第250話

「『ここはわたくしたちに一時任せて、一度撤退して後方で補給を受けるのをお勧めする』ですって?」


 ミシュラから拡声器を用いて伝えられた言葉に、南部辺境伯領を実質的に掌握しているミシュラたちの実母は自らが駆る最上級機動騎士の操縦席で茫然となった。


 突如現れたゴーズ家からの援軍。

 いや、厳密にはテニューズ公となっているクーガも参加しているため、テニューズ家も参戦していることになるのだが、そこまで細かなことに拘る人間はたぶん現場にはいないだろう。


 遠く離れた北部地域を本領とするゴーズ家からの援軍が、このタイミングで間に合うハズがない。


 まして、ゴーズ家は実子であるにも拘らず、疎遠になっている三人の娘たちの嫁ぎ先だ。

 ラックの元へ嫁いだ娘たちが、過去の経緯を考慮に入れれば実母の彼女に救いの手を差し伸べるハズなどないのだ。


 少なくとも、ミシュラたちの実母の認識はそうなっていた。

 それだけに、彼女は不可解な現状に困惑する。


 しかも、しかもである。


 その娘たちが産んだ孫が五人に、孫娘の婿であるゴーズ公爵、おまけでラックの第二夫人フランの娘のルイザまでもが、援軍としてやって来ているのを知らされてしまった。


 起こるはずのない奇跡の連続を、目の当たりにしてしまえば。


 自身にあるはずの責任の放棄になりかねない、撤退を要求されてしまえば。


 茫然となるのもやむを得ない話にはなるのだが、時の流れは個人の事情に合わせて待ってなどくれないのである。




 修羅場のはずの戦場に、数で言えば、僅か十機の機動騎士が追加参戦できたに過ぎない。

 そして、これまで現場で絶望的な遅滞戦術に専念せざるを得なかった最上級機動騎士一機と、王国軍が援軍として派遣した二個小隊六機の機動騎士には、既に継戦能力が失われつつあった。


 つまるところ、「元から存在した七機が戦力外となり、新たに十機が追加されたところで、数字上だと敵となる魔獣の物量の膨大さを勘案すれば、焼け石に水」と思われたのは無理からぬことであったのも事実だろう。


 けれども、クーガ、フォウル、アスラ、レイラ、ニコラの五人はそれぞれに最上級機動騎士へと搭乗しており、ミゲラ、ミリザ、リリザ、ルイザの四人が上級機動騎士を操る。

 しかも、上級のうち三機は「アシナシ」と呼ばれる特別な機体だったりする。


 また、唯一ミシュラだけは下級機動騎士での参戦なのだが、ぱっと見で機動騎士にすら見えないその異形の巨体は、ゴーズ家で通称「ドン亀」と呼ばれる機体。

 クーガとフォウルの機体でけん引されて半ば強引に運ばれたその機体は、短時間ではあるものの一機で下級機動騎士百機に相当する火力を出せる。


 ゴーズ家が送り込んできたのは、ただの十機とは一線を画するのである。




「今、決断を迷っている時間があるのですか? わたくしの駆る特別な機体が持つ火力を見せれば、提案内容に納得できるのでしょうか? 弾種榴弾。フルバースト!」


 ミシュラは、ロクに目標に対する照準を合わせることすらせずに、前方への第一射を放った。

 敵であり、的でもある魔獣は、それほどにひしめいていたのだ。


 面制圧射撃となったその攻撃で、その場で即座に完全沈黙した魔獣の数は実のところ二十にも満たない。

 しかしながら、回避しようもない広範囲の攻撃を受けて少なくない傷を負い、万全とはほど遠い動きしかできなくなくなったカニ型の魔獣の数は、その十倍の二百を超えていた。


 勿論、ミシュラの実母にそのあたりの戦果が正確にわかろうはずもない。

 それでも、ゴーズ家の力で一時的に場を持たせることが可能であろうことだけは、理解せざるを得なかった。


 また、戦う力が尽きつつあるのに意地を張って現場に残ったところで、彼女に残された選択肢は「最後まで戦って華々しく散る」以外にはないのだ。

 それは、矜持の部分を満足させるだけのことでしかない。

 冷静になってしまえば、ミシュラの提案に従う以外の道はないのである。


「ミシュラ。元王妃でしかない貴女はわたくしの上位者ではないのです。困ったからといってそのような者に言われるがまま動くことはあり得ません。それは、援軍で参戦してくださっている王国軍の方々も同じはずですのよ!」


