第144話
「『カストル公爵家に当主交代を求めた』だと?」
本格的に就寝するには、やや早めの時刻。
上級貴族の大半は、ゆったりと酒を嗜むか早めの閨に入る時間帯。
シス家の前当主は、鳴り響くベルの音で毎度毎度唐突なラックの来訪を知り、娘婿に持ち込まれた相談事の内容に驚かされた。
爵位の力関係が上の家が、その力を以て何事かを強制するような事例はあることはある。が、あくまでそれは、強制を受けるのが下級貴族家主体の話となる。
但し、明確な犯罪行為が絡む案件であれば、問答無用で爵位の高さに強制の有無が左右されることはないのも事実なのだが。
まぁ実際のところ、子爵家以下の家ならともかくとして、辺境伯家以上の家格の家だと犯罪行為が絡む案件を除外すれば、「外部からの圧力での当主交代」などという事例は過去に存在しない。
しかしながら、ファーミルス王国の歴史上だと前例は極めて少数になってしまうが、侯爵家や伯爵家だとないこともない事柄だったりもする。
「ええ。カストル家の家宰の持ち帰り案件ということで、保留になったのですがね。正直なところ、現当主がそれを呑むとは考えにくいのです。そこで、”一般論”としてどのような状況になれば、”当主交代もやむなし”となるのかを知りたくて来ました」
「カストル家の正妻と嫡男の件は、ゴーズ家に持ち込まれる前の段階で当家にも助力と言うか口添えの打診があった話で、全くの無関係とは言えぬ。よって、その報酬を反故にする話を押し通そうとするのは看過できんな。だが、”それはそれ。これはこれ”としての考えで言うと、『魔道大学校で使われていた練習機が、今の南部辺境伯領に必要な機体だ』と主張する理屈は理解できる。この件は結局のところ、『今回のカストル家の横暴を許したくないのと、今後もそのようなことがないようにしたい』と言うのが肝要な点であって、”今の”ゴーズ家の本音は、極論を言うと、『代替機ではなく金銭での補償であっても問題はない』のだろう?」
眼前の細身の男に、切り札の
彼が悟っているのは、南部辺境伯領で起きた噴火事件で失われたはずの大量の機動騎士の残骸を、ゴーズ家が全て回収していること。
最上級機動騎士の保有数が、多いに越したことはないのは理解できる話だ。しかし、それは乗り手の人数が、十分に確保されていてこその話でもある。
秘密裏に回収されたと考えられる機体を、”全て再生修理可能だ”とはシス家の前当主には思えない。
災害の状況から、幾らかの機体の固定化された魔石は、流用不可能な破損があると考えられるからだ。だが、それでもゴーズ家に、あの機動騎士の
そうした状況を鑑みると、実質今回の最上級機動騎士の供出話に応じたとしても、長い目で見れば「ゴーズ家に損失が大きい」とまでは言えない。
むしろ、素直に応じてしまえば、南部で確保した機体の残骸から得た魔石を使って機体を新規に製造したことが後日発覚した際に、「あの時の貸しがあるよな?」と、相手を黙らせることが可能なメリットすら考えられるのである。
シス家の相談役は、現在、非常勤のゴーズ家の相談役も秘密裏に兼任している状況だ。
それ故に、把握している情報と推察される状況から、彼の家の譲れる部分も指摘できるのが、前述の発言にも表れていたりする。
「まぁ、その通りですね。南部辺境伯領に最上級機動騎士が必要なのは事実ですし、それに最適な機体が当家にあるのも事実ですから。私の家の求めるところや、本音の部分までご理解いただけているようで、説明の手間が省けて助かります。で、”どうしたら良いでしょう?”という話に戻るわけなのですが」
娘婿に先を促されて、シス家の老人は答えを言い淀む。
長年の当主経験が豊富な彼には、”手段を問わず”という条件下であれば、解決策があったからだ。
しかしながらそれは、完全に非合法な手段であり、それを教えることは物理的排除を推奨しているのと同義となってしまう。
もしも、そのような解決策を娘婿に教授したとして、それが実行に移されたならば。
超能力者の義理の父親は、実行犯になるわけでもなく、明確に指示を出すわけでもないが、心理的には共犯に引き込まれているも同じだ。
そこまでの覚悟が決まっていない彼は悩む。
もっとも覚悟がまだなだけで、先の結論は最初から出ているも同然なのだが。
「今の当主をその座から引きずり降ろして、後見人として当主代行を任せるが、その権限に制限を付ける。ゴーズ家に係わる全ての事柄には、トランザ村に滞在しているカストル家正妻の同意が必要。これ自体は現状の解決策になる。最上級の代替機が実際に提供されるかは微妙なところだが、そこは金銭でという解決方法も視野に入れれば良い。最大の問題は、『今の当主をその座から引きずり降ろす』を実現することなのだが、普通の方法では不可能だ。本人が自ら、それを選択するように仕向けなければならん」
