第148話

「『カストル家から離縁と絶縁の話がきた』だと?」

 

 西部辺境伯家は、カストル家現当主の後見人から届けられた書簡の内容が家内で周知され、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 端的に言えば、カストル家から持ち込まれた話が実現すると、婚姻時の密約が破棄される内容となっており、辺境伯家としては単純に困るからだ。

 冒頭の発言は、まだ存命の前当主のものであり、現当主が相談を持ち掛けたために出たものであった。




 西部辺境伯家の現当主の保有魔力量は20万であり、次期当主となる予定の嫡男は18万の魔力量でしかない。

 実はこの家は5代ほど続けて、辺境伯の基準からすると「当たり」と言われる王族級の最低基準魔力量30万に届く高魔力の人材が輩出されていなかった。

 それが他家に知られているために、婚姻政策が上手く行かない悪循環に陥っていたのであった。


 カストル公爵家に第3夫人として西部辺境伯家の女性が嫁ぐことができたのは、男子に恵まれない公爵家当主が新たな妻を求める条件に合致していたから。

 公爵の正妻がまだ出産不可能な年齢には達していなかったため、その座を脅かすような魔力量の持ち主だと、当時のカストル公爵は受け入れられなかった。

 だが、逆に言えば、その点がクリアできる女性ならば、喉から手が出るほどに欲していたのがカストル家の実情である。


 仮定の話として、両者が男子を授かったケースだと、確率的には正妻の子の方が魔力量は高くなる。

 むろん、第3夫人のみが男子を授かれば正妻交代の可能性はあるわけだが、その点については、後継者の男子を授かっていない家で正妻が反対することはできない。

 そもそも、第2夫人という存在が既にある以上、何をか言わんやの話ですらあるのだ。

 そうした事情が絡み合って、カストル公爵が妥協できる範囲に当てはまる女性は彼女しかいなかった。


 しかしながら、嫁を出す西部辺境伯側にもメリットがなければ、婚姻の話は成立しない。

 それ故に、密約が結ばれることで成立した案件だったりする。


 結ばれた密約とはどんなものだったのか?


 西部とは仲が良くない南部辺境伯領出身の正妻以外から、高魔力の娘が生まれた場合、2名までは西部辺境伯家に嫁がせるか、もしくは養女として出して貰う。

 そうした前提の元に「優先権を得る」というのが、密約の内容であった。

 そしてそれは、当主が代替わりしても有効なのである。

 冒頭のような話にならない限りは。


「まだ、確定の話にはなっていません。が、『嫡男を産んだ正妻に礼を欠くような、分をわきまえない第3夫人は要らない』というのは、至極当然の主張です。カストル家の当主交代が済んでいる以上、現在の第3夫人は当主の妻という立場ではありませんし、既に子を授かる可能性のない年齢に達しているので、どうしても家に留めたい存在ではないのでしょう」


「そうか。元々は当家が魔力量の先細りの懸念を払拭ふっしょくしたいのもあって、カストル公爵の求めに応じたのがことの始まりだ。良い結果が出なかったのは事実だが、だからと言って安易に契約を破棄すれば、今後のカストル家の信用が下がる。今回は当家から嫁いだ女性に原因があるとしてもだ。よって、手打ちにしたいのが彼の家の本音だろう。条件の打診もあったのではないか?」


「はい。機動騎士と金銭です。使い込んでいる機体で構わないので、中級1機、下級1機、下級の10年分の維持費相当の金銭。出せなくはないですね」


「それはまた妙な条件を出して来たものだな。まぁ良い。幸い、バーグ連邦が向こう20年は無警戒でも大丈夫なほどに国力を落としている。スピッツア帝国も先頃の南進の失敗で、10年以上は無茶なことはできんだろう。それだけの時間的猶予があれば、回復できない損失ではない。お前の考えはどうだ?」


「そうですね。では、古い機体から見繕って、下級の”20年分”の維持費を付けて出しましょう」


「ふむ。良い線だな。あの家の正妻に繰り上がったロディアは、まだ子を授かる可能性がある。もし、それが娘であるなら、当主になったメインハルトの妹が当家に嫁いでくる形もあり得る」


 カストル家の前当主の第3夫人がゴーズ領でやらかした事案は、彼女の実家西部辺境伯家にこのような一幕をもたらしたのであった。




「本人は蟄居、まぁ離れでの軟禁で執務の補助を行わせるという処分で。西部辺境伯は当家の要望を丸呑みするでしょうから、あの方を実家へ帰らせて絶縁することにはならないと思われます」


 カストル家の家宰は、メインハルトの後見人を務める前当主に任されたゴーズ家との調整処理の報告を行っていた。


「ああ、それで良い。しかし、ゴーズ家は感心するほど落としどころを良くわきまえている。『自家に中級を1機、ロディアの実家には下級1機と維持費10年分を』とはな。しかも、機体の整備をカストル家で無料で請け負う形で、侯爵家に金銭自体は渡さずにこちらでプールしておく。当家の実質的な負担は、アレの身柄の管理の徹底のみで他に持ち出しがない。辺境伯家との密約の内容をおそらくロディアが明かしたのだろうが、それを元にこの素案を纏めた者が気になるところだ」


