第96話

「ゴーズ上級侯爵が面会に来ているだと?」


 先触れすらなく唐突に届いた情報に、宰相は驚いていた。辺境伯や侯爵以上の家の当主にはその権利が与えられているとは言え、先触れなしにいきなりやって来るケースは非常に少ないからだ。

 そもそも、宰相が扱わねばならない案件で、上級貴族の当主が出向かねばならないような特に重要な物は、その場で独断で即決できることはまずない。ある程度事前に答えを用意しておく必要があるのだ。

 つまり、先触れで用向きを事前に伝えておく方が、”双方に無駄な時間が発生しない”という至極当然の事情もあるのである。

 もっとも、本当に緊急で内密に伝えたいことを特権を使って当主が伝えに来て、「返答はできるだけ早く欲しい」と、宿題を出されて終わることも無きにしも非ずではあるけれど。


「とりあえず、上級貴族用の待機部屋で待っていただいていますが、どうされますか?」


「用件は聞いているのか?」


「いえ。相談があるとしか」


 宰相的にはこれは困る。

 王太子が死亡したことで、現状は暫定で決めねばならないことが多い。そして、暫定であるが故に、最終決定が別途必要な案件が山積みとなって行くからだ。

 端的に言えば、「優先順位の判断に困る」と言うだけの話に集約されてしまうのだが。


「わかった。では直ぐに用向きを私が確認して、今日のこの後の予定をどう調整するかをその場で判断する」


 知らせに来た文官にそう返事をして下がらせた後、宰相は周囲の文官に言葉をかけた。


「聞こえていただろうからわかると思うが、直ぐにここに戻るかもしれんし、長時間不在になることもあり得る。30分以内に戻らなければ、不在時間が長くなると判断して仕事を進めよ」


 そう指示を出して、宰相はラックの待つ部屋へ向かったのだった。




 ラックは第1王子の訃報を受け取った日の夕食会の後、こっそりと1人で北部辺境伯に会いに行っている。

 アスラと直ぐに王都に向かうことも可能ではあったのだが、それをしてしまうと使者2人の訪問時刻から色々と辻褄が合わない事実が発覚する恐れがある。

 そのため、使者に対しては今夜の出発を偽装し、実際は早朝にアスラの最上級機動騎士に2人で搭乗して、テレポートで王都に向かう予定となっていた。

 つまり、ラックには閨に入るまでの時間に少しばかり余裕があり、そこを有効活用して、お義父さんの知恵を借りに行ったのだった。


 尚、事前に千里眼で、シス家の状況を確認して、ちょっとばかり申し訳ない気分であったのは超能力者だけの秘密である。

 シス家の当主は、その時、どうやら夜のゴニョゴニョの準備をしていたようであったのだから。


 そんな経緯ではあったが、北部辺境伯は毎度のことであるラックの突然の来訪に、特に腹を立てたりはしなかった。

 シス家の当主は純粋に相談に乗って、義理の息子に適切と思われる助言も行う。

 そして、やはり実家の立場や継承権が絡む面倒な話には、年の功が物を言う。

 ゴーズ家の当主は、妻たちとの夕食会では出なかった新たな選択肢を、ここで得たのだった。




「えー。単刀直入に伺います。次の国王を誰にするのか? 王位継承権の第1位が亡くなった後の継承権の順位変更の情報をいただきたい」


 ラックは宰相に会い、形式的な挨拶を済ませた後、直ぐに本題へと入る。

 率直過ぎるその物言いに、問われた側は驚いてはいたが、その内容自体は別段意表を突くものではなかった。


「変更と言えるかどうかはわからんが、今の予定では全員の順位が1つ繰り上がる。それだけだが? 予定とは言っても明日には公示されるし、継承権の保持者には順次通達がなされる。もう決定のような物だな」


 隠さなければならない情報でもないため、宰相はあっさりとラックからの質問に答えた。順位の繰り上げは当然の話であるので、”何故改めてこの状況下でそれを確認されたのか?”を、彼はいぶかしいとは感じたけれども。


「ほう。では第2王子が次期国王として、彼を王太子とするわけですか。では伺いますが。そうなった場合、元王太子妃となるシーラ様、今の第2王子妃のリムル様、それぞれの第1子の男子の処遇について説明をいただきたいです」


