第252話

「『災害級の出現に準じる危機への働きに対する報酬を要求されている』だと?」


 宰相は上王のラック、テニューズ公のクーガ、ゴーズ公のフォウルと、無視や黙殺が絶対にできない三名の名が連なっている書簡に目を通し、驚きの声を上げた。

 特に、テニューズ公の部分は驚きである。

 何故なら、「王都のテニューズ家が抱える最上級機動騎士が出撃した」という報告は一切なかったからだ。

 そもそも、王国軍から上がって来た報告書には、ゴーズ家の機動騎士が十機参戦したことは記されていたものの、参加した機体の詳細な情報はなかった。

 宰相からすると、クーガが参戦していた事実そのものが驚きに値するのである。


「ゴーズ家から届いた書簡には、そのような内容が記されていたのか。宰相、どうするの?」


 二代目少年王は、まるで他人事のように宰相に問うた。

 国王の肩書を持つ少年からすれば、現状の事態を引き起こした責任の所在は宰相にあるのだからある意味仕方がない言い様ではあったのかもしれない。


「とりあえず、南部辺境伯領の実権を握っている辺境伯代理と、王国軍とのすり合わせを行ってからの話になります。彼らは彼らで、ゴーズ家の機動騎士に現地で命を救われているし、辺境伯代理に至っては、領地そのものを助けられているのですから」


 そんな話の最中に、緊急性の高い二件の新たな報告書を持った文官がやって来た。

 届けられたのは南部辺境伯代理の女性からの今回の魔獣騒動における報告書と、王国軍からの報告書となる。


 宰相に手渡されたそれに記載されていた内容とはなんなのか?


 その答えのうちで最も重要な部分は、今まさに少年王との間で話をしていた件に関係してくる部分だ。

 それぞれの報告書には要約すると、「ゴーズ家が此度の助力に対する当方からの対価として、『今回の案件における南部辺境伯代理及び、王国軍の機動騎士が討伐した魔獣に対する全ての権利を放棄し、ゴーズ家に譲ること』とする。大筋はそれで合意した」と記載されていたのである。

 宰相は、「大筋」の部分に着目し、「そこに書かれている『大筋』の部分は、細々とした今後の協力要請のようなモノが別途あるためだろう」と、推測できた。

 けれど、それはそれとして、ゴーズ家が今回の案件で貸しを作った三者のうち二者とは、既に話が付いていることは問題なのである。

 

 もたらされた報告書に記載されている対価の妥当性を考えるに当たって、宰相は状況を整理しようと努めた。


 南部辺境伯代理は、自身の機体で補給と休息の時間を含んでだが、一日以上孤軍奮闘しており、王国軍が派遣した二個小隊六機の機動騎士は、二時間ほど戦闘を行っている。

 しかしながら、それはカニ型魔獣の前進を遅らせることが主目的であった。

 それに加えて、万を超える魔獣の大群に対して最初はたった一機で戦い、王国軍合流後でも七機の戦力で戦っただけでは、一々戦果を確認できるような余裕があろうはずもない。

 前提を平たく言えば、彼らは「自分たちが何体の魔獣を屠ったのか? 本来権利を有しているそれの数? そんなものわかるはずがないだろう!」となってしまう。


 また、もし報酬を纏まった話以外の方法で求められる場合は、ゴーズ家が参戦しなければまず間違いなく死んでいた七人の命に値段を付けることになる。

 更に、「ゴーズ家の自主的な助力がなければ、より一層進んだであろう南部辺境伯領の荒廃、失われたであろうそこに住む人々の命」といった問題もあるのだ。

 そうした部分も、当然加味しなければならない。


 おそらくだが、当人たちの感覚からすれば、「倒した魔獣の死骸に対して正当な所有権があったとしても、それは、『それを回収できる状況』になって初めて意味を持つ」としか思えないであろう。

