第146話

「『最上級機動騎士を譲り渡せ』ですって?」

 

 ロディアの父親は、唐突に訪ねて来たカストル家の家宰が発した言葉に驚かされていた。

 家宰に要求された機体とは、彼の娘が彼自身に対して、実質的には手切れ金代わりとして所有者の変更を行った物だからだ。

 少なくとも、彼の側の認識ではそうなっていた。


 現在のカストル家の正妻は、実家である侯爵家からカストル家へ嫁ぐ際に行ったことがある。

 それは、実の父親に対して、カストル家の威を振りかざすことを弟を通じて禁じることだった。

 その時点で、ロディアの父親は既に侯爵家当主の座を息子ロディアの弟に譲り渡していたために、家長としての権限を持っていなかった。そうであるが故に、可能だった出来事である。

 勿論、冷静な彼女は父親だけではなく、弟や彼の妻たちにも同様のことを言い含めていたのだけれど。


「はい。元々は、現在当家の正妻の座にあられるロディア様に所有権があった機体だとか。失礼とは思いますがお尋ねします。ロディア様の見立てでは、『資金難で満足に整備ができずに、そろそろ稼働させることが困難な時期に突入しているはず』とのことでしたが、現状はいかがでしょうか?」


「ええ。その通りです。見事に負債化していますよ。ですが、だからと言って『タダで渡せ』と求められる筋合いはありませんな」


 カストル家の家宰の忌憚のない言葉に、タジタジとなりながらも、侯爵家の当主を退いた年老いた男は、なんとか踏みとどまっていた。

 しかしながら、それは無駄に時間を浪費するだけのことだ。

 それに気づいていないのは、ロディアの父親だけなのだが。


 話し合いが長引けば長引くほど、家宰から容赦のない追及が更に続くだけ。

 それに晒されれば、侯爵家の前当主の精神がガリガリと削られるだけの話である。


「これは異なことを仰る。機体を所有していれば、その機体の格に応じた働きが求められることもございます。現状を維持した場合、最上級機動騎士の所有者として緊急動員が求められた時、どうされるおつもりなのですか?」


「そ、それは」


 娘から譲られた最上級機動騎士を整備して、常時稼働できる状況を維持できる当てがないために、返答に窮している侯爵家の前当主。

 彼に対し、カストル家の家宰は、更に追い打ちの言葉を突き付けて行く。


「今のファーミルス王国は、スティキー皇国からの宣戦布告を受けていて現在も戦時中です。幸い、南部辺境伯領の領都での戦闘以外に、武力衝突が発生しているという情報はありません。が、いつ、新たな動員が命じられてもおかしくはない。おっと忘れていました。ゴーズ上級侯爵が敵国から多数の鹵獲品を得ております。おそらく皇国側は怒り心頭でしょうな。王国への大規模な襲撃を画策していても、全く不思議ではないでしょう」


「仰ること、一々ごもっともですな。ですが、さすがに対価が何もないのは」


「当家としては、貴殿の乗機として、下級か中級の機動騎士であれば、お譲りすることも吝かではありません。しかしながら、ランクが下の機体でも所持していれば維持費は掛かりますし、もし、王命があれば所持する機体での出撃もありえます。ここはひとつ、『最上級機動騎士の機体維持管理に難儀しているから、負債化している1機をカストル家に譲り渡す』という話で纏めませんか? なんなら、名目は『機体をメインハルト様を授かったロディア様への、祝儀代わりも兼ねて返却する』としていただいてもよろしいかと。正妻を輩出している家への支援として、今も支払われ続けている援助金の増額を、当家としては提案致します」


 完璧に相手を追い詰めつつ、最後に餌を撒く悪辣なやり口。

 しかも、撒かれた餌は、機体の対価であると明言はしないし、増額する金額も明らかにはしない。

 家宰が故意にやっている悪質な交渉なのだが、彼の立場はカストル家の利益追求であるので当然ではあった。


 話がここに至って、抵抗を試みたロディアの父は、ついに個人的な完全敗北を認めざるを得なかった。

 しかしながら、実はことが彼の独断で決定可能な案件ではない。

 そして、代理権限を持つ当主の妻たちには決済が不可能な事柄であり、それが可能な当主自身は、夕方になるまで戻らない予定となっている。


 現在の時刻は正午前。


 そうした状況を理由に、「当主との相談の上で後日返答する」として、この案件は保留とされたのである。




「深刻な顔で『話がある』って言うから何事かと思えば、なんだそんな話か。元々この家にあった機体じゃないし、頭金を出して買ったわけでもないからローンが残っている機体でもない。”負債が”手に入る前に戻るだけじゃないか」


