第253話

「『ゴーズ公国に本校と同等の学校を設置するのをゴーズ家への報酬としたい。それに協力して欲しい』だと?」


 魔道大学校の学長は、面会を求める先触れから大して時間も置かずにやって来た宰相の言葉に驚くと同時に、彼の正気を疑ってしまう。

 何故なら、過去に魔道大学校は辺境伯領の領都に分校を設置する計画が何度か発議されており、協議の結果ことごとく否定されてきたからだ。

 結局のところ、貴族家に名を連ねる人間を必ず三年以上王都へ招聘して生活させ、同じ釜の飯を食わせ、教育を受けさせることは重要なのだ。

 言葉は悪いが、その期間「人質をとっている」という面もある。


 ちなみに、前述の「三年以上」の部分は、留年する人間が存在することを意味していたりするけれど、そのような事実は些細なことかもしれない。


 魔道大学校を卒業できなければ、必要魔力量五百を超える魔道具は扱えない。

 厳密に言えば、「登録者の縛りがない魔道具に限れば、扱うことができなくはない」のだが、それはあくまで限定的な話である。

 そもそも、必要魔力量五百を超える魔道具で、登録者の縛りがないモノ自体があまり存在しないのだ。


 とにもかくにも、現在の魔道大学校の存在意義は大きい。

 それを、国外に設置しようと考える時点で「狂っている」としか言いようがない。

 話を持ち込まれた学長は、即座に「正気ですか? 頭は大丈夫ですか?」と、ストレートに問わなかった自分にも驚くけれど。


「学長殿、今のその表情だけで此度の話に反対なのはわかる。反対する理由も、推察できる」


「ならばどうして!」


 宰相が過去の歴史を知らぬはずはない。

 反対されて当然のことをしているのに、その発言はないだろう。

 学長はそう考えるしかなかった。


「まぁ、落ち着いて欲しい。南部辺境伯領で災害級の出現に準じるレベルの魔獣災害が発生しそうになった。学長ならば、少なくとも噂程度には情報が入っていると思うがどうだ? それをほぼ独力で解決したゴーズ家には、相応に報いなければならん。それはわかるな?」


「ええ、その点は理解します。けれど、だからと言って」


 言葉を紡ぎながらも、学長は考える。


 仮に、だ。

 今回の案件でゴーズ家に対して、ファーミルス王国が何ら報いることをしなかったらどうなるか?

 事前に確約された報酬がなければ、魔獣による大規模災害において自衛戦闘以外の戦いが避けられるようになるのは必定。

 つまり、他者を助ける者はいなくなるであろう。


 自衛さえできれば良い。


 その考えが蔓延すれば、他所へ魔獣を誘導して擦り付けるなんて事態が頻発するのは想像に難くないのだから。


 それでも、「魔道大学校が、自校と同等の別の学校を作るのに協力するか否か?」は別の話になる。


「まぁまぁ。冷静によく考えてみてくれ。これまでに、魔道大学校と同等の学び舎を別に作ろうとする計画が立ち上がったことはある。しかし、それが実現しなかった理由とは何だ?」


「それは勿論、『同年代の王国の貴族が一堂に会して学ぶこと』それそのものが重視されたからで。あっ!」


「気づいたようだな。そう。此度の案件では設置先がゴーズ公国であり、ファーミルス王国の国内体制は何も変わらぬ。現状ではゴーズ公国の魔力持ち、貴族籍にある人間を王国貴族に準じる扱いで受け入れることが決まっているが、設置後はその部分がなくなるだけだ。それは、魔道大学校に不都合となるか?」


 建設予定地の敷地の整備から始まって、学校運営に必要な施設を全て用意し、生徒に教えることのできる教員を揃えて初めて学校が機能する。

 それは、通常であれば、短期間で成し得ることではない。

 機動騎士や「訓練用に威力が抑えられている武装」とは言え、魔道具を日常的に扱うだけに、全体として施設が大規模にならざるを得ないのだ。


 ぶっちゃけてしまうと、標準的な騎士爵領の三割以上の広さの土地を、魔道大学校は王都に外れではあるものの専有しているのである。

 更にその周辺には、外部からの干渉を避けるために、魔道大学校の周囲をぐるりと囲う形で、王家が所有する幅一キロほどの人工林が整備されていたりするのだ。


 現在の魔道大学校と同等のモノをゴーズ公国に整えようと思えば、軽く十年以上の時が必要になるだろう。

 まして、建国して間もない新興国であれば、他の国内整備事業も多数抱えていてもおかしくはない。

 学校建設だけに集中できなければ、より多くの時間が必要となってくるのは道理であった。


 学長個人としては、設置自体への最大の懸念材料が解決されたように感じる。

 そこだけを論じれば、魔道大学校側に不都合はなさ気だ。

 それでも、小さな不安材料には事欠かないのも現実だったりする。

 前提として、「諸手を挙げて賛成」という立場でもない。


 学長は、気になる部分を列挙していく方針に切り替えた。 


「いえ。そうはならないでしょう。しかしそれでも、魔道具作成技術の流出は不味いと考えますが」


「ふむ。今の魔道大学校には、大出力の魔道具作成に独特のノウハウがあり、一日の長があるのは事実だろう。だが、使い捨ての魔道具ならば、ファーミルス王国以外の国にも製造する技術はある。固定化済みの魔石そのものを輸出することがないので、製造はしておらんだろう。それでも、輸出している魔道具が壊れた時、現地で修理する技術を持つ者はいるはず。実質的には、元々流出済みではないか?」


