第172話

「『特例の二文字付きで国王になったアレが、身分証明をしている命令書を持った人間がやって来た』だと?」


 昨日、突然の病死でいきなり当主を失ったことで、急遽中継ぎの当主に繰り上がった元スペアのとある侯爵家の男は、家内と領地の混乱を避けるためにてんやわんやの忙しさとなっていた。

 そんなところへ、予想外の使者のような人間が現れれば、それも国王の命令書付きともなれば驚きもする。

 まして、それを遣わせたのが魔力0の欠陥品であるなら不満のひとつもこぼれると言うモノである。

 冒頭の彼の言葉は、そうした心情から出た発言であった。


「ええ。なんでも、『陛下は国内が割れることを望まないため、臣従の意思を確認する』のだとか。やって来た者は『手分けして、最終的には全ての貴族家を回る』そうなのですが、まずは『戴冠式に不参加だった貴族家への面談調査を優先している』という話でした」


 侯爵家の家宰は新たな主に向けて、淡々と詳細な状況を説明して行く。


「ふむ。つまり、『当家のファーミルス王国への忠誠を疑われている』と言うわけだな?」


 ファーミルス王国のルール上は、正式にはまだ当主とは認められない、現段階では自称に過ぎない中継ぎの当主。

 彼は、当主登録を王国に対して早急にしなければならないが、自家の中では既に当主権限を行使できる立場となった。

 よって、来訪者への対応の最終決定権は彼にある。

 彼は、来訪者と会うことに決めた。


 新当主の考えは急逝してしまった兄と同じで、ファーミルス王国への忠誠心自体はしっかりとある。

 だが、欠陥貴族である国王への忠誠心はない。

 少年王のフォウルが認めていようが、三大公爵家の当主全員が異議を唱えていなかろうが、全く関係はない。

 貴族と認めることすら忌避感がある存在に対して、忠誠心は微塵も、一欠けらすらも存在しないのだ。

 彼ら兄弟は、自己を「我々は愛国者であり、憂国の士である」と位置付けていたのであった。

 しかしながら、彼らの認識上ではファーミルス王国のがん細胞となっている新たな国王を排除するのに、今その意思が来訪者を通じてバレるのは、準備中の武力蜂起計画の失敗を意味する。

 但し、国王としての正式な命令書が存在する以上、来訪者に会わないという選択肢はない。

 彼は家宰に確認をする体の言葉を発しながらも、頭の中では「如何様に上手く言いくるめて、来訪者を追い返すか?」へ思考を向けていた。




「はて。侯爵家のご当主様のお名前が、王国への登録と違うようですが?」


 事前に百も承知な事柄に対して、訝しんだ振りをし、しれっと質問をした人物。

 それは、遺伝子コピーの能力を使用して姿を偽っているラック自身である。


 一度は冷静になりかかったはずだったラックだが、解毒は完璧に完了したにも拘らず、未だに意識が戻らない最愛の妻ミシュラの件で、今は激しい怒りに燃えている。

 但し、彼の頭脳は冷徹に働いていた。


 最大のブレーキ役を一時的に失った超能力者は、激情を隠した状態のまま夕食会に参加し、その場で妻たちに知恵を求めたのだ。

 報復の最良の手段を。

 その結果からのラックの行動が、現在の状況を作り出す。


 ミシュラの夫は、王位を狙うだけの他者の行動は公言できないものの、心情的には大歓迎する。

 玉座などラックには必要ないから。だが、彼はそれ以外の自身が持つモノを失うつもりは一切なかった。


 勿論、超能力者が「欲しがる者が居るなら明け渡しても構わない」と考える王位には、「簒奪を狙う者の持つ魔力量で、王家の魔道具が稼働させられるかどうか?」の問題が付いて回るわけだが。 


「ああ。すみません。当主登録されているのは私の兄でして。実は昨日、その兄が病で亡くなりました。次々代は兄の息子が成人してから然るべき時に当主交代手続きを致しますが、当面は中継ぎの当主を私が務めます。家内の意思統一はそれで済んでおり、国への登録の届け出は早急に行うつもりです。内実を申し上げますと、今日はその準備をしており、今夜か明日の朝にでも私が王都へ向けて発つ考えでした。貴殿が携えている命令書の内容は、当主及びその家の高魔力を持つ成人男性との面談でありましょう? 現状の当家だと、該当者は私のみかと思われますが如何か?」


