第151話

「『連続して起こっていた地震の原因が、判明した』ですって?」

 

 ミシュラはラックの報告に驚きの声を上げた。

 トランザ村の領主の館にあるミシュラの執務室に呼ばれて、同席しているアスラとリムルは、声を上げることはなかった。が、彼女らの表情を見れば、どう感じているかは一目瞭然であった。


 時刻は早朝。

 各々が朝食を終えて間もない時間帯。

 東部方面が震源と推定される、先日から続いていた大きな地震の連続。

 この現象の原因が、ラックから朝の段階で、とりあえずトランザ村の領主の館にいる面々にのみ、本日の夕食会に先行して報告されたのである。

 勿論、ゴーズ家の人間ではないロディアは、館に居ても蚊帳の外となるわけだが。


 発言を続ける超能力者は、徹夜明けで疲弊しているのか、目元にはくっきりとクマが浮かんでいた。


「うん。この大陸の北東に同等の大きさの陸地が接続。要はぶつかって繋がったって表現するのが適切なのかな? 僕が視て調べた限りで得られた情報から推測すると、繋がった大陸は、どうも超巨大な浮島のような状態だったみたいだよ。それが移動して着底するまでの過程で、地震という現象が発生していたんだと思う」


 巨大船の船底が、起伏に富んだ海底の隆起している部分にぶつかる。


 比喩的にわかりやすく例を出して説明するならば、地震という形で振動が伝わった原因は浮島状態の大陸を船に見立てると理解しやすいのかもしれない。

 浮島がぶつかって陸続きになった現在の状態。

 それを「巨大船的な状態だった大陸が、座礁した先はファーミルス王国がある大陸」と考えれば、あながち間違ってはいない。

 そんな巨大な物体が動いてきた理由は、ゴーズ家の当主の視点からすると謎に包まれている。だが、その謎を究明するのは「ラックに課せられた役目」とも言えないのだ。


 実際のところは潮流と風の力によって、これまで大陸が引っ掛かっていた海底の地形へ加わえられる力に耐えきれず、崩れてしまって動き出した。これがことの真相なのだが、この世界でその真相へ辿り着ける者は、未来永劫ただの1人ですらもいないであろう。


 大質量がぶつかったことで地震が発生したにも拘らず、ファーミルス王国の各地に大きな被害が出なかったのは僥倖である。

 もっとも、王国がある北大陸の東岸全域と北岸の一部は、巨大な津波の発生による環境破壊の被害が出ているのだけれど。


 尚、ラックがこれまでに作った設備に対して、彼は千里眼を駆使して被害の有無の確認作業を行っている。

 必要でさっさとやらざるを得なかったその作業は、超能力者にとって超が付く苦行となっていたのは些細なこと。

 精神的苦行は、超能力の成長を促す。きついはきついし、能力の成長を常時実感できるわけでもないが、それでも得るものがあるのは幸せなことであろうか。


 幸いなことに、ラックがこれまでに作った設備への被害は皆無であった。

 それは、地下の部分についても例外なくだ。

 こういう部分でも、幸運の意味を持つ名前の影響が出ているのかは定かではないが、ゴーズ家の当主は運が強いのだった。

 勿論、元々念入りに頑強な物を造っていたせいもあるのだが。


「今後、それが原因で何か起こりそうなことがありますの?」


「いずれ分かることだから言うけど、魔獣による被害が予想される。ざっと視た印象なんだけど、魔獣の領域が可愛く思える密度で、魔獣が住んでいるんだよね。まだ確認できてないけど、災害級もたぶん複数いると思う。そのおかげでなのか人の文明レベルが低く、人口もすごく少ないっぽい。国なんてものはなくて、集落があるだけかもね? こう言ったらなんだが、あの大陸では人間が絶滅危惧種に近い」


 距離的な話をすると、大陸が接続してしまった場所は、一番近いサイコフレー村から500km以上離れている。

 ちなみに、両大陸が接している海岸線だった部分の長さは、概ね30kmほどだ。

 但し、双方の海岸線部分の地形は綺麗な一直線ではなく様々であるため、当たり前だが「綺麗に接続している」とは到底言えない。


 この時点でのラックは知る由もないが、彼の大陸の魔獣の生息状況は中央部へ向かうほど強力な個体が存在する。

 だからこそ、超能力者が真っ先に視認できた沿岸部に、わずかながらも人間が住んでいるわけなのだが。


「何か対処方法があるのですか? お兄様」


 リムルが期待を込めた視線を向けて問い掛ける。

 結局のところ、この場の女性陣3人の認識からすると、ラックの話からだけでは危険な陸地が地続きになってしまったことしか確定してはいない。


 疲れを隠し切れない細身の男から「魔獣が大量に存在する大陸だ。魔獣の領域よりも凄い」と、深刻な感じで説明を受けても、そもそも彼女たちはファーミルス王国で最も危険な地域に住んでいながら、魔獣からの危険を実感することが、これまでにほぼなかった。

