第150話
「『
王都から届いた知らせは、リムルにとって歓迎するべき内容であった。
仮に今は亡き
王族籍から抜けた元第2王子妃は、自身の息子をファーミルス王国の王にする気が微塵もない。それ故の歓迎である。
もっとも、
「どこもかしこも、子宝に恵まれている。慶事が続くね」
「そうですわね。そう言えば、ルーツ子爵の第3夫人も妊娠中だそうで。別に悪いことではありませんから良いのですけれど、確率的には異常ですわね」
リムルは簡潔に返事をしたラックに、自身も発言しながらジトっとした視線を向けた。
特にゴーズ家の当主から「なにがしかの行動をした」という報告があったわけではないし、彼女がしている推測の証拠となる物はなにもない。だが、彼女は「兄が何らかの関与をしたのではないか?」と、疑っている。
彼女が正解を知る機会はないが、その疑いは真実に迫っているのであった。
「お兄様がお惚けになるのなら、追及はしませんけれど。でも、わたくしも子を望みたい時が来たら、相談させていただきます。よろしいですわね?」
「何のことかわからない。だけど、相談には乗るよ」
「貴方。白々しい話はその辺りまでにしておいて下さいな」
横で聞いていたミシュラが、兄妹間の不毛な話を終わらせに掛かる。
朝一番で飛び込んできた情報は、トランザ村に居た3人にそのような一幕をもたらしたのだった。
120kmという長大な距離に及ぶ、長城型防壁の建造という事業に着手しているラックは、人目を避けるために昼夜が逆転する生活を続けている。
超能力者は、孤独に夜間工事だけを延々と続けていると飽きるのもあって、息抜き的な休息時に女性の受精から着床、所謂妊娠を促すための超能力の行使の練習をしていた。
これはある意味、「無免許医による人体実験的な臨床試験」と言って良い暴挙に当たるのだが、妊婦にクラスチェンジする当事者に限れば、損害を被る人間が発生していない。
付け加えると、ゴーズ家の当主が”そのような行為を行っている”という証拠は、何処にも存在していない。
つまり、他者から見れば、女性が身籠るのは「偶然」や「幸運」の一言で片付けて済むレベルの話でしかないのであった。
「実地で練習ができて、上達する。仮に万一の事態で健康被害が発生しても、僕が責任をもってコッソリ治療する。要するに皆幸せで、何処にも迷惑を掛けてないから良いよね?」
誰に聞かせるでもなくそんな独り言を呟くラックだったが、実は産婦人科的な分野を専門とする医療に携わる人々の仕事を、通常の発生確率以上に増やしているのが現実だ。
特に王宮に置いては、王妃代理が無事に出産にこぎつけるまで、宮廷医を筆頭に気を休める時がない。シーラ付きの侍女たちの負担も増大する。
ついでに言えば、シーラの息子は新たに生まれて来る子供の性別と魔力量次第で、王位継承ができなくなる可能性を秘めているため、大迷惑であるだろう。
ゴーズ家だとその辺りの事情が全く異なるため、超能力者はその点に配慮することがない。
まぁシーラの懐妊に関しては、超能力ではなく
ラックが行ったのは、彼女が妊娠済みであったのを確認しただけである。
また、ゴーズ家に直接関係する話ではないのだが、南部辺境伯領に滞在中の元第3王子を種馬として利用している女性たちにも、ラックは同様の超能力をコソコソと行使している。
これは、あまり褒められた話ではないのだが、彼が持つ元王子への私怨と、長距離移動と生活環境の悪化という負担を受け入れた女性たちへの、お詫びの意味合いも兼ねての行動。
しかしながら、こちらの場合は女性が無事懐妊した後に、少々違いが出てくる。
女性の中に平民階級のギャンブラーが含まれるため、妊娠することで魔力の中毒症が発生するからだ。
中毒症に対して、超能力者は有効な治療手段を確立していない。
そもそも、ファーミルス王国の医療自体も、その部分への対処は諦めてしまっていて匙を投げている。
そうでなければ、ギャンブルと呼ばれること自体がないわけだが。
よって、ラックには手の出しようがない状況になるため、「中毒症のリスクは当事者が覚悟の上で選択したギャンブルの結果だ」と、開き直って放置された。
もっとも、この案件では重度の悪阻のような症状に激しく苦しむ女性が発生するのは避けられなかったが、最終的に幸運に恵まれ、”母子ともに生命を脅かすような最悪の事態に陥るケースは一件もなかった”という結果に終わる。
ゴーズ家の当主は名前が名前なだけに、こういった時に運が強いのであろう。
そんな状況とは別に、時が流れていれば南の大陸でも事態が動く。
