第251話

「『対峙した魔獣の数が多過ぎて、二個小隊六機の派遣戦力では全く足りない規模の戦闘をしてきた』だと?」


 ところは、ファーミルス王国の王都。

 王国軍の司令部では、想定外に早い帰還となった二個小隊六機の代表者である先任小隊長から、口頭での緊急報告が行われていた。

 その際に、詳細を確認するまでもなく、最高責任者自らが驚きのあまり初っ端の内容を復唱して問い掛けてしまったのが冒頭の発言である。


「はい。海からやって来たと思われる、大型の個体を多数含んだカニ型の魔獣の大群の数は、万の単位の規模。残念ながら正確な数の把握は不可能でした。が、小官の感覚的に『おそらく十万には届いていなかったが、それでも五万は楽に超えていただろう』と思います。これについては、現場に赴いた全員の意見が一致しております」


「それで、一当てしたのちに、貴様は王都への報告を優先するために『全機での』撤退を選択したわけか? それはつまり、南部辺境伯領に出るであろう甚大な被害には目を背け、辺境伯家への援軍として赴いた役目を放棄していることになる。これは、明らかな命令違反となるわけだが」


 司令部に詰めている軍人ならば、当然のように情報の重要性を認識している。

 だが、それ故に。

 彼らは眼前の報告者から「事前の情報から派遣する戦力を決定した司令部の判断に誤りがある」と言外に指摘された気になってしまっていた。


 実際、「大量上陸」や、「最大で三十メートル級の個体が複数確認されている」と報告されており、しっかりと「災害級の出現に準じる」と辺境伯から届いた書簡には明記されていたのである。

 それを、「災害級扱いとは大げさな」と一蹴し、「せいぜい百程度、仮にそれを超えていたとしても千に届くかどうかだろう」と過去の実績から魔獣の大群の規模を判断してしまっている。

 本当に災害級の出現に準じた対処をするのであれば、最低でも六個小隊十八機以上を威力偵察扱いで派遣するのが通例なのだから。


 つまりは、「宰相を含めて、王国軍司令部が判断を誤った」のは間違いのない事実ではあった。

 けれども、だからと言って、「それを『暗に』であっても面と向かって指摘されること」が面白かろうはずがない。

 司令部付の軍人が前述のように命令違反を指摘したのは、そうした背景があったからだ。


 いかに「重要な情報」と言えど、それを持ち帰るだけなら一機か二機の機動騎士を王都に戻せば事足りる。

 また、情報を王都の軍司令部へ届けるだけなら、全機で現場に踏みとどまり、辺境伯経由で知らせて、追加の援軍を求める手段だってあるのだ。


 寧ろ、今回のケースならば、眼前の小隊長はそちらを選択するべきであった。

 少なくとも、今報告を受けている立場の人間視点ではそうなってしまう。

 加えて、派遣した六機全部が、命惜しさに敵前逃亡したのでは「王国軍としてメンツが立たない」とも言える。


「お言葉ですが、『命令違反に該当するのかどうか?』は、報告完了後に判断していただきたいですね。小官はまだ、全てを報告し終えたわけではありません」


「ほう。言うではないか。ならば聞かせてもらおうか? 貴様がまだ報告していない部分。その『全て』とやらを」


 最高責任者は、報告者への命令違反を指摘した直属の部下への評価を上方修正しつつも、「眼前の小隊長が、一体どのような言い訳をするのか?」を楽しむ気分になっていた。

 実に悪趣味な話である。


 それはそれとして、ことがここに至っては、この場で五分や十分の時間を浪費したところで、結果はなにも変わらない。

 また、緊急報告であるにも拘らず、報告者からは真っ先に戦力の追加投入の必要性を訴えられてもいないのだ。

 よって、緊急性がある部分は、「少なくとも報告者の判断に置いて、戦力の追加投入ではない」のだろう。


「遭遇した状況を順に説明いたします。まず現着し、南部辺境伯代理、まぁ実質の当主である女性が最上級機動騎士で戦っているところに合流しました。そこで、ある程度魔獣の規模を把握し、遅滞戦術に努めました。二時間ほどもそうしていたところ、ゴーズ家が派遣した援軍の機動騎士、総勢十機が現場にやって来たのです」


