第181話

「『ドミニクさんが王家の炉と魔石の固定化技術を、コピーして再現することに成功した』ですって?」


 クーガは父が語った内容に驚くしかなかった。

 彼は、未来の義弟であるフォウルの実父が亡くなった時、その代わりとして機動騎士の研究及び製造の大家、それも「存命中の人物の中では随一」と言って良い実力の持ち主が研究も兼ねて、王家の魔道具を”これまでずっと”稼働させていたことは知っていた。

 自身が魔道大学校に在学中の段階で婚約を成立させられ、卒業と同時に婚姻が成立した相手でもある。


 ここでは関係ないが、妻なのについつい”さん”付けで呼んでしまうのは、なんとなくの癖のようなもので些細なことでしかない。


 王家の魔道具については、ドミニクの研究によって割と早い段階で試作実験までに至った。

 しかしながら、今一歩の部分で完成には至らず、足踏み状態が継続してしまっていたのだ。

 彼女が研究に着手してから、6年の月日が経過してようやくの成功報告。

 

 そのような状況であったので、冒頭のクーガの驚きは、至極当然の反応であった。


「時期的にはちょうど良いタイミングになったね。フォウル君が春には魔道大学校を卒業して戻って来る。クーガはここを彼に任せて、バイファ村に居を移すつもりなんだろう?」


 ラックは息子の驚きについては受け流し、話を進めた。

 ドクの成果が喜ばしい事柄であるのは事実だが、詰めておかねばならない話が別であるからだ。

 それでも超能力者が先にその件の情報をクーガに語ったのは、ゴーズ家の現当主としての判断に、それが影響を与える可能性を考慮したためである。


「そうです。しかし、父さん。本気なのですか? 『フォウル君に新たなゴーズ家を興させ、ゴーズ公爵にする』というのは。ゴーズ公爵家が私の方と、フォウル君の方と同名で二家になって混乱すると思うのですが」


「宰相らの見解では、北東公と南西公の通称で区別すれば問題ないそうだ。で、北東公になるクーガは、統治範囲が広過ぎるという意見が出ている。ま、北東大陸部分は将来的に公国として独立予定だから、その意見は黙殺しているけどね」


 現状が実質独立状態であるので、ゴーズ公国の誕生はそもそも現実味がないわけではなかった。

 そこへ、クーガの嫁であるドミニクが王家の炉と魔石固定化技術を完成させて持ち込むとあらば、ファーミルス王国に所属し続けるメリットが完全に薄れるので尚更の話となってしまう。

 まぁ、人口や生産力で劣るのは仕方がないため、貿易相手としての国家間交流は不可欠なのだが。


 ちなみに、「現状の実質独立状態」と言うのは、ファーミルス王国の徴税官が検地できないため、ラックが国王決済として租税の徴収を免除している点と、有事の際に軍による支援は一切しない方針を打ち出しているのが原因である。

 ゴーズ家が領有宣言している北東大陸の全土は、実質的に「ファーミルス王国の庇護下にある」とはとても言えない状況なのだった。


「両大陸の境界部分に父さんが整備したダグラ村は、もう住民の移住を進めているのですよね?」


「うん。マークツウ王国の生き残りで、移住希望者は全て移動させた。あの位置だと将来的には、北東大陸の南部辺境伯家の管轄になるだろうね。現時点での人口は一万程度だけど、女子供が多いのに目を瞑れば、若年層が多いから伸びしろは十分期待できる。最初は持ち出しばかりになってしまうけど、こればっかりは開拓地だと避けられないからね」


 クーガが統治する予定となっているため、当面の代官的な役割はルティシアを当て、補佐として母親のリティシアが付いている。

 彼女たちは元王妃がアウド村で行っている王妃教育の授業にも参加しているため、本当にハードなスケジュールの日々を送っていた。

 もっとも、それは彼女たちだけに限った話ではないのだけれども。

 まぁ、移動をテレポートで手伝うラックが最も忙しいのは言うまでもない。


 今のゴーズ家の女性陣で仕事量に比較的余裕があるのは、実のところリムルだけだったりする。

 但し、それもフォウルがゴーズ領に戻って南西公となると、彼女は母親として補佐せざるを得ない。

 そのため、近々に状況が変わるしかないわけだが。


 また、サイコフレー村を実質的に取り仕切っている元ヒイズル王国の国王と、お隣のラーカイラ村を任されている甥能ある外交使者だった男は、クーガとの個人的な繋がりが強いため、現職を後任に譲って親族と共に北東大陸のバイファ村へ居を移す予定となっている。

