第186話
「『ここが何処だかわからない』ですって?」
薄々は想定していた事態ではあったものの、ミシュラはラックからハッキリと告げられた結論にそれなりの衝撃を受けていた。
緊急用の水と食料は機動騎士に標準装備として積まれているが、切り詰めても二日分程度にしかならない。
広範囲を千里眼で見渡せる超能力者に現在位置が理解できない時点で、「トランザ村への早期の帰還は絶望的」と言える。
つまるところ、早急に当面の生命を維持するだけの物資の調達を、視野に入れる必要がある状況に陥ったのであった。
「うん。ここからだと、南西方向のかなり遠くに一番近い人の集落のような場所がある。まぁ、ファーミルス王国で言う開拓村のレベルの規模だけどね。そこから更に南下すると大きめの都市もある。見た感じで言うと、ここは僕らがいた世界とは違うだろうね」
ラックは最初に俯瞰する形で視線を飛ばしまくって、陸地と海を確認している。
その結果、ファーミルス王国が存在する北大陸、そこに接続している北東大陸、スティキー皇国がある南大陸がどこにも確認できない時点で、彼の中では「現在位置は別の世界の何処かだ」と確定していた。
しかしながら、超高空から地形を観察した経験を持ち、大陸の位置関係や形が頭に入っているのは、千里眼が行使できる彼に限定されている。
そのため、ミシュラに対してはあっさりとした説明にならざるを得ない。
但し、「超能力者の説明が上手くない、或いは内容が足りていないだけ」と言う面もある。
要は、「ここが別の世界である証拠」と思われる、千里眼によって得られた視覚情報は当然他にも存在しているのだけれど。
「えっと、貴方がそう判断した根拠は何ですの?」
ラックが行ったのはざっくりとした説明でしかない。
見た事柄を他者に言葉で伝えて状況を理解させることは、ある程度の言葉選びのセンスが必要となるのだが、彼は「その部分に長けている」とは言い難い。
そのような状況下で、ミシュラは疑問に感じた部分を質問として夫に投げ掛けた。
彼女は超能力者から言葉を介して得られる情報でしか物事を判断できないため、そうせざるを得ないのであった。
そんな流れでこの特殊な夫婦の間の会話が進んで行くのは、自然なことであったのだろう。
「まず、大陸の形が違う。数も場所もね。集落の文明のレベルはファーミルス王国と大差ないかやや低いレベルの印象だけど、外見からして明らかに違う人種の人間が集落にいる」
「違う人種ですか? 見た目でわかる特徴が違うのでしょうけど、どこがどう異なっているのでしょう?」
ラックから「外見が違う」と説明されても、明確に姿のイメージができないミシュラはその点をスルーせずに問うた。
「猫耳と尻尾がある人型の生物。『猫獣人』とでも言えば良いのかな。そうしたのが僕らと変わらない人間と一緒に生活している感じだね」
「なるほど。貴方がそう言い切る時点で、仮装の類ではないのですわね?」
ミシュラはアクセサリーとしての猫耳付きカチューシャが、ファーミルス王国に存在しているのを知っていた。
そのため、仮装してのプレイが頭に浮かんでしまい、それ故の確認の問いが飛び出したのであった。
「うん。だって、仮装なら頭上に猫耳があっても、顔の横の部分に人間の耳があるはずじゃない? でもそれがないんだよね」
「むしろ、『わたくしたちが知る”人”ならば、あるべき場所に耳がないのが特徴』と言えなくもない感じなのですね。理解しました。ところで、意思の疎通はできそうでしょうか?」
「そこは大丈夫な気がする。お店っぽい場所の看板に使われている文字が読めた。それがファーミルス王国の文字と同じなんだ。たぶんだけど、この世界にも日本人が来て言語と文字を広めたんじゃないのかな? 現在進行形で日本人が存在する可能性もあるかもだけど」
ラックが目にしたのは、それなりの年月の経過が感じられる古びた看板の文字だった。
それだけに、意思の疎通が少なくとも文字を介して可能な可能性について言及することができたのである。
ちなみに、看板に書かれていたのは”マッコイズ商会最果て支店”であったが、特に意味がないのでミシュラにそれを伝えてはいない。
「とりあえず、ここにいても手持ちの食料と水に限りがあります。生きて行くのに必要な物資を調達するために、また、情報を得るためにも、人里へ向かうべきでしょう。問題は、『機動騎士で出向いても大丈夫なのか?』という点ですが」
「うーん。機動騎士やスーツの類は視た限りでは見つけていない。この機体で接近するのは、不味いような気がするね」
幸いかどうかはさておき、現在位置は周辺に背の高い巨木が生い茂っている。
ミシュラ機の全高は15mに満たないが、周囲の巨木は高さが30mを超えていた。
よって、動かなければ、遠方から機体を視認される可能性は低い。
もっとも、陽光が薄っすらと差し込んでいる以上、真上に近い位置ならば葉の重なりの隙間から視認が可能であろうが。
