第183話

「『サエバ伯爵ルウィンが相談に来た』だって?」


 ラックはトランザ村の執務室でミシュラからの報告に驚いていた。

 北部辺境伯の地位を弟に譲ってから数年の経験を積んだ男は、その弟からの希望もあって、近々に元の地位に返り咲くことが決まっている。

 よって、今はその準備で大忙しのはず。

 超能力者の視点では、彼の居住地の移動と地位の変更の挨拶は既に書簡で済まされているため、この時期の来訪の意味がわからなかったからこその驚きであった。


「相談内容は、『魔獣の領域の開拓について』だそうです」


「ふーん。ま、会って見るか。お義父さんにこの件は?」


 本来、ラックの現在の立場である国王への謁見であるなら、ことはこう簡単には行かない。

 けれども、話の流れ的に、やって来たルウィンは国王の肩書の人物への相談ではなく、北部地域の開拓の実施と決定権を持つゴーズ家のトップとの会談を望んでいる。

 それが理解できるミシュラは、来訪者である彼を待たせた。

 彼女の夫は仕事に出ており、その帰還を応接室で待たせるしかないのだ。

 それと同時に、彼女は別途必要な手順を済ませている。

 具体的には、相談役やフラン以下のゴーズ家の頭脳たちにも、この件で情報の伝達を行ったのである。


「もう伝えてあります。相談役は『狡兎死して走狗烹らるこうとししてそうくにらる。おそらく、開拓の中止提案だろう』と仰ってました。『受け入れるのが南西公の領地とシス家にとっては利が大きいと思うが、婿殿の裁量の範囲で自由にして良い部分だろう』とも。なので同席はしないそうですわ」


 実のところ、ミシュラはルウィンの実父が同席しない本当の理由を察している。

 ゴーズ家の相談役は、自身が同席することで息子の甘えが出るのを恐れていた。

 また、若く変容した容姿を見せられないという事情もある。

 しかしながら、ファーミルス王国の歴史上最も王妃らしくない王妃は、「それを夫に伝えて共有することには意味がない」と考えていた。

 そのため、表面的な部分のみを伝えるだけで話を終えたのであった。


「そうか。なら僕らだけで会おうか。でも、リムルとフォウルは同席させよう」


 内容的には、南西公であるフォウルの意思を確認する必要がある。

 そう判断したラックは、ミリザたちの婿とその母親の参加を決めた。


 斯くして、ラック、ミシュラ、リムル、フォウル、ルウィンの五人による密談がトランザ村で成立したのであった。




「陛下。直接お話できる機会をこの身に与えてくださったことに感謝します」


 ルウィンは臣下としての礼節を以てラックの前に跪く。

 この時点の彼の中では、以前なら無意識のレベルで持っていたはずの、「魔力量0の男」という蔑んだ認識は既に過去の物とされていた。

 要は、そうした記憶は完全に消し去られていたが故の対応である。


「あー。そういう堅苦しいの、今日は要らない。ここはトランザ村であって王都の王宮じゃないし、この場には話が漏れるような他者の目はないから。ってことで、直接訪ねて来た用件は何かな?」


 ラックは王としての威厳を保つことよりも実利を貴ぶ。

 超能力者のルウィンへ向けた発言は、それをストレートに表していた。

 そんな感じの王と共に姿を現したミシュラ、リムル、フォウルの三人は、ラックがそのような人物であるのを熟知しているため何も言わない。

 彼女らは黙って席に着き、話を始める場を粛々と整えるだけである。


 ルウィンは、それを待ってから話を切り出した。


「そうですか。では、早速ですが本題に入らせていただきます。現在のシス家の当主から、『そろそろ当主を交代して欲しい』と要請があって、その方向で動いているのは既にお知らせしたのでご存知だと思います。本日お伺いしたのは、シス家の今後の方針をゴーズ家と擦り合わせるのが目的でして、具体的には『魔獣の領域の扱いについて』となります」


「シス家からのお願いもあって、北東公と南西公の二公の名で北部辺境伯領と魔獣の領域との間に防壁の整備が進んだ。こちらとしては、『防壁を橋頭堡として使って、じわじわと浸透作戦でもするのではないか?』と、考えていたけどね」


 相談役の予測通りの内容へ繋がるルウィンの前振りに、ラックは安堵しつつ話の先を促した。

 それを受けて北部辺境伯に再びなる予定の男は更に言葉を紡ぐ。


「北部辺境伯家としては、仮に魔獣の領域を消滅させた場合、今の武力を保つ大義名分が失われます。魔石や魔獣由来の素材の入手、素材の加工販売といった収入源も失う。なので、今後は間引きに徹して、基本的には領地の拡大を行わない方針で行きたいのですが。南西公は、ゴーズ家の領地の西への拡大を考えておられますか?」


「当家の見解を述べますね。北や北東への拡大が優先なので西へは考えていません。『シス家がこの国の北部地域の要としての価値を失いたくない』のが提案理由なのは理解しますし、その方針にも賛同します。けれども、それだと将来的に国内の騎士爵と準男爵が激増しませんか?」


