第142話

「『最上級機動騎士ロディアの機体を譲って欲しい』ですって?」


 ゴーズ領に突然訪ねて来たカストル家の家宰が持ち込んだ話は、ミシュラには想定外過ぎた。そもそも、ロディアの機体は以前の暗殺未遂61話と62話の案件時に、彼女たち母子を”安全に”トランザ村に滞在させることへの、後払いで受け取るはずになっている報酬なのである。

 そう簡単に手に入る物ではないからこそ、”その報酬に釣られて、カストル公爵縁を切りたい実父の要求を呑んだ”という面もある。そうである以上、「はい。そうですか」と、受け入れられる話であるはずがない。


 勿論、当時のゴーズ家の決断と言うか決定と言うかは、”報酬に釣られただけ”が理由で下されたものではなかった。

 元々、ロディアの案件は、ゴーズ家がカストル家に提案した内容に沿って進められた、無関係な彼女をこちらの事情に強引に巻き込む婚姻話だったのだ。それだけに、妊娠が理由で命を狙われた、末席の夫人ロディアの身の安全を確保する目的のトランザ村へ滞在要請を断ってしまったら。

 もしも、その後にカストル家の新妻が、”実際に暗殺される”というの憂き目に遭った場合が不味い。

 そうした不幸の発生時に、ラックが被る精神的ダメージが、かなりのモノになる可能性を心配された部分もあったのだった。


 尚、この話し合いは、領主のラックが日中の通常業務で外出中の出来事であった。

 発光信号での情報伝達を受けて、ミシュラが領境に出向いてカストル家家宰の本人確認を済ませた後、2人はトランザ村の領主の館へ移動している。


「あの機体は元々魔道大学校で練習用に使われる物だったために、機体が要求する必要魔力量が下限の15万で、ピンからキリのキリの側なわけです。ミシュラ様の母上様の魔力量的には不足がある機体ですが、南部辺境伯領で確保しておく最初の最上級の機体としては最適なのです。今後あの家の当主の魔力量が、最低ラインを遥かに超え続ける保証はどこにもありませんから」


「『ロディア様の身の安全を考えて、滞在中の乗機とする』という、大元の話の部分はどうされるのですか?」


 聴いているミシュラは、「前提となる話が違う」と、考えていた。

 それ故に発生する疑問を、そのままカストル家の家宰へと投げ掛ける。


「当時と現在では状況が違います。トランザ村には、自前の最上級機動騎士を持つ、ゴーズ上級侯爵の妹様がいらっしゃいますよね? それと、ゴーズ家には、使わずに寝ている最上級機動騎士が2機あるはず。上級の機体も同じく。その他にも機動騎士の格を問わなければ、空いている機体がまだありますよね? 勝手ではございますが、いざという時には、それを貸し出していただくつもりもあっての話です」


「えっと、当家はお約束いただいていてまだ納入されていない、ニコラ用の最上級機動騎士があります。レイラ用の機体も、『上級を手配でき次第搬送していただける』となっていましたわね?」


 家宰の発言には、呆れるばかりのミシュラであった。が、勝手が過ぎる理屈であることにさえ目を背ければ、彼の発言は”ゴーズ家の保有戦力の評価や、ロディアの安全を確保する面では”間違ってなどいない。

 しかしながら、「純粋に機動騎士の機体の数が足りない」という話であるなら、別の案件で納入される予定が空手形ではない確認をせねばならない。

 そうした考えもあって、ゴーズ家の正妻は今後の確認をしたのであった。


 もっとも、ここで言うわけには行かないミシュラの考えだと、カストル家の家宰の言い分が意味する評価は間違っていなくとも、彼が内心で魔力量0だと見下し、その持てる実力を知らないゴーズ家の超能力者の存在は、そうしたアレコレを何の意味もない物へと追いやるのだが。


「はい。そちらに手当する機体は、別の話ですのできちんと準備をしています」


「『どのような準備状況なのか?』を、お話いただけないと、不安になりますわね」


「なるほど。ではお話しましょう。ロディア様がこちらへ滞在することになった原因の話に繋がるのですが、潰れた侯爵家の所有していた機体を、被害を受けたカストル家が優先して入手する話になっています。但し、現在はそれらの機体が強制労働に使用されていますし、それ用に改修されています。ですから、レイラ様の機体が再改修を受けてから先に納入されますが、状況を鑑みると、時期的には1年近く先になります。あと、ニコラ様の機体は、元々魔道大学校を卒業した後というお話ですので、もっと先の話になりますね」


 罪人に扱わせる機体は、それを使用して反抗されるのを防ぐ目的から、稼働時間を極端に短くされている。要は、頻繁に燃料となる魔石の補充作業が、必要とされる特別な改修を受けているのだ。

