第255話

「私たちに『カストル公爵邸の本館から退去しろ』ですって?」


 カストル家の家宰は、先触れもなく唐突にやって来た宰相が告げた内容に驚かされていた。

 だが、宰相は当代カストル公であるメインハルト宛ての、王命となる正式な書簡を携えており、実質拒否はできない。

 個人的にはどれだけ理不尽に感じようとも、従うしかないのである。


「早急にお願いしますね。通路封鎖することになりますが、別館の部分は使用して構いませんのでそちらに移られるのがよろしいかと考えています。この本館が無人になったあと、余人を排した状態でミシュラ様、アスラ様、ミゲラ様の三人が、現在技術喪失状態の魔石の固定化作業、カストル家担当部分の復活を試みますので」


「確認ですが、それは『ロディア様やメインハルト様も例外ではない』のですね?」


 カストル家家宰としては受け入れ難い話であるため、細やかな抵抗を試みる。

 目的が「現在技術喪失状態の魔石の固定化作業、カストル家担当部分の復活」であるのが事実なら、ミシュラたちが行うことに対して、少なくともメインハルトの立ち合いは許されるべきであるようにも感じるからだ。


 もっとも、ロディアとメインハルトの二人だけが本館に残ることを許されたとしても、使用人が一切立ち入れない状態ではそこで生活することなど不可能である。

 よって、仮に滞在が許されたら、それはそれで困ることになりかねない。

 けれども、カストル家を、主人と仰ぐ家の面子を、大切にしたい家宰にとって、そんなことは些細なことであった。


「そうなりますね。王命の書簡の内容も、そのようになっています」


「『亡くなった大旦那様の実子である』とは言え、宰相が先ほど名を挙げられた現在のそのお三方は、ゴーズ家の人間。王命である以上は従います。が、心情的には抵抗感が大きいことをご承知いただきたい」


 家宰の言葉に、宰相は刹那の怒りの感情を持つに至った。

 しかし、そこで本心を態度に表したり、吐露したりはしない分別はある。


「(言いたいことや気持ちはわからんでもない。だが、そもそもカストル家が単独で技術の引継ぎをきちんとしていれば、我々が動くことなどなかった。尻拭いをするために奔走している人間に対して、何たる言い種)」


 宰相の言葉には出さない思考はこんな感じであったが、現在重要なのは一刻も早く魔石固定化のカストル家の分担部分を稼働させることである。

 もし、王命を拒否され、カストル公爵邸に立てこもられて武力抵抗でもされたら最悪だ。

 そうした状況も「絶対にない」とは言い切れなかったので、一応の対応策は用意している。

 けれども、武力には武力で対抗するしかないとして、カストル公爵邸本館の制圧自体は成っても、その結果最も重要な魔道具が壊れてしまっては意味がない。

 と言うか、「ギリギリの状況に追い込まれれば、相手側はそれの破壊を盾にした交渉に出る」であろう。


 宰相的には、「王命である以上は従います」の発言をカストル家の家宰から引き出せただけで幸い。

 一瞬の怒りの感情は押し殺して、満足すべきであった。


「承知している。メインハルト様、ロディア様は勿論のこと、カストル家に仕えている者たちに無茶をお願いしていることは、理解しているのだ」


「なるほど。では、メインハルト様とロディア様へは、まず私から説明する形でよろしいですか? その王命の書簡を私がお預かりしても?」


 家宰は、メインハルトやロディアが直接宰相と顔を合わせることを避けた。

 ロディアは大丈夫かもしれないが、メインハルトは不満や怒りの感情をそのままに発言、あるいは行動を起こす可能性がなくはないからだ。


「それが『最も穏便』と判断されたのならお任せする。それでは、この書簡を間違いなくメインハルト様に手渡しをしてくだされ。その場で内容を確認していただくことも合わせてお願いする」


