第180話

「『災害級の魔石を九個用意して欲しい』だって?」


 ドミニクからの要望書に目を通したラックは、驚きを隠せなかった。

 本来、災害級の魔石はそう簡単に入手して、ほいほい用意できるものではない。

 それを一桁ではあるが、その中では最大の数字を平然と出してくるのは異常だ。

 まぁ、最低でも昔のバスクオ家がやらかして生み出した分と、超巨大不定形生物としか言いようのない災害級の分がゴーズ領に隠し持たれているのを、彼女は知っているわけだが。

 但し、要求してきた理由は、納得せざるを得ない。

 何故なら、狂気の研究者の手によって、王家の炉と魔石固定化の秘密が暴かれつつあり、再現実験の段階に突入しようとしているからだ。


 トランザ村のミシュラの執務室では、珍しく一緒に昼食を済ませたラックが正妻との時間を過ごしていた。

 冒頭の発言は、王宮から回収してきた文書を捌いていた結果である。


「さすが叔母様ですわね。『先日貴方が丸投げしてきた、クーガと叔母様の婚約を成立させる案件を三人掛かりで説き伏せて、強引に承諾させた甲斐がある』と言うものです」


 ミシュラはラックから手渡された要望書にざっと目を通した後、感想を述べた。

 正妻の言葉から少々恨み言の気配が感じられた夫としては、勿論笑顔を作って頷いて誤魔化す。

 下手に弁明して、藪をつついて蛇を出す必要などないのだ。


「王宮内でドクの姿を見れるのは僕だけだから、誰も突っ込まないけどさ。彼女は通常の王家としての仕事に加えて、研究する時間を捻り出してる。相当無理を重ねてるのは顔を見るだけでわかるよ。あれは『疲労の色が濃い』ってレベルを超えている」


 元国王代理が亡くなったことで、独身で高齢の王族女性がその代わりを務めていることは公表されている。

 ドミニクの王女時代の王族籍はそのまま残されているため、そちらの名を使えば公表した内容に間違いはない。

 しかしながら、彼女が王族としての名を公表しているにも拘らず、王宮でラック以外の誰にも姿を見せられないのには相応の事情がある。

 端的言えば、「現在の彼女の肉体年齢が、本来あるべき姿と乖離し過ぎているのが不味いだけ」なのだが。

 魔道大学校勤務時代の彼女の姿を目にしていて、それを記憶している貴族はそれなりの数が存在している。

 ドクが名を二つ持ち、名で立場を使い分けていることを知っている人間は実は多いのであった。


「それはまた。失うわけには行かない人材なのですから、不味いですわね。貴方のヒーリングでなんとかなりませんの?」


「うん。それで回復させられるのにも限度があるから。しばらく王宮で生活するならと、一時的にでも本来の年齢に近い身体に戻すの提案した時に、ドクが断固拒否した理由がわかる。最初から若さに頼って無理をする気満々だったわけだ」