 他国には、設備も材料も必要な道具もないが、ファーミルス王国が輸出した魔道具の修理を行う根幹の基礎技術だけはある。

 魔道大学校が持つ、必要な細かなノウハウは否定されるはずもない。

 それでも、足りない全てが揃えば、それなりに時間は掛かってもいずれ技術的には追いついてくるだろう。

 だからこそ、ファーミルス王国は基準以上の固定化された魔石が使用されている魔道具をゴーズ公国という例外を除き、国外に流出させることはないのだ。


 機動騎士やスーツ、魔道車などを持ち出して、外国への亡命を試みた例は古い記録を漁れば枚挙に暇がない。

 けれども、そうした前例に対して、「過剰」とも言えるレベルの激烈な対応をした実績がファーミルス王国にはある。

 それ故に、「近年ではそうした愚挙の例がなくなった」とも言える。


 宰相の言い分は、乱暴ではあるが「間違い」とも言えなかった。


「なるほど。そこはそうかもしれません」


「そうだろう? どのみち、魔石の固定化技術はファーミルス王国だけが握っているのだ。『その部分の供給を調整すれば、新たに設置する学校のコントロールがそれなりにできる』と考えている」


「そうですか。ある程度固定化済みの魔石を新たな学校に供給するのは、織り込み済みでしたか。そうであればハードルは多少低くなるかもしれませんね」


 せっかくの新しい学校で、教えるための教材や研究材料の入手が不可能、もしくは供給不足に悩まされてしまうことが事前にわかっていると、せっかく人材を育てても無駄になる。

 逆に言えば、「そうでないことがわかっているとそれに合わせて人材を鍛える目が出てくる」とも言えるわけだが。


「可能ならば避けたい話だ。が、その部分をゼロ回答ではそもそも話が成立しないのでな」


 現実には、魔石の固定化技術はドミニクが数年の時をかけた研究と実験によって、ゴーズ家に流出済み。

 よって、ゴーズ家的には仮にその部分がゼロ回答でも話が成立してしまうし、宰相や学長の思考の前提そのものが間違っている。

 だが、彼らはそれを知らないことが、幸せであるのも事実であろう。


「しかし、学校運営のノウハウや、生徒への指導方法、並行して学内で行われている最先端の研究。どの部分も個人が抱える知的財産です。それを『他者に教えることを良しとしない者が多く出てくる』と予想されますが?」


 前学長の急死で、引継ぎが全くない状態から学長の職を任されてしまった現学長。

 引継ぎが全くなかったことで、今日までに筆舌に尽くし難い苦難の連続を味わった張本人。

 彼は、「個人が抱えていてブラックボックス化している部分がいかに重要であるか」を痛いほど理解している。

 そうした部分は己の立場を安泰とする目的で、おいそれとは他者に伝授されることなどないのだ。


 事実、学長の実務を引き継ぐに当たって、参考になる資料の類すらロクに残されていなかった。

 重要なことは、全て亡くなった学長の頭の中だけにあったのだろう。

 同様の事態は、魔道大学校の各所で起こっている。


 見て覚えろ。

 見て盗め。


 最低限の基本知識以外は、伝授されないことの方が普通。

 例外は愛弟子状態になっている者くらい。

 もっとも、そうした愛弟子は将来にわたって、師に利益供与し続けるシステムだったりするのだけれど。

 継続する利益供与と引き換えに、師から奥義的な部分を小出しにされて教わって行くのだ。


 これは余談になるが、何気に、こうした制度がファーミルス王国の文明の劇的な進化を阻んでいる要因の一つだったりする。

 システム的に、物事のノウハウに対する伝承が途絶するリスクを常に抱えているだけに、そうなるのもある意味必然ではあるのだろう。

 四千年以上の王国の安定は、停滞の歴史でもある。

 安定に対する引き換えの対価として、それが妥当かどうか?