 下級機動騎士用の魔石を使用した、特別製のスーツを装着しているカストル家の前当主は、家宰が決済した報告内容に満足していた。

 第2夫人に任せた場合は苛烈な処理になることが想像に難くないため、彼に負担が増えるのを承知で調整させた案件であるだけに結果が気になっていたのだ。


 特に正妻ロディアの実家への仕儀は、完璧だと思えた。

 先に維持費を渡してしまうと、金銭面で苦しい状況から抜け出せていないあの家では、別の用途に回されることが明らかであるからだ。

 更に言えば、一度実質無償で機体を提供させた後で、見返りを渡す形になることも家同士の上下関係と貸し借りの観点から非常に良いやり方に納まっている。

 メインハルトの後見人としては「文句の付け所がない」と言えた。


「推測にはなりますが、才覚の問題で、おそらくシス家から嫁いだ第2夫人フランと、ゴーズ上級侯爵のリムルの合作ではないかと」


「なるほどな。シス家の鬼札だけでは出せない案だと思ったのだが、公爵家での教育と王子妃教育を受けて、貴族家間のバランス感覚に長けているリムルが関与していればあり得るか。受けた教育の内容的には似ているはずのアスラには、その方面の才能はない。個人の資質の差なのだろう」


 納得した様子の主へ、家宰はついでとばかりに言葉を紡ぐ。

 伝えなければならない案件は、他にも多々あるからだ。


「アスラ様に関しては、私の立場では言及致しかねます。ところで、別件なのですが気になる情報が入りました。東部辺境伯家傘下の子爵家で、バスクオ家から出戻った女性が魔力量3000の男子を出産したそうです。王都の役所には父親不明で届け出がされています。ですが、これはバスクオ家前当主の子である可能性が高いかと」


「バスクオ男爵家か。未成年の当主は、男爵家基準の2000に満たない魔力量の持ち主だったか? 『北部辺境伯シス家が特例適用の可能な魔力量を持つ妻を斡旋する』という話を、以前聞いた気がするが。あの家の現在の筆頭後見人は、シス家の三男坊ラトリートだったはず」


 いきなり振られた別の話題でも、聞き覚えがある家名が出てくれば認識に間違いがないかの確認作業を自然にしてしまう。

 家名の被りはファーミルス王国だとあまりない。が、それでも被っているケースはあるし、他の家の内情を勘違いして覚えてしまっていることもないとは言えない。

 それ故の元公爵の発言であった。


「そうですね。シス家の現当主の腹違いの弟です。問題なのは、元々が東部辺境伯の飛び地の寄子だったのが、バスクオ家の当主が病で急逝したために、都合が悪くなって手を引いた。そこに北部辺境伯が付け入った形になっているところです」


「ああ。以前に聞いたな。つまり、嫌々ながらに残留したバスクオ家現当主の母親で後見人を兼ねている女性が、嬉々として当主交代の訴えを起こす可能性が高い話で、彼の家の母子以外には迷惑千万な事案が発生しかねないと?」


 この辺の話104話から106話と110話は、過去に執務の合間の雑談的な部分で知っている内容から、2人の脳内でお互いに補完されて話をしている部分がある。

 元カストル公爵と家宰は、いつどこでどのような形で関わって来るやもしれぬ話にも、ちゃんとアンテナを張っていたのであった。


「母子についてもどうでしょう? 母親とその実家は、一時的に溜飲が下がることはあるでしょうが、実家の子爵家に子連れで戻っても居場所がないでしょうし。そもそも、当主交代が成ったとして、今の当主がバスクオ家の籍から離脱が許されるとは限りません。通常であれば息子はスペアとして残されます。子を残して母親だけが抜け出す方法はありますが」


 家宰はそこまでで言葉を切った。


 くだんの母親は子を望める若い経産婦なだけに、手持ちの機体の下級機動騎士付きで嫁ごうとすれば喜んで受け入れる家は確実にある。

 しかしながら、彼女が求められるのは、基本的に爵位が低い男爵以下の家となる。

 これでは彼女が望まなくとも、縁が切れたはずの実家の子爵家から、爵位を振りかざしてなにがしかの横槍が嫁ぎ先に入って来てしまう可能性を捨てきれない。その点はマイナスポイントになってしまう。