 彼らの一族は、今後クーガに従う形で譜代の臣となって行くのだろう。


 老齢の域にとうに達していて、老い先が短いはずだった元ヒイズル王国の国王は、クーガの願いにラックが応じる形で少しばかり若返った。

 当人は「私は老骨に鞭打って、まだ働かねばならんのか?」と、少々複雑な表情を浮かべて居たりしたのだが、そんなことは些細なことであろう。

 なにしろ、彼らの一族の求心力の中心は彼であり、その後を継ぐはずの甥はまだ少々経験と風格が足りておらず、頼りない面もあるから。

 よって、周囲の評価は、「あと十年は戦って貰わねば困る」が本音であった。


 ちなみに、元北部辺境伯でラックの義父でもあるゴーズ家の相談役も、こっそりと若返りを施されている。

 新興で成り上がったゴーズ家には老獪な知恵者が必要であり、寿命での人的資源の喪失は現状だと許容できないからだ。


 また、そうした若返りの対象には、フランの養父の妻たちはもとより、養父が頼りにしている元北部辺境伯家の家宰以下主だった使用人、料理人たちが含まれていたのは言うまでもない。

 彼らにも、「最低でもあと十年は戦って貰わねばならない」のである。

 但し、それらの人材は北部辺境伯領と遠く離れることを良しとはしなかったため、バイファ村ではなくトランザ村に留まって南西公を支える形に納まっていた。


 まぁ、北東公に仕える家宰や使用人の教育も一手に引き受けるので、北部辺境伯家の家内の取り回しに密接に係わって来た彼らの関与は、ふたつのゴーズ家と辺境伯家が更にズブズブの関係になる未来を招き寄せるしかないのだけれど。


 尚、ゴーズ家の相談役がトランザ村から更に僻地バイファ村への移住を選択しなかった理由のひとつに、サエバ領ゴーズ村で再修行中のルウィンへの監視目的があったのは言うまでもない。

 好々爺と化した彼は、己の余生を、「次代を立派に育て上げるのと、孫娘を可愛がることに力を注ぐ」と決めていた。

 付け加えると「男子の孫? それは私の妻たちや孫の親が可愛がればよろしい。男子は祖父の私が甘やかして育ててはいかん!」と、宣っていたのは些細なことなのである。 

 若返りを受けたことで、曾孫の顔を見ることができる可能性が高まり、元辺境伯とその妻たちは充実した余生を満喫していたのだった。




「婿殿、北部辺境伯領からの移住希望者は五万人を超えている。本当にこの数を受け入れるのか? 外部から見ると、言葉は悪いが『北部辺境伯家の植民地』と受け取られかねんぞ」


 ゴーズ家の相談役は、ラックが出した要望の最低ラインを遥かに超えて集まってしまった移住希望者の数字が、自らの二番目の息子から送られてきたことで頭を抱えていた。

 それは、提示されている条件が、端的に言って「良過ぎた故」の現象であった。

 具体的には、「農夫募集。単身者歓迎。農地と家屋付きに加えて、初年度の食料を支給。三年間の無税。北部辺境伯領の領都以降の移動はゴーズ家の負担。男性限定で希望者には十五~二十五歳の嫁を斡旋。但し、最低十年の定住と北部辺境伯領への里帰りは当初十年間不可」となっており、破格過ぎる条件が原因なのだが。


 親から農地を継げず、自力で開墾をするにも部屋住みの労働力として使われるために、時間の捻出が厳しい境遇の人間は実のところ多い。

 そこに加えて、「結婚できるか?」すら怪しい三男以降。

 彼らがこの移住&雇用条件に飛びつくのは当然であった。

 また、送り出す側も労働力として居ないよりはマシだが、食わせて行くのもそれなりに負担となるので、自ら出て行くのならば拒否はしない。

 そうした人材は軍に一般兵として応募させる手もあるが、「農夫としての募集は命の危険が少ないだけ送り出すのも気が楽」という事情もあるのだった。


「構いませんよ。陸路、海路はまだ”北東大陸に至れるように”の整備が終わっていません。空路を使わないという条件で、魔獣の領域を経由せずに北東大陸に至ろうとすれば、旧マークツウ王国の海岸線に陸路で到達したあと、少々危険な海路を使うしか方法がありませんからね」


「なるほどな。長期間里帰りが不可能でも構わない者ばかりを募っていたのは、整備が追い付いていないせいか」


 それもあるが、今の北東大陸は悪く言うと「脱走不可能な監獄」でもある。

 まぁ、待遇は囚人より遥かに良いけれども。


「あはは。優先順位を変えれば、陸路を繋ぐことができなくはありませんでした。でも、陸路による簡易な交流を遮断することで、ゴーズ家の民という意識を植え付けたかったのです。ちなみに、この優先順位の発案はフランですよ。大元の案は陸路を繋げるのを優先する計画でしたので」


「だろうな。フランはそのような方面の事柄に気が回る。視点が軍事寄りなために、兵の士気や忠誠心に近いものを領民に求めてしまう思考になるのだろう。そしてそれは、このケースだと有効でしかない。軍事的な面を考えると、孤立無援の立地は下策であるはずだが、ゴーズ家には飛行船と婿殿の力があるからな」


「飛行船は量産が厳しいですから、今のゴーズ家だと失うことができない貴重な戦力ですね。五番船が先日ロールアウトしたばかりで、六番船が完成するのは最短でも二年は先になるでしょう」


