第257話
「『カストル家の魔石固定化用魔道具の稼働が、停止した』だと?」
ゴーズ家との繋がりが薄い、ヤルホス公爵家の現当主。
シーラの弟でもある男は、二度目の凶報に驚いていた。
前カストル公が予兆なく急死し、現当主の肩書を持つメインハルトへの引継ぎが不完全であったことから発生した大問題。
それは、魔力を持たない欠陥貴族のラックに嫁いでいる元カストル家三姉妹の協力で解決したはずだったのだ。
それが、たった二か月あまりしか経っていない段階で稼働停止、それも、「魔道具の故障」が理由となると最悪である。
ヤルホス公の考えでは、カストル家に在るそれは、「自家の魔道具と担当する工程が違いはするものの、維持管理の部分は魔道具の製作者が同じであるだけに同様のシステムが導入されているはず」となっていた。
そして、彼は事実を知ることはないが、その考えは間違ってなどいない。
つまるところ、「カストル家の魔道具が故障して稼働を停止した」という情報が自身に流される時点で、「通常の部品交換などのメンテナンスでは直せなかった」と悟らざるを得ないのであった。
「現在、『王宮で対応を検討中』とのこと。『最低でも数日の間は魔石の固定化関連の仕事がストップする見込みであり、再稼働後にその分のしわ寄せが出るのが確実なので、他の仕事を前倒しして対応可能な状況作りをお願いする』と、宰相様から伝えるように命じられています」
「その言い方だと、『再稼働できる目処が立っている』と受け取れるのだが?」
「いえ。少なくとも宰相様が本職を伝令に出した時点では、全く目処は立っておりませんでした」
「なるほど。当面は『もし再稼働が成ったら』に備えるだけの話であって、備え自体が無駄になることもあり得るのか。伝えたい内容は理解した。宰相殿には『なんとしても再稼働を成せ』と伝えよ」
王宮からの使者と直接話をしたヤルホス公は、使者を下がらせた。
そうしてから、執務室に戻った彼は、過去の賢者の偉業と自家での研究結果について思いを馳せる。
ファーミルス王国の根幹を支える五つの魔道具。
王家の炉が一つと、王家と三大公爵家にそれぞれに各一台設置された魔石固定化用のそれ。
四千年以上の時を経て尚、元はたった一人の人間が考えて生み出したモノの模倣品を造ることに、たったそれだけのことに誰一人として成功しない。
想像の域を出ないものの、王国の繁栄を羨む周辺国が、まず間違いなく巨費を投じて長年研究を続けているにも拘らず、全く成功例がないのだ。
ヤルホス公爵家としても、「自家で使っている魔道具のコピーを作れないか?」を考え、過去の当主のうちの何人かが大真面目に研究をしていた記録だってある。
しかしながら、「自家に在る現物を自由に調査できる」という圧倒的有利な立場でも、「コピー品を造ることすら不可能だった」のが現実だったりするのであった。
まぁ、それはさておき、だ。
形あるものはいつか壊れる。
これはこれで一つの真理であるはず。
つまり、ヤルホス公視点だと、今回の案件はたまたまカストル家で最初の事案発生となっただけで、自家においてもいつかは起こってもおかしくない事象でしかない。
そもそも、だ。
特別な魔道具を造り出した過去の賢者様は、これほどまでに長い間、自身の造った五つの魔道具が使われ続けることを想定していたのだろうか?
ヤルホス家の当主が考えるその問いへの答えは、「否」でしかなかった。
だからと言って、「あまりに長い時が経っていて、耐用年数の想定を超えているのだから、壊れて失っても諦めろ」と仮に言われたとしても、そんな言葉を簡単には受け入れられない。
ぶっちゃけ、代替手段がない状況で魔石固定化用の魔道具が壊れ、機動騎士もスーツもそれ以外の魔道具の兵器類は言うに及ばず、一般的に流通している日常生活に浸透しまくっている魔道具の類が新規に製造できなくなったらどうなるか?
