第185話

「『下級機動騎士ごと、父さんと母さんが消えた』だって?」


 北東公であったクーガは、この時既に肩書がゴーズ公国の国主となっていた。

 義母であり、飛行船一番船の船長でもあるレフィールが唐突にやって来て、彼にもたらした情報。

 それは、「アナハイ村で改装したミシュラ機の最終チェック中に、搭乗していたミシュラとラックが機体丸ごと消失した」という、驚くしかない話だ。


 その状況を目撃していたのは、クーガの妻でもあるドミニクとラックの妾の船長たち三人、その他にアナハイ村の住人たち。

 彼女らは全員、超能力者が行うテレポートによる移動を普段から見て知っている。

 そのため、「機体の背後に突然現れた『空間の揺らぎ』としか言葉では表現しようがないものに、ミシュラ機が呑み込まれたのは通常の事態ではない」と即座に悟ったのだった。


 ドミニクは「ラックが自力で帰還するかもしれない」との期待から、その場での一定時間の待機と周辺の調査を開始した。

 そしてその後、レフィールをクーガの元へ情報を伝えるために遣わしている。

 彼女自身は、起きてしまった状況説明のため、トランザ村に居るフランの元へと向かったのであった。




 現在の状況が「幸いなこと」と言えるのかはさておき、ファーミルス王国の国主の座は昨年の段階で、「王位を望む」と手を挙げた西部辺境伯家の養子だった旧王族の血を引く男子に引き継がれている。

 形の上ではシーラが王宮に居座ったままなので「ラックの影響力が色濃く残っている」と言えなくもないが、「彼女の存在があるからこそ、成人していない少年に王権の引継ぎが迅速に行われた」とも言える。

 ファーミルス王国の歴史上二人目の少年王の誕生は、まだ存命であった元宰相が幼い王に寝食を共にするレベルで常時付き添い、シーラが引き続き王家の魔道具の稼働役を担うことで成立していた。

 単に王権を早期に他者へ移譲したかっただけの、ラックによるゴリ押しのなせる業でもあったわけだが。


 そうしたファーミルス王国の国内事情は、現在元国王の肩書しか持たないラックの消失で直接的に影響を受ける部分が少ない。

 国内の貴族家に起きていたベビーブームが、何故かこの時から止まってしまったのは些細なことなのである。




「父さんがいないことで出る影響。ゴーズ家の関係者の移動と情報伝達の速度だね」


 クーガは超能力者によるテレポートでの送迎と、書簡の移送がなくなる部分を問題点として重視した。

 国内の統治について大きな問題はなく、物資の生産や供給も上手く回っている。

 彼が王として警戒すべきは、魔獣による被害と大規模自然災害くらいしかない。

 しかしながら、その辺りは機動騎士による力業で対処が可能な範囲となっているので、現状では「殊更に考慮すべき案件」とは言えない。


 発足したばかりのゴーズ公国は、クーガが北東公であった過去の時と比べると、非常に安定していた。

 何故なら、ラックが完全に整備した拠点と道路、飛行船による空輸が使えることに加えて、最初の段階でおかしな思想の持ち主は全て排除されていたからだ。

 超能力者による接触テレパスを使用した選別調査がされた以上、初期に国内に不穏分子が入り込む余地がなかったのは大きい。

 特に、ある程度以上の権力を持つ立場の人間は入念に時間を掛けてそれが行われたため、不埒なことを考える者が出辛い土壌が作られていたのである。

 勿論、時を経て腐って行く者が出るのは避けようもないのが現実ではある。

 けれども、公王となったクーガは楽観的に考えていた。

 父の威光があるうちは、ドミニクが健在なうちは、馬鹿なことをしでかす人間など早々出てこないだろうし、仮に出ても小事、或いは少数で収まるであろうと。


 そしてそれは、結果的に間違ってはいなかったのが後世の歴史研究家の手で証明されている。

 もっとも、今を生きるクーガは、その検証結果を知ることはないわけだが。 


「でしょうね。トランザ村で毎日行われている夕食会の継続は不可能かと。私らの飛行船と機動騎士の移動速度に頼っても、物理的距離の壁は大きい。ただ、『会合自体をなくすのはどうか?』と思うから、フランさんかリムルさん辺りが音頭を取って、当面は頻度を減らしての開催になるのかな?」


 夕食会に参加していないレフィールであったが、それでも彼女はその会合の重要性と必要性を理解している。

 彼女の発言内容はそれ故のモノであった。


 端的に言って、レフィールがファーミルス王国とスティキー皇国との間に勃発した戦争時に命を失うことがなかったのは、その会合で「ゴーズ家の利害のみを突き詰めて、それのみを重視した冷徹な話し合いが行われていたから」なのだ。


 夫であるラックの力が考えなしに振るわれた場合、何が起こるのか?


 戦時に敵に対して容赦なく、制限なしで滅ぼす選択をラックにされたらどうなっていたのか?