 また、必要のない固定武装も取り外されるため、本来の機体が持つ攻撃力は激減しているのが実情だ。

 そうした特別仕様の改造機をそのまま譲り受けても、普通に使うことができないために困るのだから、譲渡される前に再改修が必要なのは至極当然であった。


 ミシュラは知らないことだが、レイラ用に回される予定の機体の現在の操縦者は超高齢であり、1年以内に強制労働に従事できなくなる見込みとなっている。

 そうした宙に浮く予定の機体があるからこそ、カストル家の家宰は時期的な話も含めて語ることができただけなのだった。


「事情は理解しました。けれど、大元の話に戻りますが、あの機体の所有権は確かに”現在は”当家にありませんが、契約内容的には、将来当家の所有に切り替わることになっています。『その契約を反故にしたい』というお話は、当家にデメリットしかありません。それに、常識の範疇から言っても、代替機の提供の話がセットでないとおかしいですわよね?」


「そうですね。ですが、今は非常時なのです。不思議と最近は戦闘が発生してはいませんが、ファーミルス王国はスティキー皇国から宣戦布告をされて、先制攻撃を受けた。南部辺境伯領の領都は焼かれ、配備されていた機動騎士を一部失いました。終戦も停戦もされていない以上、今は戦時です。更に、南部辺境伯領で起きた未曽有の大規模噴火で、多くの機動騎士が失われました。操縦者の当てがない状態の遊んでいる最上級機動騎士の機体が存在するのは、王国広しと言えど、ゴーズ領だけなのです」


 接触テレパスを行使するラックが居れば、この話の本質を見抜けたであろう。

 だが、超能力者が不在の状況も当然ある。


 領主代行を務めるミシュラは知らない。


 この話の出所が、大元は王宮であることを。

 ファーミルス王国は、肝入りで再建中の南部辺境伯領から出された正当な要求辺境伯家に相応しい最上級の機体を寄こせ!に、応えねばならない状況だったが、”無い袖は振れない”と、現存する全ての最上級機動騎士の保有と稼働状況の情報を改めて精査したことを。

 そして、精査した結果に基づいて、出したい命令があるのはやまやまだったが、過日の国王代理のやらかしゴーズ家の秘薬を寄こせ!もあって、ゴーズ家に直接王命を出すことが困難であったことを。


 結局、ファーミルス王国は苦肉の策として、現在の南部辺境伯領を取り仕切っているのが元カストル公爵夫人であったことから、彼女にカストル家へ援助を求めさせるように動いたのである。

 その結果、”王国へ貸しを作るのも悪くはない”と、カストル公爵の当主判断が出た。

 そもそも、「『王国の至上命題』と言って良い南部辺境伯領再建のために」と、大義名分を持ち出したが、内実は自身の都合満載の公爵にも責任がある。

 彼が”建前上は”やむを得ずに離縁して、復興予定地へと送り出した元正妻に対して、何らかの”有力な”援助をしている姿勢を見せねばならない立場でもあるのだ。

 そうした事情で、カストル家の家宰がゴーズ領に派遣されたのであった。


「納得は行きません。が、主張されている内容だけは理解しました。どのみち、領主代行の権限で結論を出せる話でもありません。今晩中に結論を出す方向で宜しいかしら? 結論を待つために一晩逗留して下さっても良いですし、書簡での返答をカストル家で待つとして、今日のところは王都へ帰還される方法もありますけれど、どちらになさいますか?」


「結論を待たせていただきます。ああそうだ。待機時間中にロディア様とメインハルト様の様子を確認したいのですが、面会は可能でしょうか?」


「ええ。それは勿論。但し、ちゃんと当事者へ先触れを出して、許可を取って下さればの話になりますけれど」


 ミシュラは卓上にあったベルを鳴らして、侍女役を務める家臣の娘を応接室へと呼んだ。

 そうして、来訪者の一晩の逗留を告げ、滞在する部屋の準備を含めたお世話の指示と、ロディア母子への面会の希望を伝えて、後の対応は丸投げする。


 そんな流れでの日中の一幕は終わる。

 ミシュラには領主代行として決済が必要な仕事が山積みであり、此度の件はラックが帰宅してから考えを出し合うか、夕食会で色々な知見を持つ面々を含めて話し合えば済む案件だとして、今はこの問題を頭の片隅に追いやったのであった。




「ごめん。気づいた時には、ミシュラたちがもう応接室に居た。表情から判断して、ロクでもない話なのと、夕食会での話し合い案件だろうと思ったから、直ぐには戻らなかった。で、結局なんの話だったの?」


 ラックの帰宅直後の発言に対して、”そんなところだろうな”と考えていたミシュラは特に不満に思うことはない。

 そんなことで一々腹を立てていたのでは、自身で考えることをなるべく避けて、他者の知恵に頼る傾向が強い夫と、長く円満に付き合って行けないからだ。

 単に「諦めの境地に至り、悟りを開いているだけ」とも言うが。


「最終結論は夕食会で、皆で意見を出し合った後にしましょう。話は単純で、『今、ロディアが使っている最上級機動騎士を、南部辺境伯に譲れ』という内容ですわね」


「えっ? あれって彼女たちがここを出て王都へ戻る際に、ゴーズ家で貰い受ける話になっていたよね?」


「ええ。ロディアとメインハルトの身を無事に守った場合の報酬の一部ですわね」


 ミシュラはラックの言葉を肯定しつつ、さらりと細部を補足する。


「うん。勿論成功報酬なのは理解してるけど。でも、『譲れ』ってことは、その契約内容を反故にするってことか。またまたロクでもない話だなぁ。なんとなく断れない雰囲気なのは察するけど、対価は何なの?」


