第97話

「俺の王位継承権の順位が2位のままだと?」


 感情をなくした顔で姿を見せた宰相が告げた内容は、第2王子にとっては衝撃的であった。「明日の朝から公式発表される内容だ」とのことであったが、信じたくない気持ちでしかない彼は、途中から眼前の文官の長の話している内容を聞いてはいなかった。

 正確には、耳には届いていたが理解しようとしていなかったし、理解できてもいなかったということなのだが。


「それが陛下の決定なのですね。知らせて下さってありがとう存じます。夫は理解が追いついていない様子ですから、わたくしの方から改めて言い含めておきますわ」


 同じ部屋に居て宰相の話を聞いていた第2王子妃のリムルは、彼にさっさと退出するように視線で促しつつ、そう告げた。


「貴方。しっかりなさいまし。元々貴方は国王になる予定ではなかったのです。元に戻っただけ。貴方は短い夢を見ただけ。全ては儚い夢だったのですわ」


 リムルの言いようは、あんまりと言えばあんまりな言い方ではあるが、事実は事実である。

 そして、第2王子は宰相の説明を理解して聞いてはいなかったが、権力を持つ期間や世襲に制限が付くものの、夢ではなく現実になる部分もある。

 宰相が告げた内容は後述されるが、本人が受ける損害”だけ”という意味では、「見方によってはリムルやフォウルのほうが被害は大きい」とも言える。但し、フォウルに関しては決定前の話で本人に自覚があったわけでもないため、損害と言って良いのかは微妙なところだ。

 リムルは肩書が正妻や正妃ではなくなるため、「損害は大きい」と言えなくもない。が、本人の意思として”どの役割を担いたいか?”を問うた場合、返される答えを知ってしまうと、この件で損害を受けたと言えるのかが微妙な物になる。もっとも、彼女の意思の部分は、周囲にはっきりさせることなく、事態は終わるのだけれども。


 リムルの実子であるフォウルが王太子となり、自身も王妃となる目が、宰相から決定事項を告げられるまでの僅かな時間だけ、想定内に入っていたのは確かだ。が、それが泡沫の夢うたかたのゆめに変化してしまったところで、彼女の場合、本人からすれば”損害を受けた”という認識にはなっていなかった。

 寧ろ、”王妃教育を受けずに済んでラッキー”とまで考えていたくらいである。勿論、実家の影響力と言う意味での利害関係が存在するため、「王妃にならなくて済んで良かった」という本音は、口が裂けても言えないのだけれど。


 宰相の告げた内容とは、一体どんな物だったのか?


 その内容は以下の第1から第8までとなる。


 第1に、王位継承権1位は王太子の遺児となった元王太孫に定める。これは元王太孫を王太子に指名するということ。

 この条件は、ヤルホス公爵がシーラを王家へ嫁がせる時に話しあった内容に含まれているため、部分的に契約に沿ったという形になる。

 契約内容の中で重視されて守られたのは、”王太子妃が男子を出産して魔力量に問題がなければ、その男子に将来王位を継がせる”という部分だ。


 第2に、現国王陛下が退位した時点から、第2王子は王位継承権の順位を最下位とすることと引き換えに、王太子の後見人兼、国王代理兼、補佐役としての任に就く。この時から王太子が戴冠するまでの期間は、国王の座が(実態は異なるが形式上は)空位となる。

 王太子が成人し、戴冠してから実務経験を3年積むか、22歳の誕生日を迎える。そのどちらかの条件が満たされるまでは、第2王子は任に就いたままとなる。

 実務的には国王代理であるので、一部の例外を除いた国王としての権力を期間限定で手にし、義務も負う。

 第2王子には副王の通称が贈られる。

 副王が通称であって称号や役職とされないのは、世襲でそれを継ぐことをできなくするため。そして、一部の例外に該当するのは、第2王子自身や母親がシーラ以外の自身の子を王太子に指名する権限がないという部分となる。また、シーラとの間に生まれた男子であっても無条件に王太子に指名はできない。(必要条件は第7の部分)

 副王を名乗るのは、期間が定められてはいないため自由だが、国王代理として権力が振るえるのは元王太孫が22歳の誕生日を迎える日を限度としている。但し、例外規定で通称が使えなくなる場合がある。


 第3に、シーラは第2王子に嫁ぎ、王太子の正妃が決定してから王妃が務まるようになるまでは王妃代理として王妃業務を熟す。また、王太子妃へ王妃教育を行う義務も負う。


 第4に、リムルは第2王子の側妃(第2夫人)となる。実子の男子であるフォウルはシーラが産んだ男子の次の王位継承権を持つ。

 但し、フォウルより王位継承権の順位が高い者が不審死を遂げた場合、且つ王太子へ繰り上がる場合は、ヤルホス公爵の判断で継承権順位の繰り上げを停止することができる。

 その場合はフォウルより下の継承権の保持者が飛び越しで上となる。

 また、リムルと第2王子の間にフォウル以降の男子を授かった場合はフォウルに準じる扱いとする。


 第5に、テニューズ公爵家へは、リムルやフォウルが受ける個人の不利益と、実家としての不利益の補填として、王太子妃を出す権利を与える。これは現状では元王太孫とテニューズ公爵家次期当主の長女を婚約させるという意味になる。但し、これには変更があり得るため、王太子妃を出す権利とされた。