 なんだかんだ言っても、ゴーズ家の当主による日ごろの行い、すなわち周辺地域における魔獣の間引きが完璧だったからである。


 過去において超短期的に、ゴーズ家のミシュラ、クーガ、フラン、アスラの4人だけは、バスクオ領から旧ビグザ領に入り込んできた、災害級魔獣の脅威を肌で経験している。だが、その経験では、超能力者がその力を全開にすれば、数分も経たずに領地が所持する戦力の損失皆無、完全勝利で戦闘を終わらせるのを、ガッツリ思い知らされただけだったりする。


 この場には居ないクーガに至っては、過去のワームとの初戦闘時の経験に加えて、その当時に比べれば厳しい訓練を積んで遥かに力量を増したはずの自身の力最上級機動騎士が、全く通用しない災害級の恐ろしさを身を以て知った。そんな相手を、「瞬殺した!」と言って良い状況であっさりと片付けた父親ラックの力をゴーズ家の嫡男は目の当たりにしているのだ。


 災害級魔獣を実質単独で相手にしてさえ、そのような結果を出す以上、ラックに対する戦闘面での安定感、安心感といった物がゴーズ家で揺らぐはずもない。

 つまり、この場においてそうした経験がなく、やや不安を持つのはリムルだけとなるのだった。


「本当なら、直ぐにでも着手したほうが良いのはわかっているのだけれど、今はもう僕の限界が近いからとりあえず休ませて貰う。対処方法は、当面、急ぎで繋がった部分全部を防壁で区切って隔離する。その後、可能な限り接続部分を削って、沿岸部程度の水深の海を作り出したい。ってことで、後は夕食時に。それまでに色々考えておいてくれ。僕は寝る」

 

 ラックは最低限必要な情報を女性陣に渡した後、ミシュラにシス家の老人宛てに情報を纏める書簡の作成を頼んで、大あくびをしながら浴室へと向かった。

 寝る前に汗くらいは流しておきたい。そんな考えからの行動である。


 そうして、ラックは汗を流した後で、ミシュラによってしたためられた書簡を手に、テレポートして北部辺境伯家の隠し部屋へと置く。続いて、部屋の扉の内側の鍵を開けた後は、さっさと寝室のベッドへ直行テレポートを敢行する。

 本来なら義父と話をするべきところを、疲労で限界だったために、超能力者はそうした行動で済ませたのだった。




 時刻は夕刻の少し前。

 ゴーズ家恒例の夕食会には、まだ小一時間の余裕がある。

 そんな時刻に、ラックは目を覚ました。


 夕食会までに時間があるため、ラックは千里眼を使用して情報収集を始める。

 興味が引かれるのは勿論、新たな大地の情報。そうなのだが、領地内のことを立場上疎かにはできないのが悲しい現実。

 超能力者に頼るしかないような案件はそもそも限られているが、個々の村の責任者から報告が上がってから対処するより、先に見つけて処理した方が効率が良いことだってある。


 領主としての経験が長くなっているラックは、その辺のバランス感覚はきっちりと身に付けていた。

 そうでなければゴーズ領が短期間でここまで発展するはずもないのだから、ある意味当然の話ではあるけれど。

 そんな流れで、何となく色々な場所を眺めて確認を終えると、夕食の時刻となる。

 今日も今日とて、夕食会での話し合いが始まるのであった。




「えーっと、朝の話の分は、ミシュラが書簡で伝達していると思うので、もう全員知っているよね? で、夕方に視ていて追加でわかった事実を補足しておく。悪いニュースだ。目測だからあまり正確じゃないけど、7~8mの鳥っぽい生き物が居る。この大陸には居ない種類だ。たぶん野生動物ではなく魔獣なのだと思う。大陸の中央にある山脈の麓が生息域っぽいから、直ぐに飛来するってことはないと信じたいね」


 ラックの新たに出した情報に、女性陣全員が驚きの表情を浮かべた。

 彼女たちは全員が魔道具の武器を扱える。

 それ故に、空を飛ぶ鳥を撃ち落とすことの難易度を知っていた。

 全員が卒業している魔道大学校のカリキュラムの中には、空を飛ぶ鳥を撃つ実技も含まれているのである。

 まぁ、魔道具が使えないラックに関しては、実技に参加せずに見学していただけだったりする。そんな過去の事実は、ここでは全く関係がない些細なことなのだ。


「ラック。それは不味い。最優先目標として、その鳥みたいな生物を狩り尽くすことは可能だろうか?」


 フランが真っ先に殲滅案を出して来る。こういう面での判断力は、やはり彼女が頭一つ抜けて秀でているのであろう。


「大きさ的には、中型に分類されるだろうけど。戦闘力がわからないから確約はできない。けれど、やってみるよ。そもそも、戦ってみないと魔獣かどうかよくわからないしね。透視で体内の魔石の有無を調べようとしたんだけど、じっとしててくれないから上手く行かなかったし」


