第270話
「『ライラが妊娠したので、本人から『安定期に入るまでは、閨での相手をしません』って言われたのは契約違反じゃないのか?』ですって?」
セレンは、ラックの言葉を反芻するように問うしかなかった。
あまりもな言い分であり、他に言い様を思いつかなかったからだ。
セレンたちの住まう、他所から隔離された居住空間。
そこにラックがライラを連日連夜連れ込むようになって、半年以上の時が経過している。
この時点を時間の経過で言えば、「ラックがこの世界に召喚されてから、既に一年超える時が過ぎ去った」のが現状となっていた。
一か月のうちで、ライラに月のモノが来ている数日間だけはラックが多少大人しくなるものの、毎夜のように彼女の嬌声をセレンが聞かされているような状況が半年も継続していれば、どうなるのか?
今のようになる前の半年ほどの期間も、セレンが知らない別の場所で同様のソレは行われていたのが想像に難くない。
そうであれば、妊娠の一つもするのは当然であろう。
寧ろ、「これまでライラが身籠らずに来られたこと。それ自体が奇跡」とさえセレンには思えた。
尚、前述の「聞かされている」とは、セレンの主観ではそうなっているが、客観的には「セレンが興味津々で、自ら進んで盗み聞きをしている」というのが正確だったりする。
だが、そんなことは些細なことなのかもしれない。
ラックは、完全な防音をするほどに音漏れ対策はしていなかったが、一応セレンが普通に過ごしていれば気にならない程度で済むような配慮はしていたのだから。
まぁ、このあたりは、実にどうでも良い話ではあるだろう。
ちなみに、ヤルことをヤル場所が変化したのは、ラックとライラとの関係を良く思わない人物が複数現れ、彼らが様々な実力行使に出た事案がラブイエ王国内で発生したからであった。
超能力者はそれらの首謀者を含む実行犯などの全員を始末した上で、以降に無用な事案発生がないようにと、工夫を凝らしたのだった。
「うん。僕がキチヤ王国と戦って勝てば、いや、勝たなくても助力するだけで良かったんだったかな? とにかく、僕はライラから求められたことを遂行し、彼女もそれを認めたんだ。ならば、『僕が元の送還されるまでの間、ライラの身柄を好きにして良い』ってのは守られるべき約束じゃない?」
「えっと、ラックさんの言い分が『完全に間違っている』とは言いません」
「そうだろう? そうだよね」
「けれど、現状は『事前に予想されて然るべき状況』ですよね? と言うか、『これまで毎晩のように、それも長時間にわたってライラがきっちりとお相手を務めていて、女性として壊れなかっただけでも称賛に値する』とわたくしは考えますよ?」
セレンは「未成年」と言えど、王族として性教育をちゃんと受けている。
ついでに言えば、「実父である王や兄である王太子が、子を増やすに当たってどのような夜の生活を送っているのか?」の知識だってあるのだ。
彼女は自身が未経験なだけで、良くも悪くも「常識的なレベルがどんなものであるのか?」を自分なりに理解していた。
セレンの知るラックがライラにしていることは、その常識をぶっ壊す領域に踏み込んでいる。
それもちょっとやそっとのレベルではなく、限界のラインを遥かに、奥深くまで踏み越えているだろう。
それはそれとして、語り合っている二人が双方問題にしていないから良いようなものの、二人の話には重大な問題が内包されていたりする。
この会話を現在進行形で聞かされている同居人兼虜囚の「元侍女視点」というものだって存在しているわけであり。
彼女からすれば、「セレンがそれを語れるレベルでラックの閨事情を熟知していることそのものが大問題なんだけど」となってしまう。
キチヤ王国の暗部に所属していた彼女こそが、この場においての一番の常識人なのかもしれない。
「いやいや、そこはね? 僕だってライラが限界を超えないように注意を払って、」
「あの、ライラのことを壊さない、ギリギリを見極めながら攻め続けている時点でどうかと思います」
ラックの言葉を遮って発言したセレン。
彼女は「そっち方面の、ご自身の欲望に忠実過ぎませんか!」という本音だけは言葉にしなかった。
これが、ラックには欠けている「配慮」というものであろう。
「キチヤ王国が降伏したから、ラブイエ王国に受け入れる人間の選別作業を僕は一手に引き受けている。これってかなりのハードワークだよ? ストレス発散は必要じゃないかな?」
