第182話

「『バスクオ領のサトウダイコンの需要がうなぎ登りで、ゴーズ領に生産依頼が来た』ですって?」


 魔道大学校を卒業して、現在ファーミルス王国五番目の公爵位、南西公の地位にあるフォウル。

 過去にはこの国の王となり、少年王と呼ばれたこともある彼は、ビグザ村経由で届けられた情報に驚いていた。

 数年前からサトウダイコンの増産に次ぐ増産で、バスクオ領が好景気に沸いていたのを彼は知っている。が、その起爆剤となった画期的な新品種は、領外への持ち出しが禁じられていたからだ。

 従来の品種に比べ、製糖で得られる砂糖の量が200%増し。

 つまり、3倍の砂糖がたった一本の新品種のサトウダイコンから得られる。

 よって、バスクオ家が講じた領外持ち出し禁止措置は当然でもあった。


「なんでも、禁を破って密輸出された種があり、他の領地で栽培された事態が発覚したそうで」


「それはまた穏やかじゃない話ですね。まさか、『その密輸先がゴーズ領』という話ではあるまいね?」


 若い家宰の話す内容がいきなりきな臭いモノに変化したため、フォウルは身構えてしまう。


「違います。西部辺境伯の管轄の男爵家だそうですが。それはまぁ置いておいて、持ち出されたのが発覚したのは『密輸に関与した行商人が偽物を渡した』として殺されたのが原因でしてね」


「ふむ。話が見えてこないな」


 偽物を掴まされたと思い込んだ男爵家当主が激昂し、持ち込んだ行商人を探し出して捕え、殺してしまったことで情報が洩れる事態へ繋がったのは理解できる。

 偽物だと発覚するまでには栽培期間が必要で時間が空き過ぎるため、その行商人を捕えるのに際して、情報を完全に秘匿するのは困難極まるであろうからだ。

 けれども、それがゴーズ家への生産依頼と関係しているようにはとても思えない。

 だからこそ、フォウルの家宰への返答はそれ以外に言いようがない言葉であった。


「すみません。持ち出された種自体は、偽物ではなく本物だったのです。要は、発覚した事態から『バスクオ領のサトウダイコンは、今の品質を求めて育てられる気候条件と言うか、場所が限られているのではないか?』という結論になり、『ならばゴーズ領で試しても良いのではないか?』と、なったそうです」


「つまりなんだ? 『この国の西部地域では本物の種で作付けしても、バスクオ領と同じ品質では育たない。でも、バスクオ領だけでそのサトウダイコンを現状維持で生産したのでは、今の需要を満たすことが不可能。どうせ栽培地域が気候で限定されるのなら、外部に流出しても問題が少ない。ならば、懇意な当家の支配下地域でも作らないか?』って話になるわけか?」


 フォウルは新米家宰の情報伝達の拙さを、自身の想像によって補った。

 彼自身も若輩であり、勉強中の身であるだけに他者に多くを求めはしない。

 そうした姿勢を、元少年王の母親と妻たちは好ましいモノとして受け止めていた。

 南西公の執務は、最終決定こそフォウルが下す形であるものの、それ自体はリムル、ミリザ、リリザ、ルイザ、スミンという5人の女性の補佐が欠かせない状態。

 こうした執務の形は、他の貴族家だとあり得ない。

 ラックによって作られた形式は、娘婿であるフォウルにも何故かしっかりと伝統として受け継がれていたのである。

 尚、北東公となったクーガも彼と同様であるのは言うまでもない。


「左様ございます。私の説明が下手で申し訳ありません」


 大元は、バスクオ家に嫁いだ女性の実家である東部辺境伯領の子爵家が品種改良を行ったサトウダイコン149話に登場なのだ。が、東部辺境伯領に置けるそれの評価は低く、従来の品種に比べてそこまで差があるチート作物ではなかった。

 それが北の地でチート作物に化けた原因は、栽培地域が北に移動して気候が寒冷化した部分だけが影響したわけではない。

 現時点では誰も真実に至れはしないのだが、エルガイ村にあるラックが造りだした塩湖と、トランザ村とゴーズ村で海水の井戸から生産される塩のおかげで、超微量の塩分がその地域に風に乗って届くせいだ。

 ここでは関係ないが、その条件が解明されるのはかなり未来の話になる。


 ともかく、風向きと気候の関係で、バスクオ領と同等の品質のサトウダイコンを作ることができるのは、ゴーズ領だとアウド村とラーカイラ村、ビグザ村、デンドロビウ村の農地限定となる。

