第111話

「北部辺境伯家から『次男を伯爵に』と叙爵願いが出ただと?」


 国王は宰相の報告に驚いていた。

 彼の父である先代の国王が、同じく先代の北部辺境伯の功績に報いるために与えた、伯爵の叙爵権。

 それは彼の家が分家を興すための爵位だったのを彼は承知していた。が、それでも事前の打診なしに、叙爵を要求されるとは思っていなかったからである。


「はい。形は『願い』として出されていますが、彼の家の既得権ですので、国として認める以外の選択は基本的にできません。なので、『届け』と言う方が実態により近いと言えますな」


「それは理解しておる。が、急な話だな。慣例で言えば、子爵以上の叙爵だと事前に根回しがあるはずだが?」


 爵位持ちが増えれば、ファーミルス王国から貴族に与えられる年金もそれに応じて増える。つまるところ、国の支出が増えるのだ。

 そして、王国の予算は無限ではない。そうである以上、予定していない支出が発生するのは困る。

 それ故の慣例であった。根回しの慣例が子爵以上とされているのは、単に動く金額の大きさで区分けされているだけの話だ。


 通常の領地持ち貴族が陞爵するのは、治めている領地が拡大したり、経済的発展をしたりが伴うため、税収の増加がある。

 それに加えて、領地はいきなりそのような状態になるわけではないため、事前に予測も立てられる。

 要は、褒美として与えている叙爵権の行使とは全く状況が異なってくる。事前の根回しが必要なのは、そこにも理由があるのだった。


「そうですな。ですのでシス家の当主からは、予算の問題で厳しいのならば1回分の年金は辞退しても構わないと連絡が来ています」


「そうか。だが、そう言われて、『では、そうさせて貰う』としてしまえば、褒美として与える権利の価値が下がる。何か、良い手はないのか?」


 国王は、今のファーミルス王国が、降って湧いた伯爵家に支払われるはずの年金の金額をポンと出せる財政状況にないのは理解できていた。

 スティキー皇国との戦争は未だ終戦しているわけではないのだから、国庫に余裕がないのは当然なのである。


「叙爵権の価値を下げないのを目的とするならば、支払うべき金額を減らすのは悪手ですな。ですが、今年度の予算に余裕がないのは事実です。ですので、戦時中であるのと急な話であるのを理由に、来年度の年金を倍にするか、或いは3割5分増しを3年間続けるか。2つの案を北部辺境伯に提示して、選ばせては如何かと」


「なるほど。他の貴族家が納得する理由付けができていればそれで良い。子細は宰相に一任する」


 そうして、国王はシス家が出して来た一連の書類に最終決済のサインをサラサラと書き込んだのだった。

 そこには、勿論、サエバ領の代官の交代手続きが含まれていた。




「貴方。サエバ領の代官が交代するという話で、サエバ伯爵が待っています」


 ミシュラは、1日の仕事を終えて戻って来たラックに来客の存在を告げた。


 トランザ村の領主の館に来訪している元シス家の次男は、自身の家名をサエバとしていた。それには、勿論理由がある。

 彼は家を興す際に家名を新たに作り出す必要があったのだが、任される領地の名がそれに伴って変更されるのを面倒に思った。

 領地名の変更のデメリットとして、一時的に物流に混乱が起こるのを彼は知っており、それを嫌ったのである。

 彼は、それを自身の妻2人に相談したところ、彼女たちには家名にも領地名にもこだわりがなかった。そのため、「元々の領地名を変えずに済む家名で良い」となってしまった。

 そのような経緯で、サエバ伯爵家が誕生したのだった。


 ここでは関係ないが、後日、それを知った弟のラトリートが、これ幸いと、自身の家名を変更したのは些細なことである。

 そうして、「近い領地で被る家名は混乱の元だ」と、バスクオ家の筆頭後見人は王都の役所で強硬に主張し、過去にやらかして悪いイメージが先行するサエバ子爵という名は消滅した。

 シス家の三男坊は、棚ぼたで家名ロンダリングに成功したのであった。

 良くも悪くも、持っている男なのであろう。


「へっ? フランからそんな話って聞いていたっけ?」


「聞いていませんわよ。急に決まった話なのだそうです」


 ラックとミシュラの会話はそんな感じで進められつつも、本日の報告事項は伝達される。

 その後、サエバ伯爵とラックは面会をするのだった。




「私はサエバ領ゴーズ村の代官に就任しました。急な話で驚かれたとは思いますが、これもシス家当主の決定です。サエバ領としては、隣接するゴーズ領やガンダ領と、兄のルウィンが代官を務めていた時と同等かそれ以上の親密な関係を築きたいと考え、挨拶に参りました」