 第6に、テニューズ公爵家が王太子妃を出す権利を行使した場合、その夫となる人物に対して、ヤルホス公爵が6親等以内の血縁者の側妃を送り込むことを禁じる。

 また、権利を行使した対象の王太子が王位を継ぐ前に死亡した場合、次の王太子を対象に変更し、権利を保全する。


 第7に、元王太孫以外にシーラが国王代理との間に男子を授かった場合は、国王代理とヤルホス公爵とテニューズ公爵の3者で話し合って王太子変更の有無を決める。但し、変更が可能な期間は元王太孫が魔道大学校を卒業し、戴冠式を終えた時を限度とする。

 その場合は、新たな王太子が成人し、22歳の誕生日を迎えるまでの期間、元王太孫を後見人に加える。

 元王太孫の年齢が22歳を超えた時点で、新たな王太子が成人し、実務経験を3年積むまでは後見人兼国王の代理兼補佐役として、副王の通称が贈られる。


 第8に、副王の通称の持ち主は2人同時に存在することを認めない。よって年かさの人物の通称は剥奪とし、そのケースになった場合は剥奪された人物の通称使用を禁じる。


 宰相が第2王子とリムルに告げた内容を、長々と前述に列挙した。

 その内容の特に重要な部分を要約するなら、それは以下となる。


 亡くなった王太子が戴冠していれば、シーラは王妃になっていた。

 よってその状況と嫁ぐ際の約定を考慮し、彼女が産んだヤルホス公爵の孫を次期国王とする。が、戴冠は直ぐにではなく成人後とする。

 そのため、それまでは国王を空位とし、その間と王位を継いでから3年を経るか22歳となるまでは、第2王子が国王代理として国王の権力を振るう。但し、権力の一部と義務が国王に残るため、空位と言いつつも実態は少々異なる。

 国王代理は王位継承権の順位を最下位とされるため、在任期間中に代理の文字が消える可能性は限りなく0に近い。

 テニューズ公爵家は3歳のラックの弟の娘(長女)を元王太孫(次期国王)の正妃(王妃)に据える権利を持つ。但し、嫁に出す娘もその相手も変更の可能性があり、決定ではない。

 要点はそれだけである。

 例外やら、他の男子が生まれた場合の規定はあるが、それらは、確実な部分ではない。


 ちなみに、件の次期国王となる元王太孫は、現在11歳。

 つまり、第2王子が国王代理として国王に準じる権力が行使できる期間は最長でも11年に満たない。それを長いと見るか短いと見るかは本人次第なのだけれど。




「ははは。俺はどこまでも2位の男なのだな」


 第2王子はぽつりと呟くようにそう言った。


「宰相の言った内容を理解していますか?」


「俺は戴冠できない。それ以上でも以下でもないだろ」


 ダメな子を見る目に変化したリムルは、諭すように語り掛ける。


「貴方は国王代理を任されるのよ? 任期は最長で11年には届きませんけどね。シーラ様の長男が22歳になるか、魔道大学校を卒業してから戴冠式をどこかのタイミングで行い、3年の実務経験を積む。その条件のどちらかをクリアしなければ、戴冠しても、国王の権限が有効にはなりません。そして彼の権限が有効になるまでの王権は貴方が振るうのですよ? 肩書は国王ではなく国王代理の副王。でも実権はあるのですから宜しいじゃありませんの。期間はまぁ短いかもしれませんが、早めに王位を退いて余生を楽しむと考えれば悪くはないじゃありませんか」


「そうなのか。実権を10年以上持てるのか? ははは。最初からそう言ってくれよ」


 第2王子の表情は、憑き物が落ちたようにすっきりとしたものに変化した。そして、リムルの言葉の続きを聞く姿勢になる。


「貴方が聞くのも理解するのも、放棄していただけだとわたくしは思いますけれどね。それと、貴方の正妃はシーラ様が務めるそうです。彼女は王妃代理を務め、次代の王妃候補への王妃教育も義務として任されるそうです。貴方の想い人ですから、一緒になれて良かったではありませんか」


 淡々と語るリムルの纏う雰囲気と言うか、言葉では表現し難いナニカが、第2王子にはとても恐ろしく感じられる。


「君は? フォウルはどうなる?」


「わたくしは、側妃として第2夫人の身分をいただけるそうです。フォウルは王太子になるシーラ様の息子の次。彼が戴冠した後は、彼が後継者の男子を得るまでは継承権1位。要は暫定1位ですけど実質はスペアですわね。あと、貴方とシーラ様の間に男子が生まれた場合の話もありますけれど。それはご自分で確認なさってくださいまし」