「承りました」


「遅くとも一時間後には、ミシュラ様たちがここへ到着するのでな。それに合わせて動いていただきたい」


 最後にロクに猶予がない期限を切られて、内心は舌打ちしたくなる家宰。

 けれども、よく考えれば「三姉妹がやって来た段階で、本館を無人にしておけ」と言われたわけでもなかった。

 一旦客室なり応接室なりに通して、軽く情報交換をしつつ待ってもらっても問題はない。


 宰相とカストル家の第一ラウンドは、このような流れで終了したのであった。



 

「お久しぶりです。ミシュラお姉様」


「ええ、久しぶり。メインハルトはしばらく会わない間に背が大きくなりましたね」


 ミシュラとメインハルトは親子どころか、下手をすれば若い祖母と孫であっておかしくないほどに歳が離れている。

 それでも、血縁上の関係性は異母姉弟であることに間違いはない。


 肩書上はミシュラが上王ラックの正妃。

 片やメインハルトは当代のカストル公爵。


 双方の立場上、お姉様呼びや名前の呼び捨てが許されるかどうか?


 そのあたりは割と微妙だったりする関係なのだが、そこは過去の事情がしっかりと加味されていて、身内だけの場ではそれを許すことが合意されていた。


 前述のそれは、それ故の言葉のやり取りだ。


 実のところ、メインハルトは幼少期をライガと共に育った関係もあって、彼がゴーズ領から王都のカストル公爵邸に居を移す前までは、ミシュラのことを「ミシュラ母様」と呼んでいたりしていた。

 幼い子供であったのだから、王都ではなく辺境の地であることも相まって、ある意味当然の状況ではあったのだろう。

 それでも、現在の当代のカストル公がミシュラのことを呼ぶ際に、母から姉へと呼称を変化させたのは、実父である前カストル公にそれを咎められ、矯正されたからである。


 これは余談となるが、ゴーズ家のライガもまたロディアのことを「ロディア母様」と呼んでいた。

 ライガからすると、血縁上ロディアは祖父の妻であるために祖母のはずなのだ。

 けれども、ロディア自身が自分の年齢が若いことを理由に「お婆様」と呼ばれることを嫌がった。

 また、ゴーズ家側にはライガのロディアに対する呼称を、「きちんと改めるように強制しよう」と考える者がいなかったせいで、ライガに関しては矯正されることなくそのままになっている。

 実にどうでも良い話ではあるのだけれど、現在のカストル家とゴーズ家との「繋がり」と言うか「関係性」を端的に示している部分でもあるのだろう。


「此度は、当家の引継ぎの不備からご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 ロディアは三姉妹に向けて頭を下げ、お詫びの言葉を発した。


「いえ。元はわたくしたちもこの家で生まれ育ったのです。父が亡くなったのに不謹慎かもしれませんが、今となっては実家であるこの屋敷に大手を振って滞在できる機会はなかなかありません。『この機会に、いろいろ心残りだった部分を片付けたい』という、こちらの都合もございますのよ」


 ミシュラが代表して、ロディアに言葉を掛ける。

 ミゲラやアスラは「ミシュラの姉である」という立場より、ラックの正妻に対する第六夫人と第五夫人の立場を重視しているために無言だ。


 アスラはゴーズ領でそれなりにロディアとの交流があったので、ミシュラの言葉の陰でじっとしていても辛くはないからまだマシ。

 けれども、ミゲラはそうではなかった。


 ミゲラはカストル公爵邸で自身の実母側に肩入れしつつ同居していた時は言うぬ及ばず、ゴーズ領での生活時においてもロディア母子に係わることが皆無に近いくらいに少なかったのが実情。

