第149話
「実家である当家に何の打診も根回しもなく、『娘とルーツ子爵との婚姻手続きが行われた』だと?」
東部辺境伯領にあるバスクオ家当主の実母の実家の子爵家では、届けられた情報に当主が激怒していた。
彼としては、もう1人のバスクオ家の妻だった女性に、バスクオ領の全てを背負わせ、娘を己の手駒として自家に戻らせる算段であったからだ。
ちなみに、ルーツ子爵とはサエバ姓から家名を変更したラトリートのことである。
彼は、シス家の次男がサエバ伯爵となった時に、サエバ姓からルーツ姓へと家名を変更していた。
「はい。一応、当主交代手続きの訴えを起こせる件をお伝えしたのですが、鼻で笑われてしまいました。『今更何を? 私を切り捨てた家が、ルーツ子爵家の第3夫人以上の条件の良い嫁ぎ先を用意できるとでも言うの?』だそうです」
情報の取り纏めを行った子爵家の家宰は、使者の役目を果たした報告者の忌憚のない発言に対して「もう少し言葉を選べ」と、ある意味で理不尽な考えを持っていた。
「旦那様。決まってしまったことは仕方がありません。今後、如何に現状を利用するかを考えましょう」
「それはその通りだ。しかしな、悔しいではないか。あの家の娘は実家に戻されたというのに。それに、今のバスクオ家が貧乏くじであるのは事実だが、将来もそうと決まっているわけではない。美味しい領地に化けることも可能性としてはある。そうなった時、私の孫が成人する前ならば、あの家が子供の遺伝子検査をして当主交代を申し出てくることもあり得るのだぞ?」
「それに対抗する手立て。ルーツ子爵や後ろ盾のシス家が、事前に準備するのを怠るとは思えません。が、気になるのであれば、忠告をしておくのがよろしいかと考えます。ですが、当家からお嬢様に出した使者が持ち込んだ情報は、ルーツ子爵に知られていると考えた方がよろしいでしょう。ですので、忠告すれば『なんだその手の平返しは!』と怒鳴りつけられて怒りを買うかもしれません」
家宰の推測は正しい。
そもそも、北部辺境伯が動いたのは、自家の既得権益化しているバスクオ領に妙な横槍を入れさせないのが目的なのである。
よって、彼らがこの時点では内容を知るはずもないが、その部分への対策はきっちりされているのが当然であった。
シス家の前当主の薫陶を受けているルウィンは、バスクオ家への援助として資金を貸し付けている。
そして、当然だがそこには条件が付いているのだ。
現当主がバスクオ領の領主、或いは代官となり、ルーツ子爵家の娘を正妻として迎え入れることが貸し付け条件に入れられていた。
但し、貸し付けた資金は両者の婚姻が成立した時点で、シス家からの祝い金扱いで相殺されて棒引きとなる。だが、逆にそれが守られない場合は、違約金と利子を含んで元金の20倍を即時一括返済することになっている。
また、バスクオ家の現当主が成人前に亡くなった場合は、ルーツ子爵にバスクオ領の全ての権利が移行することが担保とされていた。
これは、傍から見ると、一見すれば、子爵は後見している現当主を暗殺するほうが良いように考えられなくもない条件。しかしながら、ルーツ家の後ろ盾になっているシス家の、北部地域での役割というか立ち位置がそれを否定する。
要は、北部地域で北部辺境伯家の傘下にまだ組み入れられていない貴族家から、もしも今回の案件で暗殺の疑惑を持たれたならば、その時点で彼の家の信用は地に落ちるのだ。
シス家は一時の小さな利益のために、そのような愚かなことをするはずがない。
そしてこの条件は、実質的には「疑惑を持たれないように、現当主を守り抜く!」という宣言でもあるのである。
「『かもしれない』ではなく、間違いなく怒りを買うだろうな。なので下手な忠告はしない。だが、『実家の当家を今後は良しなに』程度の挨拶と、結婚祝いの品を贈るくらいはしておくべきだろう。当家で品種改良に成功したサトウダイコンの種が良いな。寒冷地でも栽培できるはずだ」
当主の言うサトウダイコンは、品種改良に成功したとはいえ、糖分での換算で約1%の増加と、やや病害虫に強くなった程度の成果でしかない。だが、従来の品種よりは改良されていて勝っているのも事実である。
しかしながら、新たな品種としてお披露目をした東部辺境伯の領内では、「たかがその程度で大きな顔をするな」と、言われてしまった品。それだけに、外部へ出しても文句を言われる筋合いがないのも良い点だったりする。
まぁ、この決断が後々になって色々と影響を及ぼすのだが、未来予知が不可能な人の身であるからには仕方のないことだったのであろう。
そんな一幕が、東部辺境伯領の一角で起こっていたのであった。
「婿殿。物は相談なのだが」
ラックは孫のルイザとの祖父としての交流を終えたシス家の前当主から、話を振られていた。
場所はフリーダ村の代官用の館の一室であり、彼らは超能力者のテレポートでやって来ている。