そのような状況であるから、下級機動騎士でホバーか歩いての移動を敢行しようとすれば、乱立している巨木の幹が行く手を遮る。
端的に言うと、「ミシュラが機体を操って独力で森を抜けようとするならば、邪魔な木々をなぎ倒して行く必要がある」のだ。
まぁ、実際の移動手段は、ラックによるテレポートとなるので道なき道を無理矢理切り開く環境破壊は必要ないのだけれど。
また、ここでは発生し得ない事態であるが、燃料となる魔石搭載量に限りがあるため、ミシュラ機で全ての障害物を排除して森を抜けることは不可能だったりする。
つまり、超能力者が同乗していなければ、「ミシュラは生きて森から出られなかった」とも言える。
「そうなると、機体を何処かに隠しておかねばなりませんね。操縦して奪われる可能性はないように思いますが、発見されれば機体を何処かに運ばれたり、破壊や分解があり得ますでしょう」
「そうだね。地中に隠すか、極点に運んでおくか。その辺りが検討案になるかな?」
「ですわね。その、極点が選択肢に出てくるのは貴方だけですけれどね。ところで、こちらへ向かって飛んできたのだと思われる巨大生物がいますわよ。アレはなんでしょうね? 魔獣でしょうか?」
ミシュラは、木々の葉の隙間から見えた、上空を旋回している巨大な生物の存在に気づいた。
しかしながら、彼女は即座に戦闘態勢へと移行はしない。
何故なら、彼女は夫の手で周囲に展開されているはずのサイコバリアの防御力に全幅の信頼を寄せているからだ。
まだ、襲われたわけではないので、万全の防御が施されている点も加味すれば、不用意に敵対行動をする必要はない。
燃料となる魔石の補充の目処が立たない今、「消費が激しい戦闘機動は可能な限り避けたい」という貧乏くさい事情が頭を過ったのは、彼女だけの秘密である。
災害級魔獣ですら徒手空拳の単身で容易に屠る最高戦力が、自身に帯同している安心感は伊達ではないのだった。
「四つ足に翼を持つ生物。ブルーの鱗っぽいものがある体表に、頭部はトカゲかな? 爬虫類的な顔立ちだ。空想上のドラゴンに近いと思う。こちらを警戒して様子を伺ってる感じなんだろうかね? 少なくとも問答無用で、向こうからすれば初見のはずの機動騎士に喧嘩を売らない知能はあるんだろう」
巨大な鳥であった魔鳥よりも数倍の大きさと思われる生物。
翼の大きさからして、ラックには空を飛べていることが信じられない。
がっしりとした胴体にそこそこ長い首と尻尾。
前後の重心バランスは大丈夫なのだろうが、頭の中にある鳥の身体のイメージと比較すると全体に対して翼が小さ過ぎるのだ。
千里眼で確認してそんなことに思考を割いていると事態は動く。
なんと、先方はラックやミシュラに理解できる言葉を発したのであった。
「そこの巨大な人型。ここは私の縄張りだ。何用であるか? 用がないなら速やかに立ち去れ。そうすれば攻撃はしない」
「喋れるってのはすごいね。僕らが知る魔獣ではない。ちょっと興味があるからお話してみよう。ミシュラはここで待機してて。僕が上空で話を付けて来るから」
「わかりました」
そんなこんなのなんやかんやで、ラックとミシュラは雌の個体であるドラゴンと対話することに成功した。
ドラゴンの名はラメリア。家名も込みの真名はさすがに明かされなかったが、短時間で良好な信頼関係を築き上げることができたのには相応の理由がある。
彼女の夫である雄ドラゴンのガリュウは重傷を負っており、超能力者がヒーリングを施して治療に尽力したからだ。
ガリュウは妊娠の準備期間に入ったラメリアを他の雄ドラゴンに奪われまいと戦った結果、複数の個体の撃退には成功したもののしばらく動けないほどの怪我をしてしまったのだった。
「助かったよ。卵を狙ってくる敵を撃退しながら食料になる獲物をラメリアが獲るのは大変だったから」
ガリュウも巧みに人の言葉を操るのにラックは感心していた。
透視でドラゴンの発声器官の構造を見てしまった超能力者からすると、彼らは何故日本語が上手に喋れるのか理解不能だったりするのだ。
勿論、それを相手に直接問うような不作法はしないけれども。
超能力者が謙遜しつつ語ったのは、機動騎士の保管を請け負ってくれることへのお礼だ。
「いえいえ。ミシュラの機体を安心して預かっていただけるのでこちらも助かりますから」
「普段はそんなに食事を必要としないのだけれど、深い怪我を治すには肉を食べるのが一番でね。ラック君のヒーリングってのは素晴らしい。『どんな原理なのか?』は賢いはずの僕らでもさっぱり理解できないけど」
「ラック君。『異界から来た』のは見たことのない機動騎士って兵器と、貴方の能力で疑う余地はありませんので信じます。で、元いた世界に帰還する方法なのですが」
ガリュウの話の区切りがついたところで、ラメリアはラックたちの望みについての話題へとシフトした。
「わたくしたちに都合の良い、便利な方法はありませんわよね?」
「確実ではないが、可能性のある方法ならあるぞ。但し、仮にできても一方通行だ」
