第171話

「『戴冠式後のお披露目パレードまで、僕が王にならずに済むような事案が起こることなくきてしまった』だと?」


 ラックは王都で戴冠式を午前中に終え、その日の午後には正妻のミシュラ共に、一般国民へ向けてのお披露目的なパレードを行っていた。

 勿論、この日のこの時が来るまで、平穏無事で何事もなかったわけではない。

 小事は複数あったのだが、超能力者が期待していた、王位に就くのがうやむやになるような事案は発生しなかっただけの話である。


「今更何を仰っていますの?」


「いや、でも、だってさ。『なんかかんか事件が起こってさ。僕とは別の人間が王位に就くんじゃないかな?』って思うじゃない。そうだよね? せめて、ミシュラには『そうだ』と言って欲しい。お願い」


「そんな妄想をしていたのは、貴方だけですわよ」

 

 バッサリと切り捨てたミシュラの視線は、周囲の民衆へ向いている。

 彼女は「化粧で年齢を誤魔化している」とは言え、その横顔は凛々しく美しい。

 もっとも、彼女の場合は、化粧で若作りをして上方修正をしているわけではない。

 下方修正の化粧をはがせば、より若く美しい素顔が出現してしまうのだけれど。


「『特例』が爵位に付くのは、制度上の想定内だっただろうけどね。『特例国王』ってのは、たぶん誰も想像したことすらなかったと思うんだよね。しかも、魔力量が王族基準に少し足りないってレベルじゃなく、僕の魔力は0だよ?」


 外面だけは取り繕って、何とか笑顔を保って一般国民に手を振りながらも、ラックは小声でミシュラに愚痴をこぼし続けていた。


 王都はゴーズ家の人間にとって安全が保障されているトランザ村と同じではない。

 この日の王都の熱狂の雰囲気は、ラックにその事実を忘れさせるほどだった。

 魔獣の領域へ赴くならば、常時展開しているサイコバリア。

 だが、王都はそれほどに危険度が高い場所ではない。

 過去には夫婦で散策した経験もある地は、そのはずであった。

 その油断が、ミシュラの危機へと繋がってしまう。


 かなり距離のある場所で、尚且つ彼らの死角から、ラックに向けて複数の矢が放たれた。

 使用されたのは、強力な威力が平民でも容易に出せる武器。

 クロスボウの類であろうか。

 幸い、ラックへの直撃はなく、1本の矢がファーミルス王国の新たな王妃の腕を掠めただけに終わった。

 問題は、その矢の鏃に猛毒が塗布されていたことである。

 