旧フリーダ領は、フリーダ家の血筋が途絶えて現在も代官が不在なため、ガンダ家の直轄地として、フランが代官の執務を取り仕切っている状態のままだ。
「何でしょう? お義父さんにそう改まって来られると少し怖いですね」
「バスクオ家に関連しての話なのだがな、最終的に、寄親としてルーツ子爵家を立て、彼の家を”寄子であり永代継承権を持つ代官”という形にしたいと考えている」
「そうしていただけると、ゴーズ領としても隣接する領地が友好的な領主で固められて助かりますね」
現在のバスクオ家は筆頭後見人がシス家の
実際には、隣接している領地間で仲が悪いケースはざらにある。
北部地域は助け合いが必要なために、比較的マシな傾向ではあるのだけれど。
「うむ。だが、問題はラトリートの直轄地だ。バスクオ領はゴーズ家の旧ビグザ領の西側に騎士爵領1つ分と、ゴーズ領アウド村の西側に騎士爵領2つ分が並んでいる。実は、その更に西隣の騎士爵が北部辺境伯軍へ就職する。で、シス家へ領地を譲り渡すことが決まった。その南側の騎士爵領も同じ状況でな。その2つを、ラトリートのルーツ家に任せても良いのだが、直轄地が騎士爵領2つ分しかない子爵家だと、騎士爵領3つ分を領地としている男爵家を従えるのは外聞が悪い」
「他に空きのある騎士爵領がない。つまり、北側の魔獣の領域へ手を伸ばすしかないわけですね」
ラックの言葉に頷いて肯定の仕種を示した後、シス家の前当主は更に話を続ける。
「バスクオ領は元々、旧ビグザ領に隣接している地の開発がほとんど進んでおらん。そして、本拠となるアウド村の隣のバスクオ村のある地は、先頃の魔獣被害で大打撃を受け、荒れている。それ故にルーツ家に任せるつもりだった2つの騎士爵領と領地交換が可能なのだ」
「つまり、現在のバスクオ村のある地の北側を開拓する。それが本題ですね?」
「以前、ゴーズ家は今後北へ領地の拡大を目指すと聞いたからの。西へ手を伸ばす気がないのならばそこを”短期間で”開拓したい」
ここまで来れば、超能力者にも”何をどうして欲しいのか?”が概ね理解できる。
そして、本来ならば魔獣の領域の開拓は簡単な事業ではないため、改まった態度で話を切り出されたのも納得してしまう。
「わかりました。実は、サイコフレー村、ラーカイラ村の北の地に長城型防壁は粗方完成していましてね。これからアウド村の北の地へ西に向かって伸ばす予定だったのです。計画を拡大して、更に60km西へ。西端から南へ30km。騎士爵領2つ分でよろしいですか?」
「話が早くて助かる。で、対価なのだが。金銭での支払いで良いか? 相場がある物ではないから、金額の相談をしたい」
「なるほど。『今回は、シス家との関係性をベースに、隣接地でゴーズ家にもメリットがあるからお受けする』と、外向けにはそういう体裁にしておきたいですね。要は対価で金銭を支払えば、当家に依頼できると他所に受け止められると困るのですよ。ですので、他所がおいそれとは出せない条件が良いですね。何かありませんか?」
ラックとしては、ヒイズル王国というあまり思い出したくない非常に悪い前例があるため、”お金で請け負う仕事である”と他家に認識されては困る。
これは超能力者にしか不可能な事業でもあるため、将来的にも気軽に依頼できない状況を作り出しておくのは必須であるのだ。
それ故の問題提起であった。
「そうか。となると、一番簡単なのは婚姻か。魔力量16万の娘がサエバ家に生まれている。年回り的にはゴーズ家の次々代の当主となるであろうエドガと釣り合うな。むろん、相手がクーガやライガでも構わない。が、既存の婚約との兼ね合いもあるでな。勿論これは私の一存で決められる話ではない。が、打診すればまず間違いなく歓迎されるだろう。婚姻時にシス家から出す祝い金に色を付ける形で、金銭面でも少し足せる」
「良いですね。ただ、正妻の座の確約はできませんがそれでもよろしいのでしょうか?」
ラックの初孫であり、クーガの息子であるエドガは、
「サエバ伯爵家としては上位の家に嫁がせることになるので、妻の序列が魔力量で逆転するような事態とならなければ問題はないだろうよ。ま、家格の面も加味しておかしなことにならなければ、納得するだろう。さすがに第4夫人以降だと不満が出るかもしれんがな」
ラックの意向としても、自家の子供たちを外に出す気はないため、入り婿として欲しいという話は論外になる。
よって、「娘をゴーズ家に嫁がせたい」という話の受け入れを、条件次第で検討する状況になるのが確定だ。
また、「子を授かったら実家へ養子に出して欲しい」という条件付きで嫁いでくる娘は、可能な限り避けたい。
これはラックの息子に限った話ではなく、娘の場合も同様だ。
要は、超能力者の子供は全員が半端なく潤沢な魔力量の持ち主であるために、直系の血縁者を外に出したくないのである。
