第143話

「『メインハルトを連れて、持ち込んだ最上級機動騎士でカストル公爵家へ戻れ』ですって?」


 ロディアは、フランから冷徹に告げられた言葉に衝撃を受けていた。

 彼女自身は愛息が5歳になるまではゴーズ領に留まるつもりであり、その意思も理由もゴーズ上級侯爵に以前からはっきりと伝えていたからだ。


「ああそうだ。原因となる話は、貴女が昨日会ったカストル家の家宰によって持ち込まれた。それで出された結論だ。ラックとミシュラがここへ説明に来ないのは、当家に滞在中の家宰にこの結論を今伝えているからだ。貴女を軽視してのことではないのを承知しておいて欲しい」


「待って下さい。わたくしが直接カストル公爵に手紙を」


「いや。残念だがそれをする時間はない。当家は、今後一切、”現在の”カストル家当主との交渉を持たない。直ぐに出立の準備を始めてくれ。準備が終わり次第ゴーズ領を発って貰う。貴女が望むなら、当家は王都までネリアを世話役として機体に同乗させる用意がある」


 言いかけたロディアの発言を遮り、フランは決定事項を通告するのみだ。


「『現在の』ですわね? つまり、メインハルトが新たな当主となっていれば、ゴーズ家との交渉の余地があると解釈して宜しくて?」


「それは勿論その通りだ。しかし、貴女の息子が当主を継ぐのは、ずっと先の話だろう?」


「家宰はまだこの館に居ますわね? ゴーズ夫妻も同じ場所にいらっしゃるのよね? 話がしたいので案内して下さる? これも準備の一環ですから」 


 この時のロディアは、メインハルトの生命の安全を最優先に思考を切り替えていた。

 彼女は王都における貴族家の、5歳未満の乳幼児期の子供の死亡率が、1割前後であること知っている。

 ゴーズ領では、そのような事例が存在しないことも、”実体験として”理解している。

 何故なら、彼女の息子は既に一度、死んでいてもおかしくない大病を罹っていたから。

 その病はゴーズ家の医療技術で一日も経たずに治癒したのだが、仮に王都に居たならば、愛息が助からなかった可能性を彼女は正確に理解していたのである。


 勿論、ラックが超能力を駆使して、メインハルトの治療に当たっていたのは言うまでもない。

 もっとも、医者の振りをしていた好々爺の男性が、ゴーズ家の当主その人であることにロディアは気づいていないが。




「うん? フランか。どうしてここに? ロディアさんのところに行っていたはずじゃ?」


 息を弾ませたフランは、ロディアが「ラックたちと、カストル家の家宰も交えて話がしたい」と主張していることを伝えた。

 この場への案内をロディアに求められても、独断でそれを行う権限は第2夫人にはない。

 そのため、彼女は先行して当主に許可を求めに走ったのである。


「それは、構わないけれど。こちらの考えと言うか対応は変わらないだろうと思うけど、それでも良ければね。ただ、話し合いの場が与えられるだけでも、気持ちの部分は違うだろうし。そう伝えて納得の上なら、こちらへ案内して差し上げて」


 そんな流れで、何故かフランも同席する、5人での話し合いの場が成立した。

 カストル家の家宰の顔色は悪い。

 彼としては、まさか、ゴーズ家がここまで強硬で頑なな態度に出るとは、全くの予想外であったからだ。


「長年家宰を務めていて、優秀という触れ込みでしたが下手を打ちましたわね。わたくしの話は簡単です。メインハルトをカストル家の当主として登録し、現当主には後見人に退いて貰います。勿論わたくしも後見人に名を連ねます。宜しいですわね?」


 家宰へ視線を向けたまま言い切ったロディアは、まるで公爵家の正妻であるかのような威圧を放っていた。まぁ、事実”今は”正妻の地位にあるのだが。


「いや。それではこちらが困る。貴女の息子さんが成人するまでの間、実質的に当主の代行を今の当主が務めることになる。それでは何も変わらない」


 無言のままの家宰を無視し、ラックはロディアの発言のダメな点を指摘する。


「いいえ。後見人が複数の場合は、意思統一のない代理行動はできません。つまりわたくしの権限が強くなるので、今までのように現当主の自由にはなりません。少なくとも、ゴーズ家を無下には扱わせません」


「なるほど。ではそこは問わない。だが、今回の発端の最上級機動騎士の件はどうする?」


「先ほどフランさんから伺ったお話が事実なら、わたくしがゴーズ家に持ち込んだ機体は、”南部辺境伯家に譲り渡すべき”と考えます。その点にだけは同意できるからこそ、上級侯爵が出された結論が、わたくしに『機体に乗ってカストル家に戻れ』という指示となったのではありませんか?」