 つまりは、戦闘を終結させる、それも勝利の形で終えなければ魔獣の死骸を手にすることなど不可能なのである。

 そのような、ハッキリ言ってしまえば無価値なモノを、ゴーズ家は対価として認めてくれ、しかもそれが主体となって他には大した要求が出されることもない。


 南部辺境伯代理や、王国軍の最高責任者が諸手を挙げて合意に至るのは、寧ろ当然の結果であった。


 そこまで思考を進めた段階で、宰相はこのタイミングで報告書が自身の手元へ届いた意味に気づいてしまう。

 王都と南部辺境伯領の間には、無視できない物理的な距離が存在する。

 王都内にある王国軍、最高責任者からの報告書と、南部辺境伯代理が出したそれが同時に届くのがそもそもおかしいのだ。

 となれば、そこに神出鬼没な上王ラックの行動が確実に絡んでいる。

 本人が話し合いに出向いてその場で報告書を作成させ、出来上がったそれの運搬を請け負ったのだろう。


 報告書の提出者たちからは、「こっちはもう話を付けたから、巻き込むなよ! そっちはそっちで頑張ってくれ」というメッセージが、暗に込められていた。


 率先して動いたラック、ゴーズ家の意思は「他の当事者からはちゃんと対価を受け取った。ファーミルス王国は、王国の危機を救ったゴーズ家にどう報いるのだ?」を突き付けているのである。


 それらのことが理解できなければ、宰相の職は務まらない。

 少なくとも、それだけの能力を持っているだけに、本人は普通に考えればどうにもならないことをどうにかしなくてはならず、「それが仕事」とはいえ、苦しむことにもなるのだけれど。


「陛下、すみません。今届いた報告書で先ほどお伝えした前提が覆りました」


「そう。じゃあどうするの?」


「どうしようもないので困っています」


「いや、そんなんじゃダメでしょ」


「今から考えを纏めます。部下の文官からも知恵を出させます。明日以降の結論とさせてください」


 少年王から問われた宰相は、陛下の御前から退出して部下に原案を考える指示を出したあと、自身は執務室で思考の海へと沈む。

 この日の彼は、帰宅することなく一晩中考え続けていた。

 翌日はたまたま、国王とどうしても顔を合わせなければならない案件がなかったため、そのまま執務室で出せる条件を吟味していた。


 ちなみに、その間に文官たちから提出された報酬案は、全て却下して差し戻している。

 良い案など、そうそう出るはずもないのだ。


 ゴーズ家に足りていないものは何か?

 欲しがりそうなもの、喜ばれるものは何か?


 現在のファーミルス王国に用意できるものは限られていて、しかも少ない。

 極めて限定的だ。


 ついでに、「過去に報酬として結んだ約定を反故にした実績」という、超マイナス材料が王国側には存在する。

 即座に完遂できない内容の報酬ならばどうなるか?

 仮に魅力的な条件が長期間続くタイプの報酬を提示したとしても、そんなものはこれまでの経緯を踏まえると、一笑に付されかねないのである。


 前例のない侯爵、あるいはそれを飛び越えて、上級侯爵の叙爵権を五つほど与えるか?

 但し、領地は用意できないので基本は法衣の爵位として、「もし自前で領地を用意できる場合は、領地持ち貴族となるのも可」という条件を付けたなら?