 余り触れて欲しくない部分に話が及んだ時点で、宰相は漸くゴーズ上級侯爵の来訪の意図を理解できた気がした。

 眼前の彼の心中は、妃の立場と、産んだ男子、そして妃の背後に居る実家の公爵家の思惑の話を確認したいのだろう。

 それに王家がどう対処するつもりなのかを確認に来た。

 この状況が発生している時点で、ゴーズ家は”もう既に当事者の誰かから接触を受けている”と考えて良い。

 文官の長は、”そこまではおそらく間違ってはいないだろう”と、考えが至った。


「そこか。先にこちらから質問をしたい。良いかな?」


「ええ。答えられることでしたら」


「ゴーズ卿は王太子妃、第2王子妃、ヤルホス公爵、テニューズ公爵、或いはそれ以外もありますかな? どこから接触を受けたのですかな?」


 ラックは宰相のとの話次第では、国王陛下に話し合いができる場を求めるつもりであったし、第2王子本人にも会って話ができるならばそうしたいと考えていた。

 まず不可能だろうと思ってはいるが、可能であれば接触テレパスを行使して、本心を探りたいまである。

 そして、宰相から探りを入れられた部分は、ここで隠しても直ぐにバレる。但し、2人の妃は、それぞれに大っぴらに使者を送ってきたわけではない。

 そのような状況である以上は、今、問いに明確に答えてしまうのは余り良いことではない。

 それは承知なのだが、どちらを選んでも結果には大差がないのは事実なのである。


「先方の意向として、公開したい話ではないのは理解いただけていると考えます。ですが、ここで私が答えなくとも、調べれば直ぐにわかることでしょう。お互いに無駄な手間を省くのと、ここだけの話という前提で情報元を秘匿するという確約がいただければ答えます」


「ああ。問題ない。情報の出所の捏造などいくらでも可能であるしな。で、どこだ?」


「妃2人の両方ですね。公爵家からは何もありませんよ。勿論、それ以外からも」


「そうか。両公爵からは、それぞれに圧力がかかっている。ヤルホス公爵は『娘は将来の王妃となる前提で”王家に”嫁がせ、それは当時のテニューズ公爵も同意した話だ』と言っておる。魔力量に問題がない男子を授かれば国母となる件も同じことだ。片やテニューズ公爵は、『継承権の順位は決められており、習わし通りに履行されるのが当然である』と、主張しておるな。両者共に、自分の孫を次々代の王とする点を譲る気はなく、公爵に同意している上級貴族の連名で既に意見書も出してきている。そこに名がないのは、カストル家とゴーズ家だけだ。陛下は、『次は第2王子が王位を継ぐのだから、時の王が後継者を決める話であってそこに口出しする気はない』と申されてな」


 ラックはそこまでで一旦言葉を切った宰相が、実は妃や子供の処遇については語っていない。つまり、投げた質問には答えていないのに気づいていた。

 そして、彼の話の内容から、圧力が掛かっているがどうするかはまだ決まっていないのが察せられた。ついでに言えば困っているのも察してしまったわけだが。


 この時、超能力者はお義父さんの慧眼に感心していた。

 北部辺境伯はロクに情報がないのは自身と同じであるにも拘らず、状況を正確に推察し、打開策を持っていたからである。


「要は処遇を決めるのに、難儀しているという理解で宜しいか?」


「はっきり言ってしまえばそうなる」


「これは関係者全員から可能な限り、意思確認をしてからの方が良い話。それが前提なので叩き台にしかならない。それでも良いのであれば、ある程度円満にことを済ませる案が私にはありますが?」


 案の出所は、思いっきり北部辺境伯の考えだったりするのだが、その部分は言わぬが花という物であるだろう。

 ラックとしては、シス家の当主が公爵家の意向に同意して意見書に署名したのなら、”そこで献策してあげれば良かったのに”と思わなくもないが、下手に口出しをして責任を負いたくなかったのは理解できる。