「えーっと。お義兄さん、いや、サエバ卿とお呼びすれば良いのかな? まぁ、ゴーズ家はシス家とズブズブに仲良くやっている間柄ですし、私は、成り上がりで不慣れな部分もありましてね。言葉遣いが爵位に合わないかもしれないが、そこは見逃して貰えると助かる」


 ラックは元々が公爵家の令息であった。そのため、本来であれば現在の爵位より上の公爵家なら当然の立ち振る舞いや言葉遣いができてもおかしくはない。だが、元テニューズ公爵家の長男は、実家からそのような待遇で扱われていなかった。学生時代の周囲の扱いも同じである。

 そうした事実は、彼の魔力量が0であるのと合わせて有名な話。

 それ故に、サエバ伯爵は眼前のゴーズ家当主の言いように、内心では苦笑するしかない。

 勿論、彼はそれを表情や態度に表してしまうほど、愚かではないけれども。


「上級侯爵様から『お義兄さん』と呼ばれるのは、何か面はゆい物がありますね。勿論、親族関係はそれで合っているのですけれど。私のことをどうお呼びになるかはお任せします」


「では、サエバ卿で。これまでにも顔を合わせたことはありますから、初対面ってわけではないですけれど、態々代官就任を知らせに来てくれたのですね。ありがとう」


「ええまぁ。実は、私的な部分での提案もありまして。それもあって挨拶がてら、お訪ねさせていただいた次第です」


 サエバ伯爵は、来訪目的が顔繫ぎの挨拶だけではないことをラックに告げる。


「提案ですか? それはどのような?」


「ガンダ家のカール君の正妻の件です。まだ、婚約者の登録はされていませんよね? 私には庶子で、今、彼の1学年上の娘が居ます。魔力量は4000。関係性の強化に嫁入りさせたいと考えています」


「提案は嬉しいのですが、ガンダ家の正妻はゴーズ家から出すことが決まっているのですよ」


 ラックは、「悪い話じゃないけど、無理だな」と心の中で呟く。それと同時に、即座にサエバ卿が”否”と受け取れる答えを返した。返答に間を置くと、”条件次第では検討の余地がある”と思われてしまう可能性がある。それは、はっきり言って困るからだ。


「それは、娘をゴーズ家の養女として貰って、嫁がせるという方法でもダメなのでしょうか?」


 サエバ伯爵は、ラックの言葉が想定内の物であったために、直ぐに確認を取る。

 シス家は、有望な騎士爵や準男爵を婚姻政策で絡めとるのを得意とする家だ。

 元はその家の次期当主のスペアであり、今はそれを支える役目を担う彼は、当然のことながらその分野の話には長けている。


「ああ、なるほど。それでしたら、検討の余地がありますね。4000の魔力量でしたら、特例男爵の爵位維持の要件には十分ですし、当家には必要魔力4000の下級機動騎士もありますから、操縦者としても魅力がある。だけど」


「だけど、何でしょうか?」


「カール君の子で魔力量が2000に満たない後継ぎしか生まれなかった場合、もう一度だけ特例を維持できる娘を見繕ってくれるという密約をしてもらえるのなら。最低でもそういう条件を付ける。それが前提で、当家で検討するのであれば、明日の朝には確定の答えが返せる。追加で条件が付くかどうかは、検討時の話次第。これでも良ければ」


 強気で条件を乗せて来るラックの言葉に、サエバ伯爵は少々焦る。それは、彼が知るこれまでのシス家の交渉パターンには、そのような例がなかったせいだ。

 過去に置けるシス家の交渉相手は、格下の爵位の相手ばかりであったのだからそれが当然ではあったのだけれども。

 だが、彼は無能ではない。予想外の事態に合わせて対応する能力も持ち合わせている。


「わかりました。ですが、男子が生まれなかった場合はどうなるのでしょうか?」


「その場合だと、ゴーズ家から入り婿を出すのが最優先だけれど、それが不可能な場合もあり得る。その時は、”サエバ伯爵”に次点の優先権を与える線になると思う。これも、検討時に話し合って最終結論を出す部分になるけれどね。ついでに言えば、子が生まれなかった場合にガンダ家で取る養子も同じような感じになるはず」


 そうした話が済んだ後、ラックはサエバ伯爵にトランザ村への一晩の逗留を促した。

 現在位置は、新たなサエバ領の領主が、自身の領主の館まで帰るのは不可能ではない距離。が、明日の朝再度話をする時間を持つには、そうした方が双方の時間に無駄がない。それ故の提案であり、理由を理解できる彼は、快くゴーズ家当主の厚意を受けたのだった。