 飛び抜けて多い保有魔力量の子供が多数いるゴーズ家ならば。

 将来自家の一存で与えることができて、一代限りではなく子孫が継げる爵位には利用価値があるはずであった。

 土地だって、魔獣の領域を開拓し続け、領地を自前で調達することはあり得る。

 もっとも、将来ファーミルス王国の支給する貴族年金の総額が、すごい金額になってくるかもしれないが。


 しかし、宰相はふと気づいて、「いや、これはダメだ」と思いとどまる。

 彼の家にはゴーズ公国の存在がある。

 公国でなら、自由に爵位を授けることができるし、与える土地も有り余っていることだろう。


 そうして、ゴーズ公国の状況に思考が向いた段階で、宰相は異国からやって来た魔力持ち一家をラミルス公爵211~212話参照とした案件を思い出す。

 彼の家には幼い娘がいて、将来はファーミルス王国の魔道大学校へ通うことが決まっていた。


「そうか。ファーミルス王国にあって、ゴーズ公国にはない魔道大学校。これならば交渉の余地があるか?」


 ロクに睡眠や食事をとることなく、疲労の色も濃いまま。

 それでも、宰相は自らの職責を果たすために少年王の元へと向かったのであった。




「すっごく疲れているみたいだけど、結論は出たみたいだね?」


 案件が難題だっただけに、少年王は宰相がようやく顔を見せたことそのものに安堵しつつ、言葉を掛けた。

 人を寄こして更なる思考の為の時間を求めることなく、当人が出仕して来れば。

 未だ子供の年齢の国王であっても、「なんらかの答えが出たのだろう」程度の察しはつくのだ。


「ええまぁ。ゴーズ家が欲しがりそうなもので、ファーミルス王国に用意できるものはあまりありませんから」


「へぇ。で、王国がゴーズ家へ差し出すモノは何になったのかな?」


「魔道大学校です」


 簡潔な想定外の答えに、「それは差し出して良いモノなのか?」と率直に問うことは何故か憚られる。

 少年王は、直感でダメ出ししたくなったのを堪え、彼なりに言葉を選んだ。


「宰相は、魔道大学校をゴーズ公国に売り渡す? それとも、魔道大学校を移転させるつもりなの?」


「いえいえ。まさか。売却、譲渡、移転はどれも論外です。あの学校はファーミルス王国に必要不可欠ですから」


 宰相の返しに、少年王は胸をなでおろす。

 王である自分ですら通うことを義務付けられるほどの、優秀な学校がなくなったなら?

 子供の自分でも即わかるくらいに、将来にわたってファーミルス王国が困るのは明白なのだから。


「なら、分校でも作るの?」


「分校だと、魔道大学校側の心理的ハードルは低くなるでしょうな。が、ゴーズ公国側は難色を示すでしょう。なので、公国側に教師候補の人材を出してもらって、魔道大学校でその人材を鍛える形に落ち着くのではないでしょうか? 勿論、王国としては分校でも問題はないので、そのあたりは公国側の希望に沿うのですけれど」


 この時の宰相の着眼点は、後日事情を知ることになるラックからすると、「素晴らしい」の一言に尽きる。

 ゴーズ公国では、超長期計画で魔道大学校と同等の学び舎を自国内に造る計画が進んではいたものの、なかなか上手く進展していなかったからだ。


 そんなこんなのなんやかんやで、宰相は自身の考えの詳細を少年王に語り、大枠の許可を受けたあとは、疲れた身体に鞭を打って各所を奔走する羽目になる。

 彼が行ったのは、実現可能なレベルへの落とし込みのための根回しだ。

 ゴーズ家と話を付けたのちに、魔道大学校の学長や教員から拒否されたら洒落にならない事態を招くのだから根回しは必須なのである。

 実際、根回し中にトラブルが発生したのは、宰相的に些細なことではなかった。


 また、「もう一つ魔道大学校を生み出す」と考えれば、そこに必要とされる人員は単純に現在の魔道大学校と同数、つまり二校の総数だと倍になってくる。

 丸っと必要数の全員を鍛えて送り出す。

 そこまで求められない可能性は、むろんあるだろう。

 だが、逆に、余裕を持たせるために、教えを乞いに送られて来る人員が、魔道大学校の現在の定数より多くなることだってあり得る。

 魔道大学校内に教員用の宿舎は多少の余裕がある状態で用意されているが、倍増以上のレベルの人数を受け入れる余地はないであろう。


 簡易宿舎を建設するか、はたまた一部の人間を通いとするのか?


 そういった部分も含めて、できる限り事前に想定できることへの対処方法を決めておかねばならない。

 提案にゴーズ家が乗り気だった場合に、話を進めて見たら「やっぱり問題があるので、できません」とは、言えないのだから。



 

「えー。宰相からシーラ経由で、南部辺境伯領での当家の働きに対する報酬の話が来ました。具体的には、ゴーズ公国に魔道大学校と同レベルの学校を設置するためのお手伝い。但しこれは、大きな意味でのゴーズ家を一括りにしてファーミルス王国が出す報酬扱いなので、ゴーズ公としてのフォウルたちや、テニューズ公としてのクーガたちへは個別に出されません。もし、家内の調整が必要なら、それは僕に丸投げってことだね。それと、基本的にはゴーズ公国から人材を出して、学校運営と教育ができる先生として魔道大学校で鍛えて送り出してもらうんだけど、一部に『後任を育てるから自分がゴーズ公国で教鞭をとりたい』って希望者もいるみたいだ。これに関しては、当家に『受け入れるかどうか?』の自由があります。そもそも、『提案された報酬を受け入れるか?』と、今語った話の全般が今夜の議題になります」


