第173話
「『母さんの意識が戻った』ですって?」
毎度の話で、突如現れた父親にトランザ村へと拉致られたクーガは、ラックからそうした理由を途中まで聞いた時点で、問い返しながらも目的地へ向けて即座に動き出していた。
ゴーズ家の新たな若き仮免当主の目指す場所は、両親の寝室。
彼は、父親が自身を連れて来た理由が、意識不明で寝たきり状態だったミシュラの件だけではないことに薄々気づいていながらも、自己の欲求を抑えることには失敗していたのであった。
「あら。クーガ。どうしましたの? 入って来るならノックくらいはしなさい」
「母さん。元気になって良かった!」
時刻は深夜の領域には少しばかり早い時間帯へと突入している。
大半の人間は、既に寝ているか寝る準備に入る頃合いだ。
実際、拉致される直前のクーガは寝間着に着替え終わったところであった。
まぁ、そんな時刻でもなければ、学生寮の彼の部屋に訪ねて来る者が皆無とは言えないので、超能力者が息子の側の事情に配慮している結果でもあるのだが。
クーガの眼前のミシュラは、彼が前回見た時とは「激変」と言って良いほどに容貌が変化しており、やせ細った姿ではなく健康な状態そのものであった。
但し、彼の記憶にある妊婦としての面影は消失しているけれども。
「心配をかけたみたいですわね。もう大丈夫ですよ」
「そうなのですか」
「ええ。わたくしのことはもう心配要りません。それより、クーガの将来の方が大切ですわね。今日はその話をする目的だったはずですけれど」
「そうだったのですか?」
クーガは「だろうな」と内心では思っていてもすっ呆ける。
彼自身の価値観では、その部分は母の容態以上に気になる点ではないのだから。
「そうだよ。母さんが心配なのはわかるけど。クーガは話を最後まで聞こうな」
「すみません。父さん。で、母さんが言ってた『僕の将来』って何?」
遅れて現れたラックの言葉に、少々の反省の色を見せつつクーガは問う。
彼の脳裏に「父さんもノックとかしないで入って来てるけど」っとよぎったのは、ここでは関係のない些細なことなのだ。
「うん。国王に成る気はないってことだったから、現時点ではクーガに道を二通り用意している。この大陸内に今あるゴーズ領の長として君臨するか、北東大陸の長となるかだ」
「あの、父さん。北東大陸って初耳なんだけど。何ですか? それ」
前者しか頭になかったクーガにとっては、寝耳に水の話である。
思わず、「ちょ、待てよ!」と言いたくなったのはちゃんと耐えたけれども。
「ああ。そう言えばそこからか。少しばかり前の話になるけどね。クーガは大きな地震が何度も起こっていたのを覚えているかい?」
「ええ。原因は不明なのですよね?」
「あれな、実はこの大陸に、同規模の大きさの大陸がぶつかって接続状態になったのが原因と考えられる。ファーミルス王国がある大陸の北東部。魔獣の領域の部分の海岸線に巨大な大陸がくっついたわけだ」
「それはまた壮大な話ですね」
クーガにとっては、驚愕の事実が明かされたわけだが、だからと言って直ぐに理解が及ぶスケールの話ではない。
だからこそ、彼の口からは陳腐な感想めいた言葉しか出なかった。
想像を絶するような話への反応としては、極めて真っ当である。
「うん。で、まぁその大陸にも魔獣が蔓延っていてな。全域が魔獣の領域と言って良い状況なんだ。つまり、切り取り放題って話」
「なるほど。繋がりました。父さんがやりたい放題してゴーズ家の領地にするから、そこを継ぐ選択肢が出て来たってお話になるわけですね。フォウル君やミリザ、他の妹たちにも分け与える領地が増えたが故の相談ってわけですか」
「ま、そういうことだ。フォウル君が魔道大学校を卒業するまでは、どのみちクーガにゴーズ公爵をやって貰うしかないけど、その先のことを早めに決めておきたい。開発や整備の問題もあるしね」
「えっと。父さんは王としての仕事をしながら、片手間で大陸1つを開発して整備するのですか?」
ここまで来ると、父の他にそれをやる人間が、「可能な」と言う意味も含めて居るはずがないのをクーガは理解している。
そしてそれが、父の持つであろうとてつもない能力を駆使したとしても、長期間にわたる一大事業であることも容易に想像がつく。
クーガがラックへの問い掛けをしたのはそれが故。
もし、短期間で簡単にできることであるなら、この大陸の北部にある魔獣の領域は、異能の力を持つ父の手によって既に消え去って居なければおかしいからだ。
クーガは、ラックの持つ能力の全容や限界を知らなくとも、そのくらいのことは把握できているのである。
「片手間なんかじゃなく、可能な限り専念するよ? 勿論、今のゴーズ領のアレコレをないがしろにすることはできないから、全面的にではないけれども」
「待って下さい。父さんの国王の執務は何処に消えたのです?」
「何を言ってるんだ? 父さんにそんなものが熟せるはずがないじゃないか。その辺は、ミシュラたちの領分に決まっている。何事も適材適所ってやつだよ」
そんな丸投げ発言を聞かされたクーガは、感情面では納得し難い。
国王として本来やるべき仕事を、最初から放棄しているも同然に聞こえるからだ。
もっとも、それを言い出すと、”魔力量の問題でそもそも王家の魔道具関連の仕事がラックにはできない”という事実もあったりしてしまうのだけれど。
しかしながら、クーガはそこまで思考が進んでから、はたと気づく。
気づいてしまう。
”よく考えたら、これまでのゴーズ家って、ゴーズ上級侯爵の地位にあった時の父さんってそういう人であったな”と。
