだとしても、この世界の住人には微塵も意味が通じない。
もっとも、そんなことは些細なことであろう。
「そうか。なるほど。ところで、ラック殿。貴殿は先ほどから黙ったままなのだが、娘を妊娠させたことについて、父親であり、ラブイエ王国の国王でもあるこの私に、何か言うべきことがあるのではないのか? 貴殿が救国の英雄であるのは理解している。しかし、貴殿は若い。見たところ二十歳そこそこだろう? 今のそれは、目上に対する態度ではなかろう。いろいろと、目に余るように感じるのだが」
「うん? 『言うべきこと』なんてものがあるか? それと、その言い様はひょっとして、僕のことを『身分的に格下』だとでも思っているのか? ついでに、『若いひよっこな感じ』に見ていたりするのか?」
「ああ。当然だろう? たとえ異世界から召喚された勇者であっても、平民は平民でしかないのだ。勿論、功績は功績で別途評価をするがな。それに、歳は見た目でわかるではないか」
ラックの言葉遣いも態度も、不遜なまま。
問いに対して真面に答えず問い返してくるあたりは、国王の立場は元より、父としても我慢ならない。
それでも、ラブイエ王国の国王は、圧倒的な武力の持ち主であるラックに対して怒りを直接ぶつけるような罵倒の言葉は呑み込んでいる。
彼は彼で、耐えているのだ。
むろん、間違った前提の上に立つ行為なので、ラックからすればただの無能に見えていたりするわけなのだけれど。
「あれ? 言ってなかったっけ? 僕は向こうの世界では、平民なんかじゃないんだけど。ついでに言えば年齢だって見た目通りじゃない。国王さんよ、お前の年齢が何歳なのかは知らんが、おそらくは最低でも同年代。たぶん僕の方が年上だぞ」
「えっ? そうなの? 奥さんが沢山いるのは聞いていたけど。てか、ラック。またなの? そういう大事なことはちゃんと先に教えておいてよ!」
ライラの父親は、ラックが自身のことを「平民ではないし、若造でもない」と明確に否定してきたことで茫然となってしまった。
片やライラが、飛び出した新情報に怒りを感じて問い詰める口調になったのは、仕方がないであろう。
尚、ライラの言った「奥さんが~」のくだりの部分で、ラブイエ王国の国王が大きな追加ダメージを受けていたのは、決して些細なことではない。
彼女は彼女で、本来父親に対して自身が知った時点で開示しておくべき情報を、意図的に伝えずに黙っていた。
この件に関しては、ライラはそれなりに罪が重いのかもしれない。
「おかしいな。言ったつもりだったんだが。ああそうか。僕が次代に王位を譲った元国王なのを教えたのはセレンだったかも」
「も、と、こく、おう?」
想定外過ぎる事実の暴露に、ライラはまるで知能が低下したような言葉しか返せなかった。
ついでに言えば、「ライラの父は完全に絶句モード」だったりする。
ラックのあり得ない経歴も、見た目の若さも、この場にいるラック以外の二人の常識をぶっ壊すには、十分過ぎる破壊力を有していた。
「うん。そうでもなけば、妻が十人もいるはずないでしょ。子供だって沢山いる。それも伝えてなかったかな?」
「子供もいるの? 聞いてない! 大体さぁ、『歳が見た目通りじゃない』って何なのよ! ラックは何歳なの?」
同年代か少し年上。
ラックのことをそのように見ていたライラの心中には、激震が走っていた。
「何歳なんだろ? もう久しく自分の年齢を気にしたことがないからな。五十は超えた気がするけど」
クーガの年齢を鑑みればそのあたりか?
問われたことでちょっと考えては見たものの、ラックはその件に関してはすぐに思考を停止する。
ファーミルス王国歴を基準にして考えた場合、「異世界で過ごした時間の流れが別で加算されないのはどうなんだ?」となってしまうからだ。
ガリュウたちと過ごした異世界での時間と、ファーミルス王国に帰還した時の時間の流れの差異を考慮するなら、暦での数え年とラック自身の体感時間での年齢には、五年程度の開きがある。
加えて、ラックの肉体年齢は最高のパフォーマンスができるであろう状態を常に保っているので、尚更実年齢に意味が見出せなかったりもするのである。
ライラからすれば、それが原因で閨での生活が大変だったのだから、言いたいことは山ほどあるであろうが。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックによる自身の情報の暴露大会の様相を呈した三者会談は継続された。
その結果、ライラの父親はあらゆる面で自身がラックに劣っていることをわからされ、大きな態度には一切出られなくなってしまう。
ライラの件で文句の一つも言いたいところであったはずが、何も言えなくなってしまったのである。
ライラはライラで、女神ライヤーへ神託を求めて祈った。
彼女は、自身と生まれるであろう子供がラックと共にラックが元いた世界へ渡る手段を求め、それと同時に、自身らがいなくなってもラブイエ王国が上手く存続する手段も求めたのであった。
「いやいや、待ってくれ。巫女になっているライラの願い。そうなるのがわからなくもないけれど。どう考えてもさ、それを叶えるのは無理じゃないか?」
女神ライヤーは、強力な繋がりがある巫女からの誓願を受けて困り倒した。
ラックはカルダーレの力が介入して現在の世界に召喚されたわけであり、ライヤーにはラックが元いた世界を知る方法も調べる方法もない。
ラックの送還先の時空間がわからない以上、ライラと子供をそこに送ることは不可能なのである。
しかも、ライヤーは召喚や送還の技術には明るくない。
はっきり言えば「その方面は素人同然」であった。
よって、仮にラックの行先がわかったとしても、どのみちライラたちをそこへ送り込むのは無理なのだった。
けれども、だからと言ってそれをそのままストレートに告げるわけにも行かない。
今の段階でライラから失望されるのは、それはそれで困るのである。
何故なら、ライラに神託を授けることで、ラックのカルダーレに対して持っているであろう復讐心に便乗して、彼が持つ力を利用したいのがライヤーの本音であるのだから。
困ったライヤーは、時間稼ぎの意味合いもあって、苦し紛れにとりあえずキチヤ王国にある召喚と送還の、二つの魔法陣を綿密に調査する神託をライラへと出す。
今のライヤーは、そこから得られる結果で、何らかの手段が得られることに一縷の望みを託すしかないのだった。
むろん、「時間の経過で、うやむやになってくれないかな?」という無責任極まりない思考もあったりはしたのだけれど。
こうして、ラックはライラとその父親に、自身のファーミルス王国における素性的なモノを知られることになった。
ライラが子と共にラックの戻るはずの世界への同行を望む意思が明示され、実父には認知していない庶子が複数いて、しかも「防壁の向こうのキチヤ王国側の部分に住んでいる」という事実も、本人の自白によって判明する。
ラブイエ王国の後継者問題は、すんなりとは解決しそうにないのがはっきりし、面倒に思った超能力者が暴挙に出る未来が確定したのが、良いことであったのか否か?
未来は、誰にも予測不可能な事柄なのだろう。
ライラとその父親が悩み続ける状況が続いている時、面倒になって「物事を単純化して邪魔なモノを排除してしまえば良い」という思考に染まったファーミルス王国の元国王様。「とりあえずさ、その庶子ってのがどこに何人いるのさ?」と、ライラの実父の肩にポンと手を置き、素肌に触れることでさりげなく接触テレパスを発動する超能力者。「今この場で結論が出る問題でもないし、今すぐ結論を出さなければならないほど急いでもいないよね?」と、一旦解散を促してから、自身はさっさと問題になりそうな母子の始末に向かう、非情に徹する無慈悲モードなラックなのであった。
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