ラックは形勢不利な気がして、方向性をずらしに掛かった。
これは余談になるが、事実、ラックは接触テレパスで「ラブイエ王国の国民として受け入れても問題がないか?」の選別作業に従事しているのだ。
そのおかげもあってか、移住してきた人々は信じる神の改宗的な部分を問題なくクリアし、今に至るまで国に反抗するようなこともなかった。
もっとも、選別で弾かれた人間は長城型防壁で隔てられたキチヤ王国側に戻されるわけであり、そちら側の善性ではない人間の割合が徐々に上がって行くことで、更なる治安の悪化を招いていたりもする。
それが、善性を持つ人間の移住を促すことに繋がるので、キチヤ王国側にとっては悪循環、ラブイエ王国側にとっては好循環となったりするのであろう。
治安の悪化で人死にが増えることは、キチヤ王国で必要になる食料の分量が減ることでもある。
故に、性悪な人間の割合が増加の一途を辿ることに目を瞑りさえすれば、悪い面ばかりではないのかもしれない。
勿論、食料や財貨を奪われ、殺される側の人々には全く別の言い分が存在するのだけれど。
尚、搾取する側の筆頭となるキチヤ王国の王侯貴族たちは移住を希望しても、誰一人としてラックによる選別で弾かれることからは逃れられなかった。
その事実は、結果的に決して些細なことではなかったのかもしれない。
さて、余談はこれまでにして本筋へと戻ろう。
ラックは女性相手の行為の最中に、どうしても無防備に近い瞬間が生じることがある。
そのため、相手も行う場所も選ばざるを得ない。
厳密には、場所に限れば超能力を並行して行使し続ければどこでも不可能とはならないのだが、無駄に神経を使うのも純粋に行為を楽しむにはノイズとなるのも事実。
だから「避けられるならば避けたい」のが本音となる。
よって、生理的欲求をぶつけられる対象は限定されるのである。
しかし、それをラックは正直に告げることができない。
弱点を自ら暴露することになるので、その対応が当然であろう。
結果として、関係を持ってから早々に「私の他にも、ラックさんのお相手をする女性を用意したいのですが」と言い出したこともあるライラと、別枠であるセレンの両者は、「ラックの選り好みが過ぎる」という考えを持つことになるのであるが。
「なるほど。『ストレス発散』と来ますか。わたくしでは、幼過ぎてダメなのでしたわね?」
「だね。『身体の成長』って意味での見た目も含んで、最低でも十五歳にはなっていないと対象にはなり得ない」
「ならば、元侍女のあの女では?」
年齢的には、セレンと比べて十歳ほど年上な元侍女。
彼女は自身に矛先が向いたことで、まずは恐怖を、続いて諦観の念を抱く。
もっとも、それらを吹き飛ばす怒りの感情に、ラックが次に発する言葉で染まることになるのだけれど。
「あのね。僕にだって、『好み』ってモノがあるんだよ。素性が素性なだけに、引き締まった身体なのはまぁ良いとしてもさ、顔立ちがねぇ」
「ラックさん! それ、本気で思っていても、他者に聞こえるように言ったらダメな発言!」
元侍女の女性はラックが召喚された世界において、顔面の美醜でランク付けをしたならば、「上の下に引っ掛かるか否か?」の線上であった。
だが、少なくとも中の上のレベル以上には達しているので、なんとか美人の範疇には入る。
それだけに、顔立ちを理由に拒否されるのはプライドが非常に傷つく。
まぁ、ラックから好き放題される対象にならなくて良いので、「ラッキー」とも言えるわけだが。
美醜の判定について、超能力者が厳し過ぎるのは厳然たる事実だ。
ラックの正妻は絶世レベルの美女なのだから、「それも仕方がない」と言える。
また、それとは別で、「ファーミルス王国が四千年以上続いて王制を維持し、貴族制度を続けられているのは伊達ではない」という観点もあろう。
美男美女が好まれるのはいつの世も不変の事実であり、ファーミルス王国の特権階級の者たちは「保有魔力量」という条件的に厳しい枷がありながらも、美形の遺伝子を取り込み続けた。
ファーミルス王国が誇る長い歴史は、そのまま王国に住む人々、特に貴族階級において、顔立ちを含む容姿の平均値を端麗な方向へとべらぼうに押し上げる結果に繋がったのだ。
翻って、キチヤ王国やラブイエ王国ではどうであろうか?