「それはそうだが」


 カストル家の家宰が、ロディアの実家を発って帰路に就いてから、5時間ほどが経過した。

 王宮へ出仕していた侯爵家の当主が、夕刻前に侯爵邸へと戻る。

 そうして、父親の愚痴を含んだことの顛末を聞かされた後に、彼が返した言葉はあっさりとした物であった。

 それが、前述の言葉のやり取りとなる。


 侯爵家の当主は今日も激務を熟して疲労困憊に近く、自身の父親との不毛な話に長々と付き合う気などさらさらなかった。

 彼は当主としての執務のほとんどを妻たちに任せ、不本意ながら少しでも金を稼ぐために、王宮での仕事に就いている。

 実はこれも、他家からこの家が軽く見られる要因のひとつとなっているのは、侯爵家夫妻も重々承知していた。

 しかしながら、高位の貴族が王都で”真っ当に”金を稼ぐ手段は限られているのだ。

 そして、彼の家は金が必要なのである。


 ロディアの弟にとって、選ぶことが許される選択肢の中では、現在の状況が一番マシなのだ。そうである以上、他者から向けられる呆れを含んだ冷ややかな視線については、我慢するしかないのであった。

 それ故に。

 苛立ちを公然とぶつけることが可能な相手に、ましてや、この家の現状の元凶を作り出した張本人に、彼は容赦など微塵もしない。


「親父様よ。忘れて貰っては困るから言っておく。アンタのやらかしで俺も妻たちも、まだまだ他の貴族家との付き合いを通常の状態に戻せていない。それとな、姉さんが嫁いだ時にカストル家が肩代わりしてくれた借金は、なくなったわけじゃないんだぞ? 今のカストル家からの援助がなければ、この家は即座に潰れるからな? 援助金が増額されるならそれで良いじゃないか。代わりの機体? 要らないね。今、見栄に金を掛ける余裕はない。あと、釘を刺しておくが、姉さんが産んだメインハルトがカストル家の当主になるからと言って、決して他家に対してマウントを取りに行くなよ? それをやったら、この家は本当の意味で終わるからな?」


 息子であり、現当主でもある人物からの、フルボッコにされているかのような言葉の羅列に、ロディアの父の心は完全に折れた。

 当主の脇に控えていた、正妻と第2夫人から夫の父親へと向けられている絶対零度もかくやとなる冷たい視線が、それの一助になっていたのは些細なことなのである。


 カストル家の家宰が動いたことで、ロディアの実家ではこのような一幕もあったのだった。




「ドク。連絡手段がないから仕方ない面はあるけど、僕を呼び出したかったのも理解はするけどね。曲がりなりにも僕は雇い主なんだ。呼びつけて仕事をさせようってのは、さすがにどうかと思うんだが」


 アナハイ村にやって来たラックは、ぶつぶつと独り言で愚痴を呟く。

 勿論、自身の叔母様に面と向かっては言えない言葉だ。

 ゴーズ家の当主は、綺麗に並べられた災害級亀型魔獣の甲羅に、カットする形がわかるように線が記されているのを見て、より一層げんなりとなっていた。


 しかしながら、こうした準備を行ったドミニクにはドミニクなりの事情がある。

 最上級機動騎士のパワーがあれば、甲羅の加工自体は不可能ではない。だが、そもそもアナハイ村にそんな機体は配備されていなかった。

 あるのは下級機動騎士と、先頃ロールアウトしたばかりの三位一体攻撃ができる特殊な上級機動騎士に、機動騎士の組み上げ専用機だけだ。

 ドノーマルな下級以外は、ハッキリ言ってイロモノばかりである。

 また、仮に最上級機動騎士をアナハイ村に持ち込んで使用できたとしても、甲羅の加工自体が可能になるだけで、それに費やされる時間は、必要な物量の問題も込み込みで考えれば月単位のレベルとなってしまう。