 ルウィンの言葉に対して、フォウルが領地の統治者、南西公の立場として発言をした。

 建前上は、この地の方針の最終決定者はラックではなく、彼であるから。


「そこは懸念事項になります。ですが新たに開拓できる土地がないので、領主貴族という意味でのそれらは増えません。が、法衣貴族は別ですので増えます。王国の保有戦力的に機動騎士やスーツをそれに合わせて増産し、全てを維持するのは非効率と考えます。陛下には下級機動騎士とスーツの国内における最大数を定めていただき、そこを超える数については、自己の裁量範囲での維持。戦力の維持が義務付けられない貴族は、支給される年金を五割カットでどうでしょう?」


 ファーミルス王国における従来の制度だと、領地を持たない”王都在住の”騎士爵や準男爵でも、スーツの所持は必須となっている。

 ついでに言えば、当主の保有魔力量が2000を超えていて懐具合に余裕がある場合だと、爵位が男爵未満であっても、少し背伸びをして下級機動騎士を所持する事例すらもあった。


 但し、王都を離れた地であると少々事情が異なってくる。

 前述の必須対象者に”王都在住の”が付いているのはそのためだ。

 最低限の必須装備であるスーツと言えど、購入しようとすれば新米騎士爵や準男爵には金銭的負担が重く圧し掛かってしまう。

 よって、暗黙の了解で領地防衛に必要な大砲だけを先に据え付け、「現在スーツを準備中」という白々しい言い訳が使用されることもある。

 現実問題として、最初のうちはほとんどがそんな感じなのである。

 半ばそれが常識化しているため、なんなら自らバレバレな言い訳をする必要すらないくらいだ。

 その結果、必須装備を所持していなくとも、しばらくの間はそうした違反行為がお目溢しされて、不問にされるケースが往々にしてあるのだった。


 もっとも、その場合は災害級の討伐軍の招集のような緊急事態が発生すると、寄り親となる上位の貴族に負担が掛かる。

 つまるところ、そうした装備不所持の貴族家当主に、寄り親は必要なそれの貸し出しを行うことになるのである。


 ルウィンの提案は、将来的に法衣の騎士爵や準男爵が大量発生する事態を想定しており、対応策がセットになっている。

 余剰人員には緊急時に戦うための装備の準備と維持という負担を軽減し、参戦義務を軽くすることと引き換えに支給する年金を減らす計画であった。

 しかしながら、参戦しなければ武功による陞爵の機会がないので、当事者には必ずしも歓迎される話ではない。

 また、爵位が同じでも領地持ち貴族が慣例として一段上の扱いがされるように、同じ爵位の法衣貴族の格付けに利用されるようになる可能性が出てくる。

 この提案は、そんな未来も容易に予測できるわけだが。


「一考の余地はある。けれど、連綿と続いてきた『魔獣の領域ならば切り取り自由』の建前は崩したくない。それに、ゴーズ家内はともかくとして、シス家が睨みを利かせている範囲には、実績を上げて陞爵を考える領地持ち貴族が現在進行形でいるだろう? 彼らはどうするんだ?」


「シス家から何の援助も受けることなく、独力で成し遂げられる才覚の持ち主であるならば、自由にさせます。ですが、作っていただいた防壁の外側で『ずっと頑張れる領民』がはたしてどれだけいることでしょう? 彼らとて裕福になれば、堅牢な防壁に守られた安全度の高い地に移動したくなるのではありませんか? 実際に、防壁の外側へシス家が救援の戦力を出すケースはそこそこの頻度でありますから」


 北部地域の東側の一部に南西公の領地が拡大したことで、北部辺境伯家が救援に出ることを見据える範囲が若干は減っている。が、それでも元が西から東への三千キロを超える長大な防衛ラインであっただけに、負担の軽減度合いは少ないのだ。

 ルウィンははっきりと明言はしないが、かつてのビグザ領やデンドロビウ領、トランザ領のように魔獣に滅ぼされる開拓地は多いのが実情であろう。

 尚、完全に滅びはしなかったが、「ティアン領やガンダ領も、実態は似たようなもの」と言える。


 ラックは国王として、宰相から消滅した領地の報告を受けているはずなのだが、些末な情報としていちいち気にかけて記憶して居たりはしない。

 魔獣の領域を切り開くのが大変なのは言うまでもないが、最前線で領地を維持すること自体の難易度もハードモード、いや、インフェルノモードなのである。


「ふむ。つまり、どうせほとんどは失敗するから、開拓をやりたい者は放置する。魔獣由来の資源を獲得するために間引き扱いの武力行使は行うが、開拓を目指す行為はしないし、それを目指す貴族への支援はしない。そうした前提で卿が南西公に求めるのは、ゴーズ領の西側の間引きをし過ぎないこと。他者が開拓し易いと判断して出張って来ない匙加減。こんなところかな?」