 ラックの行使するヒーリングは無から有を生み出す能力ではないため、寝食を削って消耗した部分を回復させるには、元になるエネルギー源が体内になければ厳しい。

 重要度が低い部分から削ぎ取って、エネルギー源として流用するのには限界があるのだから。

 ついでに言うと、「そもそも難解で物量もあるキツイ頭脳労働は、体内に蓄えているエネルギーの消費が激しい」のである。

 所謂カロリーを消費する行為とは、身体を動かす運動だけではない。

 普段意識することはあまりないが、脳みそもエネルギー消費なしでは稼働しないのが当然なのだった。


「どうしてもとなれば、無理やりにでも休養させてくださいね。貴方ならできなくはないでしょう?」


「まあね。恨まれそうだからあんまりやりたくないけど」


「あら。わたくしやミレスやテレスからのそれはよろしいの?」


 避けたつもりでしっかりと地雷を踏みに行くのが、ラックの宿命であるのかもしれない。


「しかし、災害級の魔石九個とはね。『最上級機動騎士が九機作れる』って考えると躊躇してしまう」


「王家の炉や魔石の固定化技術が手に入るのなら、惜しくはないですけれど」


「うん。確実に手に入るならそうなんだけど、まだ実験に着手する段階だから」


「確か賢者様が開発された時も、試作段階で災害級の魔石がいくつも失われていますものね」


 過去に災害級の魔石が、魔道具の試作失敗で失われたケースがあるのは事実だ。

 だが、それが「どの程度の損失であるのか?」は、正確にはわかっていない。

 勿論、「おそらくこれぐらい」という、研究者の多数派が支持する定説化しているモノはあるけれど。


 賢者に纏わる部分は、なにぶんにも古すぎる話であるため、全ての記録が完全に残っているわけではないし、現存している資料の内容が正確である保証もない。

 例えば、資料の記述者の主観では正しい内容の資料として作成されたものでも、本人が事実誤認したままで書き記されているケースもあり得るのだ。

 実際、特定のひとつの事象について書かれている複数の資料の内容に、大きな差異が発見されることは珍しくなかった。

 だからこそ、「それを研究する仕事が成り立つ」とも言えるけれど。


「当時は討伐しきれずに放置されていた災害級の個体が複数いただろうから、探して倒せば必要な魔石が補充できた。それに、蟲毒の事故で災害級が出現するケースもあっただろうよ。ま、災害級を倒すのにかなりの犠牲は出ただろうけど、魔石入手の当て自体はあったんだ」


「下級機動騎士クラスの使い捨て魔道具で災害級を屠るとか、今の時代の戦い方を知っていると想像しにくいですけれど、それでも討伐技術の進歩の過程で、それが使われ出した当時なら画期的だったのでしょうね」


「ご先祖様は、過渡期の段階で新型魔道具をドンドン発明してガンガン投入したみたいだからね。今でも名が残る、称えられる偉人なだけのことはあるさ」


 過去の歴史についての考察は、楽しくはあってもそれが何かをを生み出すわけではなかった。

 ラックとミシュラに必要なのは、過去の事例を参考にしつつ、建設的な未来への展望を語ることである。

 具体的には目の前の問題をひとつずつ片付けて行くことなのだ。


「話が逸れましたけれど。叔母様の要望通りに魔石を渡しますの?」


「投資って割り切るしかないよね。僕はギャンブルを好まないけど仕方がない。北東大陸で狩った分とビグザ村を襲ったやつの分で賄う。一番巨大なアレはもったいないでしょ」


 ラックの言うアレとは、勿論、先だって東部辺境伯領に甚大な被害をもたらした災害級のことだ。

 まぁ、「甚大な被害」を語るのであれば、超能力者による魔獣への攻撃でも、かなりの広範囲にシャレにならない環境破壊が行われた事実もあったりするが。


「ですわね。北東大陸が魔獣の巣窟で良かったですわね」


「解体と加工、消費が全然追いついてないのが玉に瑕だけどね」


 ドクの要望通りに魔石を供給する話は、そんな流れで決定となる。

 この案件は、「夕食会で話し合うべきものではない」との判断なのだった。




「それはそれとして、暗部の話はどうなりました?」


 ミシュラは話題を切り替えた。

 ラックとふたりで話し合うべきことは多い。

 ゴーズ家の長と正妻のみの判断で決定すべきことは、それなりにあるのである。


「クーガがドクとの婚約を呑む代わりに要求してきた件か。王家の暗部の長と話が進んだよ。ついでだから、フォウル君の直属の暗部も頼んだ」


「あら。それは良いですわね」


「王家の暗部は、ぶっちゃけ暇してたから。活動能力の低下を防ぐ意味もあって、三つに分けて仕事をさせる話に纏まった。将来クーガの下で働く予定の分家の育成、フォウル君とミリザたちの下で働く分家の育成、それとは別に、不穏な貴族家の調査だね。その三つをローテで交代させて行う案を向こうが出して来たから許可したよ。何か意見があれば随時検討する」