「なるほど。そのような事情がございましたか。お悔やみ申し上げます。では、該当者は一名のみなのを理解しました。早速ですが、お手をこちらへ」


 説明を受けた内容は、事前に知っていることと、予測の範囲内のことばかりであるため、ラックは受け流して要求を伝える。

 超能力者の目的は徹頭徹尾で、接触テレパスを使って眼前の男の本心を暴き出すことのみしかないからだ。


「何故そのような行為を?」


「命令書の面談調査方法にそう記載されているからです。先ほど内容を確認されましたよね?」


「いえ、その。『どういった意味合いがあるのか?』をご存知なのではないかと考えまして」


「さて? 陛下のお考えまでは私にはわかりかねます。粛々と受けた命を実行する立場でございますから。仮に知っていたとしても、お答えする義務はありません」


 無駄な言葉のやり取りを、「命令書の内容を守れ!」の一点張りで押し通す。

 直接肌に触れなければ、行使できないところが面倒な能力。

 接触テレパスは便利ではあるが、決して万能ではなかった。


 そんな流れで、自称中継ぎの当主で終わる男の考えを、質問に時間を掛けて正確に暴き出したラック。

 彼が下した結論は、勿論有罪である。

 ついでに言えば、間抜けな男が知る限りの計画の全てを頭の中で思い描いてくれたため、全容の詳細が掴めたのは僥倖であった。

 病死した兄の計画をガッチリと補佐していた彼は、元々限りなく首謀者に近い立場にあったのが超能力者には幸いし、無謀なテロ計画に賛同した者たちへの不幸の始まりでもある。

 もっとも、既に不幸の”一部”が降りかかったあとの家もあるわけだが。


 そうして、とある侯爵家は、実際に中継ぎの当主が立つことはなく、幼い男子を当主登録することとなる。

 彼の家は、未亡人となった女性3人が幼い当主の後見人として付く体制で、再出発をするのが確定した。

 そのような未来が、姿を偽ったラックとの面談の結果、発生することになるのであった。


 魔力量が0にも拘らず、国王の地位まで上り詰めた男の治世が始まって僅か10日。

 たったそれだけの時が経過した時点で、脳の疾患で急死した貴族階級の男性が18人にも達し、先代のカストル公や宰相と同様の症状を発症した貴族家の男性は35人に及んだ。


 王都の特注スーツを作る職人たちが、色々な意味で泣きながら仕事に追われる羽目に陥ったのは、全面的に超能力者による大鉈が振るわれたことに起因している。

 けれども、彼らがそれを知ることはない。

 特急料金の上乗せで金銭的には大いに潤っても、作る順序と納期の調整だけで専門職の彼らは疲弊した。

 無関係の他者が見れば、無条件で憐れむくらいには疲弊しまくった。

 しかしながら、ラック的には些細なことなのである。

 



「陛下。直言できる機会がなかなかございませんので、はっきり申し上げさせていただきたい。『国王陛下が秘密裏に命じて、各地へ赴かせた人間たちは、実は暗殺者集団なのではないか?』という、噂が立っております。王都の職人街では、『王家に下半身を使い物にならなくする術があるのではないか?』という噂も流れています。これらの真偽のほどは如何でしょうか?」


 宰相は久々に自身の前に姿を現した国王に対し、この機会を逃すまじと発言した。

 まぁ、ラックはラックで、「たまには文書のやり取りだけでは伝わらない部分のケアも必要だろう」と考えての気まぐれ的な行動であったのだが。


「そんな噂があるのか。王家直属の暗部は存在する。これは事実だけど、王命でそれを動かしたことは今のところないよ。彼らが『各地に命令書を携えて訪れた』という事実はない。なんなら宰相が直接、暗部の長に聞くかい? 今ここに長を呼び出しても良いけど」


「陛下のお言葉を疑うわけには。ですので、それは不要でございます」


「そう? 別に疑って貰っても良いけどね。それで『不敬罪だ!』とか言うつもりはないし」


 どうにも「自分が国王である」という自覚がイマイチ持てていないラックは、ざっくばらんな言葉遣いで宰相に対応する。

 実際のところ、「自身が王宮をほぼ不在にしている点に、不満がないわけもないだろう」との考えもあって、宰相や上級文官のガス抜きの意味合いもある。

 それに加えて、彼の言葉遣いは彼らの毒気を抜く意味でも、非常に効果があったりもしていた。


「職人街での噂の方は如何でしょうか?」


「噂の真偽か。まず逆に問おう。『王家の配下に下半身を使い物にならなくする術がある』と仮定した場合、それを実行したのは誰になる? あと、どうやってそれを行った?」


 質問に質問で返されてしまった宰相は、言葉に詰まった。

 が、それもほんの僅かな数秒のことでしかない。

 彼には、手持ちの情報を纏めて考え、王から問われた点に答える能力はあるのだ。


「それは。噂から推測するのであれば、『陛下が秘密裏に命じて、各地へ赴かせた人間たち』が実行したことになるのでは? 方法はわかりかねます。そもそも、方法がわかれば、対策を考える方向になります。また、実行犯を探し出す手掛かりにもなるはずです」


「その理屈だと、各地に赴いた全員が、下半身に影響を及ぼす技術を同レベルで習得しているってことになる。しかも、其方の父を診察した医師たちからは、『人為的に狙って正確にこの症状を引き起こす術はない』と、統一見解を聞いた気がするが。つまり、国内最高レベルの医師たちを上回る技術を持つ集団が、暗部以外でファーミルス王国の王の配下に存在することになる。それは現実的な話じゃないね。ついでに言うと、暗部の長がそんな主張を聞いたらキレるよ? 彼らの存在意義を問われているのと同義じゃないか」