 その事実を、超能力者はこの段階では知り得ない。

 それはそれとして、戴冠したばかりの新たな王は、民衆の注目の的であるにも拘らず、反射的にミシュラを連れて安全な場所へとテレポートしていた。


 周囲に居た人間の視点からすると、王妃の「ぐっ!」という小さな呻き声と共に、腕から少量の鮮血が散った瞬間、この国の頂点に立つ夫婦の姿が忽然と消えたことになる。

 そんな状況が、騒ぎにならないわけがない。

 受けた攻撃の出所と、犯人の捜索。

 姿が消えた国王と王妃の捜索。

 宰相と軍部は勿論、王都の警備担当の人間が奔走しなければならない事態は、この時に始まったのだった。




「ミシュラ、平気か? 僕が直ぐに治すから!」


 テレポート先のトランザ村の執務室には、この日、フランが詰めていた。

 軽傷のはずのミシュラの身体からは段々と力が抜け、彼女の視線は定まらず、意識が徐々に失われつつあったことに、超能力者は平静でなどいられない。

 即座にヒーリングを行使するための集中へと、入ろうとしたのだが。

 そうした場に、第2夫人が居合わせたことは、僥倖でしかなかった。

 かなりの悪運、或いは凶運に憑りつかれたように思えても、ラックの幸運はまだ全てが尽きてはいなかったのだ。


「ラックか。突然どうした? これは毒を疑え! 攻撃を受けて負傷したのならば、まずそこが肝心だ!」


 ラックの言葉はなくとも、フランは視覚情報のみから、瞬時に最適解へと至った。

 故に、現状における最も必要な言葉を放つ。


「そうか! それで。ならこうだ! フラン。その言葉で助かった。解毒効果のある薬を急いで持ってきてくれ!」


「ああ。任せろ」


 超能力者は、もう動き出そうとしていたフランへ指示を出すと同時に、解毒に効果のある体内臓器の機能を極限まで活性化させる。

 ミシュラは妊娠中であったのだが、毒の影響なのか、残念ながら腹の中の子は、既に命の鼓動を止めていた。

 ラックの心中に、自身の子が流れたことへの悲しみがないわけではない。が、助ける対象が正妻だけに絞られたことが、結果的に超能力による治療という点では幸いすることになっていたのも事実である。


 この日のラックは、戴冠してお披露目パレードを行ったことで、将来生まれてくるはずだったまだ見ぬ我が子を1人失い、同時に正妻の命を救うことに成功していた。




「静まれ。国王陛下と王妃様は攻撃を受けて、おそらく王妃様が咄嗟に姿隠しの魔道具を行使されたのだ。現在は、御身の安全を確保されるために、姿を隠したままゆっくりと移動している最中であろう。姿は見えずとも、まだ付近にはおられるはずだ。警備責任者は何処にいる? さっさと不審な動きをする者、武器を携帯している者を片っ端から捕えろ」


 新たな北部辺境伯に就任したばかりの男は、相談役である父親に小突かれる前に声を上げた。

 彼はラックの持つテレポートの能力を知らない。

 だが、暗部が使う姿隠しの魔道具の存在は知っていた。

 国王や王妃といった存在が、その道具を所持していたことや、それを不特定多数の眼前で躊躇なく使ったことに驚きはしても、一応説明が付く事象である以上は混乱はしない。

 結果的に、その推測は間違っているのだが、だとしても、場を鎮める点で彼の発言が有効だったのは事実である。

 脇に控えていた、娘婿の特殊能力を知る彼の父が、表情を崩さぬことに苦心していたのは些細なことなのだった。


「陛下の魔力が0なのは有名だ。それは平民ですら知っておる。此度の件、単なる一部の平民の暴発であるならまだ良いのだが。油断はするなよ?」


「ええ。理解しております。理由にもならない理由を付けて王都に来なかった貴族の中には、陛下への反逆の意思を持つ者が必ずいるであろうことを。西部方面に怪しい貴族が複数存在するため、当家から既に調査の人員を出したではありませんか。情報が届くのを待ちましょう」


 しばらくのちに、北部辺境伯家の親子は知る。

 いつまで経っても情報が届かないこと。

 その事象自体が、「深刻な事態の発生を指し示してる」と言う事実を。

 但し、深刻さの方向性が、超能力者の行動によって少々おかしなことになったりはするのだが。


 西部方面に赴いたシス家お抱えの情報を調査する人員は、全員が殺害されていた。

 一例を挙げると、機動騎士の出撃準備を行っていたとある伯爵家では、警戒態勢を敷いていた暗部が不審な侵入者を捕え、殺してしまっている。

 男爵や子爵家への調査だけを担当した人間が居なかったために、自前の暗部を抱える高位の貴族家の支配下地域に潜入した時点で、彼らの命運は尽きていたのである。


 ちなみに、反逆を企てたのは西部地域に領地を持つとある侯爵家が1つと、そこと懇意にしている伯爵家が2つに子爵家が3つ、男爵家が2つの合計8家であった。

 頭になった侯爵家は、シーラの出産後に国王代理への娘の輿入れが内定しており、先ごろ事故死した次期国王へも側妃を出す話になっていた。だが、フォウルが戴冠したことで、その全てが水泡に帰してしまう。