 ラックは自身に必要な情報を自力で得ることが多く、必要な実力行使もほぼ自己完結で行ってしまう。

 よって、暗部の情報収集能力や物理的な工作能力、実行力を必要としていない。

 そうした事情で、少年王の次代として新たな国王が戴冠してから、任される仕事が一切なかった彼らは暇を持て余していたのが実情であった。

 それ故に、ラックからの相談に対して、王家の暗部組織を最大限に活用する案を長は提出したのである。


「貴方にはあまり意味はない組織ですが、次の王に成るライガ、北東大陸を継ぐクーガ、今のゴーズ領の支配下地域の一部を継ぐフォウル君には必要になりますから。しっかりと鍛え上げて、分家の方に一流の人材をお願いしますわね」


「うん。やる気はあるみたいだから、お任せで様子見だね」


 そんな感じで、超能力者の力を必要としない次代へ向けた組織作りは、待ったなしで開始されて行く。

 それは、当主や当主が使う手足となる部下の問題だけには収まらない。

 ラックにミシュラを含む有能な夫人たちが必要なように、クーガ、ライガ、エドガ、フォウルにも優秀な妻の補佐は欠かすことができない要素となる。

 だからこそ、女性陣の動向への発言が次に飛び出すわけだが。


「ところで、王妃教育の方はどうなってるの? チラッと様子見する程度には覗いてるけど、ずっと視てるわけじゃないからいまいち状況が掴めてないんだ」


「元王妃がアウド村で行っている教育ですわね? ミリザ、リリザ、ルイザ、ルティシア、ミゲラ、レイラ、ニコラ、ミレス、テレス、エレーヌ、リティシアの十一人が参加して、真面目に学んでおります。報告書によると一番筋が良いのは、意外なことにミレスだそうです。あの子の魔力量は最下位で、騎士爵の基準にすら届きませんけれど。逆にリリザはちょっと不味いレベルだそうで」


「ミレスはエドガの母親で、今はクーガの正妻ポジションだから良いことじゃない? リリザは向いてないか。ま、フォウル君の妻の一人に納まるわけだし、他に得意な人が居ればそれで済むような?」


 ラックは得手不得手があるのは仕方がないと諦める。

 自身が不得手なことを強要されずに、得意な人材に振っている以上それは当然であった。


「まぁ、王太子妃や王妃になるわけじゃありませんから。夫が元国王なだけですね」


「クーガとフォウル君の爵位も、まだどうするのかを決めていなくて保留したままだしね」


「ですわね。ゴーズ家は公爵の爵位がありますけれど、今のままならクーガが魔道大学校を卒業した時点で継ぐ。でも、クーガがトランザ村を本拠とする今のゴーズ領ではなく、将来北東大陸に領都を置いて独立するなら、別の形を考えませんと」


「とりあえず、僕が国王のうちに、ゴーズ家に伯爵の叙爵権を五つほど渡すか。幸いって言って良いのかわからないけど、ファーミルス王国はゴーズ家に支払うべき報酬で未払いのものが莫大にあるからね。それを棒引きする形で。参戦義務の免除もクーガが卒業した後ならもうどうでも良いでしょ。僕が対処できる間は、どうせ対災害級魔獣討伐軍の招集はない。仮にあっても、実際に戦うことはないだろう?」