「ありません」


「はっ?」


 ラックは、間抜けな感じの声を出した。

 超能力者の問いにズバッと明快に答えた正妻の返答。

 その内容が「少なくとも、何かはあるよね?」と期待を含めた予想からかけ離れ過ぎていて、ゴーズ家の当主の思考が停止しかかったからだ。


「ですから、対価はなしで、タダで譲り渡せというお話です。まぁそもそも、現在の所有権はゴーズ家にはないので、正確に言うなら『過去の契約内容を変更して、ゴーズ家が持つ未来の権利を放棄しろ』という要求ですわね」


「いや、いくら何でも、それは滅茶滅茶過ぎるだろう」


 あまりに理不尽な話に、ラックは頭を抱えた。

 しかも、要求してきたカストル家は、実質的に正妻と嫡男をゴーズ領に人質に入れているも同然なはずである。

 ついでに言えば、実子の娘たちと、娘が産んだ孫たちも存在するのだ。

 それでも強行された案件である以上、裏に何かがあるのは確実なのではないだろうか?

 超能力者は、話を持ち込んだ張本人か、それを命じたカストル公爵に、接触テレパスを使用した尋問を直ぐにも行いたい欲求に駆られた。

 勿論、何の口実もないので、そんなことはできないのだけれど。


 ちなみに、カストル家側の理屈はちゃんとある。

 まず、何をどう言ってみたところで機体の”現在の”所有権はカストル家にある以上、カストル公爵の意向でそれをどのように扱うのかは自由である。

 契約内容には、”ロディアが持ち込んだ機体は、彼女が有事と判断した場合に使用することができる”と書かれているが、それが最上級と指定はされていない上に、”できる”という権利があるだけで義務はない。

 付け加えると、”ロディアがゴーズ領を去る際に、1機の最上級機動騎士をゴーズ家に譲り渡す”という項目もあるが、”その機体が、明確に現在トランザ村のハンガーに駐機している物だ”とは書かれていない。

 究極的な話で言うと、彼女の帰還の際までに最上級を1機トランザ村に持ち込んでいれば、今ある機体を持ち去っても契約内容には反しないのだ。

 カストル家の正妻と嫡男が帰還する時期は、まだまだ先の話になるため、代わりの機体の当てもないわけではない。が、そこは今後の交渉で契約内容を変更したいところだとカストル公爵と家宰の意見は一致していた。


 これらが、ラックたちが知ることないカストル家側の理屈なのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、夕食会に持ち込まれたこの話題は、激論を交わす結果へと繋がった。

 特に対外的にはゴーズ領の客分でしかない、領地防衛には本来関係ないはずのリムルは、自身がロディアの代替戦力として勝手に挙げられた部分には敏感に反応した。

 端的に言えば、激怒したのだ。


 ぶっちゃけて言うと、ラックの妹は機動騎士を操っての戦闘に関しては、不得意で技量が低い。

 魔道大学校の実技試験では、「頑張った姿勢は評価する!」という、試験担当官の温情込みで、追試と落第をギリギリのところで免れた程度の腕前しかないのだ。

 つまるところ、「彼女の機体は、腕前に合わせて、彼女自身と同乗者の生命を守るための入れ物として用意されている」と言っても過言ではない。

 本人に言わせれば、「低い技量の持ち主である操縦者と、攻撃力を控えめにして守りに特化しているに限りなく近い機体の組み合わせに、一体何を求めているのか!」という話なのだ。

 けれども、これは双方が双方の事情を理解しないがために起こった、「悲しい行き違い」というモノであろう。

 まぁそもそも、カストル家が持ってしまった、「リムルへの要求」と言うか、「期待」と言うかは、おこがましいのが事実ではある。


 こうして、ラックはまたしても理不尽な要求に悩まされることとなった。


 議題の結論が出る以前に、カストル公爵に都合の良い戦力扱いをされてブチ切れまくる妹を目にして、驚くしかないゴーズ領の領主様。「『火力を減らして、その分を装甲に振っている』とは言っても、そこは腐っても最上級。近接戦闘でのパワーは最上級の下位に相当するし、標準仕様の上級程度の火力はあるんだけどな」と、呟いたのは彼女の機体の仕様をなんとなく憶えていた超能力者。「対価なしを受け入れる必要はないから、何を要求するかだな」と、荒ぶる妹そっちのけで、思考の海に沈みこんだラックなのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る