第178話
「『東部辺境伯領を蹂躙した、あの災害級の素材の活用方法を確立した』だって?」
ラックはドクに渡していた素材の内で、利用方法が研究中だった巨大不定形魔獣の魔石以外の部分についての報告を受けていた。
少々前の話になるが、狂気の研究者は東部辺境伯領の領都を消滅させた魔獣の素材に興味を持ち、それを倒したゴーズ家の当主におねだりをしたのだ。
消滅前の東部辺境伯領の領都には、最上級機動騎士が複数配備されており、上級以下の機体の数もそこそこはあった。
にも拘らず、援軍が到着するまで持ち堪えることさえできず、なす術もなく甚大な被害を受けている。
そうした事実から、ドクは「機動騎士による攻撃がロクに通用しなかったのではないか?」という疑問を抱いたのだった。
そして、そうであるならば、その魔獣の特性を内包する素材に彼女が興味を持つのは至極当然の話である。
そんな流れでドクが素材を入手し、アレコレといじくり回した結果が漸く出て、ついに冒頭の発言に繋がる状況へと至ったのだった。
「用途としては二種類。装甲と装甲の間に挟んで衝撃を緩和するのと、燃料としても優秀なことがわかったのよ」
「衝撃緩和か。操縦室周りに充填する構造にすれば、操縦者の生存率が上がるかな?」
ラックとしても、土地に与える甚大な被害を無視して、魔獣を凍らせる以外に良い討伐方法が思いつかない非常に厄介な相手だっただけに、ドクの言う「衝撃に強い素材」なのは頷ける部分がある。
逆に、「燃料として優秀」というのは全くの想定外だ。
何故なら、東部辺境伯領の手勢から、高熱による攻撃がなかったとは考えにくいからである。
もっとも、これは魔獣の生態が超能力者の想像を超えているだけの話であり、彼の災害級は、体内に魔石がある生きている状態であれば、ある程度までは外部からの高熱を身体全体に分散させることができた。
分散した熱は広い体表から徐々に放熱するため、簡単には燃えない。
そもそも、火自体を、変形する身体で包み込んで消火もしてしまうのだから、なおさらの話となる。
但し、こうした魔獣の詳しい生態は知ることができないのが普通。
特に災害級、まして、新種ともなれば、その生態は謎に包まれているのが当然だ。
それは、ラックがこっそりと討伐を成功させた時も同じであった。
「対衝撃に限定するなら。そうね、素材の使用量にもよるけど。まぁ、感覚的な話で言えば、下級だと5倍くらいにはなるんじゃないかしら?」
「なかなかすごいね」
それだけ操縦者の生存率が上がるのなら、素晴らしい性能の向上となる。
まぁ、「対衝撃に限定」という気になる言葉を無視するのであればだが。
「但し、熱には弱くなるわよ? 引火点が高い物質特性。正確な計測はできていないけど、引火点は400度を超えるみたい。着火して燃焼温度が維持できれば盛大に燃えるって欠点もある。まぁ、だからこそ、燃料として優秀って話にもなるんだけど」
「ドクのことだから、欠点を克服してるんでしょ?」
ラックは追加の説明に対して、「やはり、そう美味い話はなかなかないだろうな」と、考えはしたものの、「ドクはそれを放置したまま、報告して来るような人間ではない」と考え直す。
それ故の、期待も込めての問いを、超能力者は狂気の技術者へと投げた。
「まあね。ゴーズ領で生産している、あの糸を溶かして、薄い膜にして包めばなんとかなるわ。でも」
「あー。最後まで聞かなくてももうわかった。それ、めちゃめちゃ製造コストが跳ね上がるやつだよね?」
ドミニクが言い掛けた途中で、ラックは彼女の発言を遮る仕草も込みで言葉を被せた。
必要量に製造量が全く追いついていない糸を、大量に必要とする時点で「お察し」というものであるからだ。
「そういうことね。操縦席回りの改装だけで、単純に1機作るのに従来の上級機動騎士1機分くらいの価格上乗せになるわね。費用算出の根拠は、あの糸で作った布の売値で計算してる」
金がどれだけ掛かろうとも、それに見合った必需品であるのなら絶対的価値が存在するのだ。
その価値とは、試作の段階では、将来の発展性も込みであるのは言うまでもない。
基本となるアイデアの価値と、その後に必要な性能を出すための試行錯誤は切り離されて考えるべきモノである。
少なくとも、研究開発が仕事の人間ならばそうでなくてはならない。
幸いなことに、ドクはもとより、ラックもその点に理解はある。
まぁ、ものには限度というものも存在するわけだが。
そうした前提で、製造費用の上昇を明確にしたドクは、更に言葉を紡ぐ。
「それと、燃料にアレを使ったパーツ。要は、脚部への増加スラスターパーツ、バックパックとして機体の背中に増加スラスター装備を追加。この2つの改装を施すことで、標準的な重量の最上級の機体が単体で上空200mくらいまでは飛び上がれる。機体重量が軽い下級なら、もう少し上乗せがあるわね。あくまで、計算上は。だけれど」