 戴冠後のフォウルの動きは、父であるはずの国王代理のコントロール下にないのは明白であり、少年王の後ろには、彼らが忌み嫌う欠陥貴族が当主を務めている、上級侯爵家の意向が見え隠れしている。

 その辺りの恨みが、原動力となっての行動でもある。


 のちにラックへの反逆の意思を持つことになる彼らは、先代国王となるフォウルを、暗殺したかった。

 そのため、利害が一致する国王代理に、毒をひっそりと供給した経験を持つ。

 勿論、彼の息子の食事へ毒を混入するための手引きもしている。

 そうした失敗の実績があるため、「現状の王宮内では、欠陥貴族の暗殺が難しい」と、彼らは考えた。

 彼らが事実を知ることはないが、超能力者の国王としての生活予定は、常軌を完全に逸脱する。

 よって、実態は”現状の王宮内”とは異なるのだが、彼らの”暗殺が難しい”とした予測自体は正しい。


 ダメ元で、足が付きにくい金で動く平民を使い、国王の襲撃を画策するのと並行して、とある侯爵家は、魔力量が王族基準に届いている、特例の文字が付かない正統な王が立つこと王国に求めた。

 求めが却下されることを前提に、武力蜂起を画策したのである。

 彼らには彼らなりの勝算があった。

 それは彼らにとって実に都合の良い、超自己中な妄想でしかなくとも、確かに存在したのだ。


 欠陥貴族である新王に、内心で不満を持つ貴族家は多い。

 そうした貴族家の旗印を目指した侯爵は、「誰かが旗を振りさえすれば、そこに便乗する家は多いはず」と踏んだのであった。




「僕はミシュラに顔向けできない。お腹の中の子を助けることができなかった。原因は僕の油断だ!」


 治療により生命の危機は脱したものの、意識がまだ戻らない正妻を前に、ラックは自身に怒りを向ける。

 それを冷静に見ているフランは、夫に掛けるべき言葉を探していた。


「ラック。おそらくだが、悪いのはラックではなく襲撃者だろう? 私には状況が全くわかっていない。詳しく説明して貰えるだろうか?」


 フランの言葉に、ラックは自身が把握している状況を説明する。

 とは言っても、わかっているのは、何処かから何者かによる遠距離攻撃を受け、それがミシュラの腕を掠めて負傷したことだけだ。

 その時点で、超能力者は即座にトランザ村へのテレポートを敢行してしまっているのだから、持っている情報などロクにない。

 ラックが語れる情報の主体は、襲撃前の状況でしかないのだ。


「ふむ。遠距離攻撃か。魔道具による攻撃ならば、一度の攻撃で終わったのも毒が使われたのも説明しにくい。あと、魔道具の武器は、使用者が限定されるために足も付き易い。おそらく、襲撃者は貴族階級ではなく平民だろう。だが、動機がわからないな」


「ねぇ、フラン。僕は思うんだけど。犯人が平民なら、王都の平民を根絶やしにすれば良いんじゃないかな?」


「落ち着け。無関係の平民を何人道連れにする気だ。それと、実行犯は平民でも、背後には貴族がいる可能性がある。全てを殺してしまったら、調べようがないぞ」


 ラックの物騒な発言に、とりあえずはなんとか思いとどまるようにフランは言葉を紡ぐ。

 彼女の夫は、できないことは言わない。

 それを彼女は嫌というほど理解しているだけに、背中に冷たい汗が流れるのを感じてしまう。


「そうか。貴族。貴族ね。宰相から、西部地域の貴族は、僕の戴冠を祝う式典があるのに、王都に来ていないのが複数いると聞いている。怪しいのはそいつらかな。もともと、なりたくてなった国王じゃない」