「あー。そう来るのなら僕が命じようじゃないか。ミシュラ機に同乗している僕は、上王のラックだ。『上王』の肩書なら命じても文句はないはずだな? 先ほどのミシュラの提案を改めて僕が命じた扱いとする。それで良いな?」


 状況を見極めることに専念していたラックが、話の流れに耐え切れずに口を出す。

 超能力者的には、ゴーズ家の参戦の事実を現認させた現状以降の部分を、ゴーズ家以外の人間にできれば見られたくない。

 非常に不本意であっても、強権発動はやむを得ないところであった。


「わかりました。上王様の命に従います」


「我々も南部辺境伯領の領都へ向かって、急ぎ補給を受けて必ず戻ります。それまでご武運を」


 厳密に言えば指揮系統の問題から、ラックの命にこの段階で王国軍に所属する六機が従うのは間違っている。


 けれども、彼らとて自分の命は惜しい。


 軍人なので、任務の範疇として「死ね」と命じられた場合に死ぬ覚悟は、嫌ではあるがむろんある。

 しかし、それが完全に「無駄死に」になるのならば話は変わってきてしまうのだ。

 現状維持を優先し、可能であるのに「補給を受けるための撤退」を選択しないのであれば、それは「無駄死に」以外の何物でもないであろう。


 軍人が従わねばならない「死ね」という命令は、戦略あるいは戦術上で絶対に必要な犠牲であり、尚且つ他に有効な手段がない場合に限定されるべきモノであるはずなのだから。


 余談だが、このあたりの軍人の精神的規範の作成にも、実はラックのご先祖様の賢者の個人的見解が深く関係していたりする。

 ラックが遭遇している今を考えると、なかなかに「業が深い」というか、「因果が巡る」という話になってしまうのかもしれない。


 現実問題として、残存する魔石燃料が心もとなく、戦う力を喪失しかけた王国軍の彼らが今の状況下でこの地に留まったところで。

 彼らが、何の役にも立たないのは厳然たる事実なのだ。


 王国軍に所属する六機は、ラックの言葉を現場の小隊長二人の判断で「王命に準じる命令」と取り扱うことにしたのであった。


 そのような話し合いの最中にも、戦闘は継続されている。

 ドクによる機体改修を受けているゴーズ家の機動騎士は、王国軍人の持つ常識的な機動騎士の戦闘能力を遥かに凌駕していた。

 まぁその分、燃費が悪く継戦能力はやや低めだったりするけれども。

 しかし、「カニ型魔獣の大侵攻をなんとかする希望を、ミシュラの実母や派遣されていた王国軍の軍人に見せつけるには、非常に適していた」とも言えよう。

 短時間での殲滅能力をまざまざと見せつけてから見物人が撤退したあとならば、彼らがそれを「一時の夢」と知ることはないのだから。




 ゴーズ家の夕食会において、フランが考え出した戦術は極めてシンプルであった。


 現在戦闘中の七機が燃料切れで戦闘不能になる時間を割り出し、その少し前の段階で、彼らが撤退して「その後の戦場で何が起こったのか?」を知ることができない状況を作り出す。

 そうしておいて、残るはラックが持っている戦闘能力に全てを託すだけである。


 そもそも、数万規模の魔獣の軍勢、一大侵攻を防ぎきることはラックの力を除いたファーミルス王国の、持てる戦力の全てを動員しても、それを成し得るかどうかが怪しい。


 フランの見積もりでは、文字通りの全滅覚悟で徹底抗戦しても勝率は二割を切る。

 しかも王国が持つ全戦力を同時に叩きつけてそれであるから、小出しにぶつかったら各個撃破されるだけで勝ち目など全くない。


 だがしかし、だ。

 

 フランが持つラックの戦闘能力への評価は、ゴーズ家が持つ全ての機動騎士や飛行船の戦力を加えたファーミルス王国のそれを上回る。


 フランの夫は、大国であるはずのスティキー皇国の軍勢を含む、国そのものを相手にして勝利した事実がある。

 徒手空拳且つたった独りで皇国を手玉に取った実績があり、その上災害級魔獣を何度も瞬殺レベルで簡単に始末して来る実績だって積み上げた。


 また、活動環境の過酷さだってものともしない。


 溶岩が流れる灼熱の大地、極点付近の凍寒の地は言うに及ばず、酸素が薄く極寒の超高空、果ては想像を絶する超高水圧が外部から掛かるであろう深海での活動ですらも、平然とした顔のままやり遂げるのだ。


