第256話

「『ドミニクがカストル家の魔石固定化用魔道具の解析を完了させた』ですって?」


 ミシュラは、ラックから告げられた内容に驚いていた。

 彼女はドミニクに使用方法を解析させるために、件の魔道具が渡されたことは知っている。

 付け加えると、「『解析して使えるようにするのに最低でも半年、長ければ数年単位の時が必要』と本人が語ったことも」だ。

 その話題が夕食会で出たのは二か月ほど前の話であり、時期的にミシュラが驚くのも無理はない話ではあったのだ。


「うん。ドクの意欲とか情熱的なモノを僕らは軽視し過ぎていたのかもしれないね。本人からも『解析を終えるのに、最低半年は覚悟して欲しい』って言われていたからそのつもりだったけど」


 何のことはない。

 ドミニクの患っている【やりたいことをしたい病】が彼女自身の閃きと気づきを加速させ、解析が思いの外早く進んだだけの話である。

 勿論、彼女が過去に「テニューズ家の魔石固定化用魔道具の解析を行った経験が生きた」のは言うまでもない。

 そして、夕食会を待たずにラックが先行してミシュラに状況を伝えに来たのは、カストル公爵邸で現在稼働している一時しのぎの偽物の魔道具を回収して、本物を設置することが可能になったからだ。


 そうなると、元カストル家の三姉妹がメインハルトに伝授した魔道具の操作手順とは、当然ながら齟齬が出てくる。

 その問題を解決する方法は継続協議中であったのだが、未だに良案が出ていない保留案件なのだった。

 要するに、早急に保留案件に対する解決策が求められるが故に、当事者の一人でラック的に最も話がし易いミシュラへ急いで伝えられたのである。


 時の頃はお昼時が近い午前中。


 ミシュラにアスラとミゲラへ情報を伝え、三人で夕食会までにそれなりの結論を出すお仕事が追加された瞬間でもあった。




「ミシュラさん。わたくしとミゲラだけを集めての、緊急の用件とは何ですの?」


 ラックのテレポートによって、半ば拉致されたに近い形でアスラとミゲラはミシュラの詰めている執務室に連れて来られていた。

 その際の事情説明も、「緊急案件。僕が詳しく語っても二度手間になるから。詳細はミシュラから聞いて欲しい」とおざなりであったのだからアスラの発言は「正当性がある」と言えるだろう。


「ドミニクにより、カストル家専用魔道具の解析が終了したので、メインハルトへの引継ぎをどう誤魔化すか? 話し合うべき案件はそれです。アスラとミゲラだけを呼んだ理由はそれで理解できますわね?」


「なるほど。呼ばれた理由は理解できました」


「ですわね。で、もう解析が完了したのですか。それは大変喜ばしい。しかし、だからと言って、早急に魔道具の入れ替えを行う必要はない気がするのですけれど」


 ミシュラの返答でアスラの疑問が解消され、ミゲラが自身の見解を述べた。

 ミゲラの言い分は一面では正しい。

 代替の魔道具はきちんと稼働しており、三台目を現在使用中。

 付け加えると、「予備機がまだ別で二台作成済みのため、それらを使い切る前提ならば三か月近い猶予がある」とも言える。

 だが、ミゲラの思考には、本物の魔道具の管理が必要になる部分が判断材料から抜け落ちている。

 ドミニクが解析作業の場として選んだアナハイ村は安全度が高い。

 それでも、飛行船の主要基地の側面も持っているため、住人自体は多いのだ。


 貴重な魔道具であるだけに、万一を考えると警備なしでそのまま置いておくことはできない。

 実際のところ、現状はラックの妾であるレフィール、ルクリュア、サバーシュにクーガの嫁の一人であるテレスを加えた四人が、それぞれ彼女たち専用の下級機動騎士を使って、二十四時間三交代制の警備の任に就いているのである。