 ラックは満面の笑顔で、夕食会での報告と議題について語った。

 この時点で、「王国からの提案への可否については、もうトップとしての答えが出てるよね」と、超能力者以外の全員が思っていたのは些細なことなのである。

 そんな考えをおくびにも出さないのは、ラックを除く参加者全員に共通する処世術なのは言うまでもない。


「いずれ公国に戻るクーガたちは問題ないだろう。ラックの妻の立場の私たちは王国が提示した報酬に不満はないと思う。少なくとも私はそうだ。けれど、フォウルたちはそれで良いのか? ゴーズ公として王国からは何も得ていないことになるんだが」


「だな。宰相側の言う『家内の調整』は、おそらくそこを気にしているんだろうよ」


 リティシアのフォウルたちへ配慮のある発言に、エレーヌが追随した。

 けれど、当事者であるはずのフォウルは、きょとんとした顔になっていた。


 フォウルからすれば、燃料の魔石と事後の機体整備は全部ラックとドミニク任せであり、経費の部分にマイナスなしで自身の実戦経験まで積めたので完全にプラスになった。

 また、討伐した魔獣の魔石はちゃんと分配されているし、カニの身を食材として供給を受け続ける話も纏まっている。


 決してタダ働きにはなっていないのだ。

 寧ろ、働きに対して、フォウルの感覚ではもらい過ぎ感まである始末。

 何故なら、討伐の大半はラックの手で行われていても、分配は参加者の頭割りだったのだから。


 王国からの直接報酬を得られないのは、確かかもしれない。

 だが、それについては「そもそも、王国に払えるはずがない」としか思っていなかった。

 つまり、もらえなくても当たり前であったのだ。

 最初から当てにしていなければ、腹なんて立たないのである。


 通常の対災害級魔獣の討伐軍招集に参加した場合は、一旦王国が災害級の死骸に対する全ての権利を得たあとに、働きに応じて参加者へ分配をする。

 けれども、今回のケースではその災害級のそれに該当する数えきれないほどのカニの死骸は全てラックが持ち去ってしまった。

 王国には、分配元がないのはわかりきっていた。


「リティシアさん、エレーヌさん。お気遣いには感謝します。ですが、特に不満はありませんよ。逆に、既にもらい過ぎていて恐縮しているくらい。でもですね。それでも尚、『追加でゴーズ領側へ分配的に調整が必要』と考えてくださるのであれば、カニ肉の分配量を少し増やしてくださると嬉しいですね。あのカニ、すごく美味しいですよねぇ」


 本日の食卓には、それが出ていないことに若干ガッカリモードのフォウル。

 彼は、チャッカリと極上食材の取り分を増やしに行く。


 だが、しかし。

 どう考えても、フォウルを含むゴーズ公爵家の面々が一生食べ続けても余る量が、元々取り分としてあるのだ。

 それでも、そのようなことは頭から吹き飛ぶだけの魅力が、ガザミ型魔獣のカニ身に存在しているのであろうか?

 その事実は、ひょっとすると些細なことではないのかもしれない。


 こうして、ラックは宰相が考え出した「新たな魔道大学校をゴーズ公国内に建設し、運営する」という案に乗っかることを決定した。

 フォウルの希望も受け入れ、超能力者は自身の取り分からその分を捻出する。

 ラック個人に話を限定すれば、もし足りなくて追加で欲しくなれば、海で探して狩れば良いだけなのだから気楽な案件なのである。


 南部辺境伯領へ話を詰めに行ったら、合意後の雑談で、「魔獣討伐に成功したこと自体は嬉しいし助かったのだけれど、見るも無残なレベルに荒廃してしまった広範囲の土地は、どうしたら良いのかしら?」と、聞かされてしまったファーミルス王国の元国王様。何とかしようと思えばできなくもないだけに、少々いたたまれない気分になってしまった超能力者。「それでも、復興作業は領主のお仕事。何でもかんでも僕が助ける義理はないしね」と、開き直るラックなのであった。

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