第170話
「『フォウル陛下が実の父親の務めていた国王代理の任を解いて、役職のない王族に戻した』だと?」
晩餐を始めたばかりだった北部辺境伯は、王都から届けられた最新の情報に驚いていた。
先頃戴冠して国王となったフォウルは未成年であり、今後魔道大学校への入学もしなければならない。
ルウィンは、学生をしながら国を回していく執務が少年王にできるはずもない以上、少なくとも卒業までは国王代理が必要だと考えていた。
それが覆されたのだから、驚きは当然ではある。
「王家の炉は? 魔石の固定化はどうなる?」
ルウィンは気になる点を、情報をもたらしたシス家の子飼いの人物に問うた。
ちなみに、相談役である彼の父は夕食を共にしていたために、この報告を聞いてはいる。
しかしながら、彼は状況が息子の領分であるために、静観の構えであった。
「その部分は陛下が王命を出しています。王族に戻った父親に従事するようにと」
「なるほど。その点の問題は発生しないわけか。だが、執務の方はどうなる?」
ルウィンは得られた答えに満足はしたものの、新たな疑問を即座に問うた。
この時、同席していて同じ内容を聞いている相談役は、最初からそれも合わせて問わない部分で、マイナス評価を息子に加算している。だが、悲しいことにルウィンはその点に気づいていない。
シス家の前当主は、現当主を”息子で後継ぎである”という贔屓目を抜きに値踏みしていた。
それは、過去の自分の甘さへの、反省から来る行動でもあるわけだが。
「その件なのですが、関連情報を先に。先日からの宰相と三大公爵家の怪しい動きの謎が解けました。フォウル陛下は近日中に退位され、ゴーズ上級侯爵に王位を禅譲されることを内定しています。公式発表はまだですので、一応確定ではありませんが、王宮の事務方は既に新たな戴冠式の準備に入ったようです。執務の方は、在位期間が短期間であるので、先送りできる案件は全て保留とし、どうしても決済が必要なものは、陛下が宰相へ指示を出しているそうです」
「そうか。となると、最長でも15日後には戴冠式があると考えて良いな。で、王位に就くのはゴーズ卿で間違いないのか?」
ルウィンの予測は甘く、実際にはラックの戴冠式まではもう10日を切っている。
まぁ、彼は最短については言及していないので微妙なところではあるのだが、そもそもこのケースであれば、最短日時を予測してそれに合わせて動くべきであるのだ。
冷静に状況を判断している相談役は、事前に答えを知っている点を差し引いても、息子の言動に一々引っ掛かりを覚える。
彼は後継ぎに教育を施し、厳しく鍛えたつもりであった。が、何処かに親の欲目、甘さが入り込んでいたのであろうことを痛感していた。
客観的に言えば、相談役がルウィンの真の実力を見誤ったのは、嫡男への周囲の人間からの評価が、非常に高かったことにも原因はある。
そうした評価を散々聞かされていた彼にのみ、責任を問うのは少々酷な面もありはするのだけれど。
「はい。三大公爵家はテニューズ家とヤルホス家が、急遽当主交代の手続きに入りました。新王が即位するタイミングより先に、新当主へ引継ぎを終えるのでしょう。両家とも次期当主とされていた人物がそのまま当主となりますので、彼らが王位に就く可能性はありません。カストル家はあり得ませんので除外。要は、王となる人物は、公爵家の人間以外なのが確実なのです。そうした前提で情報収集をした結果、王宮の文官に『成り上がりの欠陥貴族』という言葉を漏らした者がおります」
「その言葉が示す人物は、ファーミルス王国広しと言えど、ゴーズ卿しかおらんな」
「はい。王都で情報を集めている我々も同じ結論です」
終盤に入ったであろう報告に対する、ルウィンの発言を聞きながら、相談役を務める老人は考えを纏めていた。