日常部分だけでも、初期ならば現存するものを使い、足りないものは持っている誰かから金で買おうとし、最終的には奪い合いが発生するだろう。
また、安価な燃料、夜間の光源が不足していけば、人の活動時間の制約も大きくなるかもしれない。
夜の街の商売には、大打撃確実だ。
日本で言う街路灯、屋外灯の類が激減すれば、治安の悪化も進んでしまう。
魔道具が徐々に失われて減って行く未来。
それは、百年から二百年ほどの時を掛けて、ゆっくりとそれらがなかった大昔の不便な生活に戻るだけのこと。
けれども、そんなことは端的に言ってしまうと「文明の退化」でしかない。
しかも、だ。
それだけで済めばまだ御の字であり、その百年、二百年の何処かの段階で災害級魔獣による、大陸内の人類滅亡レベルの壊滅的な被害が発生することも考えられる。
最初の数回は、ひょっとしたらその時に残存している機動騎士などを使って危機を乗り越えられるかもしれない。
しかし、対災害級戦で失われる魔道具兵器を皆無にすることは所詮不可能である以上、ジリ貧になるのは確定となるのだ。
こうした想像が、カストル家の事案によって実は既に現実になりつつあるのを、ヤルホス公は非常に恐ろしく感じた。
加えて、王家や三大公爵家の特権が失われることも想像に難くない。
四家で独占している魔石の固定化技術を失えば、公爵家の価値が必然的に下がる。
魔道具の兵器が減って行き、扱える人間の数が必要なくなれば貴族の存在価値が低くなるのも必定。
と言うか、潤沢な魔力量を持たない一般国民を守る名目で徴収している税金は、納める者がいなくなるだろう。
それは、ファーミルス王国の貴族制度の崩壊を意味する。
いや、その前の段階で、王国が存続できていないことすら考えられる。
実際、ファーミルス王国の周辺国は、興亡を繰り返しているのだから。
ヤルホス公はこの日より、過去の幾人かの当主に倣って、直近の目標を「自家に在る魔道具のコピーの製造」とした。
また、大目標として、「魔石固定化技術の自力による再現」も掲げた。
それらに注力しつつ、彼は並行して飛行機の研究者に資金援助をすることにもなるのだが、それらは決して「些細なこと」として片付けてはいけないのかもしれない。
宰相が頭を悩ませ、シーラがラックにどう伝えたモノかと考え込んでいたのと同時に、ヤルホス公爵邸ではこのように事態が進んでいたのであった。
勿論、シーラには事前に知らされていなかっただけで、「カストル家の魔道具の故障はミシュラたち三姉妹の合作による既定路線だった」のは言うまでもない。
真っ青な顔のまま、ラックを合図で呼び出して状況説明の言葉を紡いだシーラ。
住まいと仕事の両面の事情から、与えられるゴーズ家内部の情報に制限が掛かっているラックの末席の妻。
彼女に対して罪悪感で超能力者の心が少々痛んだのは、現在のゴーズ家の事情を鑑みれば、避けられない事象だったのだろう。
「『もう一度、ミシュラ様たちが動かなくなってしまった魔道具の調査に来る。ドミニク様もそれに参加する』のですね? 動かなくなってしまった魔道具を再稼働させられる可能性が僅かでもあるならば。また、仮にダメでも『メインハルトが最善を尽くして王国に協力する姿勢だった』としてくださるのなら、そのお話受け入れましょう。しかし、今回は王命ではありませんのね?」
ロディアはメインハルトの後見人の立場で王宮への呼び出しを受け、宰相との話し合いをすることになってしまった。
その結果もたらされた情報は、彼女的には想定内の部分が多い。
尚、完全に想定外の部分は、調査にドミニクが加わる部分である。
「うむ。此度の件、問題となるのは『故障の原因が何処にあるのか?』だ。現在の事態を、まだ公にはしておらん。従ってカストル家の魔道具問題の事案発生を知っているのは、現状だと王宮内では陛下とシーラ様に加えて一部の上級文官のみ。その他はヤルホス公とゴーズ家の関係者だけ。王命が出ない理由も含めて、極めて高度な政治的判断の末の一連の対応となっている」
宰相の語った、「極めて高度な政治的判断」とは何か?
コレの意味するところは、ラック、ミシュラ、アスラ、ミゲラの四人に対する責任追及をしようとする大馬鹿者が一人でも出てしまった時点で非常に不味い事態に陥るので、それを未然に防ぐための予防策でしかない。
その真実を、ロディアは知らない方が幸せなのかもしれないが。
「あの、テニューズ公はご存じないのですか?」
「そんなわけがなかろう。『ゴーズ家の関係者』として、一括りにして語ったにすぎんよ。実際、『王宮として目立った動きをしたくないがために直接情報を伝えておらず、テニューズ公への連絡は実父である上王ラック陛下にお願いしている』という事情もあるのだ」
「そのような動きになっていたのですね。わたくしもメインハルトも、ゴーズ家とは関係が深いと自負しております。ところで宰相殿。ダメだったときの提示した条件について、返答がまだなのですが?」
ロディアは「広い意味で、わたくしたち親子もゴーズ家の一員のようなもの」と暗に主張した上で、宰相の不誠実な部分を問い質した。
問い詰められた形の宰相的には、「当然行うべきこと」と認識していたため、明確に言葉にせずとも了承したつもりになっていた部分は、自身の落ち度であることを認めざるを得ない。
「ああ、すまなんだ。その件は勿論了承する。しかし、仮定の話にはなるが。もしもの時は、三大公爵家の立場が揺らぐ。そのことは理解しておいて欲しい」
「わかりました。それでは、ミシュラ様たちの『お忍びでの』来訪をお待ちしております」
そんなこんなのなんやかんやで、ロディアが王宮を辞して僅か二時間後には、カストル公爵邸においてミシュラたち元カストル家三姉妹に、ドミニクを加えた四人による姦しいトークタイムが成立する。
シーラから王宮での交渉の顛末を知らされたラックが、四人の女性を引き連れてカストル公爵邸へテレポートを敢行した結果、そのような状況へと繋がったのだ。
四人の女性陣は魔道具を前にしても、やるべき仕事がなかった。
何故なら、実際は「魔道具自体の入れ替え」と言うか、「すり替え」が主目的であり、「調査と修理をしましたよ」という体裁が整う時間稼ぎができさえすれば、それで問題なかったからだ。
カストル家の魔石固定化用の魔道具が設置されている部屋で、これまたラックがこっそりと運び込んだテーブルとイスが鎮座し、まるでお茶会の如くティーセットにお菓子まで用意されたのは些細なことであろうか?