 ある意味間違ってはいないのだが。

 そういう理由も”少しは”含まれてはいるのだが。


 根本的にはロディアたちには悪いが、彼女たち母子の身柄を含めて、最上級機動騎士を叩き返した上で、カストル家とは完全に縁を切りたいのがゴーズ家の総意と言うか本音だ。

 要は、今後どんな理由を付けようとも、ゴーズ家は一切応じないという姿勢を示すのが最大の目的である。

 それ故に、ラックは言葉に詰まった。


 そして、追い出されそうになっている彼女は、超能力者が押し黙ったために”自身の主張が的を射ている”という勘違いをして更に言葉を紡ぐ。


「ゴーズ家には元々魔道大学校で埃を被っていたあの機体が”どうしても”必要ですか? それとも、代わりに必要魔力量17万の機体があれば、それで納得していただけますか? 機体性能自体は、わたくしが代替機として考えている機体の方が高いと思いますけれど」


 ロディアは自身が持つ手札を切った。

 彼女は元々彼女自身に所有権があった機体を、カストル家に嫁いだ時に実家の父へ操縦者登録を変更して譲り渡している。しかもそれは、大元は彼女が東部辺境伯の次男との離縁をした際に、慰謝料的な意味合いも含めてで、譲り受けた機体だったりする。

 まぁ耐用年数の限界が近い、かなり使い込まれている老朽機ではあるけれど。


 初老の域に差し掛かっている、貴族の社交界での鼻つまみ者のロディアの実父は、搭乗機が最上級の格であることには拘りはしない。

 何故なら、彼女の父は持っている魔力量はともかくとして、技量の面で操縦者としての適性が高くはないから。

 要するに、最上級が持つ本来の機体性能を存分に引き出すことが叶わず、現状は宝の持ち腐れ状態となっている。

 付け加えると、ロディアの実家は、当主用の機体と、その妻たちが扱う機体として、最上級2機と上級2機が別で確保されているので、侯爵家の体裁という意味での保有戦力の問題もない。

 あって困る物ではないが、なければないで問題になる物でもないのが実情だ。

 維持費を考えれば、金銭面での負担増は免れないが、その分は有効利用すれば済む。


 つまるところ、今のロディアとカストル家が望めば、過去に彼女の乗機だった機体に関してなら、侯爵家が供出、或いは交換に応じると考えられるのだ。

 交換になったとしても、父親の技量に見合う代替機として、上級か中級の機体を別途用意しさえすれば。

 そして、カストル家の新たな正妻には、交換用の機体の当てもミゲラの夫が起こした事件があるために、ちゃんと目算があるのである。


「ゴーズ家としては、今ある必要魔力15万の機体と、貴女の仰る必要魔力17万の機体の好きな方を選べるのならば、後者の方を選びます。ですが、今回の件は、そういう問題ではないのです。カストル公爵が厚顔無恥に、契約内容を反故にしようとしたこと。それ自体が問題なのです」


 発する言葉に詰まっている夫を見かねて、ミシュラが答えた。


 勿論、最初にカストル家の話が持ち込まれた段階で、「最上級機動騎士の代替機があるので、今ゴーズ領にある機体を譲って欲しい」という案件であれば、此度の件はさほど問題とはならなかった。

 少なくとも、検討して話し合う余地はあったはずである。


 だがしかし。

 カストル家の家宰が伝えて来た内容からは、「支払われるはずの対価の内、後払いの部分をなしにしようとする話」としか受け止められない。

 実際、カストル公爵側は残りの報酬部分を踏み倒す気であったのだから、ゴーズ家側の誤認という話でもないのだ。


「その点を問題視しているのですね? でしたら、わたくしが提案した当主交代が成れば、その部分についていくらかは今後の不安が解消されるのではありませんか?」


「貴女が抑止力になろうとも、父が代行する以上、あまり変わりがない気がするのですが?」


「肝心な部分をご理解いただけてないようですわね? 少なくともゴーズ家に関連する話は基本的にメインハルトの後見人全員の合意が必要とするわけですが、わたくしはカストル公爵邸に居るわけではない点をお忘れではないですか? わたくしは、まだ当分の間、ここに滞在させていただくつもりなのですけれど?」


「あ、そういうことか」


 ラックは、少々間抜けな感じで、”ロディアの意図を理解してしまったこと”がこの場の全員に伝わる発言をしてしまう。

 フランは、思わず笑ってしまいそうになり、それを必死に堪えていた。


 片や、相変わらず家宰は押し黙ったままだが、彼には最初にゴーズ家に突き付けられた返品と絶縁がセットの話を”この場で”受け入れる選択だけはできない。

 しかしながら、ロディアのように代替案があるわけでもない。

 厳密には出せる案自体はないわけではなく複数あるが、”ゴーズ家が呑めるような案”という条件を加味すると、その全てが無理筋となってしまうのだ。

 要は、持ち帰り案件とするには、彼はカストル家正妻の発言に乗っかるしかないのである。

 それ故の沈黙であった。


「同席を許されたからには、発言権があるのだと解釈させて貰う。で、ラック。当家としては、代替機として最上級機動騎士が提供されることと、カストル家の当主をメインハルトに交代し、その後見人を現当主と正妻の2人が務めればそれで良しとするのか? それとそこで黙ったままの家宰。当家の当主が今の件で了承した場合、その方向で動く意思があるのか?」