 ラックが対応する宣言をした時点で、リムルを除く5人の女性妻たちは、正体不明の巨大な鳥っぽい何かが狩り尽くされるのを確信していた。

 有害と思われる生物に関しては、環境破壊、生態系の破壊、種の根絶などなどのアレコレを躊躇う文化が、ファーミルス王国には存在しない。

 一応、「可能ならば」と前置きの言葉が付くものの、「邪魔なものは全て排除してから、人間に住みよい環境を整えれば良いじゃない」というのが、賢者が残した「名言」ではない「迷言」の1つなのである。


 ここでは関係ないが、賢者は「科学的根拠なしで過剰に保護したクジラ類が、増え過ぎた結果どうなったのか?」の知識を持っていたため、「動物愛護の負の側面」も理解していたが故の、「迷言」であった。


「それはそれでお願いするとして。お兄様。この情報は王宮に届けますの?」


「届けるわけがないじゃないか。被害を出さないことが前提だけど、上手くやれば魔石の草刈り場になるかもしれない。優先順位を間違えないようにしないとだめだけどね」


 ゴーズ家の支配下地域の領地。

 これの安全確保が最優先となる。

 次点で、関わりが深いシス家の支配下地域も考慮に入れるラックだ。

 王国の国外の話は、下手に報告をしてしまうと、ゴーズ家の行動に要らぬ制限が付いてしまう。

 しかも、「どうやって知ったのか?」を問われると、面倒な事態になりかねない。

 正直に、「千里眼で視ました」や、「テレポートで現地を確認しました」と、答えるわけには行かないのが、超能力者しか持ち得ない特有の悩みとなる。


 そもそも、ファーミルス王国は未だにスティキー皇国との戦争中で、戦時体制のままなのだ。

 戦争敵国とは別の、遠く離れた外国の地で、アレコレをしているのがもし王国にバレると、「ゴーズ家にそんな余裕があるのなら!」という、思考に走る愚かな人間の発生が避けられないため、非常によろしくないのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、魔獣がこちらの大陸に入り込まないことを目指す隔離作業と、飛行系巨大生物の駆除、新大陸の情報の秘匿が決定。現在の危険度が一番高いのは位置関係から鑑みてゴーズ領となり、次点が東部辺境伯領の北側半分という認識を参加者全員で共有した。


 続いて、ラックは雑談として、あまり重要とは思えない情報を追加披露する。

 実のところ、彼の大陸に超能力者は見覚えがあったのである。


「ぶつかって繋がった大陸には実はなんとなく見覚えがあってね。大元は僕らの住む大陸の南西方向、めちゃめちゃ離れた距離のところに存在していたんだ。今、現地にはその時に視たはずの大陸が跡形もないから、同一の存在なのは決まりと考えて良いと思う。南西大陸の存在自体はスティキー皇国がある南大陸を発見した時についでで知っていたんだけど、何がどうなってそんな場所にあったはずの大陸がこんな場所まで動いたんだろうね?」


「外洋は人が利用できる領域じゃない。災害級の海生魔獣に襲われてもびくともしない船かそれに準じる物の製造と、海上で襲われたら簡単に倒せるノウハウが得られない限り、縁なんてない。海を見たことがない私でも、それぐらいならわかる。だから他の大陸なんて一般人には無縁の存在だよ」


 ラックの提供した疑問に、リティシアが答えになっていない発言をし、何となく話は終わった。


 今日も今日とて、ラックには夜間作業が待っているし、ついでに言えば、アナハイ村で船長たちが、閨の時間を共に過ごすのを待ってもいる。

 超能力者に安息はなさそうで、やるべきことが山積みとなっている。

 ゴーズ家の当主の仕事にブラック臭が漂いまくっているのは、ミシュラ以外の女性陣がそっと目をそらす現実なのである。

 まぁ、正妻以外の女性陣は、「『ラックが自分にできる範囲のことしかしない』と信頼している」という面もあるわけなのだけれど。


 こうして、ラックは新たな厄介事の匂いを薄々感じ取りつつも、やるべきことに優先順位を付けて熟して行く計画を立てた。

 とは言っても、綿密な計画が立てられる案件でもないため、最終的には「臨機応変で現場対応!」と宣言する羽目になる可能性が高いのだが。


 安定期に入っている身重の妻もいるとは言え、積極的に夜の担当を熟す必要性がある夫人が不在となっているゴーズ領の領主様。だからと言って、ミゲラに手を出す気にもなれず、必然的にアナハイ村に通うことになる超能力者。「昔は、ミシュラと以外は積極的にシたいと思うことはなかったのに、僕のそっちの欲はいつの間にこう変化したんだろ?」と、ある意味で現実逃避した呟きを漏らすラックなのであった。

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