慎重に言葉を選びつつ、真剣に聴いている娘婿の様子の確認が必要なため、シス家の元当主は言葉を一旦切った。
ここから先は、人によっては激しい嫌悪感を抱く内容になるからだ。
「本人が自ら当主の座を降りるのに、最もよくある理由とは、健康上の不安の問題だ。しかしながら、公爵家特有の事情である魔石の固定化工程の引継ぎを考慮すると、寝たきりになるような重篤な状況は論外であるし、かと言って五体満足で全ての当主の業務が行える健康状態だと、後任に当主の座を移譲する理由がなくなる。現カストル公爵が後見人に退くに相応しい匙加減的とは、文字通り両足を失う辺りが妥当となる」
ラックの能力の一部を理解している老人は、超能力者に実行可能と思われる残虐な方法を提示した。
彼は、娘婿から見れば彼自身と同じ義理の父に当たる、現在のカストル家の当主の「両足を潰せ」との内容を口にしたのである。
「あまりやりたい方法ではありませんが、そうでもしないとどうにもならないのが現実ですよね。参考になるお話をして下さってありがとうございます。あとは、”どうするか”と、”どうやるか”は私の独断で決定することにします」
この時のラックは、内心では既に決断を下していた。
現在の状況で当然の話として、カストル家では家宰が帰還する日時を正確には読めない。
ゴーズ家に持ち込む内容が内容なだけに、交渉が長引くことも元々想定内だと予想されるからだ。
そして、今日のトランザ村からの出立時間を考慮に入れると、ゴーズ家に使者兼交渉役としてやって来た彼は、どう急いでもカストル家に辿り着けるのは本日の深夜であろう。
家宰が戻る日時が不明な以上は、カストル公爵が今夜それを待って、通常の就寝時刻を大きく超過して起きている可能性はかなり低い。
更に言えば、家宰の側もそれを承知しているため、危険を伴う夜間の移動を極力避けるはずとなる。
それらの結果として、家宰の道程は、明日の午前中から正午にかけての王都到着となるような調整が行われるはずなのである。
何の話かと言えば、”
また、仮定の話として、今夜であれば義父が負傷した場合に、他者の関与を疑われる事態に陥ったとしても、ゴーズ家が疑われる余地がないという利点がある。
つまり、自動的にアリバイが成立するのだ。
もし、実行されれば、やられる側のカストル家の視点だと、”暗殺目的だったが命は助かった”と、判断されてもおかしくない行為。
その計画の立案から長時間の移動を含む実行までを、ゴーズ領から家宰が強行軍を行った場合と同等の日程で成すのは、不可能と考えるのが常識的判断となるであろう。
そもそも、ゴーズ家の面々が、公爵家当主の存在価値を見誤ると考えるのも無理がある話となる。
王家や公爵家の関係者がぞろぞろ居り、ファーミルス王国におけるそれらの家の役割の重要性を、最も理解している側のはずだからだ。
付け加えると、もしもゴーズ家に公爵に対して暗殺者を送り込んだ嫌疑が掛けられたとしても、時間と距離の問題から「どうやったらできるのですか?」の一言で問い詰める側は黙らざるを得ないのである。
勿論、現実は異なる。
ラックには超能力があり、その不可能を可能にするからだ。
要するに、ゴーズ家の当主の持つ特殊な力を、知っている人間が加害者陣営以外には存在しないが故に、真なる正解にはたどり着けない。
そもそも、実際に超能力者が手を下すと、暗殺者の存在を疑う状況になるかすらも怪しい。
そんな流れで、非情な決断を下したラックは、トランザ村へと戻り、今夜の担当の妻と共に閨に入った。
後ろ暗い行為に手を染める点について、妻たちに知らせて必要のない精神的負担を強いる必要は微塵もない。
そうした考えから、2人の妻が体力的限界を迎えて寝入るまで、超能力者は本気を出す。
接触テレパスのこうした部分の使用方法に、抗える女性は存在しないであろうことが、またしても証明された夜ともなったのは、些細なことなのであった。
朝まで目を覚ますことはないであろうリティシアとアスラをベッドに残し、千里眼でカストル家の状況確認を終えたラックは動き出す。
テレポートで音もなくカストル公爵の寝室に侵入を果たした超能力者は、透視と念動を駆使して、義父の頚椎内の神経に小さな傷を与えた。
それは、目を覚ますような痛みを伴う負傷ではない。
しかしながら、下肢を動かすことが全くできなくなるという意味においては、深刻な影響を及ぼす傷だ。
所要時間は僅か数十秒。
対象が色々と思うところがある相手であっても、ラックが行った行為自体は決して気分の良いものではない。
ゴーズ家の当主は、心に大きな澱を残して、必要な作業を終えて撤収したのである。