そんなこんなのなんやかんやで、素案が纏まれば両者の動きは早い。ラックに北部辺境伯領へ送り届けて貰った相談役は、自身の息子たちへ話を付けるために動き出す。
ゴーズ家の当主は夕食会の前に、ミシュラからの内諾を得るのだった。
「えー。というわけで、エドガに新たな婚約の話が出ています。但し、これはゴーズ家に今生まれている男子が、クーガ、ライガ、エドガの3人しかいないために消去法で決まったという経緯があります。ですので、今後男子が増えた場合、相手が変更になる可能性はあるってことで」
ラックは恒例の夕食会で報告をし、妻たちと妹の様子を観察していた。
多少なりとも表情に感情の変化が感じられるのは、妹のリムルである。
彼女は王子妃の立場から解放されたことで、感情を隠すのを状況によって使い分けるようになっていた。
そして、ゴーズ家の夕食会という場では、むしろ感情を露わにするほうが好まれるのを学んでいたのである。
「エドガ君と婚約中のわたくしに事前の打診がなかったのは少々クル物がありますが、当主権限の話ですからそれは置いておきますわね。それに、まだ確定ではありませんしね。ですが、その領地を囲む防壁の建造は、そんな簡単に請け負って大丈夫なのですか?」
「そうか。リムルはゴーズ領の長城型防壁が”どのように作られているか?”の知識がないのだな」
リムルの言葉に、リティシアが納得するように発言をした。
彼女もまた、ガンダ領やトランザ村での防壁が作られた時に驚いた経験を持つからだ。
「あれは、建設作業中に現場を見ることは叶わないが、防壁の設置前と設置後の現地を見て、設置に必要な期間を知らねば理解することが難しいぞ。私などは、知っていて理解しているはずでも、あり得ないと理性が暴れる代物だ」
そこへ更にフランが説明を足す。リティシアとエレーヌはそれに頷くが、後発でゴーズ家に加わったアスラとリムルの2人は実感がないために蚊帳の外だ。
そして、ミゲラは未だに夕食会への参加が認められていないために不在だったりする。
「その、普通に考えれば、機動騎士で魔獣の領域の魔獣を排除しつつ建造するのではないのですか? 領地の一大事業だと思うのですけれど」
「普通に考えればそうなるな。だが、ゴーズ家の常識だとそれは違う。質問したアスラに問おう。サイコフレー村とラーカイラ村の北の魔獣の領域には、長城型防壁が既に設置されているんだ。いつ、誰が、どうやって設置したのだと思う?」
問われてアスラは気づいた。そもそも、そのような事業に着手しているという話はこれまでになかった気がする。
覚えているのは、「将来的に北側へ領地を拡大する予定で、手が空いた時に準備に入る」という話だけだ。
この「手が空いている時に準備に入る」が意味するところを彼女が理解していなかっただけの話なのだが、ここまで話が進んでもそれに気づくことはない。
「わかりません。領地の一大事業ならば、わたくしやリムルにも最上級機動騎士を使っての助力の要請がないのは不自然な気がしますし」
「まさか。お兄様。魔獣を間引きながら、1人で建造されているのですか?」
あり得ないと思いつつも、それしかない答えを導き出したリムルは、確認をする。
「うん。僕が全てを行っている。ついでに言えば、作業に着手したのはバーグ連邦から僕が戻った後からだよ」
「えっ? 死病級の伝染病の蔓延る地で、一体何をしていらしたの?」
「そうか。リムルはそれも知らないのだったな。ラックはあの死病の治療法を確立している唯一の人間だ。そして、バーグ連邦を丸ごと救っている。その伝染病は既に根絶されているよ。これはゴーズ家の秘密なので、外部には漏らすなよ」
リムルは、”兄が常人にはない特別な力を持っていること”を理解していたはずだった。
少なくとも本人の認識ではそうであった。
しかしながら、今回フランから突き付けられた現実は、彼女の想定の遥か上を征く。
要は、超能力者の実力が想像することすら困難な代物なのを、彼女が強制的に理解させられた瞬間である。
アスラにしても、伝染病についてはともかく、長城型防壁の件では同じだ。
こうして、ラックはアスラとリムルに自身が持つ力の一端を知らしめ、エドガの婚約の話を纏めた。
もっとも、ゴーズ家はこの後1年以内に出産ラッシュを控えており、新たに男子を授かることで事態が動く可能性はそこそこ高いのだが。
時間差でミゲラと飛行船の船長たち以外の妻全員を、何気に妊婦にしているゴーズ領の領主様。影でコソコソとヤルことはヤッている超能力者。妹から「貴族女性の妊娠率は低いはずなのに一体どうなっているの?」という目で見られているのには、未だに気づいていないラックなのであった。
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