報告者が下がった後、息子に何を話すべきかを。
「では、まず間違いなかろう。テニューズ公とヤルホス公が、次代に当主権限を譲ったのも頷ける話だ。魔力量0の男の臣下として、こうべを垂れるのも、直接命令されて動くのも嫌なわけだ」
「そうした内心は、私にはわかりかねます。報告としては以上となります」
「ああ、ありがとう。今夜はゆるりと身体を休めると良い。食事も別室に用意されているはずだ。下がって良いぞ」
この時、ルウィン的には、相談役から最後まで口を出されることなく話を終えることができたため、「今宵の対応への自己採点は満点で良い」と内心で自画自賛していた。
勿論、そんな妄想はぶっ壊される運命にしかないのだけれど。
「そうかそうか。義弟が国王となるのか。これでシス家の未来は明るいな」
無言のままの父の姿に安心したルウィンは、楽し気に呟いた。
その言葉が、最後の一押しになる失言であるとも気づかずに。
「ルウィン」
重苦しい声音で、シス家の相談役は現当主の名を呼んだ。
「どうされました? 父上。急に険しい表情になられたように感じられますが。何かございましたか?」
「私のところへ、ゴーズ家から書簡が届いている。内容は、彼の家のライガと婚約しているお前の娘を王都へ住まわせる準備の要請だ」
「あの、それは一体」
父からの予想もしない情報に、ルウィンは戸惑いつつも、なんとか詳細を確認しようと声を上げる。
彼からすれば、幼い娘を王都に住まわせる予定などなかったのだから当然だ。
付け加えると、「正妻や他の子供たちを王都へ同行させるのか否か?」の判断も必要となる。
もし、ライガと婚約している娘のみを王都に住まわせるのであれば、それは彼女だけが両親と引き離されることを意味するからだ。
そもそも、彼はそうしなければならない事情に、まだ理解が及んでいなかったりもするのである。
「先ほどの報告の話との繋がりでわからんか? 将来的に、ライガが戴冠する。お前の娘は王太子妃を経て王妃になる。その教育を受けるための準備だな」
「娘は、国母の役を担うレベルの魔力量ではないと思うのですが」
険しい表情のまま、淡々と説明をする相談役に、ルウィンは寒さを感じ取る。
それはそれとして、自身の娘が魔力量的に未来の王妃となるにはあまりにも相応しくない点を、貴族の常識的な判断として述べる。
立場に見合わない魔力量の持ち主では、王妃としての執務に悪影響が出るのは避けられないからだ。
「そこは問題ない。最低限必要な王族級の基準には届いているからな。ライガの魔力量は、クーガに劣るものではないそうだ。この意味はわかるな?」
娘の夫になる人物の魔力量が飛び抜けて多いのならば、生まれて来る子の魔力量の心配はない。
そういった意味で、問題がないのは理解できる。
だが、問題はそこだけではない。
保有魔力量が人の価値を決めるこの国に置いて、王妃として振る舞うには相応に高い魔力量が必要なのだ。
彼の娘の魔力量は、確かにギリギリ王族級のラインには届いている。
けれども、王都にはそれを上回る魔力量を持つ女性が、それなりの数で存在するのだ。
ルウィンは自身の娘が将来苦労するのがわかるだけに、嫁に出すのを躊躇う気持ちがあるのである。
それ故に、今の状況に反発心を覚える。
娶る側が、彼の娘の歩むであろう苦難の道に、想像が及んでいないとは考えられないからだ。
そうであるなら、自身に直接話し合いの場を設ける意思を示して来るのが筋と言うものだ。
ゴーズ家の爵位が上であることを加味しても、ゴーズ卿が出向いて来るべき案件。
百歩譲ったとしても、ルウィンをトランザ村へ呼び出して話し合うのが貴族の常識、或いは良識となる。
つまるところ、彼が父から説明されている現在の状況は、常軌を逸しているのである。
もっともそれは、「彼の持つ常識に照らし合わせれば」の話でしかないけれども。