 北東大陸の構想として、中央にクーガを置き、四方に辺境伯家を置くことをラックは想定している。

 伯爵の爵位が五つ必要なのはそれが理由だ。

 もっとも、最初のひとつを受け取るクーガは、開拓の実績を以て公爵に以上に陞爵させるけれども。

 四方の伯爵もワンランク上の辺境伯へ格上げする段取りを組むつもりだ。

 結局のところ、五つの爵位は途中経過を省くための手段でしかない。


「それが無難ですわね。南部辺境伯領と東部辺境伯領は復興の真っ最中で、王国の財政は完全に赤字ですもの。今のゴーズ領が規定通りの納税をすれば一息つけます。それに、国王が私腹を肥やしているイメージを持たれるのも良くありませんから。いくら『国王に成る前に得たモノだ!』と、正当な主張をしたところで、ゴーズ領の現状だけを見る人間には意味がないでしょう。『貴方の活躍のおかげ』と言うのも変ですが、代替わりして昔の事情に疎い貴族も増えていますから」


 そんなこんなのなんやかんやで、久方ぶりにラックとミシュラはふたりだけで長時間の話し合いを終えた。

 決めるべき方針は明確になり、共有がなされたのである。




「と、言うわけで、お義父さん。そろそろゴーズ領に住まう準備も進めませんか?」


 相変わらず、何の脈絡もなく唐突に北部辺境伯家を訪れる超能力者の開口一番の言葉がこれだ。

 それを受けるシス家の相談役は、苦笑するしかない。


「なにが、『と、言うわけ』なのかはさっぱりわからんが。そうだな。いつでも移住が可能なように、屋敷のひとつも準備して貰おうか。それができ次第、維持管理をする人員を先行して出そう。なんなら妻を先に住まわせても良い。妻たちの話によると『美容関連で門外不出の品』があるらしいな? 期待しているようだぞ?」


 実のところ、シス家は長男から次男に当主を交代したとたんに、問題がほとんど発生しない状況になっており、ゴーズ家の夫人と交流があった次男の妻から美容関連の情報が入った相談役の妻からは、「移住の時期を早められないか?」と急かされていたのである。


「あはは。いろいろありますね。そのへんは女性陣の管轄で疎いのですが。用意する屋敷はトランザ村の領主の館の近くでよろしいですか?」


 実態はラックの持つ若返りの能力を、その存在を知らずに欲している話なのがわかってしまう身としては、笑って誤魔化すしかない。

 但し、移住後は健康で長く相談役を務めて貰うつもりがあるので、同伴される夫人も含めて少々サービスをする予定なのだけれど。


「そうだな。なるべく近くで。フランとルイザはフリーダ村からトランザ村に居を移したのだろう?」


「ええ。今はフランに王都から持ち込まれる仕事をトランザ村で処理して貰っていますから。ルイザはアウド村に通いですけれど、朝と夕方以降の時間は取れると思います」


「ルウィンがサエバ領に移ったことで、私の相談役としての仕事が激減している。本人が交代を望んでいるのでいずれはルウィンが辺境伯に戻るが、シス家の当主としての適性は、今の辺境伯の方が高いのだろうな」


 相談役の口から、自嘲気味に移住の時期を早められそうな発言が飛び出した。


「今はそうでも、将来はわかりませんよ? 今の辺境伯は、『性格とか生まれ持った資質も含めてだと、自分より兄の方が辺境伯に適している』と判断しているので。少なくとも本人からはそう聞いています」


 ラックのフォローは、実はフォローになっておらず、「資質があるのに育て方を失敗しましたね」と、言ったも同然なのだが、当人は慰めたつもりであるのをシス家の相談役は悟っている。

 故に、元辺境伯家当主であった老人は、こうした部分でゴーズ家における相談役としての仕事があることを実感したのだった。


 こうして、ラックはゴーズ家の将来の地盤を固める布石を打つことに成功した。

 張り切って諜報活動を始めた暗部が、貴族家のご婦人方による愚かな計画の情報を掴んできたのは些細なことなのである。


 ドクからの試作実験成功の報を、これ以上にない喜びを以て迎えるファーミルス王国の国主様。「これで、独立国を興すことも不可能じゃない」と、思わず呟く超能力者。「あれ? 今の僕は国王なのに、独立を考えるっておかしくない?」っと我に返るラックなのであった。

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