第184話
「『西部辺境伯家の養子を王太子にしろ』だって?」
ラックは久々に王宮内で宰相との直接話をする時間を過ごしていた。
そこで飛び出した話題が想定外過ぎたために、思わず聞き返したのが前述の発言なのである。
「現在の王太子はライガ様ですが、そこへ西部辺境伯家が横槍を入れて来た形になります。主張の根拠は、彼の家の養子が先々代の陛下の遺児であること。言い分としては、少なくとも『王位継承権が設定されること』が望みだそうです。それに加えて、『今代の王女と婚約したい』という要望も出ておりますな。DNA鑑定の結果の書類も添付されておりますので、先々代の実子である点に疑いの余地はありません」
宰相としては「ゴーズ家ではない旧王家の男系の直系」と言えるフォウルや、今回話が出ている遺児のほうが「ライガよりも国内貴族の求心力を得やすい王になる」と考えている。
しかしながら、元少年王であったフォウルに玉座への復帰の目はない。
本人の意思もさることながら、外部事情で判断しても、ミリザを筆頭とする彼の妻以外の、現国王であるラックの子のうちの男子が全て死亡する事態にでもならない限り、そんな事象が発生することはないのだ。
よって、国内を纏めるために過去の血筋を復活させた王に拘るならば、実質的に選択肢はひとつとなる。
尚、ラックは「ファーミルス王国の歴史上最高の種馬」と影で揶揄されるほどに多くの王子と王女を儲けている男。
要するに、ゴーズ家の血統が族滅する可能性は限りなくゼロに近いのだった。
「ふーん。ライガや他の王子、或いは幼い王子に代わって母親に確認をしてからの話になるけれど。過去のゴーズ家の方針から考えれば、次の王に『積極的になりたい』と言う人間はいないと思う。ライガの婚約者を出しているシス家にしても、たぶんだけど自家の娘を王太子妃を経て王妃にすることに拘りはしないだろうな。但し、王女との婚約は許可しない。ゴーズ家が関係している娘全員、不許可の対象とする」
「はっ? それでよろしいのですか?」
宰相は今の国王がなるはやでさっさと次代に席を明け渡す気なのは承知していた。
だが、それはあくまでも「王権の譲渡先は自身の子に限定」の話であると思っていたのだ。
そもそも、王家の炉や魔石の固定化工程の仕事を行うことができない王は、本来であればファーミルス王国の頂点に立ってはいけないのである。
一般的な貴族の考えは、「次代が育つまでの間の辛抱」であって、ラックは所謂中継ぎ。
彼らの現国王に対する認識を悪く言えば「間に合わせの応急処置だからこそ許される、欠陥の王」だ。
それは、本人が偉ぶらず、「潤沢な魔力量の持ち主且つ、この国を纏め上げる自信があって王位を望む者には玉座を譲る用意がある」と、公言している影響もあるのだが。
宰相視点では「陛下が言う『潤沢な魔力量』を基準に持ち出すのならば、クーガやライガ、その他ゴーズ家の血筋の王子たちと保有魔力の量を比べられることが必然であり、『王族の最低基準である30万を超えておりさえすれば良い』という話にはならない」と、考えていた。
その辺の認識は、少なくとも侯爵以上の爵位を持つ貴族家では共通している。
そのため、「我こそは!」と、手を上げて来る人物は今回の案件以前だと存在していなかったのである。
まぁ、高位貴族家の考えはさておき、宰相からすれば、「ラックは自身が国王の座に留まる気は更々なくとも、血縁者を据えて裏から牛耳るつもりなのではないか?」と、しか思えなかった。
それ故に。
間抜けな声で真偽を問うような発言が飛び出たのであったが。
「うん」
ラックのあっさりとした肯定の一言で話が終わってしまう。
これが、ファーミルス王国の王太子変更問題が勃発した瞬間なのだった。
「えー。本日、王宮でそんな話がありました。で、クーガ、ライガについては自分で判断できる年齢なので本人の意思を僕の方で確認済み。まぁ、クーガは元々その気はなかったはずなので、一応って感じだけれどね。彼らの答えは『国王になんてなりたくない』でした。シス家のルウィンは『ライガ殿にシス家の娘を嫁がせることでゴーズ家との関係を強化するのが目的であって、王太子妃や王妃の地位に娘を就けたいわけではない』と、言質が取れています。ところで、フラン、リティシア、エレーヌ、アスラ、ミゲラ。君らにはそれぞれに息子がいるわけだけど、『自分の息子を王太子に、将来は国王にしたい』って意思がある? あるなら早急に婚約者の選定も必要になってくるのでよく考えて答えを聞かせて欲しい」
夕食会で、ラックはさらりと重要な議題を出す。
この案件は時間的な問題で、事前に共有されることがなかったため、ミシュラ以外の女性陣にとっては寝耳に水の状況だったりする。が、そんなことは些細なことでしかない。
なるべく早く結論を出す方が良い話であるには違いないが、緊急性が高い案件ではないからだ。
「お兄様。フォウルへの確認はされましたの?」