 三交代制なのに一人多いのは、飛行船での仕事も船長たちにはあるからだ。


 そうした飛行船関連の仕事がないテレスは、基本的に休日なしのフル稼働を強いられ、どうしても抜ける必要がある時はフランが代理を務めることになっている。

 ゴーズ家では、機動騎士が扱えることに加え、無条件に信用でき、尚且つそれなりに時間の自由が利く人材は少ない。

 まだまだ新興の公爵家、新興の公国である以上、そのあたりの人材不足はやむを得ないのであった。


 ちなみに、この警備の仕事は一見ブラック企業も真っ青な過重労働に見える労働条件だったりするのだが、本質は異なっている。

 単純に「警備」と言っても、機動騎士の操縦席で寛ぎながら周囲の監視を行うのが主な役目。

 外部からは操縦者が何をしているかは把握できないため、稼働中の機動騎士が張り付いていること自体に意味があるのだ。

 彼女たちの実態の労働においては、退屈との戦いが最大の負荷になるのかもしれない。


「入れ替えなければ、警備に継続して人手が必要になるのです。当面半年は四人プラス一で頑張ってもらって、その間にわたくしたち全員の仕事の見直しをして警備に割く人員を増やす予定なのですからね」


「その警備なのですが。ラックの発案の、『一時的に極点で保管する』ではだめなのですか?」


 夕食会で保留案となっていた部分を、思い出したアスラが尋ねる。

 そもそも、「解析の研究自体をそこでやってはどうだ?」という意見もその時には出ていたはずなのである。

 ラックが「僕専用の天然冷凍庫」と呼んで憚らない地は、貴重な魔獣素材がてんこ盛りで保管されているにも拘らず、無人で警備などされていないからだ。


 現状で暫定の警備体制が継続し、それが採用されていない以上、ラックの発案には何らかの問題があるのかもしれない。

 けれども、その点の続報をアスラは聞いた覚えなどなかった。


「ああ、それはドミニクがあっさり却下しました。そういえば、その件の報告が夕食会ではされていませんでしたね。なんでも『極低温に晒されれば、魔道具が壊れる可能性が高い』のだそうですよ」


 固定化されている魔石の部分は低温でも問題はないが、その他の部分は別である。

 今を生きるファーミルス王国の人間に、大昔に製造された該当魔道具の仕様を知る者はいないのだが、実のところ下限はマイナス五度、上限は六十度が想定されている造りとなっている。

 そのため、そこを超える環境下だと魔道具内の駆動部分の各所で故障が発生してしまう。

 屋内設置以外の使用環境は想定されていない仕様の魔道具であるだけに、これでも「かなり余裕を持たせた頑丈な造り」とさえ言えるのだ。


 勿論、ドミニクならば材料と時間、専用の道具があればそうした故障を直せなくはない。

 けれども、それには数日の時が必要となるし、本来ならばメンテナンスフリーであるはずの部分に使用されている希少な魔獣素材だって用意せねばならない。


 また、これはあくまでもドミニクの予測ではあるのだが、一度極低温に晒してしまうと、再稼働時には壊れていなくとも、常温での稼働後しばらくしたら壊れてしまう部分が出てくる可能性もそこそこ高かったりするのである。

 そして、実際に検証されることはなくとも、彼女の予測は正しいのが現実。

 狂気の研究者兼技術者の持っている天性の才能から出て来る予測は、伊達ではないのであった。


「そうだったのね。ならばそれは諦めるとして、早急に入れ替えを。ああ、こういうのはどうかしら? 今の魔道具を『壊れるまで使わせる』って方法はどうかしらね? その段階でわたくしたちとドミニクで出張って、『使えるように修理はしたけれど、元のままにはならなかったから使用方法が変わってしまった』って言うのはどうかしら」