 塩分の発生源である村や、前述した村以外の全ての地域で、高品質なそれが作られることはない。

 まぁ、そうした事実はフォウルに話が持ち込まれた時点から、数年の時を使って作付けを試した結果によりわかる事柄である。

 よって、あくまで未来の話であり、この段階では判明してはいないのだけれど。


 ちなみに、ゴーズ領に生産依頼の話が持ち込まれたのは、バスクオ領内でも西部と東部、北部と南部でそれぞれ収穫物の品質に差が発生していたから。

 北側や東側に寄ると品質が上がる以上、バスクオ家が東隣りに接するゴーズ領に目を付けるのは当然の成り行きであった。

 ついでに言えば、この特産品の需要が甘味料としての食用だけではなく、酒や燃料として需要が急増中のアルコールの生産に向いているせいでもある。

 アルコールの増産は、ファーミルス王国の軍部から強烈な要請が出され続けているため、バスクオ領側で「ゴーズ領で生産されても問題がない。むしろ、作ってくれれば要らない圧力が減って助かる」と、考えられたのが現状のこの話に至ってしまった理由なのだった。


 トランザ村にあるラックの館の隣。

 旧来の建築物の撤去後に新築された南西公の館では、そのような事態が発生していたのであった。




ルーツ子爵家シス家の三男坊の家とバスクオ男爵家。我が家が贈ったサトウダイコンの種が原因で、まさかここまでの繁栄に繋がるとはな」


 バスクオ家当主の実母の実家である子爵家。

 彼の家の当主は、行商人から収集した最新情報に驚嘆するしかなかった。

 彼が贈った新品種は従来の品種より優れていたのは事実だが、抜きん出て圧倒できるようなモノではなかったはずなのだ。

 辺境伯から種の供出を求められ、それに応じた結果1年後に叱責を受けた事実もあるだけに尚更の感想である。

 金を継続的に送って来るので、儲かっているのはわかっていたのだけれど。


「良かったではありませんか。幼さゆえにまだ当主権限は振るえませんが、バスクオ家の現当主はこの家の孫でもあるのです。一度はほぼ絶縁状態にまで悪化したお嬢様の態度も軟化して、今では援助金すら送ってくださっている。もっとも、そのお金は『バスクオ家への口出し無用』という意味も込められているわけですが」


 家宰の皮肉交じりとも受け取れる冷めた発言を、当主は怒ることなく受け流した。

 彼との会話が切っ掛けで、当時の本音としてはしたくもなかった、娘への結婚祝いの品を贈る選択をした結果が、現在の多少なりとも溜飲が下がる状況を生み出しているだけに、怒るに怒れないからだ。


 東部辺境伯領は、巨大不定形生物であった災害級魔獣の爪痕から、未だ復興の真っ最中であった。

 消滅した領都の再建が、10年にも満たない短期間で成されるはずがない。

 つまり、お金はいくらあっても足りない状態なのだ。

 それ故に。

 この地域の主である辺境伯は、傘下の貴族家で被害を受けていない領地を持つ当主に向けて、特別な協力金を出すことを”お願い”している。

 勿論、形が”お願い”になっているだけで、実態は強制以外の何物でもない。

 そもそも、各家の財政状態を把握した上で、ギリギリの数字を算出し、「この金額を期待する」と称して書簡を出してきている以上、確信犯でしかないのである。


 しかしながら、バスクオ家から金が送られてくる子爵家だけは、東部辺境伯の傘下の貴族家の中で唯一、財政に余裕があった。

 何故なら、出所が北部辺境伯領、それも先代の東部辺境伯が切り捨てた家の金だとわかっている部分までは、辺境伯家のプライドの問題で無心されなかったからだ。

 また、バスクオ家が、実家へ多額の援助金を送ることができる余裕を、生み出している事情も問題となる。

 東部辺境伯を含めた東部地域貴族たちが、過去に歯牙にもかけない扱いをしてしまった品種が原因なだけに、「今更その成果を評価するわけには行かない」という事情もあるから。


「幸い当家の領地は健在。東部が地域として疲弊しているのを国も承知しているせいか、魔力を持たないあの欠陥国王からの無茶な要求もない。案外、今の状況は悪くないのかもしれぬな」