リムルは名前が挙がらなかった自身の息子について問うた。
ここでこれ幸いとスルーして、後から「意思を明確にしていない」と、突っ込まれると面倒事にしかならない。
彼女はそれを十分に理解しているが故の発言だ。
リムルはクーガの息子であるエドガとの婚姻を予定しているため、このまま行くと将来は北東大陸に興される公国の王妃となる。
よって、自身の一粒種のフォウルがその時点でファーミルス王国の国王の地位に就いていたならば、国同士の利害関係の問題が発生した場合に難しい立場になるのが明白なのであった。
「ああ、そっちを忘れていた。本人には後で聞くけど、リムル的にはどうなの?」
「フォウルの再登板など、考えたくもありませんわね」
「だろうね。ま、本人もたぶん同じだろうな」
言質を取られて困る人間は夕食会に参加していないため、ざっくばらんに兄妹間で本音の応酬が繰り広げられた。
この場で最も立場が弱いミゲラは、ラックとリムルのやり取りを聞きながら、自身の息子を国王にする気がないのを棚に上げて、「ファーミルス王国の玉座って『他者を蹴落としてでも手に入れたい』のが普通なんだけどな」と、内心で考えていたのは彼女だけの秘密である。
ファーミルス王国の最高権力者という地位。
それは責任自体は重くとも、仕事の質や量の面では然程きつくもなく要求される能力は魔力量という一点を除くと特筆するようなモノがない。
はっきり言ってしまうと、王家の魔道具を稼働させる魔力量の持ち主であるなら、楽な仕事に金と権力と女が付いてくる、一般的な男性の価値観からすれば美味しい立場のハズなのだ。
しかしながら、ラック以下ゴーズ家の人間は「一般的な価値観からすると、『美味しい』とされる部分に対して、単純に全く魅力を感じていないだけ」の話である。
また、旧三大公爵家にしても、自家に三男以下の男子が余っている状況ならば、先を争って手を挙げて来るのが順当なのだが、残念なことに彼らの置かれている現状は自家の後継ぎを確保するのが精一杯であった。
都合よく高魔力の男子がポンポンと生まれて来るはずもないのである。
クーガなどは彼の地位を「酷王」などと言い捨てた過去があったりするが、客観的に言えば「成れるモノなら成りたいわ! むしろ、王位を積極的に奪いに行きたいまである!」と言い出す男性のほうが多数派であろう。
勿論、保有魔力量という一点をクリアできなければ話にもならないのであるが。
「私にその気はない。その前提で興味本位からラックに尋ねる。今回の案件を切っ掛けに王位継承権、王太子の選定をやり直すとして、この場にいる誰かの息子が王太子を経て玉座へ至る場合、国母となるその者は王宮に住居を、生活の場を移すのか?」
フランがラックに真っ直ぐに視線を向けて発言した。
現在のラックの妻たちは妾である船長三人とシーラを除いて、それぞれに息子に割り当てられた北東大陸の村の執務を補佐している。
よって、ミシュラ以外はトランザ村でラックと完全に同居しているわけではないのだが、それでも夕食会も含めて、夜を一緒に過ごすことが多い。
彼女の問いは端的言うと、「そうした部分に変化が起こるのか?」という内容なのである。
実際問題として、新たに国母として立つのならば、現在はシーラが一手に引き受けている次期王妃の教育や、王妃として行うお茶会、夜会の開催と参加に一切ノータッチはさすがに許されない。
あくまで、今のミシュラの状況が特殊過ぎるだけなのだ。
尚、フランが堂々と「その気はない」と言い切ったのは、「夜の閨での時間を手放す気はない」という宣言でもある。
「うん。まぁそうなるね。今のミシュラに対しては、シーラは仕事の分担を要求できない。けれど、先々代の国王の遺児を候補に加えて新たに王太子を選定し直すのなら話が変わって来る。ぶっちゃけ、これまで手塩に掛けて教育してきたシス家の娘が王太子妃にならないってなると、徒労感があるだろうし。ま、ブチキレるよね」
王妃としての執務に加えて王家の魔道具の稼働も任せている手前、シーラに対してあまりにも理不尽な要求を突き付けることは、今のラックの心情からしてもさすがに躊躇われる。
妻として迎えてそれなりに長い月日が過ぎていることもあって、彼女への外様扱いは変わらなくとも情が多少は発生しているからだ。
「自ら望んで国王になりたい候補者がいるのに、それを押し退けて自分の息子を次代の国王にして、国母になりたい人間はこの場にはいないんじゃないかな」
リティシアが発言し、エレーヌがコクコクと頷いて同意を示す。
彼女たちは自身の出自も鑑みての、極めて妥当な見解を持つ。
片や、元はカストル公爵家の出であるアスラやミゲラは静観の構えだ。
ここで国母になる意思を示すことは、ミシュラに対してマウントを取りに行くのと同義となることを二人は理解していた。
そんなモノはどう言ってみても「自殺行為以外の何物でもない」のである。