「その通りです」


 ラックは「自身の理解で合っているのか?」を発言して内容確認し、ルウィンはそれを肯定した。

 しかし、話はそこで終わりとはならず、フォウルが意見を述べる。


「了承しましょう。しかし、大胆な提案をされますね。ファーミルス王国としては、魔獣の領域を消滅させることが悲願であるような気がするのですが」


 フォウルの視点では、ルウィンの話は自家の利益を優先して国益を考慮していないように感じられたが故の発言であった。

 そして、話を持って来た先が、国益を最優先に考える立場のはずの義父ラックのところなのだから、ハッキリ言って違和感しかない。

 状況次第では、ラックが王として激怒し、この場で裁きを下してもおかしくないように思えたのである。


「人が住む領域の安全だけを考えるなら、それは間違いではないだろうね。けれども、魔獣の領域を完全に消滅させてしまえば、現在中型以上の魔獣から得ている魔石の供給量が問題になる。小型から得られる魔石だけだと燃料としては使えても、魔道具に加工する材料として見た場合に用途が限られるから。一定以上のサイズの魔石がなければ、下級機動騎士すら作れなくなるぞ」


「それがありましたね。でも、国外からの供給がありますし、北東公から融通して貰う線も」


 ラックの発言に対して、言い掛けた段階でフォウルの言葉が止まる。

 リムルによる無言の肘打ちを脇腹に受けたせいで、自身の思慮が足りていなかったことに気づかされたからだ。


 まだ公になっていないが、クーガの支配下地域ではいずれ固定化された魔石が作られるようになる。

 そのことを、この場に居るルウィン以外は全員が知っていた。

 そうなった後に、ファーミルス王国が魔道具製造用の魔石を自前で調達できなくなれば、義兄が国を興してしまうと、この国は魔道具の輸出国ではなく輸入国になりかねない。

 つまるところ、北東公に対しては過去の王家のように、「独立? 反逆? 好きにしたまえ」とは言えなくなるのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、北部辺境伯に返り咲く男の主張は全面的にラックに受け入れられ、彼は笑顔でサエバ領ゴーズ村への帰路へと就く。

 特に反対されずに己の提案が受け入れられたことで、彼はラックとの距離感を縮められた気になっていた。

 勿論、それは彼の中の幻想でしかないのだけれども。




「やはり、その点の心配であったか。まぁ、北東大陸の存在を明らかにして切り取っている実績を鑑みれば、シス家の現在の当主の懸念事項としてルウィンに引き継がれても不思議ではない。話自体はルウィンが持って来たが、大元は現当主であろうし、ラトリートも賛同した案であろうよ。つまり、『三兄弟の意思統一がされている』と言って良い」


 ゴーズ家の相談役に就任して数年が経過している男は、ラックの話を聞いて己の見解を述べた。

 彼は昔、北部辺境伯の肩書を持っていた老人であるのだが、現在は老人と言うには似つかわしくない、やや若い容姿を持つ。

 ミシュラ以下ゴーズ家の女性陣の異常性は彼の妻たちの観察眼によって暴かれ、相談役である夫を通じて同様の措置が施されることを望まれた。

 超能力者がお義父さんにゴーズ家で長く働いて貰うためもあって、それを受け入れたのが一連のことの流れである。

 当初の腹積もりはガツンと若返らせるのではなく、毎年少しづつを繰りかえして本来の年齢よりせいぜい三歳程度若い状態を維持するつもりの計画だったのだ。が、それが変更となった。

 そのせいで、相談役夫婦はおいそれと息子たちの前には姿を現せない状況を生み出していたりする。

 もっとも、そうした事情よりも、自己の若さと健康が優先されるのは世の常、或いは人の持つ業であるのだろう。


「ですね。兄弟仲については、家督の押し付け合いで争いがなくて良いことでは?」


「通常であれば、家督欲しさで争いが起こっても不思議はないのだがな」


「でしょうね。ですが、ゴーズ家とシス家はそうした部分でも似ているのかもです。うちも王位の押し付け合いになりましたから」


 相談なのか雑談なのかが定かではない、両者にとって楽しい時間はそんな感じで流れて行ったのである。


 こうして、ラックは新たな北部辺境伯にルウィンが就くことを了承し、シス家の勢力範囲の現状維持案に賛同した。

 南部や東部の辺境伯家の復興は順調であり、彼は国王として重大な決断を迫られる案件とは無縁の、平穏な時を過ごしていたのだった。


 相談役の妻たちから飛び出た、「新たに子を望みたい」という要望については、相談役と一丸となって「シス家にお家騒動を起こす気か?」との論法で説き伏せに成功したファーミルス王国の国主様。「クーガもフォウルも、嫁の子を望む意思を尊重する姿勢は正しいけど、『とりあえず亀肉食で頑張って欲しい』って僕の考えはおかしいのだろうか?」と悩んでしまう超能力者。「昼間は山積みの仕事をしなくちゃならないし、僕にだって妻との夜の時間は必要。それに加えて深夜に子供たちの妊活補助のお仕事? そんなの忙し過ぎて死んでしまいます!」と、思わず叫びたくなるラックなのであった。

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