「えっ?」
ミシュラの諦め交じりの言葉に対し、ガリュウは手段がないわけではないと語る。
そこへ反応したのは、同じく諦めモードだったラックだ。
「この世界には大迷宮と呼ばれる巨大な異界が七つあってな。そこの最深部には、異界と繋がるコアを持つ怪物がいる。怪物を倒し、コアを七つ集めて合成すると、異界への門が開くのだ。通常はそれで新たに大迷宮を作るのだが、その時に発生するエネルギーを特定の世界をイメージして繋ぐように使えば、短時間だけ通行可能なゲートを生み出せるかもしれん」
「大元はね、自然発生した原初の大迷宮の最深部の怪物を七回倒してコアを集めたの。最深部の怪物は、一度倒すと復活するのに五年の時間が必要になる。それはそれは大変だったのよ。この世界の神からの神託で、人間はそうやって大迷宮の数を現在の七つにまで増やしたの。人の生活を豊かにする様々な資源が産出されるわ。こんな話を聞かされれば、『何故それをドラゴンの私たちが知っているのか?』ってたぶん思うわよね。でもその答えは簡単。遥か昔、ドラゴン族も大迷宮の攻略に協力したからよ。その時の話が伝わっているの」
ガリュウが可能性のある具体的な帰還方法を語り、ラメリアは大迷宮についての情報を補足した。
彼女は自嘲気味に、「当時協力した個体は、もう亡くなっているけどね」とも語ったけれど。
そこへガリュウが、過去の歴史の部分を追加して行く形で言葉を紡ぐ。
「人間は六つの大迷宮を作り出し、傲慢になった。彼らは協力したドラゴン族の強靭な肉体を妬んだ。強力な武器や防具を生み出すために、我らの鱗や骨、牙が狙われたのだ。そうして、我らを狩ろうとする勢力が台頭した。我らの肉を人間が食らうと、彼らの肉体は何故か強化されるのが発覚したのも不味かった。それ以降、人とドラゴン族は袂を分かつ。もう何百年も前に起きた事柄だよ」
「つまり、六つ増えて七つになったあと、ドラゴン族が協力しなくなって大迷宮が増えなくなった?」
「うむ。コア自体は三つかそこらは人の国の王がまだ持っているはずだが、七つ揃えることは叶わぬ状態だ。それと、我らの肉を食って強化された人間も寿命で亡くなっている。直系の血縁者は遺伝なのか普通の人間よりは強いようだが、それでもオリジナルと比べると劣る。稀に先祖返りと称する強力な個体も生まれるのだがな」
ラックの理解度に満足して肯定したガリュウは、現在の人間たちの状況も知り得る範囲でついでとばかりに語る。
どのみち、ラックたちが大迷宮を攻略する必要が出て来るならば、知っておいて損のない情報だからだ。
「私がミシュラさんを警戒して飛んで行ったのは、そこに原因があるのよ。貴女の力は大き過ぎる。先祖返りの人間の二十倍以上の力を感じるわ。ごめんなさいね。貴方たちは、ガリュウを狙ってやって来たのかと思ったの」
「警戒したのは僕じゃなくミシュラの力? 魔力量かな?」
「たぶんそうなのでしょうね。わたくし、強いという実感は全然ありませんけれど」
ラメリアがラックたちの所へ訪れた事情が明かされた。が、ラックやミシュラの興味深い点はドラゴン視点での戦力評価の部分である。
「ミシュラの魔力量から逆算すると、この世界での魔力保有量は最高クラスの人間でも百かそこらか」
「ミシュラさんは桁違いに強いので大丈夫だとは思いますが、人間の国でそれを知られれば身柄を狙われるでしょう。強引に王家の男性と結婚させられて、ひたすら子供を求められるでしょうね」
「世界が変わっても、人の業は変わりませんのね」
うんざりした表情に変化したミシュラは、ため息交じりにポツリと呆れが入った呟きをこぼした。
「ラック君の口ぶりからすると、ミシュラさんよりラック君の方が強いように聞こえるのだがな。一応言っておくが、ミシュラさんの持つ力は下位のドラゴン族に匹敵するぞ」
「ガリュウさんはそう仰いますけれど、個の力でわたくしの夫に挑み、戦って勝てる存在がいるとは思えません。いえ、束になって掛かり数の力に頼っても、結果は同じでしょう。もしお疑いでしたら、試してくださっても大丈夫ですよ」
こうして、ラックは異世界で異種族であるドラゴン夫妻と知己を得て、世界の背景と帰還の可能性がある方法を学んだ。
ガリュウとラメリアが「力試しだ!」と同時に超能力者へと挑み、完封されて負けたのは些細なことなのである。
異界の地で、人と接するより前にドラゴンと交流することになったファーミルス王国の元国王様。「巨体であるドラゴン族が大迷宮の内部で活動できたのなら、ミシュラの機動騎士も内部で使えるんじゃない?」とラメリアに問うて、一笑に付されたあと人化形態を見せつけられた超能力者。「人化したドラゴン族って、超がつく美男美女になるみたいなんだけど、それに勝るミシュラの美貌ってすごい」と、誰にも聞かせられない言葉を心の中だけで呟いたラックなのであった。
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