 もっとも、晩餐に呼ばれることはない形での一泊になるのだけれど。




「というわけで、新たなお隣の領主になったサエバ伯爵から、ゴーズ家への養女とガンダ家へ婚姻の提案が出されました」


「ラックの言葉が軽いが、ガンダ家にとっては重要な話のはずだよな?」


 ラックの発言を受けて、フランがぼそりと呟く。


 恒例となっているゴーズ家の夕食会での本日の議題は、サエバ伯爵に関係する物が主体であった。


「私とアスラは、ガンダ家の後見人ではないからな。まず、先に今の当主の婚姻の話を決めて欲しい。その次代の話の部分には必要があれば発言させて貰う」


「そうですわね」


 エレーヌがアスラに視線を向けながらそう発言し、視線を向けられた当人は了承の意を表す。


「貴方。カール君の話をするのなら、ついでですからルティシアさんの話も決めてしまってはどうかしら?」


 ミシュラは、ガンダ家のカールだけの話で終わらせず、”クーガの公然の愛妾状態と化しているルティシアの処遇についてもはっきりさせよう”と、追加で話題をぶっこむ。


「そうだね。それもあるか。もう実態を追認って形で良いと思うけれどね。クーガの嫁はミレス、テレス、ルティシアの3人。全員正式な夫人扱いで序列については、当人たちで話し合って貰うってことで、異論はあるかい?」


 妻全員が肯定する仕種をしているため、それは満場一致で決定となった。

 ちなみに、ミレスはもう妊娠中だったりする。

 クーガは正式に婚姻が済んでいないのに、このままいけば近い将来、学生の身で婚約者の子供を認知することになってしまう。この時点でそれが既に確定していたりするのはゴーズ家的にはご愛敬なのだった。

 付け加えると、もし、ミレスが早産になれば、実はゴーズ家の嫡男は魔道大学校への入学前に1児の父になる可能性まであるのだけれど。

 爆発しろ!


「カールの婚姻の話は、私がこの家に嫁いだ時とその後の暫定的な内定では、ゴーズ家の双子のミリザかリリザが正妻になるってことだった。が、ガンダ領は彼女たちの魔力量に見合う爵位へ陞爵する可能性はない。だから、今回の話は良縁なのだと思う。1歳年上なのも、息子が卒業と同時に結婚可能であるのが良い。母親としては、ラックがサエバ伯爵に出したカールの子への条件だけで十分だ」


 リティシアはルティシアの件で脱線しかかった話を戻す。

 彼女の視点では、息子の当主としての立場的にも、ゴーズ家だけではなく北部辺境伯家に伝手を繋いでおくのは悪くない選択である。よって、反対する理由も、これ以上に条件を追加して高望みする必要もないのだった。


 そんなこんなのなんやかんやで、夕食会での結論は出された。

 結果的に、ラックが事前にサエバ伯爵に提示してした条件はほぼそのままで、翌朝再度当主同士に加えてリティシアが参加して、話し合う時間が設けられる。

 そうして、ゴーズ家とガンダ家とサエバ家の3家で、ガンダ家当主であるはずのカール君の意向を確認することなく、彼の婚姻話は決着したのであった。


 そして、ここでは関係ないが、カール君のリリザに対して抱いていた儚い恋心は、3家での決着により散華することが決定してしまった。

 だがしかし。それは些細なことなのである。

 ちなみに、リリザ側は彼に対して”昔よく遊んでくれた親戚のお兄ちゃん”以上の感情は持ち合わせていない。それを未来永劫知ることがなかったのは、彼にとって幸福なことであったのかもしれないけれど。


 話が決まってしまえば、婚約の登録はさっさと済ませてしまうに越したことはない。そうしなければ、どんな横槍が入るかわかったものではないからだ。

 彼らは明日の朝王都で落ち合うことを決め、その場は解散となる。

 そんな流れで、婚姻の登録が行われれば、新興のサエバ伯爵家はゴーズ家ともガンダ家とも懇意であることが王都の役人の知るところになる。

 そして、それは王都で情報収集に余念のないラックの妹のリムルの耳にも届く情報となるのだった。


 こうして、ラックは自覚することなく、シス家の当主交代話にまた1つ加担したことになった。シス家の次期当主のルウィンが事態の推移を知り、外堀をドンドン埋められて行く気分になっていたのは超能力者の知るところではなかったのである。


 先日の戦闘で大量消費された魔石の補充ついでに、ドクからは魔獣由来の素材の追加もお願いされているゴーズ領の領主様。叔母からお願いされてしまうと、なんとなく嫌とは言い辛い。というか、無言の圧力に負けて、嫌とは言えない超能力者。それでも、「魔獣の種類や素材の量を指定されても、そう都合良く見つかる物でもないんだけどなぁ」と、ぼやきだけはしっかり入るラックなのであった。

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