第147話

「『バスクオ家から使者が来ている』ですって?」

 

 ミシュラは、あまり良い印象がない家から使者が来ている事態に驚いていた。

 現在の当主や、後見人たちが過去の事件102話から106話に直接関係しておらず、ゴーズ領に害をもたらした自覚を持たないことは承知している。だが、それでもあの家の愚行が原因で生み出された災害級魔獣のせいで、一歩間違えば彼女は命を落としていたのである。

 そのような家に、良い印象がないのは当然ではあった。

 もっとも、超能力者があの時に相応の報復攻撃を行ったであろうことを、彼女は察していたりもするが。


 それはさておき、旧ビグザ領の西側の関所からトランザ村へと急いだ伝令がもたらした情報に、ゴーズ領の領主代行が驚きのあまり口に出した言葉。

 それが冒頭の物なのだった。


「はい。機体の故障で動けなくなっている最上級機動騎士がバスクオ領内で発見され、操縦者であるカストル家の前当主の第3夫人を現地で保護しているそうです。場所は旧ビグザ領の西の関所から、ほぼ南に12km辺りとなります」


「『代替機が手配できた場合は即座に当家に送る』という話は、金銭での補償になるかもしれない連絡を受けている時点でわかっていたことです。機体を持ち込む方がそのままロディア機を回収するのも予想されていたことですから、今のカストル家で身動きのとれる第3夫人がその役割に抜擢されていてもおかしくはありません。けれども、場所がおかしいですわね」


 王都側からゴーズ領を目指す場合、最短コースを選択すれば、サエバ領から旧デンドロビウ領側の関所へ進むか、サエバ領を通過してガンダ領と接している関所を経由するかの2つのルートしかない。

 それ以外となると、旧デンドロビウ領の西側の関所を経由することもできなくはない。だが、それには峠越えが必要となるため、通常なら選択されるコースとはならないのである。

 しかしながら、バスクオ領に機体がある以上は、カストル家の前当主の第3夫人はその峠越えを選択し、何故か訪れるべき関所も通過して、さらに北上していることになる。

 ミシュラの持った疑問は、至極当然の物であった。


 それはそれとして、伝令から必要な情報を得られた以上は、ゴーズ家の正妻は対処をせねばならない。

 情報を届けてくれた家臣を下がらせ、「さてどうするか?」となったところへ、ラックが現れたりする。それもまた、ミシュラ的あるあるだったりするのだけれど。


「貴方がこちらへ戻っていらしたということは、旧ビグザ領の関所の件は済ませたということで良いのかしら?」


「うん。使者の言葉と、内心に齟齬はなかった。千里眼で確認したけど、動けなくなっている機体には、見張りでシス家の当主の弟ラトリートの中級機動騎士が張り付いている。彼はバスクオ家の筆頭後見人だからまぁ当然なのかな? ミシュラはここに残って執務を続けてくれ。あと、アスラとテレスを呼んでくれる?」


 ラックの言葉で、ミシュラは夫がどう対処するのかを悟った。

 そして、呼び出し用のベルを鳴らし、彼女は執務の続きを再開する。

 あとは、当主にお任せで良い状況となったからだ。


 そうして、アスラとテレスが揃ったところで、ラックはさらっと状況を説明し、指示を出して行く。


「機体の見張り用の交代要員として、テレスに出て貰う。アスラは使者へゴーズ家の対処を説明して貰ってから、第3夫人を乗せてここへ向かって貰う。テレス機には僕が同乗して現地に残り、人目がなくなるのを待つ。状況が許すのを待って、擱座中かくざちゅうの機体を僕が運ぶ」


 そんな流れで、アスラとテレスの機体の出撃準備が整えられると、ラックは2機を連れて使者がまだ居る関所の近くへとテレポートを敢行する。

 ちなみに、この頃の超能力者はテレポート能力の向上に気づいており、機動騎士を2機同時に運ぶことを熟すようになっていたのは些細なことなのである。


 使者へのゴーズ家の対応説明をアスラに任せて、それが済んだ後に3人は実務対応へと切り替えた。

 具体的には、アスラ機とラックが同乗するテレス機で擱座中の機体のある場所へと向かったのであった。




「使者の派遣と、機体の監視、義母の保護。色々とありがとうございます。機体の監視は当家の下級機動騎士が引き継ぎますわね。後日改めて、ゴーズ上級侯爵から謝礼の品を持った使者が出されます」


「いえ。それには及びません。過日107話のことになりますが、バスクオ領へ魔獣の集団が押し寄せた時の恩がございます故。当家としては、これで少しは借りを返せたと考えています。ですので、上級侯爵様へは『お気になさらずに』とお伝えください。では、私はこれで」


 現地到着後、アスラはラトリートの中級機動騎士に声を掛け、ゴーズ家側の対応説明を行い、義母第3夫人の身柄の引き渡しを受ける。

 テレスも含めて、過去の事件でバスクオ領の筆頭後見人とは面識があるため、この辺りの話はスムーズだ。

 ラックの人選は、このような意味もあってのことであったため、期待通りの状況となっていた。


 片やアスラから言葉を掛けられたラトリート側は、過去の絶望的な状況が激変した支援砲撃107話の件を忘れてなどいない。

 あの件は証拠がないために、”どこの家がそれを行ったのか?”は、一応うやむやのままになっている。

 だが、しかし。

 手柄をひけらかすことがなく、恩を着せにくることもなく、砲撃で掛かったはずの莫大な経費の請求すら行わない余裕のある貴族家が、ファーミルス王国内の一体どこにあるのか?