「意味はわかりますが。このような重要な話を書簡で、ですか。王都ほどに距離が離れているならともかく、トランザ村とここであれば、会って話をするべき案件なのでは? しかも、私ではなく、父上にそれを届けるのは」
「どうして、そうなったか!」
シス家の前当主は、もう苛立ちを隠さなくなっていた。
彼はルウィンの発言の途中で、一喝するように理解度を問う。
「ゴーズ卿に距離を置かれているのだと思われますが、その原因には心当たりがありません」
「そうか。お前は、ゴーズ家からの信頼がないのだよ。それがわからないか。サエバ領ゴーズ村の地から、お前を支える弟。その補佐役から、再三『ゴーズ家と懇意の付き合いを心掛けてくれ』とも言われているはずだが。残念だ」
「『懇意に』と言われましても、何をすれば良かったのです? 通商路の便宜は図っています。ゴーズ領に繋がる道路の整備も最優先で」
言い掛けたルウィンの言葉。
今度は相談役の待ったを掛ける、手の平を向けられる仕種によって止まる。
「通商路として使用される主要道路の整備を主導したのは、お前ではない。完成まで漕ぎ着けたわけではないが、工事の大半を担ったのはラトリートたちだ」
「工事費を負担したのはシス家ですけれど」
「そうだな。私が当主だった時の決定に従ってな」
ラトリートが過去のやらかしの罰の一環として整備に従事していた地域は、当初の予定通りシス家次男のサエバ伯爵が統治するサエバ領に組み入れられている。
彼の領地は北部辺境伯領とゴーズ領の間にまたがり、ゴーズ領に接しているため、ゴーズ家にとっての通商の要地となっている。
道が快適に、無料で使えるとなれば、行商隊の規模も大きくなるのである。
話が脇へと逸れたが、ゴーズ家はシス家が金を出してサエバ領の整備を進めたことで、恩恵を受けているのは紛れもない事実だ。
が、ここでの問題は、それを行ったのはルウィンではない点なのだ。
シス家の当主は、家と家での関係の他に、個人的な部分でも親密にならねば意味がないことに、遅まきながら気づいた。
実際、相談役である父は、ゴーズ卿と個人としての強い繋がりを持っている。
彼はそれを、シス家がゴーズ家との間に持つ家同士の強固な繋がりだと誤認していたのであった。
そんなこんなのなんやかんやで、相談役によるルウィンへの説教が続けられた後、北部辺境伯の地位にある男は内心で決断していた。
父に見限られる前に、弟と立場を入れ替えることを。
そして、決断した以上は、彼は即座に動く。
片や彼の父親は、最悪の事態に至れば彼の決断に近い方法を検討するつもりであったが、現段階ではきついお灸をすえて反省を促すだけのつもりであった。
シス家の父と子の思惑は、どこまでも微妙にすれ違っていたのである。
「えー。北部辺境伯から急使が来ました。ライガの婚約者をサエバ伯爵の養女に出して、伯爵に辺境伯家の当主を任せる。彼自身は、サエバ伯爵となってサエバ領の統治と辺境伯の補佐を行うそうです。なんでこうなった?」
ラックは夕食会の終盤に、困惑した表情のまま、届いたばかりの情報を女性陣に伝えた。
この日は話し合うべきことが多く、通常より3時間ほど会が長引いていたが故に、ギリギリ間に合った情報だったりする。
時刻は、深夜と言って良い時間のやや手前となっていた。
「養父から何も聞いていないのか? 夕方に会ってきたのだろう?」
フランもまた困惑した表情でラックに問うた。
決まっていたことであるなら、知らされないはずがないと考えたからだ。
「うん。彼には僕のことを軽んじてる節があるから、『ちょっとお灸をすえる』とは聞いていた。彼の娘を将来の王妃にする件を、僕が彼に直接伝える。それをお義父さんに止められたのが関連してるんだけどね」