トランザ村の閨へと戻ったラックは、嫌な気分を切り替えるために、熱いシャワーを欲した。
そこへ、ミシュラは現れる。
長年連れ添っている正妻は、超能力者が何も言わなくとも、何事かが起こったのを、薄明かりの中で確認できる僅かに強張った夫の表情から察知していた。
「また、誰にも言えない何かを成しましたのね」
「あはは。僕は大丈夫だから。もう夜中だ。体に障るし、ミシュラも眠ってくれ」
ミシュラは首を横に振ると、ラックの手を取った。
思いを正確に伝えるために。
貴方にしか不可能なことがあるのは理解しています。
でも、苦しいことを独りで抱え込まないで下さいね。
わたくしは、どんな重荷だったとしても、共に背負う覚悟があります。
それを絶対に忘れないで下さい。
正妻の心の声を聴いたラックは、自然と涙が流れ落ちていることに構いもせず、愛妻を抱きしめる。
従来から強固な絆が、より一層強化された瞬間であった。
そんなこんなのなんやかんやで、翌朝、ゴーズ家は平穏そのものの日常が始まったが、カストル家がそうであるはずもない。
早朝から、発覚したカストル公爵の身に起きた重大事に対し、家のアレコレを取り仕切るのには不可欠であるはずの家宰は不在で、キーマンを欠いたままという状況。
大混乱に陥ったミシュラたち三姉妹の実家は、それでもなんとか当主に対する複数の医師の往診にこぎつけた。
各々の医師から下された診断は、ミシュラの実父にとって、いずれも絶望的な物であったのは言うまでもない。
公爵の両足に生じている麻痺に対し、医師たちが口を揃える。
「治療方法がなく、回復の見込みがない」と。
厳しい現実は、それを突き付けられたカストル公爵を失意のどん底に叩き込むには、十分過ぎる破壊力を持っていたのである。
そのような状況下のカストル家へ、何も知らない家宰は当主への重大な報告を携えて帰り着く。
だが、彼が帰還早々に直面した予想外の事態は、その報告を後回しにして対処せざるを得ない問題が、山積みとなっていたのであった。
「急ぎで造らせていますが、下級機動騎士用の魔石を使用する特別製のスーツがあれば、この館内での生活は以前に近い物となります。ですが、王宮へ出向いての話し合いなどには参加が厳しいかと」
「うむ。これでは、この家の役割の引継ぎにも、他家に不安が広がりかねん。ファーミルス王国全体で考えても不味い。異例の話になるが、カストル家は当主交代の手続きを行う。メインハルトを当主とし、後見人に私とロディア、第2夫人を据えるしかあるまい」
ゴーズ家からの持ち帰り案件をまだ報告していなかった家宰は、当主自らの発言を受けて、不謹慎ではあるが心が軽くなる。
そうして、彼は切り出す。
「ゴーズ家へ持ち込んだ機動騎士譲渡の件なのですが。これから報告してもよろしいですか? 先に言っておきますと、良い話ではありません。明日以降に回しても構いませんが」
当主が促し、家宰の行った説明は、要点をわかりやすく簡潔に押さえていた。
それ故に、ゴーズ家が意のままになっていないことが丸わかりの案件に対し、カストル公爵が激昂する瞬間もあった。
しかしながら、現在は、家宰をゴーズ家に送り出した時とは、カストル家の状況が一変している。このタイミングで、大変不本意ではあるが、偶然にも当主交代を考えねばならない条件が揃ってしまっているのだ。
「ふむ。後見人の件は責任も伴うので、第2夫人は本心ではやりたがらないだろう。よかろう。ロディアの発案なのは少々癪に障るが、機動騎士のことを考えれば仕方がない面もある。口出しがなければ、完全に決裂していたわけだしな」
身体がいきなり不自由になり、やや気弱になったカストル公爵は最終的には折れた。
そうして、外見だけは壮年の容姿を保っている彼は、当主交代の事務手続きの指示を終えた。
続いて、ロディアの実家の侯爵家への交渉は家宰に全てを一任し、カストル公爵はベッドで半身を起こしたまま物思いにふける。
カストル家の当主としての最後の時間は、今後の執務処理方法とメインハルトへの引継ぎに思いを馳せて過ごすこととなったのである。
こうして、ラックはシス家の老人の助言を入れて、強行策を以てカストル家の当主交代を成立させた。
暗殺モドキの乱暴で強引な方法で、ことを成し遂げたゴーズ領の領主様。将来的には、物理的排除までも視野に入れていたはずの相手に、直ぐに危害を加えるのが決定となると、何故か躊躇してしまった超能力者。「血縁者、親族に対しても非情に成り切れないと、今後も苦労するかもな」と自嘲気味に呟くラックなのであった。
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