 その問いの答えを、現在のレフィールは知っている。

 皇国軍で軍需物資の輸送がメインの仕事だったとは言え、彼女も元は軍に籍があった人間。

 その部分が理解できないはずもなかった。

 兵站は軍事の基本であり、そこが狙われないはずはない。

 輸送を担う機器も重要なのは確かだが、それを扱う能力を持つ人間は一朝一夕では育てられない。

 つまるところ、彼女の持つ飛行船の船長という立場は、戦時中の段階でラックに命を狙われ、排除されてもおかしくはなかったのだ。


「うーん。一応、公王って立場なんで、『父さんによる移動への助力なし』って条件だと参加が厳しいかな。『国王がホイホイと頻繁に国を空けるのは不味い』って話になりそう。継続するにしても、開催場所をダグラ村辺りへ変更してもらわないと、正直なところきついかな」


 ラックが王権を移譲し、元国王としてトランザ村での隠居生活を形式的に始めたあと、夕食会は様変わりしていた。

 元々はゴーズ家の棟梁とその妻たちに加えて、棟梁の妹だけが参加している会合であったはずなのだが、フォウルが南西公となったあと、クーガが公国を興した時点でその在り方が変容せざるを得なかったのだ。

 具体的には、新たな参加者として、クーガとフォウル、ミリザ、リリザ、ルイザの五人が加わったのである。


 ちなみに、ゴーズ公国では朝食会というクーガと、その妻たちによる会合が行われていたりもするのはここでは関係がない。が、それは父の背中を見て育った息子の自発的行動だったりする。

 ラックの義理の息子となったフォウルもまた、義兄クーガと似たようなことを行っていたりした。

 そうして、妻の知恵に頼る会合がゴーズ家の伝統として定着して行くのは、些細なことであろう。


「そうなりますか。ところで、私が『意外』と言うのもなんなのですが、案外取り乱したりもせずに冷静ですね? 『ご両親が行方不明』って状況ですのに」


「突っ込むところはそこか。いや、驚いているし、動揺はしているよ。でも、『父さんたちの生命の心配はない』と思っている。だって母さんと一緒にいたのは父さんだから。父さんはどんなことでも、何とかしてしてしまう人間なんだよ。こういう言い方はアレだけど『本当に人間なのかどうか?』を疑うレベルの力の持ち主。たぶん、今回起きた事象は所謂『神隠し』だろう? うちのご先祖様がファーミルス王国に来た時の逆バージョンだよ。レフィールさんの母国にも似た現象の伝承とかあるでしょう? 避けることのできない、予兆のない自然災害。であれば、できることはなにもない。でも、父さんだしね。そのうちひょっこり戻って来るでしょ」


「なるほど。『生命の心配はない』の部分には同意できます。ただ、ひとつだけ懸念が。ミシュラ様と離れ離れはなればなれになった場合は、万難を排して帰還手段を模索されると思うのですが、今回はご一緒されていますので。飛ばされた先で『これ幸い』とばかりにイチャコラされて過ごす可能性も」


「うん。わかる。あり得る。でもそこはね。『父さんを待つ奥さんは他にもいるし、子供や孫が可愛くない、会えなくても構わない』とかはないと思うんだ。だからさ、ここは『帰って来る』と信じてあげようよ」


 口では父親の帰還を信じる言葉を吐き出したクーガであったが、自身の考えが及んでいなかった部分を義母の懸念という形で指摘され、内心では非常に焦っていた。

 何故なら、彼は実の両親の望みが、「子や孫の生活基盤の整備とそれなりの資産を残すこと」以外は、「日々困窮することのない平穏な生活をすること」であるのを知っていたから。

 そうした望みのうちの「前半部分は既に達成されている」と言える。

 つまり、父母が「フラン。リムル。ドク。後は任せた」と考えてしまい、戻ってこない可能性も十分にあり得るのである。


 しかしながら、現状のクーガには自身の力でできることがない。

 もし、できることがあるならば、「神隠し」などという言葉は存在するはずもないのだ。

 ついでに言えば、クーガには自分だけで狂気の研究者の手綱を握れる自信もない。

 魔獣由来の素材は、父親だけが行ける場所に莫大な量が保管されており、もしそれを要求されても渡すことができないのだから。

 幸いなことに、アナハイ村にはまだ機動騎士数十機分の資材が、備蓄されたままのはずではある。

 但し、それを知っていても全く安心はできない。

 あればあるだけ使ってしまって、思いのままに造るのがドミニクであるから。

 しかも最悪なことに、最重要部の固定化された魔石を生み出す、魔石の固定化技術がゴーズ公国には存在する。

 クーガとドミニクとの間には婚姻が成立しているのに、彼女がバイファ村に居住地を移さず、アナハイ村を離れない理由はそこにあるのだった。


 つらつらと不安でしかない考えが浮かんで来るクーガであったが、とりあえず今後のことをゴーズ家の首脳陣が集まって話し合う必要性がある。

 その点は、レフィールと見解が一致していた。

 公王としての最低限必要な仕事と指示を済ませたあと、彼は自身の愛機を一番船に積み込んでトランザ村を目指したのだった。


 そんなこんなのなんやかんやで、クーガとレフィールのコンビは道中でリティシアとエレーヌを拾い、夕闇に紛れてトランザ村へ直接飛行船で乗り付けた。

 事前連絡なしのこの行為は、衛兵から緊急事態発生の報告を受けたフォウルを仰天させたのだが、その時点での彼はラックとミシュラの件を知っていたため、降りて来た三人の姿を確認して不問としたのである。