ちなみに、三時間ほど続いたトークタイムの内容は、当然ながら機動騎士関連の話題ばかりだ。
ドミニクと話をして盛り上がることができる話題は、限定されている。
そのことをミシュラたちはよく弁えていた。
加えて、アスラやミゲラに至っては、ドクと直接話をする機会が普段は全くない。
二人は、「良い機会だ」とばかりに自身の機体への不満な部分を語りつつ、改装案の提示を要求したのだった。
「えー、『ロディアさんに操作方法を知ってもらうかどうか?』の判断については、後日メインハルト君自身にして欲しい。よって、今日のところはメインハルト君だけが魔道具を設置してある部屋へ、今から来てくれるようにお願いしたいのだけれど」
ラックは少々申し訳ない感じで、ロディアに語り掛けた。
但し、言葉を受け取る側にとっては、特大の朗報であることに違いはない。
寧ろ、「何故ラックが申し訳ない感を出しているのか?」とまでロディアは考えてしまうくらいであった。
「それは! 勿論仰る通りにさせていただきます。魔道具の再稼働、成ったのですね? 何度もメインハルトの窮地を救ってくださって、ありがとうございます」
ロディアは、自身の夫を亡くして、カストル家に魔道具の問題が浮上して以降。
一連の流れの全てに対して、「自身とメインハルトの二人にとって最も良い方向になるようにゴーズ家の面々が動いてくれている」と、直感的に悟っていた。
それだけに、息子のメインハルトに対しても、「もし何か不思議に思うことがあっても、ミシュラ様たちに直接指摘してはいけません。あとで母であるわたくしのみに伝えるのです」と、最初から言い含めてある。
前回の操作方法の伝授時にも、メインハルトは「ねぇ母さま。父さまのやり方とは全然印象が違うけど、これで良いのかな?」とこぼしているのだ。
けれども、それを聞かされた彼女は、「是」とした。
その上で、息子に改めて「他言無用」を伝え、その情報をどこにも出すつもりはなかった。
彼女の中では、彼女自身とメインハルトはとっくにゴーズ家と一蓮托生の味方なのだから。
とにもかくにも、そんな流れでラックたちがメインハルトへのレクチャーを済ませてカストル公爵邸から退去したあと。
メインハルトは母親のロディアに、「魔道具が元に戻って、今日ミシュラ姉さまから教えてもらえたやり方が、父さまのやり方と同じに戻ったんだよ!」と嬉しそうに語ったことも、カストル公爵家を存続させねばならない二人が墓まで持って行く秘密の一つになったのだった。
こうして、ラックはロディア母子の無言の協力もあって、ゴーズ家の暗躍の部分を他所に知られることなく、当面のカストル公爵家の問題を完全解決した。
ついでに、シーラが少年王から受けた命令も、それを知ることなく解決の方向に一歩進めている。
まぁ、メインハルトの婚姻問題に踏み込むところまでを王命で振られているシーラの悩みは、まだまだ終わらないのだけれど。
なんとなく一区切りついたはずなのに、ドクから向けられた熱い視線に「次の仕事が待っているわよ」という圧力を感じてしまうファーミルス王国の元国王様。「こうも次々にやることだらけになって仕事に追われると、ちょっと一人旅にでも出たくなってしまうな」と、無駄にフラグを立てつつ、精神的疲労が溜まっていたことも相まって、珍しく閨での一戦後にまだ元気な妻たちをさしおいて、早々眠りについてしまった超能力者。火照った身体を冷ますべくシャワーを浴びて閨へと戻ったエレーヌとリティシアの二人が目撃したのは、立ち上っている円筒形の光の中心から消えつつあるラックなのであった。
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