 ミゲラに話を限定すると、彼女はロディアとメインハルトに掛ける言葉が見つからないのが本音なのだった。


 カストル家の家宰を排して行われた五人のみの会合であったが、「再会を喜ぶ三人とその他二人」という、奇妙な空気が流れる場であったのは些細なことであろう。


 ちなみに、ラックはタクシー代わりの人間運搬役に徹し、ロディアやメインハルトとの顔合わせには参加しなかった。

 勿論、それは二人に会うのが嫌だったのではなく、超能力者には「狂気の研究者兼技術者を説得して、協力を取り付ける」という重大且つ急ぎの仕事があったからなのだが。


 とにもかくにも、恙ない挨拶とちょっとした雑談を終えた、カストル公爵邸に残された面々は、それぞれに次の段階へと移行する。

 ロディアとメインハルトは別館である離れへと移動し、一時的に本館との連絡通路が完全に閉鎖された。

 ミシュラ、アスラ、ミゲラの三人は、極めて個人的な私物関連の些事を早々に片付け、おそらくはないであろう秘伝の引継ぎ資料の存在の捜索に入る。

 ミシュラに至っては、形式的に一応探しはするものの該当資料の発見、入手については完全に諦めていた。

 彼女は夫のラックがかなり昔に魔石の固定化技術を手に入れようと、超能力を使って徹底的に調査し尽くしたことを知っているからだ。


 ラックの透視能力は、調査対象が公爵邸の敷地範囲内限定であるなら、見落としをすることなど考えられない。

 超能力者はミシュラどころか、彼女の実父でさえその存在を知らない、何代前のカストル公が隠したのかすら定かではない、古くに隠された秘蔵品ですらも、易々と発見しているのだから。


 今回の案件で、「形見の品的にそれぞれが一品持ち出し自由」の権限を要求して通ったのを良いことに、その隠された秘蔵品の情報は三姉妹に伝えられていた。

 ラックはもののついでで、かなり高価であろうそうした品から、好きなものを持って来るよう隠し場所を暴露したのだ。


 但し、ラックが行ったこの行為は、カストル家側にもメリットがある。

 当代のメインハルトからすれば、未発見のお宝が自宅から出て来てミシュラたちが持ち出す品物以外は手元に残る。

 それ故に、「プラスである」という見方ができるのであった。


 そんなこんなのなんやかんやで、カストル公爵邸本館の、ミシュラたち三姉妹の手による徹底的な捜索が夜間休止や食事休息なども挟んでではあるものの、十日間の長期にわたって続けられた。

 その間に、魔石の固定化のための魔道具の稼働実験も、ダメ元の精神でミゲラとアスラの手によって試みられている。

 勿論、全ては「魔石の固定化用の魔道具を稼働させる」という意味合いに置いて、徒労に終わるのだけれど。

 まぁ、メインハルトが今後公爵としての務めを果たすに当たって、役立ちそうな資料が全く見つからなかったわけでもないので、完全な「無駄骨」とも言い難いのが皮肉な部分であろうか。




「えーっと。大迷宮産の魔核に魔石の固定化技術を流用して、一か月程度の連続使用に耐えるであろうカストル家担当部分の仕事ができる魔道具を、ドクが造り上げることに成功しました。災害級魔獣の魔石を手に入れるまでの繋ぎでしかないけどね。それで、『技術の伝承』と言うか、『再現』に関しては、『ミシュラ、アスラ、ミゲラが見たことのある当主のお仕事の記憶の断片を繋ぎ合わせて、試行錯誤した結果稼働させることに成功した』というでっち上げで、魔道具自体を置き換えて当面は誤魔化します」


 ラックはシーラ不参加の夕食会の場で、ミシュラ、アスラ、ミゲラの三姉妹だけが概要を把握している状況の説明を行った。

 ちなみに、今回の間に合わせで造られた魔道具には、大迷宮の九十階層のボスから得られる魔核が使用されている。

 不完全な技術で災害級魔獣の魔石と同等の性能を発揮させるには、それ以外の魔核では不可能だったのがその理由だ。

 モノが違うために完全な固定化ができず、中途半端な使い捨て魔道具になってしまったのも、間に合わせのやっつけ仕事感が漂っているかもしれない。


「ようやく一時的な代替品の製造に成功したんだ? これでゴーズ家からのカストル公爵邸への出張は終了ってことで良いのかな?」


「そろそろそうなってもらわないと、こちらも困る。ま、それはさておき、元の魔道具を稼働させる解析もドクがするんだろう? それが終わったらどうするんだ? と言うか、その代替品の『一か月程度の連続使用が可能』ってのは、予測であって確定ではないんだろう?」