 何故なら、彼自身も、”宰相に案を積極的に伝えたい”とは微塵も思わないからだ。

 この手の話は、どこでどのような恨みを買うのかわからない以上、可能であるなら近づかないほうが良い事柄なのは厳然たる事実なのである。

 だがしかし。言わずに放置しておくと、自身が、或いは家族や領地が、ロクでもない結果に巻き込まれる可能性が極めて高く感じられる。

 そうである以上は、”どちらがよりマシなのか?”という話にすり替わる案件なのをゴーズ家の当主は理解していた。


 尚、この時のラックは1つ誤解をしている。

 時系列で言えば、北部辺境伯が署名を求められたのは彼らが密談を終えて解散した後。

 夜を徹して王都に署名済みの意見書が運ばれ、ゴーズ上級侯爵が王宮にやって来る少しばかり前にそれが届けられていただけの話だったりする。

 シス家の当主は、”自身の考えが義理の息子を通じて王宮に伝わるだろう”と考えていた。そのため、公爵家に対して態々献策をする必要性を感じていなかっただけであった。もっとも、彼が”この件に積極的に関与したい”と思っていなかったのも事実ではあるのだが。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックは宰相に叩き台となる案を伝え、その場で調整して密談を終えた。

 その後、ゴーズ上級侯爵は予定通り第2王子との面会を希望したのだが、それについては、”相手の時間の調整が付かず”となり不可能となってしまう。

 未来の第2王子は、この時に義兄と会う時間の捻出をしなかったのを後悔することになるのだが、それは超能力者に見通せた話ではなく、何の責任もない話なのであった。


 そんな流れから、ラックは王都で一晩の宿を手配しても良い状況ではあった。が、待たせていたアスラが自身の機体の預け先を「カストル家の管轄の機動騎士専用駐機場で良いのでは?」と提案したため、彼らは一晩カストル公爵家にお邪魔することになる。しかしそれは、この件とは直接関係がない別の話となるのだった。 




「陛下。王位継承権の順位についての新たな案が出ました。ご検討いただきたく報告にまいりました」


 宰相はラックとの密談が終わった後、時を移さず行動に出た。陛下の耳に入れ、明日発表する内容の変更を行うのであれば、残されている時間は少ないからだ。


「ほう? 単に繰り上げるだけのはずだったと認識しておるが、新たな案を急いで持ってきたということは、1位が変わるということなのか?」


 国王が詳細の説明を受ける前にその点に気づいている内容の発言をしたことに、少々驚いた宰相であった。が、彼は文官を統べているだけのことはあり、それを眼前の国王に悟らせはしなかった。


「お気づきになりましたか。さすがですな。繰り上げるだけの方法では、今朝方届けられた意見書の問題があります。それを回避する案なのです」


「ほう。そんなものがあるのか。ではそれで良い。その案を採用して細部の調整は宰相に任せる」


 宰相は国王のこの発言には、さすがに驚き過ぎて思考が一瞬止まってしまった。


「あの。陛下。任されることは信頼されている証ですので、私としては喜ばしいことではあるのですが、内容の確認もせず、それで宜しいのですか?」


「手放す権力の行き先に興味などない。どのような結果であろうとも、不満を持つ者は必ず出る。で、あるなら、そのような些事に煩わされるのは時間の無駄だと思わぬか? まして、宰相が急ぎで態々報告に来ているほどの案なのであれば、元々予定していた物より優れておるのだろう? それはつまり、不満を持つ者が減る結果に繋がるのであろう? それを聞いて中身を弄る気などないわ。早く最終調整と根回しに取り掛かれ」


 確かに、国王の感情面からの妙な修正を受けるのは、正直なところ悪影響しかもたらさないであろうことは宰相にも容易に想像がつく。

 実に遺憾ながら、この国の最高権力者の丸投げの姿勢は、未来に享受されるであろう結果だけを想定すれば正しく、同意するしかない。

 そして、これは宰相がその事実に口をつぐめば全く問題がないのである。


 そんな流れで、話は決まってしまった。

 宰相は一番割を食うことになる第2王子には声を掛けず、先に外堀を埋めに行く。

 彼はテニューズ公爵とヤルホス公爵に緊急呼び出しを掛け、話し合いの場を持つことにしたのである。

 

 こうして、ラックが北部辺境伯からの入れ知恵を基にして王宮に持ち込んだ、王位継承権の順位変更案は、彼の居ない場で猛威を振るうことになったのだった。


 第2王子の思惑を知らず、無自覚にぶっ潰しに動いてしまったゴーズ領の領主様。カストル家に出向いてみれば、歓待モードの当主と家宰とは対照的な、塩対応の正妻と長女も待ち受けていたでござる。「こんな態度の2人を将来、領地に受け入れるのは嫌だなぁ」と、誰にも聞かれないように小声で呟くラックなのであった。

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