ドクがここで言っている「標準的」とは、ゴーズ家仕様での話となっている。
ファーミルス王国の一般的な機体は、ゴーズ家ほど制限なしに魔獣由来の素材をつぎ込んで製造されることはまずあり得ないため、機体重量には顕著な差が存在するのだ。
よって、上昇限度は当然低くなり、3割から4割の性能低下となる。
もっとも、王国として燃料となる素材を入手すること自体が不可能なのだから、あまり意味のない比較の話になるけれども。
「そうなのか。んん? 計算上? 実験はしていないの? ドクなら試作はしてるよね?」
「勿論作ってあるわ。けれど、そんな危ない実験がわたくしだけでできるわけがないでしょう。だからね、陛下。わたくしは貴方がここへ来るのを待っていたのよ」
ラックが知る叔母の為人から当たり前に出た疑問に対し、ドミニクからは危険な答えが平然と返された。
「いやいや、待て待て。陛下って呼ぶ人間に、『危険って事前にわかっている実験に付き合わせよう』ってその姿勢は良いのかな? まぁ、僕しか適任者がいないからやるんだけども」
「そうそう。こういうのは深く考えたらダメよ。へ・い・か」
砕けた態度で、「さっさと実験に入りましょう」という、ドクは、相変わらずぶっ飛んでいる。
ラックは内心で、「これから上空まで飛ばせるはずの機体より、先にぶっ飛んでいるとはこれ如何に!」などと考えていた。
勿論、正直にそれを口に出したりはしないが。
彼の口から出たのは、別のことだ。
「欠片も尊敬の心が籠ってないその呼び方は、やめて貰えませんかね? 公の場でなければ、昔のままで構いませんよ」
「そう? じゃ、そうさせて貰うわね。甥っ子さん」
そんなこんなのなんやかんやで、機動騎士を単体で上空へ飛び上がらせるという、極めて危険な実験は、超能力者という保険を得て実行に移された。
その実験において、1機目の試作機が、着地に失敗して大破したのは些細なことなのである。
少なくとも、乗機していた2人にとっては、だけれども。
勿論、アナハイ村で遠巻きに実験を興味津々で眺めていた、船長たちを筆頭とする面々の感想は全くの別物だ。
尚、操作のコツと着地時の問題点を即座に看破したドクは、2機目からは同じ失敗を繰り返さなかった。
しかしながら、これに関しては「上昇限度を段階的に引き上げる、着地の難易度が異なる練習機が必要」という見解で、技術者と出資者の両者の意見は一致を見ることになる。
ゴーズ家の財力を以てしても、頻繁に機動騎士が大破したのでは、修理費が増大し過ぎてさすがに苦しい。
ドクにしても、機体の修理依頼が増えて、好きに製造開発、研究をする時間が減少するのは好ましい話ではない。
後日、ドミニクはラックからこれに関する修理予算に年間限度額を設定された。
そのため、スーツレベルに縮小した練習用のものを、渋々と、別途追加で作らざるを得なかったのはもっと些細なことなのである。
「えー、そんなわけで、新型の機動騎士の開発が順調。大量に在庫のある不定形災害級魔獣の素材の使用先も決まりました」
ラックは、通常であれば大惨事レベル認定間違いなしの重大事故を発生させたにも拘らず、その部分を素知らぬ顔で伏せ、夕食会に参加している面々には、自身にもドクにも都合の良い部分のみを伝えた。
「あのゼリー状の物体か。何に使えるんだ?」
エレーヌが興味深げに問うた。
彼女はアレを食べるというチャレンジを行って、後悔した過去を持っているからこその発言。
ゼリーのようなものは、あくまで、似ているだけで、ゼリーではなかっただけの話である。
「物理攻撃が通用しなかったという特性からヒントを得て、衝撃緩衝材として使う。具体的には操縦席の安全性を高めるのと、外部装甲の強化だね。もうひとつ用途があって、そっちは燃料。引火点が高いけど、上手く着火させて燃焼点を維持できれば、素材の質量に対して信じられないくらいの熱量が得られる。要は、内包しているエネルギー密度が高いってことみたい。爆発的な推進力を生みだす燃料として使うことで、機動騎士を高度200m程度の高さへジャンプさせることが可能になる。ああ、衝撃緩衝材として使う場合は、高温に晒され続けると盛大に燃えるって物質でもあるだけに、エルガイ村で生産している蜘蛛型魔獣の糸を断熱材代わりに使って、包むんだけどね」
「なるほど。アレにはそんな使い道があったのか。けれど、燃料として使うなら、補充の当てがないと困るのでは?」
リティシアが疑問を投げ掛ける。
最近は高位貴族特有の話題が増えて、彼女は会話に参加する機会が減っているためか、理解できる話題には積極的に加わってくるのだ。
「そこが問題なんだよね。今のところ、馬鹿みたいな量の在庫があるから直ぐに尽きてなくなるってことはないけど、使えばいずれはなくなる。あの災害級が北大陸の東岸、海から来たことはわかっているけど、近場の海域をざっと探してみても同じ魔獣はいないんだ」