「そうか。ルウィンは、内心では上級侯爵のラックのことを格下扱いしていた。それもかなり低く見ていた。その点を養父に咎められ、徹底的に抉られたのだろう。で、自信を喪失したのだな。この場合は『お灸が効き過ぎた』と言うべきだろうか」
ラックの返答に、フランは推測を述べる。
彼女はシス家の長兄の為人をよく知っているため、推測は的を射ているのであるが。
「貴方。当家としては、北部辺境伯が現当主のままでも、サエバ伯爵が継いでも、特に問題はありません。個人的に好意的な分だけ、サエバ伯爵の方が色々と話はしやすいでしょうけれど。干渉されますの?」
ミシュラは夫の考えを問う。
おそらくはシス家の相談役から、なにがしかの話があること見越しての発言であった。
「いや。本人が決断したことを翻意させる気はないよ。ただね、サエバ伯爵がずっと北部辺境伯の地位にありたいとは考えない人物だと僕は知っている。新たなサエバ伯爵になる彼が成長した時、また北部辺境伯をやって貰えば良いんじゃないかな?」
「お兄様。そんなホイホイと何度も交代する役目ではありませんわよ? 北部辺境伯は、4つの辺境伯家の中で最も力を持つ家ですから、外から不安定に見られると問題があります」
ラックの気楽な発言に、リムルが待ったを掛ける。
もっとも、現状では彼女の心配は杞憂でしかない。
南部も東部も辺境伯家は立て直しに奔走中で、他の辺境伯家のことを気にする余裕などない。
西部辺境伯は、バーグ連邦を消滅させかけた伝染病への警戒態勢を緩めることができず、これまた他所にちょっかいを出せる状況にはないからだ。
「あはは。僕が国王にされてる間は、そんなことを気にする貴族が果たしてどれだけいるかな? それに、『僕が懇意にしている次男の方を信頼しているので、当主を交代して貰った』とでも言っておけば良いだろう? どうせ、ヘイトは全部僕に来るんだ。上乗せがあっても変わらない」
「そうだな。貸しを作って、新たなサエバ伯爵にはラックの地位とありがたみを思い知って貰うのが良いだろう。当人のためにもな」
ラックの言いようはこれ以上にないほどに酷いが、事実である。
エレーヌはそれを認める発言をした上で、ルウィンの成長と変化を期待する。
「けれど、夫人はどうなるの? 両者ともに第2夫人までいらしたと思うけど。彼女らは、伯爵夫人、辺境伯夫人になるつもりで嫁いでいないはず。実家の方も納得しないのでは?」
リティシアはそれぞれの妻たちへ気を配る。
特別に親しい間柄とは言えなくとも、ゴーズ村とガンダ村はお隣さんであり、面識はある。彼女が男爵の第3夫人であった時も、女性陣は礼節を保ってくれていた。
そのような女性たちがゴーズ家が原因で離縁ともなれば、彼女の寝覚めが悪くなるのは確定なのだ。
「その件の適役はアスラだ。元公爵令嬢、元王子妃、現上級侯爵の第5夫人、未来の国王の側妃。どの肩書を使っても構わない。4人の女性を離縁とかしないように説き伏せてくれ。いずれは元の地位に戻るからね。やり方は任せる」
「承知しました。でもわたくしだけではなく、フランさんにも付き添いをお願いしますわね。全員、それなりに知った仲なのでしょう?」
「ああ。仲は悪くない。大丈夫だ」
こうして、ラックは、深夜の時間帯に突入した後にも拘らず、再度義父に会って話し合いをすることになった。
もうなるようにしかならないと、半ば自棄になりつつあったのは些細なことなのである。
関与する気が全くないのに、シス家の当主交代騒動に巻き込まれたゴーズ領の領主様。「確かにことは起こったけど、コレジャナイ」としか言いようがない超能力者。この期に及んでもまだ諦めずに、王位から逃げ出す手段を独り考え続けているラックなのであった。
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