「その。聞き辛いんだが、俺とテニューズ家の関係はどうなるのだろうか? 君と実家との関係は?」


 第2王子は恐る恐る確認をするために問う。

 彼はなんとなく悟っていた。

 この機会を逃せば、リムルから本音を含む情報を得ることが叶わないと。


「テニューズ家は次の国王。現状ではシーラ様の長男に当たりますが、彼に正妻を出す権利を確約されています。次代の王妃をテニューズ家が出すという意味ですわね。現在の最有力候補の女性は3歳のわたくしの姪。次期テニューズ公爵の娘ですわ。わたくしやフォウルへの仕打ちの代償に、テニューズ家はその権利を手に入れましたのよ。貴方が国王代理を務めている間、わたくしは後宮住まいになるのでしょうか。そしてその後は離宮へ居を移すのでしょうね。フォウルは王宮の部屋住み。それは貴方の昔の立場と同じ。ですが、継承権の順位を考慮に入れると、ずいぶん差があるかもしれないですわね」


 宰相から第2王子妃ではなくなることを通告された女性は、そこで一旦言葉を切った。

 前提となる状況の話を概ね終えて、一区切りとなったからだ。

 そして、彼女は冷たい笑みを浮かべた表情へと変化し、言葉を紡いだ。


「父やテニューズ家の次期当主が、貴方にどういう感情を向けるのかは、ご自分で感じ取って考えていただけますか? わたくしが語ることではないかと存じます」


 もう話すことはないとばかりに、夫へ一礼をした後、リムルは自身に与えられている私室へと向かい踵を返す。

 そうして、彼女は私室に着いた後、さらさらと手紙を書き上げた。

 その後、専属の侍女を呼びつける。

 侍女には「王都に滞在しているはずのゴーズ上級侯爵の所在を確かめ、朝一番で届けるように」と命じた上で、彼女は認めた手紙を託したのである。


 第2王子は、夫婦の共有スペースとなっている部屋に取り残されていた。

 彼は茫然と、漆黒の暗闇とかがり火の明かりが混在する、窓の外の虚空を眺めていた。

 この夜、彼は失ったものと得たものがある。

 そして、彼には”どちらが幸せなことなのか?”の判断がつかなかったのだった。




 そんな事態が妹夫婦に発生しているとはつゆ知らず、ラックは居心地の悪いカストル公爵の館で夜を迎えていた。


「機体の簡易整備は無料で受けられるし、駐機代も無料だし、ロクに顔を合わせたこともないミシュラやアスラの母親とミゲラの人となりを知る意味もあって、ついでもあったから良い機会だと最初は僕も思っていました」


「いきなり何を仰るの?」


「いくらなんでも塩対応過ぎない? 僕らはさ、当主からは客人待遇で扱われてるんだよ? 大きな声じゃ言えないけど、僕はこの家の当主に対して良い感情は持ってない。ミシュラもそうだし、今のアスラもたぶん同じだよね。それでも僕らはトランザ村でこの家の当主一行をちゃんと歓待したし、ロディアへだってできる限り気持ちよく過ごして貰えるよう配慮してるよね? それに比べてって思ってしまうわけだ」


 最短だと1年にも満たない時が過ぎれば、ロディアとメインハルトはこの館に居を移す。その時は入れ替わりで、塩対応の女性2人に、人見知りなのか教育が悪いのかは定かではないが、ミゲラの影に隠れて真面に挨拶もしない娘が1人。

 ラックは、既に契約を破棄するべきかどうかを、真剣に検討したくなっている。


「今はこんなですけど。そして本性の部分は間違ってないですけど、全員アウド村かビグザ村へ押し込む予定ですよね? 農作業くらいしかやることのない地に3か月も放置すれば、考えも変わりますわよ」


 経験者は語る。しかし、ラックの視点からすると、アスラとニコラはトランザ村へ来る前の段階で良くも悪くも心が折れていた。

 だが、彼女たちは果たしてどうであろうか?

 上手くやって行ける気が全くしないのである。


 こうして、ラックは微妙にむかつく一夜を過ごした。

 その夜。むかつく以上は、何かでその分の元を取りたいと考えてしまう、貧乏性の超能力者が爆誕していたのだった。


 千里眼と透視を駆使して、カストル公爵邸内に、明らかに使っていない家具やら調度品やらを大量に見つけてしまうゴーズ領の領主様。家宰を相手に「これまでの未払い分の報酬に充当してくれ」と交渉し、それらを譲り受ける話を纏めてしまう。そうなってしまえば、アスラは目利きができるらしく、どうせならと良い物を選りすぐっていた。「実家のお蔵入り品の略奪に来たみたい」と、こぼした第5夫人の言葉に、思わず吹き出してしまったラックなのであった。

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