「ラック。一体何を考えている?」


 一般国民の大量虐殺が避けられたことには、ほっとしたフランだった。が、それでもラックの発言には、まだまだ不穏なものが含まれているのを否定できない。

 故に、彼女は、夫の考えを確認する問い掛けを止められないでいた。


「鉄も魔石の固定化も維持する算段はできている。魔力持ちの子供も、僕がこっそり介入したことで、今後は人数が増える。ならば、今、僕に反抗的な貴族家がいくつか消えても、問題ないよね?」


「それは。ないと言えばないけれども。強いて言えば、機動騎士だけは壊さずに確保しておきたい。それと、とりあえずは、家としての対応の方向を定めた当主のみを、排除するだけで良くないか? 家ごと滅ぼす必要はないだろう?」


 フランは、ラックの実力行使を完全に阻止する説得を諦めた。

 それ故に、死者数が減る軟着陸の方向に誘導してみたのだった。


 フランの夫は現在も若々しい身体を保っており、王としての治世期間は長くなることが予想される。

 また、誰かに王位を譲った場合でも、ファーミルス王国の国防という意味合いでの責任を放棄することはおそらくない。

 つまるところ、「一時的に機動騎士の乗り手である貴族家の当主が複数消えても、長い目で見れば補充の当てがある」と言えてしまう。

 そうした安心に加えて、「なんなら、高性能な機体の数さえ用意できれば、下手をするとゴーズ家の子供たちだけでも、国を守り切れるだけの戦力になりかねない」という事情すらある。

 彼女自身も含めて、ゴーズ家の夫人たちは、超能力者の子を産む気がまだまだあるのだ。

 

 そんなこんなのなんやかんやで、ラックは千里眼の行使を1時間ほど続けたあと、ミシュラのことをフランに任せて、トランザ村の執務室から姿を消した。

 この日、西部地域の貴族家の当主が、8名全く同じ病状で突然倒れて亡くなる。

 そんな珍事が起きたのは些細なことなのである。


 ラックは闇が支配する時刻ではないにも拘らず、遺伝子コピーで別人の姿となることで、誰かに見られても構わないとばかりに、行動が怪しい当主を殺害して回った。

 勿論、物陰に潜んで、極力目立たないようにはしていたし、目視できる範囲の距離から透視と念動といった超能力を駆使して、対象者の脳内に血栓を複数作り出す行為に専念しただけなのだが。


 そもそも、戴冠式に来られないどうしてもの理由に乏しいそうした貴族たちは、国王となったラックに臣従する気が感じられない。

 そうである以上、粛清されても仕方がない部分はある。

 もっとも、今回のケースは全員が真っ黒の犯罪者であるがために、何の問題にもならないのであるが。


 尚、フランが心配していた機動騎士の機体確保の問題は、魔石と素材をホイホイと手に入れて来るラックに、狂気の技術者兼研究者のドミニクがタッグを組み、ラック自身が自分の必要とする魔石をガンガン固定化させる権限を持つ国王の地位に就いたことで、やりたい放題のカオスになる未来があるのだが、それはまた別の問題となるのだった。


 こうして、ラックは、戴冠初日からお披露目の最中に姿を消し、大混乱の王都をガン無視して、騒ぎの元凶となった貴族家当主たちをガツンと始末するような、ハチャメチャな国王としての生活を始めた。

 王宮で生活した形跡が全くなく、それに関連する費用計上の資料ですらも、微塵も存在しない異様な国王。

 後世の歴史研究家がその存在の実在を疑う国王は、ファーミルス王国において、後にも先にも超能力者だけだったのである。


 かけがえのない「己の半身」とでも言うべき存在のミシュラを、明確な他者の悪意によって失いかけたファーミルス王国の国主様。激昂した感情に、思考を完全に委ねてしまいかけた超能力者。事後になって、「当主は全員退場して貰ったけど、当主だけが不穏分子だったとは考え難いよね」と、少々落ち着きを取り戻したラックなのであった。

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