「なんだと? 援軍の要請を受けているはずのないゴーズ家が、何故戦力を出した? そもそも、そのタイミングで現着するのは不可能なはずだ」


「ゴーズ家の到着と参戦のタイミングについては、小官も同じ考えです。けれども、今はそれを脇に置かせていただきます」


「わかった。報告を続けてくれ」


 王国軍視点だと、あり得ない援軍。


 しかも、王国軍として借りと負い目が山のようにあって、その負債を返す目処が全く立たないゴーズ家の自主的な参戦。


 報告を聞く側は、言いたいことが簡単に言葉では表せないほど大量にある。

 けれども、報告者にとってその部分は重要ではないことも、その話の進めようから理解だけはできる。


 司令部に詰めている面々の内心は、その点で全員が一致していた。

 もっとも、現状の彼らには、報告の続きを聞く以外の選択肢はない。


「見たこともない異形の巨大な機動騎士が、最上級機動騎士二機にけん引される形で現着。巨大機の搭乗者は前王妃のミシュラ様。機体の大きさからは到底信じられませんが、操縦者がミシュラ様であるのでその機体は下級機動騎士なのでしょう。そのあと、『南部辺境伯領の領都へ一旦下がって補給を受けること』を命じられました。命令の妥当性は、前王妃様のお言葉をその機体に同乗していた上王のラック様が『自身の言葉として扱え』と明言されたので、一応担保された形。また、『当時の現場を、少なくとも我々が補給を受けて戻るまでは支えられる』と判断するに足る、ミシュラ様の機体が持つ絶大な火力を披露していただきました。それに加えて、『魔石燃料の残量が少なく、戦闘を継続することは困難』という条件も勘案し、『どのみち補給は必須』と判断いたしました」


「そうか。ま、機体整備や補給を南部辺境伯領で受ける前提の作戦であり、王国軍の補給部隊、後方支援部隊を『まだ』出していなかったのだ。よって、その点は現場の指揮官としての判断でやむを得ない部分なのだろう。但し、ミシュラ様の機体の火力の話は眉唾物に聞こえるがな」


 続いて、補給の不備を指摘されたような気分にさせられた側は、既定路線で想定の範囲内として、無意識にその問題の矮小化を図る。

 ついでに、ミシュラ機について疑義を述べることで、やり返したつもりになっているところは、もし無関係な観客がこの場にいたとしたら、滑稽を通り越していっそ哀れと思われたかもしれない。

 王国軍の、それも一部の上層部の者だけしかこの報告が行われた場に参加していなかったのは、幸いであったのだろう。


「現場で実機を目にした小官が言うのもなんなのですが、あれは実際に見ても信じられないかと。一機で下級五十機、いえ、おそらく百機分に相当するであろう面制圧砲撃を、あの機体のみで行っていましたから」


「それが本当なら、その機体性能には王国軍として興味惹かれるものはある。が、本題はそこではなかろう?」


「そうですね。脱線、失礼いたしました。ともかく、我々はそのような経緯で南部辺境伯領の最上級機動騎士と共に一旦領都へ下がり、補給を受けて約五時間後に戦場へと戻りました。もっとも、我々の七機が現地へ戻った時には、もうそこは戦場ではありませんでしたが」