とは言っても、「事件が起こる」という類の話ではなく、単に技術習得のために出した人材が一人前になり、アナハイ村へと順次配属されただけなのだが。
但し、この時、スティキー皇国にとっては予想外で余り嬉しくない、逆にゴーズ家にとっては棚ぼたで美味しい動きもあったのである。
ゴーズ領から技術習得のために出された人材は、領内の事情から性別の比率がかなり女性側に偏っていた。
そして、スティキー皇国の技術を伝える側は、男性が主体であった。
しかも、皇国の技術者たちは、何故か500未満ではあるものの、”魔力持ちの人材のオンパレードだった”というおまけまで付いていた。
皇国では「全く価値がない」と言って良い保有魔力量は、ゴーズ領から派遣された人材の視点に立つと話が変わる。それは、「極めて優良な恋愛対象」と見なす材料の1つだったのである。
結果的に、ゴーズ家と皇国間で結ばれた約束事により、”スティキー皇国では今後、飛行機や飛行船の製造、運用、研究が禁止される”という状況も手伝って、なんと皇国側の関係者全員が”自主的に”アナハイ村への移住を希望した。
彼ら的には、「里帰りが自由にできない外国への移住」という、本来ならば極めて不利益な条件がガッツリと付く案件だったはずなのだ。
しかしながら、その不利益は「そんなの、身内丸ごと移住してしまえば良いじゃない!」の一言で片付けられた。
ゴーズ領には、「元々、ファーミルス王国以外の出身の住民が溢れている」という事実が、技術習得に出向いた人材から伝わったのも大きい。
そもそもが、スティキー皇国に派遣された人材には、カツーレツ王国やヒイズル王国の住民”だった”人間が多数混じっているのである。
つまるところ、ラックたちゴーズ家の上層部が、微塵も意図していない情報漏れという事態の発生。すなわち、ファーミルス王国ゴーズ領の、そうした軍事機密でも国家的秘密でもなんでもないありふれた情報の流出は、必然であったのだ。
斯くして、アナハイ村の住民は、たった7人から1500人を超える規模へと膨れ上がった。
現状のアナハイ村は、ファーミルス王国に登録されている正式な開拓地ではない。
それ故に、法的な部分は一応ゴーズ家ルールで王国法に準ずる形となっているが、一部独自運用となった。
具体的には、ドクが名ばかりの長となり、それを初期メンバーの船長たち3人とその息子たち3人が支えて、村を運営する実務を分担する。
実務の負担割合は全体の約1割を船長たちが受け持ち、残りは全て息子たちに振られた。
このような経緯で、ゴーズ領初の正式な女性の長が誕生したのである。
但し、”実務はしない”という名ばかりの長であるけれども。
「甥っ子さん。アナハイ村の長として依頼があるの。南のゴーズ領への直通路を設置して頂戴」
ドミニクのラックへの無茶振りは、今に始まった話ではない。
だが、今回の要望は超能力者にとって、簡単に受け入れられるものではなかった。
アナハイ村の存在は、ファーミルス王国で飛行機か飛行船の製造と運用が可能になるまでの間、ゴーズ家の切り札になるからである。
「うーん。物資のやり取り用の北回り航路が運用開始されているよね? ルバラ湖の湖上での定期便を確立しただけじゃだめなのか? それだけじゃ足りないのかな?」
アナハイ村の住民が大幅に増えたことで、物資の輸送をラックの超能力のみに頼るのは問題があり過ぎた。
そこで例によって例の如く、ゴーズ家の当主から解決策を求められた夕食会の女性陣は、巨大な港を整備したサイコフレー村と、ルバラ湖の湖面の利用に着目する。
幸いなことに、サイコフレー村の東に接している広大な淡水湖であるルバラ湖は、カツーレツ王国、マークツウ王国、ヒイズル王国、アイズ聖教国といった国々が消滅し、東岸以東に住んで湖を利用する人間が居なくなっている。
また、東部辺境伯領は北側でルバラ湖に接している部分があるにはあるが、切り立った
要はアナハイ村からやや北東に飛行船の進路を向け、その後南下することで、他者に見られることなくルバラ湖の湖面上で密貿易の真似事が可能になったのである。
サイコフレー村の港から物資を積み込んで出港した船と、アナハイ村から飛来する飛行船は、沿岸部から視認が不可能なほどに離れた位置で合流し、ひっそりと荷の受け渡しを行う。
これが解決策として提案され、細部を
そして、荷の受け渡しを行う際に、書簡のやり取りという形で、双方向での情報伝達が可能となっている。
ラックの視点だと、アナハイ村側からの連絡手段が全くなかった以前に比べれば、現状は格段の進歩である。