 元からあった二番船と三番船の全面改修が終了し、四番船と五番船を完成させたのがやっとの状況。

 ドクが飛行船の製造計画に手を入れたことで、スティキー皇国時代のそれとは一線を画す高性能となったのは良いが、現在の仕様は量産には向かない。

 もっとも、数が作れないことを理由にゴーズ家で独占して国への供給を断っているのだから確信犯的な部分もある。

 付け加えると、そもそも飛行船が大量に生産されると、燃料の供給問題が発生してしまうのでそれはそれで運用面で困るのが現実だ。

 ラックはミシュラとフランの見解に従って、航空戦力をゴーズ家以外に持たせる気はなかった。


 ファーミルス王国では飛行機への研究が続けられており、先日ついに五分間の飛行に成功したという実績はある。が、その程度だと実用化にはほど遠い。

 現状では飛行後にエンジンを分解整備せねばならず、一部の部品は新品に交換が必要なレベル。

 研究者や技術者の視点だと、残念ながら先は長そうである。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックが国王の執務をゴーズ家の頭脳に丸投げして、ゴーズ領の整備に邁進しまくった数年を過ごした結果、北東大陸の領地としての本格稼働の目処は立ちつつあった。

 尚、国王自らが開拓して整備を行っているため、本来であれば王家の直轄領として扱わねばならないのをガン無視してスルーを決め込んでいるのが、今のゴーズ家の最大の秘密となる。

 しかも、その事実を知っているのは秘密を漏洩する心配が全くない者だけであり、総数も知れている上に、仮に秘密が漏洩してもそれを証明することが不可能というおまけ付き。

 ゴーズ家の情報の秘匿の厳重さは、今日も健在であった。




「えー。そんなわけで、ついに叔母様がゴーズ領へ帰還します。とは言っても、当面はアナハイ村に戻るだけですけどね。王宮での王家の魔道具の稼働は、以前の取り決め通りシーラに丸投げして様子を見ます」


 ラックは夕食会で重要な変化となる事柄を伝えた。

 とは言っても、事前にミシュラの手で参加者全員に知らされている内容の確認でしかないのだけれども。


 この日はその他に特に重要な議題がなかったのもあって、フランが興味本位の問いを発した。


「続報がなくて気になっている件の確認なんだが。出産を終えて赤子の卒乳を済ませたあと、塔に放り込んだ十数名はどうなっている?」


 成人している当主を失ってなお、反骨精神を維持して魔力量0の男をファーミルス王国の頂点から排除する計画に関与しようとした貴族女性は、意外にも多かった。

 王家の暗部は張り切って情報収集を行い、その結果は全てラックの元に届けられている。

 それは、超能力者が即位してからそう時を置いていない時期の話であり、彼は罪のない子供たちに対して最低限の配慮のみしかせず、時期を選んだ上で自身に対して明確な反意を持つ女性の拉致を敢行し、全て塔に放り込んでいた。

 以前の反逆を企てた当主たちと対応が異なるのは、国益と処罰の重さの両面を考慮したから。

 但し、拉致対象者へは肉体年齢の操作を行い、更に遺伝子コピーを用いて「元が誰であったのか?」をわからないように、全くの別人の容姿に変貌させてだ。


 女性に対しては比較的甘い対応をしがちなラックであっても、次の王の当てもない状態で、単に自身を殺害して排除しようとする害悪に容赦はしなかったのである。


「順調にお子さんを出産してくれているよ。ちょっと精神に異常が見られるのもいるようだけど、ま、自業自得ってことで」


「南部と東部の被害で、貴族の数が減り過ぎましたから。高魔力の子を欲する家には事欠きませんのでよろしいのでは?」


 ラックの冷めた返しにミシュラが纏めに入り、彼女の発言に全員が頷いた。

 ゴーズ家の面々は、超能力者から執務を丸投げされ続けたことで、ゴーズ領と北部辺境伯領以外の地域について、個々の貴族家ではなく王国全体での利益、所謂、王の視点でしかものを考えなくなっていたのである。


 こうして、ラックは粛々とやるべきことを進め、ファーミルス王国の王家と過去の三大公爵家が独占していた秘匿技術をゴーズ家の物とした。

 ドミニクの研究開発の過程で、北東大陸で得られた災害級魔獣の魔石のほぼ全てが失われるという大きな代償を支払っていても、得られた物はあったのだった。


 王家の暗部に鍛えられた人材を接触テレパスで選別したら、ゴーズ領で使える人員が半数程度に減ってしまってガッカリするしかなかったファーミルス王国の国主様。「『どんな訓練をしてるのか?』に興味はないけど、訓練を施されることでアブナイ人間に豹変するのもいるんだね」と、思わずこぼす超能力者。「ダメ出しするしかない人材の処遇をどうするべきか?」で、指導してきた暗部の長への指示出しに詰まるラックなのであった。

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