そこに気づいてしまうと、感情面をぶん投げて現実として受け入れざるを得ない。
国政なんぞというものは、国民の生活に支障をきたさないという一点さえきっちり守られていれば、在り様がどうであっても問題はないのである。
まぁ、その一点を守ること自体が、本来は困難な話なのであるけれども。
「わかりました。それについて言いたいこともありますが、今は良いです。で、僕が『どちらを選ぶのか?』ですよね。それ、実質選択権がない気がするんですけど」
「うん? 自由に選んで良いけど。何故そう思った?」
クーガの悟ったような発言に、ラックは異を唱える。
父親としての彼は、”先のことがあるので優先順位をどうするか?”の判断材料が欲しいだけであって、”この点については”息子の希望を全部無視する気など微塵もないからだ。
当然の話だが、あらゆる部分でクーガの希望が全て叶えられるわけではない。
「僕が今のゴーズ領をゴーズ公爵として引継ぎ続けた場合、背後に大陸1つ分の勢力が存在する形になるわけですよね。僕らの代で問題とならなくても、親戚同士の諍いが未来永劫にわたって起きないことはあり得ないでしょう。後々のことを考えたら、北東大陸を抱える以外選べません」
「何だ。そんなことか。クーガが生きている間の責任は持つべきだが、自分で直接影響を及ぼせる世代より後に生まれて来た人間のことまでは気にしなくて良いさ。それは、その時その時代に生きている者の責任の範疇だ」
クーガに責任範囲を語るラック自身は、その言葉とは裏腹に遠い未来のゴーズ家の子孫の在り様についても考慮している。
しかしながら、それは超能力者である彼が、他者にはない特別で隔絶的な力を持っているからだ。
単に魔力量が多いだけの息子に、同じことを求める愚をラックもミシュラも犯すことはなかっただけの話である。
ラックの言葉を受け、押し黙って考えに耽っているクーガに対し、この国の王にされてしまった男は、父親の立場で息子への言葉を更に紡ぐ。
「ま、北東大陸がおすすめにはなるけどね。まだ確実とは言えないけれど、ドクが『王家の炉と魔石の固定化工程を研究させろ』って言い出してるから。同じ物が作れる可能性がある。広大な大陸で、ファーミルス王国とガチでやりあえる実力がある国を持つのも悪くない選択だと思う」
ドクが研究してそれなりのモノを完成させた場合は、ご先祖の賢者様のやり方を踏襲する気もあるラックだ。
親族間の無用な諍いを防ぐ方法には、ファーミルス王国における王家と三大公爵家が築き上げたこれまでの歴史が参考になるのである。
王国の持つ長い歴史の中で、周辺では様々な要因で国が興っては滅びを繰りかえしている。
中には最長で600年ほど続いた国もあるにはあるが、概ね200年も滅びなければ御の字という状況。
もし、平均値を算出するならば、寂しい数字がはじき出される。
そうした事実は、ラックの視点からすると、”ファーミルス王国の統治方法が如何に優れているか”の証明のようなものだ。
勿論、王国のやり方に全く問題がないわけではないのだけれど。
「大叔母様ですか。あの方ならやりかねませんね。天才性では、分野が限定されそうですけれど、得意分野だけに限定するなら我が家のご先祖様に劣らないのではないでしょうか? となると、面白くなりそうです。その話に乗りましょう」
「そうかそうか。ならその線を軸に今後の予定を考えるとしよう。ところでクーガ。この国の法律では、四親等血縁関係が離れていると結婚が可能でな。お前の息子のエドガと大叔母の関係にあるリムルが婚約しているから、勿論知っていると思うけど」
「え。嫌ですよ」
ラックの発言に、危険な兆候を感じ取ったクーガ。
彼は、即座に拒否の態度を明確にする。
「彼女も昔は王家の姫であっただけのことはあって、結構な美人だぞ? まぁ、それは急がなくて良い。考えておいてくれ」
「いやだから、今、『嫌です』ってはっきり」
「大丈夫ですわよ。時間が経てばクーガの気が変わることもあるでしょうし、外堀が埋められて、己の意思とは関係なくなることもあるのですから」
全然大丈夫に聞こえない話を、断ろうとするクーガの言葉が終わらないうちに、さらりとミシュラがぶっこむ。
「そうそう。それに王太子を弟のライガに押し付けてファーミルス王国を背負わせる以上、歳の離れた弟に背中を見せる兄の立場としては、最低でも同等の重荷を背負わないと、格好がつかなくないか?」
「えーと。父さん。つまり、『国王の義務以上に大叔母様が面倒』って暗に言ってますよね? それ」
「お兄ちゃんなんだし、頑張りましょうね」
ラックの言葉に文句を言うクーガに対し、ミシュラが話を纏めに入る。
現実問題として、ドミニクの身柄をファーミルス王国に奪われることなく、確実に守り切る大義名分としては、公爵家当主との婚姻関係以上に強固なものはない。
そして、超やばい研究に手を染める希望を出した以上は、クーガと同年代の肉体に若返っているドク自身がその点を理解していたのである。
勿論、無茶をしても安易に切り捨てられない立場を求めるという下心も、ドクの中ではマシマシのコミコミだけれど。
そんなこんなのなんやかんやで、クーガは実母が身体に異常を残すことなく完全復活した事実を知ることとなり、超能力者による息子拉致事件の夜は終わる。
彼は自分の将来の方向性と、6番目の妻を迎え入れることから逃れられそうもない現実を理解させられた。
王太子を経て、この国の王となる方がひょっとしたら楽なのではないだろうか?