また、移住希望者の受け入れの際に全員を接触テレパスで確認しているため、危険分子は排除されているはずだが、人の心は「うつろうことがない」と断言できるような物ではない。
彼の地にのみある航空兵器を手に、反逆、反乱を企てられては堪らない。
人の交流と言うか接触と言うかは、情報流出の危険の問題も込みで、最低限に抑えておきたいのが超能力者の本音だ。
もっとも、アナハイ村は物資の消費のみをする軍事基地的性格と、兵器製造工場という特色を持っているため、反乱を企てると食料の調達で詰む可能性が高いのだが。
「緊急時の情報伝達手段が欲しいのよ。一応、『超高空から指向性のある強力な発光信号を使う』という案も出たけれど、それでは天候に左右されるわ。確実な手段が必要なの」
そんなこんなのなんやかんやで、両者間で喧々諤々の話し合いが続けられた結果、特別製の魔道車と、ラーカイラ村へ繋がる専用の大深度地下道が作られることが決定した。
製造予定の特別製の魔道車は、使用者登録が当面はドクと船長たち3人のみとされたのである。
ちなみに、その魔道車は大深度の地下環境で安全に運用できる性能が求められる。
具体的には、耐熱、耐水、密閉性に加えて72時間程度は無補給で稼働し、内部の人間が生きられる酸素を積む。
現代の日本人に理解しやすい比喩的表現を用いるならば、超小型の潜水艦に車輪が付いて走れるようになっている水陸両用車を想像すると
「と、言うわけで、直通道路の件を独断で決定したのはごめんなさいって話なんだけどね」
今日も今日とて、ラックは夕食会で報告すべきことを報告する。
なんだかんだと、これのおかげで情報共有がなされ、家内の和が乱れない効果が発揮されているのは確かなのである。
「アナハイ村からこちらへ来るのは、その専用車を使う方法で良いとして、こちらからアナハイ村へ向かう手段を用意しないのはどうして?」
リティシアが疑問を投げ掛けてくる。
「こちらからアナハイ村へ緊急連絡をしたい場合は、ラーカイラ村から専用信号弾を打ち上げれば済むという点が1つ。それと、こちら側の人間を、アナハイ村へ入れないためだね。『もし、移動手段を用意して、王国の徴税官とかに見つけられたら不味いことになる』ってのがドクの見解だ。僕もそれに同意してる。地下道は車が1台通れる大きさでしか作らないから、出入り口を隠すのはそんなに難しくはないはず。仮にそれを見つけられても移動手段がなければ利用できないって寸法だよ。聞かれたら『試掘して放置されている坑道です』とでも言えば良いしね」
ラックは、設置予定の地下道を500m超の地下深いところに通すつもりでいる。
もし、通常の魔道車で侵入したならば、高温と酸欠に見舞われて引き返すか、無理して進めば死亡するのがオチだ。
運が悪ければ出水で溺れる可能性もあるし、噴き出す熱湯を直接浴びれば死ぬ可能性もある。有毒ガスの発生もあり得るのだ。
超能力者が勝手に利用しまくっている大深度の地下は、本来、人が利用できる環境ではないのである。
「ま、ドクはドクで思い立った時に、機動騎士関連の急な注文のねじ込みをするのが目的だろうし、船長たちの本音はラックに自主的に会いに来ることだろうよ」
エレーヌは「主目的が違うだろう」と言外に言って話を終わらせた。
子を持つ母となる予定の彼女は、精神的に余裕があるのだろう。
そんな流れで、事後報告への反対意見は特になく、この案件は着工されるのが夕食会で無事に了承されたのである。
こうして、ラックは延々と続く土木工事の傍らで、貴族クラスの魔力を持つ赤子を、子を望む女性の一部に運んで行くコウノトリのような役目を熟した。
対象となる女性を恣意的に選んではいるものの、ファーミルス王国という大きな視点で見れば、これは国益にかなう英雄的行動だ。
外部に知られたらただでは済まない秘密であるのは、些細なことなのである。
私怨がいっぱいのもう1人である東部辺境伯の元次男へは、「塔に居るだけで十分酷い目にあっているはずだ」と、考えて何もしていないゴーズ領の領主様。「今作っている防壁内に閉じ込められた魔獣の駆除は、後回しで構わない」と、嘯きながら作業を続ける超能力者。存在だけは知っている、ファーミルス王国の南西に位置していたもう1つの
◇◇◇お知らせ◇◇◇
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、この作品の次話投稿予定は近況ノートでお知らせしています。
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