 最も重大な情報。

 それは、魔獣の大群による大規模侵攻が、既に殲滅されていて対処不要となっている点。

 報告者から追加戦力の派遣について、言及されない原因が判明した瞬間である。


「貴様は何を言っているんだ? わかるように報告しろ!」


「ですから、激戦地だったはずの場所には、戦闘の痕跡が残っていただけだったのです。ゴーズ家の機動騎士も、生きた魔獣の姿も、倒されたはずの魔獣の死骸も、何もかもがなかったのです。残っていたのは、戦闘で荒れ果てた静寂の大地だけでした」


「それは奇怪な。いや待て。その五時間の間に、魔獣が移動して戦場が別の場所へ移った可能性があるのではないのか?」


「それはあり得ません。移動の痕跡が全くありませんでしたので」


 司令部の軍人からなら出て当然の疑問は、報告者の小隊長によって一蹴された。

 しかし、そうなれば反発もあるのが自然な成り行きではあったのだろう。

 続いて問い詰めるような発言が飛び出すのは、最早必然であった。


「つまり、なんだ? 貴様は『魔獣を全てゴーズ家の十機が倒し、魔獣の死骸を全て回収した』とでも言いたいのか? 五時間で戻ったのだろう? そのような短時間では、たった十機で、仮にミシュラ様の機体以外の残り全機が最上級だったとしても、大型の個体を複数含む数万規模の魔獣を全て倒すこと自体が、不可能だろうが!」


「仰ることはよくわかります。ですが、小官の報告内容に嘘偽りはありません。どれだけ信じられない状況であっても、小官らは再度の現着から半日の時をかけて調査を行ったのです。事実は事実なのです。戦闘状況の報告については、以上となります」


「そうか。信じられん部分が多々あるので、改めて現地調査に人を出す。だが、それはそれだな。報告としては受け止めよう」


「いかようにも調査してください。ところで、小官を含む二個小隊六名は、この報告内容を以てしても『命令違反』とされるのでしょうか?」


 最後に問われた内容で、司令部に詰めていた全員が言葉をなくす。

 途中の段階で命令違反の疑いを掛け、いや、実質決めつけていたも同然であったのが、その後の報告内容で完全に覆されている。

 しかも、ここで命令違反を問うと、ラックが上王として命じた事実そのものに文句をつけることにもなりかねない。


 命令系統の問題から言えば、ラックが現場で直接命令を出したことに「全く問題がない」とは言えないのだ。

 けれども、建前としてはそうであっても、そうはならないのもファーミルス王国の慣例からすると現実なのである。

 ついでに言えば、「出された撤退命令に文句をつけることは、同時に引いた南部辺境伯代理の判断を否定するのと同義」だ。

 そのため、彼女の顔に泥を塗る話にも繋がって来る。

 もっと言えば、「上王陛下の不興を買う行為であり、援軍を出して戦ったことに対する対価を求められた場合に、その分が上乗せされる恐れ」も出てきてしまう。


 司令部の誰もが、不用意な発言はできなくなった。

 そうして、王国軍最高責任者の元へ視線が集まる。

 この沈黙を破るのは、彼以外の人間には不可能であった。


 そんなこんなのなんやかんやで、報告者を含む派遣された二個小隊六名には二か月の特別休暇が与えられることがその場で決まる。

 むろん、それだけでは終わらず、そこそこの金額がそれぞれへの特別手当として支給されることにもなった。

 有り体に言って、「無言の箝口令、すなわち『口止め料も込み』」なのは関係者全員が理解していた。

 それでも、「長い物には巻かれろ」の精神を発揮することを躊躇する人間は誰もいなかったのである。



 

「えー。宰相経由で王国軍から南部辺境伯領に派遣した王国軍の機動騎士六機への助力に対するお礼状? なんだかよくわからない代物が届きました。あと、ミシュラ機の検分と、それを造ったであろうドクへの事情聴取を希望? そんな要望が出されています。あと、こっちは当然だけど、陛下と宰相の連名で王国の窮地を救ったお礼の書簡も届きました。本日のメインの議題はそんな感じかな」