 最早ここまで来ると、フランの持つラックへの評価は、「高くなって当然」と言えよう。




 軍事の天才にとって、ゴーズ家が持つ機動騎士の戦闘力を部外者にあからさまに見せつけることは、邪魔な味方もどきを戦場から排除するための手段に過ぎなかった。

 何故なら、それを投入したところで、その戦力のみで戦い続ければ、いずれは物量に押し潰されることが明白であったのだから。


 どのみち、機動騎士のみを用いて数万規模の魔獣の大群を相手に、勝利することは不可能。

 そうであるならばと、フランは、ゴーズ家の機動騎士を見せ札に近い形で活用したのである。

 よって、機体の戦闘継続可能時間の多寡は完全に無視され、短時間で生み出せる瞬間火力のみに重点が置かれたのだ。


 片や、万一を考え、フォウル統治下のゴーズ領やゴーズ公国にもある程度の戦力は残さねばならない。

 テレスやスミン、リムルにフラン、その他ドラゴン一家を含む異世界からやって来た面々に元北部辺境伯だった相談役の一家、更にそこへ飛行船を加えた戦力が、一時の備えとして残された。

 むろん、機動騎士だけではなく、エレーヌとリティシアなどのスーツによる戦力も残されているけれども。


 そんなこんなのなんやかんやで、疲弊していた七機の機動騎士がフランの計画通りに完全に隔離される。

 彼らが戦場の状況を全く把握できなくなるまでの距離を、ホバー移動で走破するのに必要な時間は一時間ほどと予想されていた。

 その時間は、若年者たちのストレス解消がてらに、魔獣相手の大立ち回りが許される時間となっただけの話である。

 勿論、彼らの戦闘終了時期は、ラックが去って行く七機の動向を千里眼で確認してから決定されるのであるが。


 尚、この日のミシュラ機は、戦闘初期の段階で機体に搭載していた魔石分の全てを撃ち尽くしたことが原因で、早々に見物モードへ移行していたのは言うまでもない。

 他者の目が届かない密室なのを良いことに、ミシュラがラックと二人でイチャイチャしていたのは些細なことであろうか?

 超能力者の正妻の意図としては、数十分後に開始となる夫の大仕事に対して、先払いで労っていただけだったりするけれども。




 約五時間後、補給と短い休息を終えて、七機の機動騎士が悲壮な覚悟と共に舞い戻った地において。


 まだ視界が悪い夜明け前の状況下で、操縦者たちがなんとか確認できた光景とはどんなものだったのか?


 彼らに視認できたそれは、事前にしていた覚悟や、状況への予測を完全に裏切ってしまう。


 具体的には、ゴーズ家の機動騎士の姿どころか、カニ型魔獣の死骸の一体すらも見当たらず、戦闘で荒れ果てた大地が残されているのみであった。




「えー。昨夜は遅くまで、皆お疲れさまでした。砲撃で弱った個体や、死んだ個体を食べてその場で存在の格が進化したのが出て来たのは想定外の事態だったけど、『大きな問題なく事案が解決できたことは喜ばしい』と考えています。夕食会に参加していないクーガとフォウルの妻たちへは、二人の口からよろしく伝えてね」


 ラックは夕食会の場で、昨夜の戦闘結果を改めて報告した。

 昨晩は留守番となったフラン、エレーヌ、リティシア、リムルの四人は戦場から全員が戻るまで夕食会が行われる部屋に詰めていたので、大きな問題がなかったこと自体は先行して理解していたりしたのであるが。


「ラックが一番大変だったのだろう? お疲れさまでした」


「だな。私たちの解散のための移動を行ったあと、魔獣の死体の回収作業を続けたはず。ちゃんと寝たのか?」


 昨夜は結局待機だけをして、気を揉んだだけで終わったリティシアは、役に立てなかった申し訳なさを表情に浮かべつつも、労いの声をかける。

 続いたエレーヌの発言は、それに乗っかった形だ。


「うん。運べるサイズへの解体は、機動騎士で先に手伝ってもらったから。そのやり残しと保管場所への移送だけなら、夜明け前に終わっている。ま、さすがに今日は日中しっかり寝させてもらったけどね」