 リティシアが疑問を発し、エレーヌが安堵の表情を浮かべつつ乗っかった上で疑問を追加した。

 ミシュラたち三姉妹の日中の不在のしわ寄せは、フラン、リティシア、エレーヌ、リムルの四人と、夕食会に参加しないレイラ、ニコラの二人に負担として重く圧し掛かっている。

 それだけに、ミシュラたちの作業が終わる報告自体は、彼女らにとって朗報であった。


 しかしながら、ラックの報告内容が完全解決にはほど遠く、一時しのぎでしかないことも明白。

 ドミニクの負担が過大になりそうな部分も、不安材料でしかなかった。

 そうしたアレコレから、「エレーヌの問いが出た」とも言える。


「うん。稼働期間は様子見しながら、壊れる前までに新しいモノと入れ替える。幸いなことに、壊れる寸前のモノを回収して、パーツ交換でリフレッシュさせるのに必要な時間は十五分程度みたい。だから、最初からそれを見越して三つ作ったドクには、『その部分での負担』は少ない。解析は、時間を掛けてやってもらうしかないね」


「貴方。解析終了後に本物と入れ替えら、メインハルト君に教えたやり方が変わるのでは?」


「だね。そこをどうするか。まだ時間はあるから考えよう」


 ミシュラの疑問はもっともであったが、この段階で解決策らしいものはなかった。

 できるだけの対応を行った以上は、「あとは野となれ山となれ」の精神も大切なのである。


「私は、ラックの言った『その部分での負担は少ない』が気になる。本物の魔道具の解析の負担があること以外に何かあるような感じがするのだが?」


「あはは。フランは鋭いね。大迷宮の魔核は、十二時間以上の時間を空ければ新たなモノが入手できなくはないんだよ。ドクが、『無限に手に入る災害級の魔石の劣化品扱いで、量産型最上級機動騎士を実現。一か月以内にオーバーホールをし続けることを前提にすれば不可能じゃないわよね?』って言い出しちゃってね。その研究に着手するには、魔核が大量に必要になるわけで」


 こうして、ラックはドクと共に「入手困難な災害級魔獣の魔石をどう調達したものか?」と頭を悩ませていたところへ、自身の婚約者でもありドクの弟子でもある幼女からの、「それって魔核じゃダメなの?」を切っ掛けとしたお仕事の大幅負担増が決定した。

 大迷宮の九十層から魔核を持ち帰ることができるのは超能力者だけであり、オリハルコン集めも兼ねて備蓄していた分はあるものの、使用用途や新造機の試作実験を考えると、必要量は想像もつかない。

 ドミニクはドミニクで、従来の機動騎士関連の仕事に加えて、海中用の超大型母艦の建造、今回の案件での魔道具の解析と、完全にキャパを超えているはずなのに、新たな案件への意欲が留まるところを知らない。

 流され系ワーカーホリックと、己の欲望に忠実系ワーカーホリックのコンビの進撃は続いてしまうのだろう。


 最上級機動騎士モドキの量産機が実現するかもしれない状況に、嬉々として新たな運用戦略を練り出したフランの存在に恐れおののくしかないファーミルス王国の元国王様。「『リポップするから調達は比較的容易』とは言っても、月産六十が上限だし、完全に張り付くわけには行かないんだからあまり現実的ではないんじゃない?」と呟いてしまう超能力者。普段は知恵が回る方では決してないのに、己の負担が激増しそうになると、回避する言い訳を捻り出すことはできるラックなのであった。

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