 ところが。

 超能力者の叔母は知っていた。


 ラックが騎士爵領の領主となった以降の、アレコレの出来事を。

 具体的には、ファーミルス王国が討伐しようとした災害級の亀型魔獣が、2度も行方を晦ましたことを。

 また、後にゴーズ家から王家に納入された、災害級魔獣の魔石2つの件も含めて、それらの事象が一体何を意味するのかを。


 狂気の天才はそれらの事象を考察し、正解の答えに辿り着いていたのである。


 ドクは、ラックがテレポートで機動騎士クラスのサイズの物を運ぶことができるの知っていたが故に、その能力に限界があるのも理解していたのだ。

 テレポートで飛行船を運んだ実績がないのを、船長たちの証言でドミニクは把握していた。

 それらの事実から超能力者が運べる物の大きさに、限度があるのを彼女は悟った。


 そうした前提となる知識がある状態で、出元が行方を晦ませた魔獣の身体の一部であると思われる素材を見せられる。

 災害級魔獣の死体を丸ごと運ぶのが、甥には不可能だったと考えられる以上、現地にて短い時間でそれの解体が行われたのは、彼女の考えからすれば必然の事象となるのだ。


 要するに、災害級の亀型魔獣を討伐し、短い時間で解体した実績があるゴーズ家ならば、それから得られた甲羅をドク自身が望む形へ自在に加工できるはず。

 付け加えると、それは他のどんな手段と比較しても、最短の時間で行うことが可能なはずだと彼女は考えたのであった。

 ついでに言えば、その力の持ち主は、ゴーズ家ではなく当主のラックその人であるだろうとドミニクは確信している。

 そうであるからこそ、彼女は余分な手間を省きたい一心で、最も簡単な方法を選択したのだった。


 つまるところ、ラックの叔母は、アナハイ村の素材倉庫に準備万端に材料を大量に並べた上で、「これを見たら、直ぐにここへ来て、ペイントした線に従って全部切り分けるように」と、書きこんだ大きな立札を置いておくという事態を引き起こしたのである。


 これが、前話145話のラストでラックをげんなりさせた事件の真相なのであった。


 そんな流れで起きた事態だとは知る由もないラックであったが、ため息のひとつもつきたくなる状況には目を瞑り、彼は仕方なく超能力を行使して亀の甲羅を加工して行く。

 まぁやっていることは、サイコソードで甲羅をぶった切っているだけであり、手を付けてしまえば、自身が持つ破壊衝動が満足させられるという余禄がついてくる。

 なんなら、お遊び気分で我流の剣術の型を試したりする始末だ。

 意外なことに、ドクに用意された仕事自体が、超能力者のストレスの発散の場になったりしたのであった。


「あら、甥っ子さん。来ていたのね。ほうほう。そうやってコレの形を整えるのね」


 ラックの作業が終盤に差し掛かったところへ、ドミニクはひょいと顔を出した。

 叔母が寝ていたのは千里眼で視て知っていたために、彼はあえて起こさなかったのだが。


「うん。後5分も掛からずに終わる」


 ドクは未加工の残りの分量と、ラックが宣言した終了予定までに必要な時間を知って、瞬時に頭の中で総作業時間の計算を終えた後、その作業速度に舌を巻いた。

 推定で1時間強、但し、甥も人の身である以上は、連続して全力の剣技を振るえるのは5分から10分が限度と考えられる。

 当然のことながら、休息も必要となるため、「実際には、2時間程度の時間が必要だったはずだ」と狂気の天才は答えをはじき出した。

 しかし、超能力者が持つ実力は、彼女の想像の更に上を征く。

 何故なら、ラックは同じ形と大きさの物については、念動で重ね合わせて一纏めに切り裂き、時短を実現していたからだ。


 サイコソードには重量が存在しない。

 そうした部分も、疲労度や失った体力の回復に必要な時間を、ドクに見誤らせている部分もあったりはしたのだけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックは機動騎士5機分相当の外装パーツと思われる部分の切り出しを終了させ、その後も2時間ほど都合良く使い倒されることになる。

 ちなみに、外部から見たその時の2人の絵面は、場所がもし日本であれば、職務質問の対象となるかもしれない。

 そのアブナイ雰囲気が漂う絵面とは、20歳超えの青年と15歳の少女が恋人握りで手を繋いでのお散歩だったりするのである。

 勿論、アナハイ村では事案発生にはならないが。


 一々言葉を口にして説明するよりも、接触テレパスで読まれたほうが楽で早い。


 一面の真理であり事実だが、これは通常の精神の持ち主に耐えられることではないはずであった。

 ミシュラ以外に、そのような人物が存在するとは思っても見なかった超能力者だ。

 しかしながら、叔母の狂気はここでも健在。

 自身の思考を読まれることに何の痛痒も感じず、寧ろそれを積極的に利用しようとするドクの精神構造に、ラックが驚かされたのは些細なことなのである。


 こうして、ラックは知らぬところで、供出に応じる予定のロディア機の代替機がカストル家の家宰の交渉によって確保され、それとは関係なくドクが新たに造ろうとしている謎の仕様の機体に、期待で胸を膨らませることになった。


 呼び出されたアナハイ村で予定外のお手伝いに駆り出され、「ドクの思考を読んでこれから造られる機体の詳細を先に知ってしまうと、それはそれで興醒めかも?」と、考えてしまったゴーズ領の領主様。無言のままで矢継ぎ早に出される、無駄な思考が一切入り込まない指示に驚くしかない超能力者。漸く叔母様から解放された後に、「接触テレパスは質問なしに思考を読み続けるだけだと、こういう状況があり得るのか」と、思わず呟いてしまったラックなのであった。

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