 子爵家の当主は、先を見据えて余力がある今のうちに打てる手立てを講じる。

 困窮している家の選別を始め、どこに貸しを作るべきなのかを。

 彼は東部辺境伯領内での自己の立ち位置を押し上げる方向で、家宰との相談に耽るのだった。


 ラックとは直接関係のない東部地域の状況は、このようになっていたのである。




「父さん。道路の整備が済んでいても、魔獣の襲撃が多過ぎて陸路を使った他の村との物資のやり取りができないじゃないですか!」


 バイファ村に拠点を移したクーガは、北東大陸内に整備された個々の騎士爵領相当の村内の安全性に不安を抱いてはいなかった。

 何故なら、南西公が治めるゴーズ領の長城型防壁と比べて、それらは倍の厚みと5割増しの高さを誇る頑強な防壁に囲まれていたからだ。


 クーガが受けた父からの説明。

 そこでは、大陸内の災害級は狩り尽くされていることになっている。

 しかし、整備済みの部分にある村は万一の事態を想定しており、短時間なら災害級相手でも持ち堪えることができる性能をラックは求めた。

 その結果、過剰防御かもしれない防壁が施されているのである。

 但し、そこまでのことが成されていても、「北東大陸の全域が安全地帯と化した」とはとても言えない。


 勿論、災害級、大型の個体の間引きは優先して行われていたし、それでなくとも目に付く魔獣はラックの討伐の対象になる。

 が、基本的に目視に頼る索敵でしかないために、超能力者による討伐を免れる個体もそこそこの数が存在していた。

 北東大陸は緑に覆われている部分が大半であり、自然豊かだ。

 魔獣の領域以外では礫砂漠などの荒野が多く、魔獣が身を隠す場所が少ない北大陸とは状況が根本的に異なる。

 つまるところ、中型以下の魔獣を全て狩り尽くすのは、「環境破壊をなるべくしない」という、ラックが自己に課した制約の範囲では厳しいのが実情であった。

 だからこそ、前述のようなクーガの発言が飛び出すのである。


「今更そんなことを言われてもな。最初は『実戦訓練にちょうど良い』って言っていたじゃないか」


 ラックとしては、もうクーガが十分やって行ける整備をしたつもりだっただけに、息子の言い分もわからなくはないが言い返したくはなる。


「それはそうですけど。でも、陸路が全く使えないのは困るんです。飛行船だけに頼る危険性は理解されているでしょう?」


「こことダグラ村の他に、ネオファ村、トゥランファ村、ディルファ村、バザ村、ドギル村、ディロ村と6つの拠点整備、各拠点を繋ぐ道路に加えて、飛行船用の空港も作ってあるんだ。領民の入植も進んでいるのだし、あとはもう少し時間を貰うよ。もしそれが『待てない』と言うのなら、少し自前で頑張ってくれ。最上級の機体を少々酷使しても、予備機があるだろう? 立場上、こちらばかりにかまけているわけにも行かない。北大陸の整備、特にアウド村の北側のアッザ村にも手を入れないと不味いからね」


 そんなこんなのなんやかんやで、北東公と国王の意見交換の時間は終わった。

 ラックのやるべきことは山積みであり、クーガだけではなく各所で愚痴を含む個人の言い分を聞くガス抜きも必要とあって、超能力者はテレポートを日に何度も行使するしかない。

 唯一無二の存在は、替えが効かないだけに全てを背負わねばならないのであった。




「そこまで色々あっても、夜は元気ですのね」


 ミシュラは夫の過ごす日常の大変さを最も理解している自負があるだけに、ラックを甘やかす時が多いのだが、それでも閨で他の妻との行為を見ていれば嫉妬もする。

 理性では受け入れているハズなのに、湧き上がる感情の問題は難しい。

 もっとも、逆の立場の視点を想像してしまうと、彼女のその嫉妬は萎むのだが。

 どう言ってみたところで、自身より必要とされている女性はラックに居ないことを誰よりも理解していればそれは当然であった。


「生理的欲求を無理に押さえつける必要はないからね。それにさ、もう全員、子供が欲しくて夜の時間の順番を待っているわけじゃないだろう?」


 ラックは超能力で排卵されている卵子を受精させ、着床させて女性を妊娠状態にする術を得ている。

 そのため、妻が望めばいくらでも子を成すことができる。

 実際、彼は国王の座に就いて以降に、ファーミルス王国の歴史上最多の王子と王女を持つ王となっていた。

 超能力者の妻たちは、もう行為自体を楽しむ方向に切り替わっている。

 性的欲求は、なにも男だけにあるわけではない。

 そして、接触テレパスを使用する形で初めて成立する快楽の味を知っていて、それでもその魅力に抗える妻は一人もいなかった。


 唯一の例外となっているのは、それを知る機会が与えられなかったシーラだけだ。

 但し、彼女は彼女で、王宮に留まって「王妃執務を熟しつつ、王家の魔道具を滞らせることなく稼働させる」という過重労働を行うのと引き換えに、二人目の子を授かるのをラックに対して望んだ。

 彼女は、生涯で三人の夫を得て四度身籠り、結果として王女二人を育て上げることになるのだが、ゴーズ領の地でラックを支える面々は誰もそんなことを気にしていなかった。


 シーラの産んだ娘のみが、入り婿を取らずにヤルホス家に嫁に出された事実がそれを物語っているのは些細なことなのである。


 こうして、ラックが関与しない形で北大陸にあるゴーズ領の村に新たな生産物と産業がもたらされた。

 北東大陸ではクーガが大陸の盟主として奮闘し、南西公となったフォウルは北大陸のゴーズ領の発展に向けて奮起する。

 ゴーズ家の未来予想図に、暗い要素はなくなりつつあった。


 次期国王になることが決まっているライガの成長を待てば、王位を譲って楽隠居できると思い込んでいるファーミルス王国の国主様。長男のクーガから、「次々代の子が、要は孫が居ないと困るのはわかっていますよね?」と笑顔で言われてしまう超能力者。「見たくない息子や娘の夜の運動会を千里眼で確認して、その後確実に妊娠させるために力を尽くす父親なんてあり得んだろう!」と、憤ってしまうラックなのであった。

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