 特に不満もなく、逆に楽し気な感じもなく、ラックは淡々と夕食会の本日の議題について語った。

 南部辺境伯領への助力は、誰かに求められて行ったことではない。

 窮地を知らされた事実だけは存在するが、あくまでそれは王国の暗部が独自判断で状況を伝えて来ただけであるのを超能力者は理解していた。


 それ故に。

 この段階で南部辺境伯領、王国軍、王国のどこからも助力に対する対価が示されていない点について若干思うところがないではないが、それでも不満に思うほどのことでもなかった。

 付け加えると、先行して試食したガザミ型魔獣のカニ足部分が美味過ぎて、大量に入手できたそれだけで満足していた部分もあったりしたのは、ラックだけの秘密であり、些細なことであろう。


 本日の夕食会で提供されたカニ味噌の美味さに感動して、他所からの対価が更にどうでもよくなりかかったのは、もっと些細なことかもしれない。

 まぁ、後日、南部辺境伯家と王国軍に関しては、彼らが倒した分の魔獣の死骸と魔石、その全ての権利を放棄させる形でゴーズ家がした助力への対価の代わりにする決着となる未来があったりするのだけれども。


「お礼の書簡だけってのはどうなの? なにがしかの対価は請求しないとダメなんじゃない? 次があるかどうかはわからないけれど、『前も無料だったよな。今回もそれでお願いします』ってされても困るだろう?」


「だな。ラックが生きているうちはそれでも回るかもしれない。けれど、次代、次々代と、未来に思いを馳せれば、な。『実際に支払われるか?』が甚だ疑問ではあっても、請求だけはするべきだろう」


 リティシアの率直な感想めいた疑問に、エレーヌが皮肉も込めて乗っかって来る。

 そうした見慣れた光景にミシュラは安堵しつつ、彼女は自身の見解を述べてゆく。


「貴方。王国軍へは貸し一つとしたうえで、今後何らかの便宜を図ってもらうのを前提に、今回は彼らが倒した魔獣への権利放棄で手を打ちませんか? 南部辺境伯も同様の条件で良いかと。このカニ、美味しいですからね」


 ミシュラのこの一言で、事態の対処に悩むのは宰相と彼が率いる文官たちのみとなるのが決定してしまった。

 夕食会で提供された、極点付近のラック専用保管庫から運ばれ、解凍されて調理されたカニ料理は、参加者の全員を納得させるだけの価値を持っていたのであった。


 尚、この時には判明していなかったカニ食材の特殊効果が、災害級限定ではあるものの存在する。

 実に有用ではあるものの、近々に効果を実感しにくいそれは、あらゆる病気に対する免疫力を飛躍的に高める作用。

 ある程度時が経って以降、未来のゴーズ家では定期的に災害級のガザミが食卓に出されるようになり、病気知らずな健康状態を維持することになるのは、決して些細なこととして片付けてはいけない事象であろう。 


 こうして、ラックは自身が振るった力の対価に対して、他者から見ると大甘に見えなくもない決定を、一部を除いて是とした。

 除かれた一部へとモロに該当する宰相が、頭を抱えたのはゴーズ家の面々に責任があることではない。

 そもそも、本人がこの案件の初期の段階で事態を甘く見たのが原因であるだけに自業自得の面すらあるのである。

 災害級の扱いとして、多くの戦力を動員していればファーミルス王国全体での戦力面での被害も大きくなったはずではあるが、ゴーズ家だけが戦果を誇ることにはならなかったはずなのだから。


 中型サイズのカニ型魔獣を食し、「災害級はたぶんコレの更に上を行く」と妙な期待に胸を膨らませるファーミルス王国の元国王様。「災害級は五体分しかないから何か特別な時に使う食材にするべきかな?」などと、わりとどうでも良いことに思考を割いている超能力者。こうしたちょっと貧乏性な部分が、遠い未来の子孫の健康維持に繋がることには、全く気づくことがないラックなのであった。

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