ゴーズ家の子供たちの中で、明らかに優遇されているのは正妻の子であり、「ミシュラとことを構える事態がどんな未来を招き寄せるのか?」が、想像できないほどアスラとミゲラは愚かではない。
仮に二人の息子のどちらかが国王になった場合、クーガやライガ、フォウル、国王にならなかった一人の四人は確実に潜在的な敵となる。
実態が伴わない虚構の権力を得て、勝ち目のない境遇に母子で飛び込むのは馬鹿のやることなのである。
そんなこんなのなんやかんやで、降って湧いた重たい話は、ラックが完全に中継ぎの王であったことを後世の歴史研究者に肯定させる方向の結論となった。
先々代の王家の血統が復活し、ゴーズ家の血筋はファーミルス王国の王家と距離を置くことになるのだった。
「そんな話になったか。どのみち、北東大陸の開発と発展が進めば、ファーミルス王国一強の時代は終わる。兄弟間で敵対や対立する未来よりは、少しはマシな物になるであろうよ。過去のこの国の王家と三大公爵家が上手くやって来た歴史がそれを証明している。婿殿はドクの研究の成果を、この国の在り様と同じで分散させるつもりなのだろう?」
「その通りですね」
相談役は、あっさりとした表情を浮かべたまま、事後報告に来たラックに問うて期待通りの返答を得ることに成功する。
ファーミルス王国とこれから興る予定のゴーズ公国の未来を、肉体的には壮年の域にある老人は完璧に予測していた。
ゴーズ家の次代を担う第一世代の男たちは、外部の血を取り入れる目的でシス家から嫁を受け入れている。
具体的には魔力量2000以下を目安として、その条件を満たす女性を積極的に妻に迎え入れる方針を採用している。
もし、国が分裂して敵対した後ならば大問題になりかねない婚姻関係が、着々と進められていたのである。
もっとも、未来の両国は過去の偉大な賢者の理想をそれぞれの立場で体現して行く姿勢を崩さない。
そのため、よほどのことがない限り、武力衝突、所謂戦争という事態は発生しないはずであるのだけれども。
だからと言って、「経済面で衝突せずに良好な隣国関係を保てるのか?」は、完全に別の話になるわけだが。
ちなみに、迎え入れる女性の魔力量の上限が低いのは、ミシュラやフランの魔力量を知ってマウントを取りに行く愚か者を発生させない目的もある。
そうした目的と、「遠方へ嫁に出しても惜しくない魔力量の持ち主」という意味合いも含まれて、実質的にはゴーズ家へ嫁いだ大半の女性の魔力量は500から1000の範囲に収まっていたりする。
ぶっちゃけると、ファーミルス王国の価値観において、みそっかす扱いに近い女性が多数、ゴーズ家へ嫁に出されたのであった。
但し、それは親から娘への愛情もあって行われた行為でもある。
嫁ぎ先のゴーズ家の男子の魔力量は飛び抜けて高いため、そもそも、「魔力量で釣り合いが取れるような女性は存在していない」という事情があり、妊娠して魔力中毒症を発症するリスクが低い貴族女性であれば、乱暴に言うと「大差がないので誰でも良い」となっていた。
そして、そのような状態であれば、さして魔力量が高くない女性でも妻として大切に扱われる。
子爵家以上の家に生まれた娘であるにも拘らず、家格に見合わない魔力量しかなかった女性たちにとっては、これ以上に条件の良い嫁ぎ先など存在していない。
従来であれば、当主の命で新興の成り上がり騎士爵家や準男爵家辺りに嫁ぐしかない立場、下手をすれば騎士爵の家臣の男性へなんてケースもあり得るのだから。
それは、魔獣の領域が近い辺境の地だと、生命の危険も内包する話なのである。
斯くして、嫁いで行く本人、娘を送り出す両親、妻として受け入れるゴーズ家の三方良しの関係が成立したのであった。
こうして、ラックは王太子変更の手続きを行い、内心で彼を蔑んでいたファーミルス王国の貴族家当主たちから一定の支持を得ることに成功した。
超能力者の治世期間はまだしばらく続くのだが、暴政や圧政を行うわけでもない国主はなんとか受け入れられたのだった。
水面下でクーガを国主に据え、北東大陸を基盤とするゴーズ家王朝の設立を狙っているファーミルス王国の国主様。次代へのバトンタッチを数年後に控え、王としての今後の仕事は消化試合的に見ている超能力者。「僕の子じゃないファーミルス王国の王が立てば、あとはトランザ村かバイファ村に引き籠って隠居生活で良いよね」と、無駄にフラグを立てる自覚のない呟きをこぼすラックなのであった。
◇◇◇お知らせとお詫び◇◇◇
まず、お詫びを。
2023/2/20に松本零士先生の訃報にショックを受け、書く手が止まって予定より遅れました。
申し訳ない。
松本零士先生のご冥福をお祈りいたします。
以下お知らせ。
次話でラックは国王の座から降ります。
で、物語が大きく動きます。
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