 そんなことは、その時代の今を生きる人々にわかろうはずもない。

 そうした案件は、後世の歴史研究家あたりの仕事なのである。


「そこだ。今日ここへ来たのは、そこをなんとかするための協力要請なのだよ」


「無茶なことを仰る。その無茶を可能にするには、賢者様が残した言葉の実践が必要になるでしょうな。『先ず隗より始めよ』です」


「なんだと!」


 学長からの予想外の言葉に、宰相は焦る。

 賢者の用いた言葉を引用する彼の言い分を、正確に理解するだけの知識が宰相にはあったのだから。


「非才で凡庸な学長である自分が率先して引継ぎを行い、後任を立派に育てる。そうした上で、後任に魔道大学校の学長を任せ、現状の魔道大学校より職場環境を含むその他諸々の全てが劣るであろう新たな学校へ自分が赴任すること。しかも、ゴーズ家に乞われる形でそれを実現するのが望ましい」


 宰相の脳内では、学長の言葉がそう翻訳されていた。

 そしてそれは、間違ってなどいなかったのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、宰相は自身が持ち込んだ案件への根回しを成立させることと引き換えに、自身が学長のためにゴーズ家との新たな交渉を行う密約が結ばれた。

 勿論、結果を確約できることではないので、「努力目標」という玉虫色の結論にはなるのだけれど。

 もっとも、根回しを行う学長に対する前提条件が覆れば、彼が行った根回し自体も無効化されてしまう。

 宰相の苦難の道がこれで終わらないのは、些細なこととして片付けてはならないのであった。




「『ゴーズ公国に本校と同等の学校を設置するのをゴーズ家への報酬としたい』だと? 宰相、正気か?」


 宰相は王国軍の司令部へ赴き、軍の最高責任者へも事前の根回しに来ていた。

 魔道大学校の卒業生には、軍人になる者も含めて、王国軍関連の仕事に就くものは多い。

 ゴーズ公国に同様の学校ができることで、魔道大学校から排出される人材に変化が起きる可能性は低い。

 それでも、なにがしかの影響が出ることは避けられないのも想定の範囲内だ。

 それだけに、宰相は王国軍へも話を通しに来たのであった。


「至って正気ですな。南部辺境伯代理や、王国軍がさっさとゴーズ家との交渉を終えてしまった。ですから、こうした話が出たのは、仕方がないと思われませんか? もし、ファーミルス王国に出せるゴーズ家への対価が他にあるのならば、是非ともご教授いただきたい」


 臆面もなくズバリと言われてしまうと、王国軍側としては返す言葉がない。

 事態を甘く見て戦力を出し渋ったのは事実であるし、国を守らねばならない王国軍が王国の危機を救えなかったのは現実だった。

 そして、それはそれとして軍としては借りに対して早々にゴーズ家との手打ちを済ませ、「あとは宰相たちの仕事」と決め込んだのだから。


 それでも、無言では済ませられず、軍の最高責任者はなんとか言葉を紡いだ。


「対価の案が王国軍にはない。だが、それを考えるのが文官たち、ひいてはそれを統べる宰相殿の仕事だ。こちらへ振るのはお門違いだろうよ」


「かもしれませんな。ともかく、現在のファーミルス王国に出せる対価はそれしかない。実現に当たってできるだけ王国軍への影響が出ないように魔道大学校には動いてもらいます。だが、おそらく影響が皆無とはならない。故に心の準備をしてもらうのと、出てしまった影響についての報告は上げて欲しい。あと、魔道大学校にゴーズ公国から教員候補の人材を受け入れるに当たって、宿舎が足りなくなる可能性がある。その場合は、仮設宿舎の設営を軍に依頼するかもしれぬ。その時は、よろしく頼みたい。今日の訪問目的はそれだけだ」


 実のところ、王国軍は魔道大学校におけるスーツや機動騎士での実戦訓練に、軍人を派遣して協力している。

 また、それに携わる教官は、王国軍内ではそれなりの地位にある出向者だったりするのである。

 魔道大学校の機能をそのまま模したモノをゴーズ公国に設置するとなれば、王国軍はそちらにも同様に人材を出すのか否か?

 この段階で、宰相も王国軍側もその部分には気づいていなかった。


 トップが全てを把握しているとは限らない。

 と言うか、全てを完全に理解して掌握できているトップの方が稀であろう。

 揉め事の火種とは、気づかないところから燻るものなのである。


 こうして、ラックが全くあずかり知らぬところで、宰相の行動はファーミルス王国に大きな波紋を起こした。

 ゴーズ家が自前で魔石の固定化技術を抱えている事実が露呈するのは、はたしていつであるのか?

 宰相、王国軍、魔道大学校に残される人員にとっては、発覚する事態が少しでも先延ばしされるに越したことはないのは確実なのだった。


 今回のお話では、久々に全く出番がなかったファーミルス王国の元国王様。それでも時は流れており、いろいろと忙しい日常からは逃れられない超能力者。「継続案件の魔人問題やオリハルコン製の機体の稼働時への不安があるのは承知だし、別でいろんな事案が発生するのは仕方がないことなのかもしれないけどさ。僕がのんびりと余生を過ごす感じになれるのは一体いつなんだ?」と、答えが出ない問いを無意識に呟いてしまうラックなのであった。

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