「当面、ラックとミシュラがいない前提でゴーズ公国とゴーズ領の運営を滞りなく行わなければならない。『ラックが永遠に戻らない』とは私は考えていないが、それでも『戻って来るまでにかなりの時間が必要なのではないか?』と思っている」


 フランが悲壮な面持ちで切り出した。

 彼女の持つ肩書はラックの第2夫人でしかない。

 そのため、場を取り仕切る責務や権限があるとは言い難い。

 ラックとミシュラが不在となれば、公王のクーガ、公爵家当主のフォウル、ラックの妹のリムル辺りの存在感が増すからだ。

 もっとも、彼女が議事進行をすることに不満を漏らす者はひとりとしていない。

 こうした状況下だと、過去の実績が物を言うのである。


「フランに同意する。そもそも、神隠しでかどわかされた人間が戻って来た前例はない。けれども、だ。それでも、ラックなら不可能を可能にすると私は信じている」


 リティシアが発言し、エレーヌ、アスラ、ミゲラが肯定を示す頷きで賛意を露わにした。


「お兄様の力なしに、この場所でこうした会合をこれまでのように行うのは不可能ですわね」


「叔母様。機動騎士と飛行船での移動を前提として、ダグラ村で三日に一回程度の頻度で集まる線でいかがでしょうか? それと、この会合の議長と最終決定の権限を持つ人間を明確にしませんか? 私は、兼任としてフランさんを推します」


 リムルの発言を受けて、クーガが提案する。

 そこへ、フォウルも黙っていられないとばかりに前のめりの体勢となった。


「そうですね。ゴーズ家の方針の決定権を持つ人間は必要でしょう。ここで言う『ゴーズ家』とは、『ゴーズ公爵家とゴーズ公国王家を一纏めにした大きな括りの家、一族』と言う意味です。私もフランさんが相応しいと考えます」


「お兄様の代役ですから、残された夫人の序列の最上位にある人間がそこに座るのが妥当でしょう。わたくしも支持します。会合場所や頻度も提案に異存はありません。ただ一点だけ。ラーカイラ村とバイファ村、双方に緊急連絡用の飛行船を常時待機させて置きたいですわね」


 低空を魔道具によって生み出される推進力の最高速度を以て進むならば、飛行船でラーカイラ村とバイファ村の最短距離を結ぶと、八時間弱の時間が必要とされる。

 リムルの提案は、最短の情報伝達手段の確保を考えてのモノであった。


「いや、恒久的には使えないが、数年程度ならスティキー皇国製の無線通信機を投入しようと思う。バイファ村とダグラ村をそれで結ぶ。飛行船は、ラーカイラ村とダグラ村に置く。このやり方で情報伝達に必要になる時間は大幅に減るはずだ」


 戦時にラックが大量に鹵獲したスティキー皇国製の車両には、十キロ程度が通信上限距離となる無線通信機が搭載されている。

 フランの計画はゴーズ公国内で中継点を大量に設けて、タイムラグを可能な限り減らした通信網を整備することであった。

 但し、この計画には機器の耐用年数と燃料の問題が付いて回る。

 今回、恒久的ではない手段を用いるのを彼女が良しとしたのは、「あくまで一時しのぎであり、いずれはラックが戻って来る」との考えからだ。

 また、アナハイ村でドクがスティキー皇国のアレコレを飛行船技術者から学ぶことで、新たな通信機が生み出される可能性も彼女は想定していた。


 この時のフランが知らない事実もある。

 狂気の研究者兼技術者は、機動騎士に載せるための無線通信魔道具の開発に、既に着手していたりしたのであった。


「アレを使うのか? まぁ、公国の方だけで使うのなら、ファーミルス王国の軍や王家にはバレないだろうけど」


 リティシアはエルガイ村の地下に隠して保管されているはずの車両を思い浮かべながら発言した。

 ちなみに、フラン発案のこの計画によって、後日ラックが隠し持っていたスティキー皇国製の本が大量に発見されたりする事件も起こるのだが、そんなことは些細なことなのである。


 こうして、ラックはミシュラと共に、ファーミルス王国が存在している世界から姿を消した。

 残された者たちは、超能力者が造りだした成果物を頼りにしつつ、それぞれに自分の力で生き抜く必要が出てきてしまったのだった。


 何故か異界の地に飛ばされてしまったファーミルス王国の元国王様。妻と共に乗り込んでいた機動騎士の周囲にサイコバリアを展開していても、周囲の空間丸ごとかどわかされるとなす術がないと思い知らされた超能力者。視界の効かない鬱蒼うっそうとした樹木が乱立する場に下級機動騎士ごと放り出され、ミシュラとのアイコンタクトを交わしたあと、「まずは現在位置の確認を」と、千里眼を行使を始めたラックなのであった。

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