 勿論、これは通常ならば恥ずかしくてできない類の行動。

 だが、上の立場の貴族家とは、時と場合によるが、格下相手には手前の都合でコロコロと手の平を返す物なのである。


 また、万一バスクオ家に残した実子スペアが再度当主に繰り上がった場合には、実母の立場が揉める原因になる可能性も存在している。

 新たな当主が無事に育たない可能性は、確率的には10%以上あるのだ。それだけに、これもなくはない話になってしまう。

 もっとも、子を捨てて飛び出した女性を喜んで受け入れるような切羽詰まった家ならば、そのようなリスクは笑い飛ばして許容するのだろうけれど。

 所謂、「出たとこ勝負で、実際になってから考えよう」という思考停止なのだが。


「ゴーズ家にバスクオ家の諸々の事情を推測も含めて知らせてやれ。隣の領地のことであるし、婚姻関係にあるシス家にとっては重大な話に化けるかもしれん。恩の押し売りはしておくべきだろう?」


「そうですね。直ぐに使者を手配しておきます」


 そんな流れで、主と家宰との話は別件で更に続いたのだが、ゴーズ家やシス家に全く関係がない方向へ進むためにここでは触れられることはない。

 ゴーズ領でやらかしまくった第3夫人が帰還した後のカストル家では、このような事態が発生していたのであった。




「というわけで、ムカつく婆さんがここへ顔を出すことは未来永劫なくなりました。当家には必要魔力量3万の中級機動騎士。ロディアさんの実家には量産機で必要魔力量2000の下級機動騎士が回されることが決まりました。ぶっちゃけ、あの婆さんのアレコレは頭にきたけど、この結果が引き出せたのならば許せる範囲だと思う」


 ラックはカストル家から届いた書簡の内容を感想を交えて夕食会で報告していた。


「金銭面の話はなしにされたのか? だとしたら下級とは言え維持費でロディアの実家の持ち出しになるのでは?」


「ああ、ごめん。言い忘れてた。そっちは、西部辺境伯家が20年分に金額を上積みして払ったってさ。なので当初はカストル家で無償メンテを20年する話だったんだけど、ロディアさんの実家の他の機体全部含めてで、2年間の整備って契約で落ち着いたみたい。だから2年後に下級は売り飛ばす考えなのかもね」


 フランの疑問に、ラックは言い忘れていた部分の情報を足して行く。

 この辺りはゴーズ家には影響が出る話ではないため、最初の説明時に無意識にスルーして抜け落ちてしまったのは超能力者だけの秘密である。


「なるほど。最上級や上級の整備費用は高いからな。2年分だと足が出ているような気がするが。ま、その辺りはカストル家が譲ったということなのだろう」


「そうだろうね。それと、バスクオ家関連で不穏な話がある。前当主の正妻が逃げ出して実家に戻ったのは皆知っていると思うけど、その時点で彼女はどうも身籠っていたらしい。魔力量3000の男子が生まれているそうだよ。王都の役所への届け出は父親不明になってるみたいだけど」


「それは、北部辺境伯家に至急知らせるべき情報なのでは?」


 フランが納得したかと思えば、今度はラックのリムルが疑問を投げ掛ける。

 このように疑問や質問が飛ぶのは、単にゴーズ家の当主による説明不足や順序が悪いだけの話だったりする。しかしながら、逆にあまりにも完璧に説明できると、それはそれで”報告を聞くだけ終わる”という別の問題が発生してしまう。

 なので、実は参加者全員が、「気になる部分をその都度確認すればそれで良い」と考えていたりする。

 そのような理由で当主の力量不足が放置されているのが、ゴーズ家の特色だったりするのは些細なことなのである。


「うん。それは書簡が届いた時にミシュラから指摘されていて、もう既に義父には知らせてある。シス家の内部と、バスクオ領への伝達は義父がやってくれるそうなのでお任せしてきた」


「その話だと、東部辺境伯家が再度出張って来ることはないように聞こえるんだが」


 続いて、エレーヌがラックに疑問をぶつけて来た。

 彼女的には、父親不明で役所に届けられた時点で、産んだ母親は息子をバスクオ家の男子として扱う意思がないように感じたからだ。

 そしてそれは、実家の子爵家や寄親の東部辺境伯家の意思が反映されているのだと考えられる。

 彼女の判断は正鵠せいこくを射ていた。


「だろうね。なので、義父は現当主の実母がこの情報を知って変な気を起こす前に、彼女をフランの義弟ラトリートの第3夫人として迎えてシス家で囲い込むってさ」


 そんなこんなのなんやかんやで、カストル家の第3夫人の事後処理とバスクオ家の話が済んでこの日の夕食会は解散となる。

 最早どちらの案件も直接ゴーズ家に影響が出そうにないため、状況が動いて必要があれば対処するという話で纏まったのだった。


 こうして、ラックは最上級機動騎士の受け渡し案件の棚ぼたで、中級機動騎士を1機入手し、ロディアの実家への援護までもこなした。

 勿論、女性陣の知恵に頼った結果なのは言うまでもないのだけれど。


 バスクオ家の案件は対岸の火事と割り切って、様子見する気満々のゴーズ領の領主様。それでも一応、千里眼で東部辺境伯家を視たりはしている超能力者。肝心の暴発しそうな女性の実家がどこなのかを知らず、気にもしていないで抜けているところがあるラックなのであった。

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