 事後に冷静になって、それを考えれば答えは直ぐに出る。

 北部の辺境のこの地において、それが可能な家は、実家の辺境伯家かゴーズ家以外にはあり得ないのだ。


 ラトリートの中では、”北部辺境伯家があの激烈な支援砲撃を行ったのではないこと”が確定している。よって、今回の案件でこの程度の便宜を図ったぐらいでは、恩があるゴーズ家から謝礼を受け取るなど恥ずかしくてできない。

 それ故の謝辞の発言。

 なんだかんだと、シス家の脳筋は様々な経験と年月を経て、成長しているのであった。




「お義母様。余所者がゴーズ領へ入るには、関所での検査を受けねばなりません。ですので、一番近い旧ビグザ領の関所へ向かいますわね」


「わかりました」


「ところで、何故あのような場所に? 機体の交換受領が目的でトランザ村を目指していたのではないのですか?」


「わたくし、これまで王都から出る機会があまりありませんでしたから。この機会に、ゴーズ領の外周をぐるりと回ってみようかと考えましたの。補充用の魔石は用意していましたが、まさか途中で動けなくなるほどの整備不良機だとは。想定外でしたわね」


 アスラの問いに、あっけらかんとした声で第3夫人は答えた。

 あまりな理由に、質問者は呆れるしかなかったが。


 アスラの視点からすると、まず、一目でわかるオンボロ機体の状況を、説明なしに送り出したと思われる家宰の対応がおかしい。

 彼女の知る家宰の如才なさを考えれば、現在起きている事態は不思議でしかなかった。

 通常であればあり得ない場所起伏のない平坦地で機体が動けなくなっていたことから、最低限の整備すら行わずに王都を出発した可能性も高い。

 一体、カストル家の内情はどうなっているのか?

 ゴーズ家の第5夫人は、そう考えるしかなかった。


 この時のアスラが知り得ない話として、今回の案件はカストル家の内部事情において、家宰と第2夫人の業務負担が過剰な状態に陥っていたのが、ことの発端となっている。

 そうした中で、当主の執務代行補助に追われた家宰が、第3夫人に完全に任せた仕事であった。

 そのため、機体の事前チェックを怠ったのは、操縦者本人の責任だったりする。

 また、彼女が任された仕事だからこそ、裁量で補充用の魔石を異常な分量で確保することができたわけなのだが。

 それに加えて、本来必要のない峠越えを自身の我が儘で敢行し、老朽機に余計な負担を掛けたという事情もある。

 バスクオ領内で早期に発見されたのは単なる偶然で、救難信号弾すら用意していない機体での擱座による遭難は、救助が遅れれば操縦者の生命の危険すらあり得た。

 はっきり言ってしまうと、今回の案件は、本人の自業自得の面が多分にあるのだった。


 そんなこんなのなんやかんやで、到着した関所で爺バージョンのラックによる尋問検査は滞りなく行われた。

 整備された道路上を進んでのトランザ村までの道程は75kmほど。

 アスラ機の移動に掛かる所要時間は、45分ぐらいであった。

 そしてその間に、擱座していた機体とテレス機は当然のように超能力者のテレポートで運ばれる。

 但し、その異常性にカストル家の第3夫人が気づくことはなかった。

 何故なら、壊れた機体の搬入先は、トランザ村ではなくアナハイ村であったからだ。


 トランザ村に戻されたテレス機は、ワンオフのカスタム機であり、本来ならばハンガーに先に戻っているのを第3夫人に見られれば、異常であるのを気づかれてもおかしくはない状況であった。だが、高魔力持ちの女性に時折見られる高慢さの表れとして、彼女が下級の機体に興味を示したりはしなかったために、そうした事態には至らなかった。


 妙なところでうっかりはあったが、運のみで躱すのがラックであるのかもしれない。




「カストル家前当主の第3夫人。それともお義母様とお呼びした方がよろしいですか? 私がゴーズ家の当主です。お帰りになる前に、一応、申し開きを聞こうじゃありませんか。まさかと思いますけれど、壊れて動かない機体と、当家で整備が行き届いているロディア機の『価値が同じだ』と主張するなんてことはありませんよね?」


 ラックは、慌てて執務室に駆け込んできた家臣から、トランザ村のハンガーに機体を戻したアスラからの伝言、「第3夫人がロディア機で帰ろうとしている」を聞き、即座に千里眼とテレポートを行使した。