「近場で同じ魔獣がいないのは納得できる話だな。いるのならばこれまでに小型種として確認されていなければおかしいから。寧ろ、探すのであれば遠い海域だろう。時期的に考えて、北東大陸が接続した後に発見されているから、北東大陸が元々あった場所からこの大陸へ移動して来る間の海域を調べるべきではないだろうか?」
ラックの言葉を受けて、今度はフランが意見を述べる。
彼女の推測は、夕食会に参加している全員が賛同できる内容となっていた。
誰も真実を知ることはないが、本来深海に生息する種類の魔獣であるから彼女の見解は正しい。
「そうか。探す場所が間違っていたのか。でも海は広いから当てもなく探すとなると、相当時間が掛かりそうだね」
「そうですわね。ところでお兄様。機動騎士が上空に上がれるのは技術的には素晴らしいことだと思いますけれど、上がった先で、使える武器はありますの? 魔道具の武装は使えませんわよね?」
リムルは、ラックの魔獣捜索については肯定した上で、操縦者視点から「上空で何ができるのか?」を考えて問いを投げ掛けた。
操縦者としての技量は低い彼女であっても、遠距離からの支援攻撃なら頭数に入れるからこそ出た問いでもある。
「剣とかの物理攻撃用の固定武装と、使い捨てカートリッジ式の遠距離攻撃用武装をオプションで選べる。どのみち燃料搭載量の関係で、最大でも3回しか飛べないから、それで間に合わせるみたいだね。あとは、あえて上限高度まで上がらず、魔素が確実にある高度80m程度までに制限することで、魔道具の通常武装を使う選択もできる。ま、そっちは運用の問題だから、最終的には操縦者の好みで選ぶべきかな。脱着式増加パーツだから、燃料切れになったらパージすることだってできる。まぁできるってだけで、捨てるとかもったいないから僕としてはパージは最後の手段ってことで、極力やめて欲しいけど」
「素人考えかもしれないですけれど、その増加パーツの推進力を通常の移動時や戦闘機動時に使うことはできませんの?」
リムルの問いに答えたラックに、今度はアスラが質問する。
今のところ聞きに徹しているミシュラは、「この件だけは、ドクをここに連れて来て説明させるのが最も早い方法かもしれない」と、考えていた。
但し、「それに賛成する女性陣は誰もいないだろう」とも思っていたが。
それほどに、ドミニクという人物は強烈な個性を放つ存在なのである。
「あー。それね。まず戦闘機動時に使うと、『必要な溜めの時間をどうするか?』って問題にぶち当たる。要は、この装備は任意で瞬時に使うことが難しいんだ。で、通常の移動時、つまり水平移動の推進力として使う場合なんだけど、障害物がない平坦地で直進するだけなら使える。やや斜め上方向に向けて地形をある程度無視して直進することもできなくはない。けど、おすすめはしないってのが、僕とドクの共通見解だ。端的に言って『曲がる、止まる』が難し過ぎる。速度は出るけど、出過ぎて扱い辛いって感じ」
ラックはここではあえて言わないが、地上で直進して地形の僅かな起伏部分に機体を引っ掛け、姿勢制御しきれず、障害物に正面からもろに衝突するという事故も発生させているのだ。
ドミニクの操縦者としての技量は高く、それでもそうなっている時点で、「一般的な技量の操縦者であれば、はたしてどうなるのか?」は考えたくない話となる。
また、過去の試作機である、滑空可能なグライダーとしての性能を持つ飛行試験型の機体との相性は良く、「高速で最前線に機体を送り込みたい」という限定的な運用だと最適解になることも判明している。が、その運用だと到着時以降不要となる増加パーツをパージして捨てることになるのが悩ましい。
もっとも、どうしても早急に機体を送り込んで部隊を展開したい状況ともなれば、四の五の言わずでお荷物でしかない部分をパージして、即戦闘に入るべきであるのだが。
こうして、ラックは叔母様の試作機の実験に付き合わされ、ゴーズ家は新たな力をまたひとつ手に入れた。
この日、実機による運用試験とは別で、ドミニクがクーガとの婚姻話と王家の魔道具の研究について、ラックに猛烈な勢いで進捗状況の説明を求めたのは些細なことなのである。
王宮でのなんやかんやとは関係のない部分でも、きちんとやることはやっているファーミルス王国の国主様。ミシュラが隣にいる日常が戻ってからは、のほほんとした雰囲気を保ち続け、ハードスケジュールを熟している事実を夕食会に参加する面々に全く感じさせない超能力者。「ライガに後を継いでもらうまで、こんな生活が続くのか? 誰か代わってくれないかな?」と、ため息が出るラックなのであった。
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