「アスラさん。それ、なかなか良い案だと思われますよ」


 アスラの考えに、ミゲラが賛同する。

 他に有効な手立てを思いつかないならば、少しでも可能性が高い方法に賛成するのが当然であった。

 まして、この問題を放置すれば、ゴーズ家としての負担は元より、ラックに圧し掛かる負担が加速度的に増えてゆく気がするミゲラだ。

 彼女はゴーズ領滞在組の中では最も新米なだけに、夫であるラックに仕事が集中し過ぎていて、しかも他者が代わりを務められない状況を不憫に思っていた。


 これは、ミゲラだけが、「まだゴーズ家の常識に染まり切っていない」とも言えるわけだが。


「なかなかに良案ですわね。追加でファーミルス王国とカストル家に、まぁカストル家に関しては必要ない気もしますが、恩を売れる点もすばらしい気がします。但し、問題が一点。壊れてすぐにこちらへ話が回って来るでしょうか?」


 ミシュラは称賛しつつも、問題点を指摘する。

 彼女は彼女で、考えられる全ての状況を吟味していた。


「そうですわね。しかし、そうなるとは限りませんわよね。ならばこの案はダメでしょうか」


「いえ。そうとも言えませんわよ。シーラを上手く使いましょう。彼女に全てを明かすわけには行きませんけれど、こちらに都合が良いように予め思考を誘導しておくことはできますでしょう。彼女の元へ、『魔道具が壊れた』という情報が早い段階で流れるのは確実ですからね」


 ミシュラの指摘でシュンとしかかったアスラに対し、ミゲラがフォローに回る。

 欠点が克服されれば、良案であることに間違いはないのだから。


 そんなこんななんやかんやで、『三人寄れば文殊の知恵』でもないのだけれど、元カストル家三姉妹の意思統一は無事に行われた。

 あとはその時にドミニクを引っ張り出す約束の取りつけと、シーラの思考を誘導しておく部分に着手すれば済む。

 一応、夕食会の場でも再度議論はしておくべきであろうが、三者全員が原案通りで通過することをこの段階で確信していた。

 事実、この日の夕食会でそれは現実のものとなるのである。




「失われた稼働技術の再現が成って幾ばくの時も経っておらんのに、今度は『魔道具自体の故障』とはな。カストル家は呪われてでもいるのか?」


 届いた情報に対して悪態をつきながらも、宰相はメインハルトの代行で書簡を送って来たロディアの、焦りや責任感が感じられない姿勢に苛立ちを感じていた。


 カストル家の故障したとされる魔道具に限らず、王家の二つの特別な魔道具も同様なのだが、「偉大な過去の賢者様が造った」とされるファーミルス王国の根幹を支える五つの魔道具は、稼働することで消耗する部分が完全な部品交換式となっており、その部品交換のやり方も合わせて王家と三大公爵家それぞれの秘伝となっている。