こちらの方は、両王国で国内トップレベルの美女であっても、ファーミルス王国の貴族女性の美人度を基準にすれば、「並みか? 並よりはやや美人か?」の程度にとどまってしまう。
戦火が続き、落ち着いて安定した国の歴史がないのだから、「比較するのが気の毒な話」ではあるかもしれない。
とにもかくにも、そうした判断基準からすれば、ラックの元侍女に対する評価は極めて妥当であった。
ちなみに、ラックの妻や妾の中で最も顔面偏差値が低いのは、何気にスティキー皇国出身となる飛行船の船長を務める三人の妾だ。
但し、彼女たちはラックの美醜の感覚においても、美人の範疇に入るレベルであるけれども。
付け加えるなら、ゴーズ家の婚姻関係者の中で最も不美人であるのは、クーガが娶っているミレスとテレスとなる。
彼女たちは出自がカツーレツ王国の平民階級だっただけに、それも「やむを得ない話」なのかもしれないが。
それでも、幼馴染的なアドバンテージ、所謂、刷り込みは強かったのだろう。
クーガにとって、「意地でも自分の嫁にしたい憧れのお姉さん」はずっと不変のままであり、それはミレスとテレスであり続けたのだから。
まぁ、ゴーズ家内では美人ランキング最下位を争うレベルの姉妹であっても、ラックが拒否した元侍女を上回る美人なのだが。
そのような事実は、ここでは関係のない話であろう。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックのライラに対する理不尽な愚痴を端に発したセレンとの会話は、囚われの身のままの元侍女のプライドを著しく傷つけながらも、ついに真面な解決策を得ることなく終わる。
セレンの「できるだけ早急にどうにかしましょう」という問題の先送りで、ラックには我慢を強いることが決定されたのであった。
「レイガー様。撤退を決めて譲ってくださった世界の件なのですが、なかなかに愉快な展開となっています。元はカルダーレの手の者だったのが、『裏切って』と言うのも変なのですが、こちらに協力してくれましてね」
ライヤーは、カルダーレの勢力を完全排除して自身が管理する世界を一つ増やす目処が付いたため、カルダーレを憎たらしいと思っているであろうレイガーに声を掛けた。
付け加えると、「ラックがカルダーレを滅ぼしてくれるとより嬉しいため、その手筈を整えたい」という思惑もある。
ラックを一時的に神界へ引き込むこと自体は、ライヤーの力だけでも不可能ではなかった。
けれども、そこにレイガーの助力があるなら、よりカルダーレを消滅させることへの実現の可能性は高まってくる。
また、自身が割く労力の分量もかなり減らせる。
むろん、得られる果実は相応に少なくなるが、そこは未来を見据えれば許容範囲内であった。
それ故のライヤーからの声掛けに、より上位の神格を持つレイガーが「思惑」と言うか、「目論見」に気づかないはずはない。
持ち込まれた話に乗っても乗らなくても、レイガーにとってはどちらでも良い案件なはずだった。
しかしながら、興味本位で確認をしたところ、対象のラックが「カルダーレに対する裏切り者」とライヤーに目されているのを知れば話が変わってくる。
レイガーが一つの世界を諦める原因となった人間に、その人間を呼び寄せた側のカルダーレへと攻撃させるのは、「なかなかに痛快な展開」と言えた。
実際のところ、亜神の領域に片足を突っ込んだ程度の存在が持つ力量では、カルダーレを滅ぼすまでには至らないだろう。
少なくとも、レイガーの見解ではそうなっていた。
それでも、小指の先を動かすレベルの極小の助力に対して、得られる満足度は高くなることが見込める。
そこまで考えた時、レイガーのライヤーに対する返事は決まったも同然であった。
「協力が欲しいのだな? 良いぞ。だが、先々のことを考えると、カルダーレのように恨みは買いたくない。ないとは思うが、万一彼の者がカルダーレを滅ぼした場合、カルダーレの力の一部を利用する送還が正常に行われない可能性がある。そのことを事前に伝えておくのが条件だ」
「あはは。いやだなぁ。そんなの当然じゃないですか。私もレイガー様も、カルダーレが『勇者召喚』と称する業は不得手ですからね。代わりはできませんし、そもそもそこに力を使いたくないですしねぇ」
レイガーに見透かされたであろう本音を言えば、ライヤーは「その部分を黙ったままラックをカルダーレの本体がいるところへ送り込み、あわよくばカルダーレを消滅させるのが狙い」であった。
レイガーの見立ては異なるようだが、ライヤーは「ラック」なる人物の振るう力がカルダーレに特効でダメージを与えられるように感じていたのだから。
しかし、今の段階で釘を刺されてしまえば是非もない。
諸々含めて神託経由で事前にちゃんと伝えれば、必要な手加減をした上でぶん殴ってくれるだろう。
仮に、勢い余って消滅させてしまったとしたら、それは本人の責任となる。
ライヤーはレイガーとことの詳細を詰めるべく話を続けたのだった。
こうして、ラックはライラが将来自身の子を産む事態を発生させ、一時的に人間が持つ三大欲求のうちの一つを持て余すことになった。
ライラの父にはライラ以外の正式な子供がいないため、このまま行くと生まれて来る子供にラブイエ王国の王位を継ぐ未来がやってくるかもしれない。
また、超能力者の意思とは関係なく神たちの思惑も蠢く。
ラックの未来がどこへどう転ぶのか?
それは、誰にも予測不可能な事柄なのだろう。
ライラから、「悪阻さえ治まれば、子供ができるような行為と同様のことはできませんけれど、月のモノが来ていた時と同じことはなんとか」と、セレンの助力もあって妥協案を引き出すことに成功したファーミルス王国の元国王様。「悪阻かぁ。やったことはないけど、胎児を加齢成長させる形で力を使えばひょっとして、すぐに治まるかも」と、とんでもないことを思いついてしまう超能力者。「でもこれ、ライラを実験台にして、もし失敗したら洒落にならんよね」と、最悪自身の子を死なせるかもしれない暴挙は、思いとどまることができたラックなのであった。
◇◇◇驚き◇◇◇
昨日ニュースになった、俳優、西田敏行様の突然の訃報に驚きました。
好きな俳優さんだったのでショック。
見に行く予定のドクターXの映画が遺作になってしまうのですかねぇ。
悲しいです。
西田敏行様のご冥福をお祈りいたします。
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