今ならまだ、弟のライガと立場を入れ替えて、その路線への変更も不可能ではないかもしれない。
魔道大学校の学生寮に父のテレポートで送られたクーガは、その後一睡もできずに朝まで悩むことになったのであった。
「えー。クーガの説得も無事に終了し、ミシュラも復帰したので、今夜の議題は王妃の執務についてです」
ラックはクーガを拉致した次の日の夕食会の場で、王宮で燻りかけている問題を解決しようと議題に上げた。
「ああ、シーラと元王妃の折り合いが悪いんだったか?」
最年長のエレーヌが、「そんなこともあったな」という顔で発言する。
以前の彼女は聞き役に徹して発言は少なかった。が、さすがに慣れてきたのか、はたまた子を宿して強くなったのか。
その辺りは定かではないものの、意見をはっきり口にするのは良い傾向である。
「うん。一応双方が我慢して仕事をしているけれど、かなり不満が溜まっている。このままだといずれは暴発しそうなんだよね」
「貴方。その件ですけれど、物理的に身柄を引き離したら如何でしょう?」
病み上がりのミシュラが、他に意見がなさそうな状況を見て発言した。
不在だったブランクを感じさせないのは、さすがの貫禄と言うべきであろうか。
「へっ?」
「将来、クーガが北東大陸で建国王のような立場になるのなら、王妃教育を受けている妻が必要になりますわよ。以前チラッと計画しかかったことがありましたけれど、どちらか1人をゴーズ領に滞在させて、ニコラやレイラの教育係としてはどうでしょうか?」
「現状でも最終決済のチェックはこっちでやっているんだ。文書を運ぶラックの手間は増えるが、それでも良いなら問題ない。良い案だと思う」
間抜けな声で疑問を呈した形になったラックに対し、ミシュラはさらりと内容を説明する。
そこへ現状を踏まえて賛同したのはフランであった。
リティシア、アスラ、ミゲラの3人は、発言をしなくともフランと同様に賛成しているのを肯定の仕種で表していた。
「ついでに、お兄様の娘たちへも、教育をお願いしたいところですわね。全員、フォウルのところへ嫁ぐつもりのようですから」
ここで、リムルが空気を読まずに爆弾をぶっこんだ。
「えっ?」
「気づいていなかったのはたぶん貴方だけですよ。ミリザは上手く隠しおおせていると思っているのでしょうが。リリザもフランの娘のルイザも、リティシアの娘のスミンも、3人ともまだ婚約者がいませんし、それぞれに入り婿を迎えて、その入り婿が他家から第2夫人以下複数の娘を娶るような状況の発生を避ける面でも、よろしいのではないかと」
「そう言われると。ごめん。僕はそこまで深く考えてなかった。どうせ釣り合う魔力量の男性なんていないから、学校へ行って好きになった相手を連れて帰ってくれば認める気では居たんだけどな」
驚きはしたものの、ミシュラの冷静な説明に頷かざるを得ないラックだ。
戦闘能力や土木工事能力、諜報能力など様々な分野で突出する能力を持つ超能力者であっても、苦手な分野はせいぜい凡人並かそれ以下なのである。
こうして、ラックはクーガ、ライガの男子2人の未来を見据えるとともに、4人の娘たちの婚姻を確定させた。
ガンガンと身内同士の婚約を決め、ゴーズ領での高魔力者の囲い込みを粛々と行うファーミルス王国の国主様。次代への権力移管の地ならしをしつつ、魔獣の領域や北東大陸の整備に追われる超能力者。王妃教育を行える2人のうちで、どちらをゴーズ領に定住させるのか問題が、当事者間の争いを勃発させるとは思いもよらないラックなのであった。
◇◇◇悲しみ◇◇◇
本日(2022/12/16)yahooニュースで超能力漫画の巨匠の訃報を目にしました。
10/30の時点でとは。
聖悠紀大先生のご冥福をお祈りします。
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