 付け加えると、その部品交換がきちんとされていれば、これまでの経緯を踏まえると、壊れることなどありえないのであった。


 王家の炉を含む五つの特別な魔道具は、現在では入手困難である特殊な魔獣素材が随所に使用されている。

 その結果、メンテナンスフリーとされている部分の耐久性はすさまじく、四千年以上の時を経て尚、摩耗、損壊、劣化などの事象を感じさせない。


 それだけに、今回の報告を受けた宰相視点では、「間違った稼働方法で無理矢理使用したために、カストル家の魔道具が壊れたのではないか?」という疑念が発生していた。


「至急、カストル家に『どう対処するのか?』を問え。私は、固定化の工程の王家担当部分を行うシーラ様と善後策を話し合う」


 事態は、元カストル家三姉妹の想定通りに動いた。

 宰相は足早にシーラに与えられている王宮の私室へと向かい、情報を共有することになる。


「わたくしに相談されても困りますけれど。ですが、前回と同じくミシュラ様たちを頼る以外の選択肢がないのでは?」


「そうかもしれません。しかし、故障するはずのない魔道具が故障した原因もまた、ミシュラ様たちにあるかもしれないのです」


 宰相は「疑惑がある」とした形でシーラに語りはしたが、この段階では何の証拠もないにも拘わらず、「自身の想像が真実なのだろう」と考えていた。

 そしてそれは、ある意味で正しく、ある意味で間違っているだけに、彼が真相を知る事態に至れば面倒なことになるのは必定だったりする。

 勿論、そんな未来はないのでセーフであるけれども。


「仮にそれが事実だとしても。宰相、それがどうしたというのです?」


「原因を作った者たちに『結果への責任』が存在する。当然のお話かと考えますが」


「それはつまり、ミシュラ様、アスラ様、ミゲラ様、ひょっとしたらわたくしの夫でもある上王ラック陛下も『罪に問う』とでも?」


 シーラは会話を進めながらも、「『恩知らず』、あるいは『恥知らず』の、見本がここにいる。もう少しマシな文官が何故存在しないのか?」などと益体もないことに思考を割いていた。


「いえ。さすがにそこまでは。しかし、今回の問題を解決していただけるとして、責任を取って無償でそれを行うのか? それとも単に仕事を受けた形で報酬が発生するのか? この違いは大きいのです。正直に申し上げると、ファーミルス王国にはもうゴーズ家が納得できるような報酬を用意できないのです」


「王国の窮状は理解します。しかし、話の筋が悪いですわね。そもそも、『仮に』ですが、前回ミシュラ様たちがカストル家に協力するのを拒んでいたら、今頃ファーミルス王国はどうなっていましたか?」

 

 王族の義務の一部を任され、王妃代行も同時に熟すシーラは、本来ならばゴーズ家寄りの思考ではなくファーミルス王国寄り、平たく言えば「宰相寄りの立場」で思考し、発言せねばならない。

 しかしながら、現状で王国の利を追求することは、結果的にゴーズ家と敵対する道であり、それは王国の滅びへの歩みに等しいようにシーラの目には映っている。

 シーラ自身の立場はゴーズ家の一員でもある以上、大義名分があればゴーズ家側に利がある方向の意見を通せるものなら通したい。


 この時の宰相はシーラからの厳しい問いかけに対し、返す言葉に詰まって佇むのみであった。


 こうして、ラックはミシュラたちの知恵により、直近の課題であったカストル家の魔道具問題を解決する方向に向けて大きな一歩を踏み出すことに成功した。

 片や、メインハルトの後見人であるロディアは、この案件で一見無責任な無能を演じている。

 けれども、彼女は一連の事態の推移がゴーズ家の思惑通りに動いていることを、ゴーズ領に滞在した時の経験から直感的に悟っていたが故にそうした行動に出ていた。

 宰相だけではなく、ゴーズ家の面々からしても不自然に感じられるロディアの行動は、そうした直感に従ってのモノであったのだが、その事実は誰も知ることのないまま時が過ぎゆくのだった。


 大迷宮の九十階層の魔核を大量且つ絶対に入手する必要性がなくなりそうな情勢への変化の兆しに、ほっと胸を撫で下ろしたくなる気分になったファーミルス王国の元国王様。ドクに「固定化モドキの処理を施した魔核利用の魔道具の製造と納入は終わり」と、至極当然の流れを説明した超能力者。「そう。これで、心配事が減ってオリハルコンの収集と、九十階層の魔核集めに時間を多く避けるわね!」と、笑顔でドクに告げられてしまい、絶句することになるラックなのであった。




◇◇◇報告◇◇◇


 別の小説投稿サイトの話で恐縮ですが。

 実はこの作品の別バージョンの方に、とあるところから、【とある案件】が来ていました。

 見ている人は見ているのですねぇ。

 ありがたいことです。

 それはそれで置いておいて。

 先方といろいろやり取りを行った結果、残念ながら今回は『案件見送り』となってしまいました(無念)


 まぁ、明日は明日の風が吹きます。

 きっといつか、『別の案件が舞い込む』なんてことも。

 あると良いなぁ(願望)

 コミカライズのお話とか来ませんかねぇ(超願望)

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