 そうして、ロディア機に乗り込んでさっさとトランザ村を離れようとした第3夫人を呼び止めたのである。


「それは。でも、いつ壊れてもおかしくない老朽機だったのを、ゴーズ家は承知されていたはず」


「ええ。それも間違いじゃないですね。けれど、受け渡し場所まで持ってくるのが取引条件に入っている。ですから、当家の手で動かない機体を運ばせる状況に陥っているのは、問題になる。カストル家の瑕疵以外のなんだと仰るのですか?」


 ゴーズ家の当主は関所で第3夫人の身勝手な思考を読んでいるだけに、怒りを感じていたが故の問い詰めだった。


 関所で判明していた老女の思考とは?


 魔力量0の成り上がり当主や、男爵級下限の2000の魔力量しか持たないくせに上級侯爵の正妻であるミシュラ。

 彼女自身の魔力量を上回るくせに、欠陥貴族成り上がり当主に嫁がされた義理の娘2人ミゲラとアスラ

 後妻のくせにカストル家唯一の男子を授かって正妻に成り上がった、これまた魔力量が上のロディア。

 どいつもこいつも、見下す対象で馬鹿にしたい部分を持つ。しかも女性陣は全員が経産婦でもあるのが気に食わない。


 これが、西部辺境伯家の次女で18万の魔力量しか持たない公爵家基準の25万に届かない、生涯で子を授かることもなかった老女の、僻みと嫉妬から来ている拗らせた考えであった。


 ラックとしては、まさかトランザ村到着後に、挨拶もなしに帰ろうとするのまではさすがに読めていなかったために少々焦らされた。


 接触テレパスは便利だが、欠点も存在する。

 その場で対象者が考えていないことは、読めはしないのだ。


 まぁそれはそれとして、超能力者は義理とはいえ娘3人を娶っている婿に挨拶もせず、しかも、前カストル公爵の正妻にも会わずに済ませようとする第3夫人の礼を欠く姿勢を許す気は微塵もなかった。


「貴女、ご自分の役割と、立場を理解していますの? 正妻のわたくしやカストル家の当主であるメインハルトを無視して、機体のみを持ち帰ろうとする行為自体も大問題ですが、ゴーズ上級侯爵に挨拶もせずに帰ろうとするとは何事ですか!」


 遅れてメインハルトを連れてハンガーに駆け込んできたのは、ロディアだ。

 その横には、ゴーズ家の正妻であるミシュラも居た。


「わたくしの役割? わたくしは機体を運ぶ操縦者でしかありません。使者として立てられたわけでもない以上、決められていた通り、機体を持ち帰ろうとしただけですよ」


 立場の話をすると、ロディアの下風に立たねばならないため、第3夫人はあえて役割の部分だけを強調する。


「ふむ。私の質問に答えていないし、よく考えると、当家は貴女から擱座した機体の移送を頼まれてもいなかったな。これは失礼した。義母としての扱いではなく、ロディアの機体を盗み出す盗人として扱うべきでしたね。貴女が壊した機体の監視義務も搬送義務も当家にはない。機体を放置して盗まれた場合、それも貴女の責任となるわけだ」


「そんな暴論が通るはずもないでしょう! わたくしを現場から連れ去ったのは貴方が派遣したアスラではないですか!」


「そうですね。それに自主的に従ったのは貴女です。アスラ、違うか?」


 ラックは「現場で見ていたから、知っている」とは言えない。

 それ故の茶番の質問となる。

 いきなり問いを振られたアスラは、内心で笑いを噛み殺しながら、それでも素直に答えるしかない。


「ラトリート殿から、義母の身柄の引き渡しを受けました。ですが、その時に強制はしていませんわね」


「申し訳ありません。色々と考え違いをしていたようです。無礼な態度であったことを含めて謝罪させていただきたいのと、わたくしが運ぼうとしていた機体の回収をお願いしたいのですが、どうすれば宜しいでしょうか?」


 理を取るのが不可能な事態に追い詰められていることを、この期に及んで漸く悟った老女は、ついに機体から降りてきて頭を下げた。

 だからと言って、ことがここに至ってしまった以上、それで全てをなかったことにするには、もう遅すぎるのだけれど。


 こうして、ラックは、壊れた最上級機動騎士をアナハイ村へ運び込んで確保したが、なんとなくの流れで「機体の受領をしていない」と言い張れる状況を作り出した。


 これまで係わる機会がなく、ムカつく義母の存在に気づいていなかったゴーズ領の領主様。久々にラトリートの発言を聞く機会があったことで、「あの脳筋も、変われば変わるもんだなぁ」とわりかし酷い感想を持った超能力者。それはそれとして、「いくら必要魔力量17万の機体を操れる人材が限られているとは言え、もうちょっと人を選べよ」と、心の中で呟くラックなのであった。

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