「初めてラックの戦闘を見せていただきましたけれど。アレは最早戦闘ではないですわね。『虐殺』とか、『殲滅』とか。単に『処理』とか? どの言葉が適当かはよくわかりませんがとにかくアレは『戦闘ではない』と感じました」


 格の進化によって誕生してしまった災害級の存在。


 夜間で光量不足のために狭くなっていた視界で、それでも尚ミゲラ自身が容易に視認できるレベルの近距離にそれが出現したことで、彼女は死を覚悟した。

 また、彼女は操縦席で恐怖のあまり、失禁すらしてしまっていた。

 

 災害級の攻撃からそんなミゲラをサイコバリアであっさり守り、テレポートで姿が見えなくなったかと思えば、次の瞬間には災害級がその場で動かなくなる。

 百メートルを優に超える巨大なカニは、即座に崩れ落ちて沈黙した。


 事後にミゲラがラックから聞いたところでは、「魔獣の体内に入り込んで、心臓など重要な内蔵を切り刻んだ」という。

 外敵からの攻撃に対して有効なハズの、頑丈な外殻部分が全く意味を成さない手段を以てすれば、瞬殺となるのは道理だ。


 それとは別で、ミゲラが機体を動かすことができない状況に陥っていたのを、ラックは訝しんだのか?


 音もなくテレポートで操縦席にやって来た超能力者は、失禁状態だった惨状を確認するや否や、超能力を行使して、まるで何事もなかったかのように対処すらしてしまった。


 また、災害級を屠る以前の段階で、光の槍を空から大量に降り注がせる攻撃をしているのもミゲラは見ている。

 あのような攻撃手段を持つ機動騎士は、彼女の知る限り存在しない。

 必然的に、それはラックの仕業と確信するしかないのである。


 ミゲラが恍惚とした表情を浮かべたまま、前夜までの常であった控え目な感じが払拭されたハッキリとした物言いで語った内容に、同じ戦場に立った全員が首を縦に振っていたのは言うまでもない。

 

 尚、この時のミシュラが、ミゲラに起きた変化の原因をラックにあとで問おうと決めていたのは些細なことなのである。 


 こうして、ラックはゴーズ家の部外者七人の目がなくなった戦場で、いつものように自身が持つ戦闘能力を遺憾なく発揮させた。

 意図せず入手できてしまった災害級の魔石五つを手に、魔獣の死骸を全て回収してしまったことで、王国軍の六人と南部辺境伯領の取り分の分配を悩むのは、超能力者の心の余裕の表れであったのかもしれない。


 姉のミゲラがあらゆる意味でラックに陥落したのを、敏感に察知してしまうミシュラを正妻にしているファーミルス王国の元国王様。ミシュラが危険なモードへ突入したのには気づかずに、「やってみるまでは『結構やばいかな?』と思っていたけれども、『案ずるより産むが易し』とはこのことか?」と内心で悦に入る超能力者。自覚としては何も身に覚えがないにも拘らず、ミシュラからの「貴方、ちょっとこちらで詳しい話を伺いましょうか」と、いう未来が待ち受けているのには、全く気づいていないラックなのであった。




◇◇◇報告とお礼、お詫びも◇◇◇


 まず、カクヨムコン9の最終選考結果は残念ながら落選でした。


 それでも、読者の皆様の応援があったおかげで、この作品は中間選考を通過できたのです。

 ですので、良い夢はみられました。

 なので、改めてお礼を。


 ありがとうございました!




 それとは別で、別の投稿サイトの話で恐縮なのですが。


【1%ノート】の副題付きバージョンについて。


 カクヨム読者の皆様が応援してくださったので、日間ランキング入りしたりPVやポイントが伸びたりとすごく良い結果が出ています。


 ありがとうございます!


 ただ、とあるユーザー様から、要約すると『作品として足りないとこが多く、設定以外に良いとナシ』という厳しいご意見を頂戴してしまいました。

 なので、カクヨム版の【1%ノート】も含めて、先の物語の準備をしていたのですが、そちらは当面お蔵入りとし、ちょっと考え直そうと。

 そんなわけで、別の投稿サイト版【1%ノート】は打ち切りエンドで完結させてしまったので、出張応援してくださった読者様には申し訳ないことに。


 今後も面白い(と思っていただける)作品をお届けするべく精進いたしますので、全ての冬蛍作品への応援を、引き続きよろしくお願いいたします。

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