 笑いをかみ殺した後、フランは考えを瞬時に纏めて、話の進展を促す。

 誰かがそうしなければ、話が長引きそうであったからだ。

 この場のゴーズ家の3人は、ダラダラとこの話をし続けることが可能なほど暇ではないのである。


「はい。但し、この場で確約はできないのはご理解いただけると考えます。持ち帰り案件とさせていただく」


「そういうことなら、保留として、現状維持。カストル家の結論を待とう」


 そんなこんなのなんやかんやで、現状維持の保留とする期間の期限をメインに細部を詰め、話し合いの場は解散となる。

 尚、代替機の調達の部分については、ロディアが家宰へ言い含めていたのは言うまでもない。

 このようにして、公爵家と上級侯爵家の間の、ファーミルス王国的にはあまりよろしくない完全な決別が、当面は回避されたのであった。




「ロディアさん。大胆な提案をしてくれたけれど、大丈夫なのかい?」


 ラックはカストル家の家宰の出立を見届けた後、通常業務を開始する前にミシュラと共にロディアに与えられている私室を訪ねていた。

 いくらやることに追われてはいても、その時に必要な事柄はやらずに済ませるわけにはいかないのが、現実という物である。


「ええ。わたくしとしても、少々腹に据えかねる部分がある話でしたから。それに、この子の命を最優先に考えた場合、今、カストル家に戻ることは最善手とは言えません。実際、一度大病の治療をこの村で受けていますしね。それと、機動騎士の代替機は、わたくしの実家から出して貰うので、父の増長を押さえつける利点もあるのです。ですが、あの場では言わずに済ませた部分があるのを謝罪させていただきます。申し訳ありません。代替機は性能だけなら今ハンガーにある機体より高いのは確かです。が、東部辺境伯がわたくしを実家へ戻した時に気前よく譲り渡して下さった機体なだけに、その、かなりの老朽機なのです」


「『謝罪』って言うから身構えてしまったけど、なんだそんなことか。全く問題ないよ。今ハンガーにある機体は、当家の所有に切り替わった段階で全面改修される、要は完全な造り直しになる予定だったんだ。だから、究極な話をしてしまうと、固定化された魔石に問題がなければそれで良いんだ」


 ロディアとしては、維持整備にかなりの金額が掛かることが予想された機体だけに、申し訳ないという気持であったのだが、あっさりと「元々造り直す予定がある」とのラックの発言には驚かされる。

 この家が財政面で困窮するような状況ではないことを、彼女はこれまでの滞在期間中に感じ取っていた。

 しかしながら、下級や中級クラスならともかくとして、最上級機動騎士を実質新造する財力を持っているとなると、さすがに驚かざるを得ない。


 実家が通常の侯爵家並に裕福であった時代でも、”最上級機動騎士の新品の新規購入を考えた場合、どうなるのか?”の知識をロディアは持っている。

 彼女の実家のケースであれば、20年ほど倹約に倹約を重ねた上で、頭金をなんとか捻出して、ローンを組んで購入するようなレベルの大金が必要とされる。

 しかも、それはフルオーダーで順番待ちも必要になるため、最上級機動騎士の新造購入には、綿密な長期計画が必須となるのである。


「そ、そんな事情でありましたか。では、わたくしが気に病む必要はないわけですね。ですが、都合が悪い部分を伏せて、言わずに済ませたのは事実です。ですので、改めて謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした」


 交渉事で、誠実さという面での兼ね合いはむろんあるが、基本的には自己に不利な部分には極力触れないのは当然のやり方となる。

 それを理解しているラックとミシュラは、事後とは言え正直に申告して謝罪までするロディアへの好感度を上げた。


 カストル家の家宰が去った後のトランザ村では、そんな一幕もあったのである。


 こうして、ラックはカストル家の家宰にゴーズ家の毅然とした態度と覚悟を見せつけることに成功し、予想外のロディアからの提案によって、機動騎士供出案件の軟着陸の可能性を期待して待つこととなった。


 思わぬところからの援護射撃で、ムカつく爺を当主の座から引きずり下ろす可能性が見えたゴーズ領の領主様。「魔石の固定化の工程の件があるから大人しくしてるけど、引き継いだ後なら我慢する必要はない」と、長期的視野で物騒なことを呟く超能力者。独りでの通常業務へと移行した後に、家宰の内心を接触テレパスで確認するのを忘れていたことに気づいてしまったラックなのであった。

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