 ラックは何ひとつ嘘を言うことなく、宰相の疑問を遠回しに否定した。

 実際、彼は王家直属の暗部には何も命じていない。

 王家の配下に、暗部以外の暗殺者集団は存在しない。また、下半身を麻痺させる特殊技術を持つ配下の人間などいない。

 この場合、「国王自身がその能力を持っていない」とは一言も言っていない以上、嘘ではないのである。

 超能力者はただ単に、自分に都合の悪い事実の部分を黙して語っていないだけであった。


「あ、では、ゴーズ家の暗部という可能性は?」


 ラックの言い分の正しさを認めても、それでも尚、あまりにも不自然な現象の原因を判明させたい考えを持つ宰相は、この場での思いつきを口にした。


「あはは。面白い発想だね。正気を疑うレベルでしかないけど。辺境の騎士爵から一代で上級侯爵、いや、今は公爵って言っても良いのかな? それはともかくとして、短期間で急激に最下級の爵位から上級貴族へと成り上がったゴーズ家に、そんなモノが存在するわけがないだろう。いずれは自前で何とか確保しなければならないのは確かだけど、一朝一夕で可能な話じゃない。まぁクーガが頑張る問題だろうね」


 ラックの発言を受けて、宰相は「いやいや、あんたの場合は嫁も含めて出自が出自なだけに、その手の人材を実家の公爵家から分け与えられていても全然不思議はないだろ!」と、一瞬ガチの不敬極まりないことを考えてしまった。

 けれども、彼にはそれを口に出さない分別はあった。

 付け加えると、その直後に、それが絶望的無理筋な考えであるのを彼は気づくことができた。

 よって、余計なことを言わずに済んだ彼は、国王の怒りを買うような無様を晒さずに状況をやり過ごせた。

 その点に、ホッとしたのは彼だけの秘密でなのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、宰相が持っていた疑問は、根本的且つ合理的解決とはならずに終わる。

 起きてしまった事象がどれだけ不自然極まりなくとも、説明が付く理論を構築できない以上は、偶然の重なりがあっただけの自然の成り行きとするしかない。

 そんな灰色の結論を以て、この事案への”公式な”追及は打ち切られたのであった。




「おかえりなさい。貴方」


 王都から戻ったラックは堅苦しい服装から、簡素で動きやすい普段着へ着替えるために夫婦の寝室がある部屋の隣の自室へと足を向けた。

 そこへ、予想もしない声がかかる。

 それは、聞き慣れた美しい音色に感じるいつもの最愛の人物のモノとはやや異なっていた。だが、国王となってしまった彼に、確かに彼女の存在を感じさせた。


「ミシュラ! 漸く目覚めてくれたか。本当に、もうどうしようかと」


「あら。声の調子が少しおかしいですわね。貴方の気配を感じたので声を掛けたのですが。何か変ですわね。身体を上手く動かせません。わたくしの身体はどうなったのかしら? パレードの最中に負傷した記憶はあるのですけれど。説明して下さる?」


 ミシュラは長期間意識が戻らず寝たきりの状態であったために、発声器官に若干の衰えが生じていた。

 全身の筋肉が削げ落ちているのは言うまでもない。

 身体が上手く動かせないのは当然である。


「ああ。勿論」


 涙、滂沱ぼうだたり。

 ラックは短い言葉で了承を伝えつつも、喜びに溢れ、そのような表現が相応しい状況になっていた。

 僅かな時間の間を置いた後、超能力者は説明を開始する前に、ゴーズ家に仕える最古参の娘を呼び、栄養価の高いスープを運んで来る指示を出す。

 ミシュラが自力で元となるエネルギーを経口摂取できさえすれば、彼女の身体状況をヒーリングで改善することが可能だからだ。


 そうした手順を経てから、ラックはミシュラにこれまでの状況を説明して行く。

 彼女は自身の萎んでしまった腹部を摩りながら、特に言葉を発することはなく、ベッドの上に身を横たえたまま夫の言葉を聞いていた。

 この時点で自身が身籠っていた子を失った点には理解が及んでいたであろう彼女は、気丈にも、ただただ状況の把握を最優先としたのである。


 こうして、ラックはファーミルス王国内の不穏分子をある程度整理整頓することに成功し、失いかけていた半身を取り戻した。

 但し、魔力量0の国王と魔力量2000の王妃の組み合わせであり、側妃の魔力量を以て特例で国王面をする欠陥貴族を、不満に思う貴族家の人間は男性に限定されてはいない。

 超能力者目線での線引きが「ある程度」となっているのは、そこに由来しているのだった。


 生まれてくるはずだった子を失った悲しみを、あからさまな態度として周囲に見せることはないミシュラ。彼女の心の内を接触テレパスで正確に余すところなく知るファーミルス王国の国主様。実行犯も背後からそれを指示していた貴族も、既に制裁済みの超能力者。「『もう報復は全部済ませているから』と言っても、それでミシュラの心が安らぐのかは別の問題なんだよな」と、実に当たり前の呟きが自然とこぼれるラックなのであった。

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