第94話

「第1王子が亡くなっただって?」


 ラックは日中の通常の作業を終えて執務室へ戻った時、強張った表情のミシュラが真っ先に報告してきた、北部辺境伯経由で王都から伝えられた情報に驚いていた。

 第1王子は急死してもおかしくない高齢者ではなかったのは勿論であるし、”重篤な病で伏せっている”という事前情報もなかった。もし、そのような事実があれば、情報が出ないはずがない。

 そして、現在の国王陛下はもう高齢の域に足を踏み入れているため、近く王位が次代に譲られる状況でもあった。これは、ゴーズ家の当主の考えに限った話ではなく、一般的な感覚として、当然の暗黙の了解的な話なのだった。

 そうした状況下で、「王位継承権第1位の人物が急死した」との情報であれば、驚くのも無理はないのである。


「ええ。死因は病死の範疇の脳出血。実態は性交死で所謂腹上死というのが宮廷医師の見立てみたいですね。『実態の部分は内密に』ということで口頭のみで伝えられましたけれど。暗殺、毒殺などの形跡はなく、他殺を疑う余地はないそうです」


「ふーん。継承権1位で王太子だったけど、たしか息子が1人しか居なかったんだよね? スペアが欲しくて焦っていたのかな?」


 ミシュラはラックの疑問を投げ掛ける発言に、”補足が必要だ”と判断して言葉を足す。


「それがなかったとは言いませんが、魔力量の問題もあったのではないでしょうか? 王太孫の魔力量は王族の基準に足りてはいますが、高くはなかったですから。もっとも、彼を今も”王太孫”と呼んで良いのかわからない人物になってしまっていますわね。『弟の子の魔力量は今の陛下、第1王子と比較しても高い』と聞いていますから、同等以上の子を望んだのでしょう」


 王位継承権の2位は第2王子であり、そちらにも息子は居る。しかも、魔力量は亡くなった第1王子や父の第2王子と比較しても少しの差ではあるが上回っている。

 第2王子は兄が王位を継いだ場合、兄の子の直系男子の後に継承権の順位が下げられることになっていた。が、兄の長男の魔力量が高くないため、第2王子の子を養子として次々代の王の最有力候補にする線の話し合いもされていたのである。

 但し、現状では王位継承権の順位が繰り上がり、第2王子が王太子になるのは確定であろう。そうなれば、これまで王太孫であった男子は王族のままで王位継承権も与えられはするが、順位は下がる。要は”次々代の王になる目は九分九厘なくなった”と考えて良い立場へと落ちるのだ。


「ま、現在の国王陛下は近く王位を譲る予定だったのだから、譲る前で良かったのかも?」


「国王となった後に急死されるよりはマシかもしれませんわね。ですけど、王妃になる予定だった女性と、その実家がどう動くかわかりませんわよ? 第2王子の正妻にしても、王妃教育と言えるほどの厳しい物は受けていないでしょうし。一波乱あるかもしれませんわね」


 王太子妃であり、王妃教育を受けてきた女性はヤルホス公爵家の現当主の娘。そして、「第2王子の正妻は?」と言えば、なんとラックの妹だったりする。もっとも、ゴーズ家の当主は結婚式に呼ばれていないし、正式に義兄として第2王子と顔を合わせて挨拶をしたこともないのだが。

 妹の結婚式が盛大に行われたのは、特例騎士爵としてゴーズ領での生活が始まった後のことであり、その当時は既にテニューズ公爵家とは実質縁切り状態であったのだから、真面な面識がないのは当然ではある。そしてここでは関係ないが、弟の結婚式についても”招待されていないので親族枠で不参加だった”という状況は同じだ。

 超能力者はアイズ聖教国の一件で、千里眼を行使しまくっていたため、実は当時王都から派遣された彼の御仁の顔だけは知っている。

 だがしかし。その知っている顔の持ち主が”第2王子で義理の弟だ”とは知らなかったりするのであった。


「王妃教育って大変なの?」


「また当り前のことを。わたくしやアスラが身に着けている公爵令嬢レベルの教育を上回るものですよ。それと比較すると、覚えるべきことの物量が違いすぎます」


 ラックには付き合いが長いミシュラが、公爵令嬢として恥ずかしくないレベルの知識と礼儀作法を身に着けるのに、どの程度の努力と時間が必要だったのかを想像することはできる。加えて言えば、”全容を把握している”とまでは行かなくとも、接触テレパスで知っている部分は多い。

 仮にそれが容易な物であるなら、魔道大学校に入学前の、共に過ごす時間はもっと多く取れていたはずなのである。

 それを上回る物量の詰め込み教育を、1つ年下の妹が今更受けるとなると、少しばかり嬉しくなってしまうゴーズ家の当主なのだった。


「今の王妃様は侯爵家の出の方ですから、嬉々として、厳しく教育が行われるでしょうね。それを避ける手段も一応ありますけれど。テニューズ家がそれを受け入れるかを考えると、わたくしは無理筋だと予想しますわね」


 夫の少々黒い思考を察してしまったミシュラは、追加して状況を述べた。


「それってあれだよね。未亡人になった王妃教育が済んでる女性を次代の王の正妻に据えるって話だよね?」


 ミシュラの言う「王妃教育を避ける手段」に思い当たったラックは、思わず言葉にして確認をしてしまう。そっちはそっちで、他人事なら面白いのが現実だったりもするからだ。

 幼少期からガッツリと扱いに差があった弟や妹に、直接的な恨みは殆どない。顔を合わせる機会がロクにない生活で、ミシュラの姉妹関係とは違い、直接的な嫌がらせなどの被害を受けたわけではないからだ。但し、これは「超能力者の主観ではそうである」と言うだけの話で、実態は異なるのだが。

 それはさておき、恨みではなくとも、彼に”羨ましい、妬ましい”と思う気持ちがあったのは事実であり、過去を思い出してしまえば、弟や妹が少々酷い目に遭うのは胸がすく事柄になってしまう。

 それは人間として当たり前の感情であり、仕方がないことではあるのだろう。


「そうですわね。今の王妃様の判断も加味される事柄になりますけれど。第2王子は万一のスペアとして教育がされているでしょうから、王位を継ぐのに問題はないでしょう。揉めるのは妻と息子の話ですわね」


 夫婦でそんな話をしている最中に、テレスが執務室へと顔を出し、領境の関所に王都からの使者が”2人”来ていると告げる。


 ラックは爺様バージョンに変身し、急ぎ関所へ接触テレパスでの人物確認に向かうことになるのだった。




「えー。本日、王位継承権1位だった第1王子の訃報が届きました。死因は病死で他殺を疑う余地はないそうです。直接的な話で言うと『所謂、腹上死』みたいなんだけど外聞が悪いので、これは他言しないように。そして先ほど、第1王子妃と第2王子妃からの使者が、それぞれ別口でやって来ました。両者共に、『ゴーズ家に内密に相談がある』とのことで、『可能であれば王都に出向いて欲しいが、そうでなければこちらまで訪問する用意もある』って話。言葉は違えど、時期も内容も被るのが笑えるけど、そこは本題とは関係ない。”さて、どうしましょう?”が今晩の夕食会の議題です」


 既に”自ら知恵を絞ることは放棄しています”という、相変わらずの清々しい態度の発言をゴーズ家の当主は行う。

 それを聞かされる5人の妻の表情はそれぞれ違うが、”たまには、自分でも考えよう?”と、内心で思ってしまっている部分だけは共通している。


「要は、派閥争い的な感じという認識で良いのだろうか? 次代の王の座が確定している第2王子の正妻の座と実子が次々代の王となるかどうか。『支持するのはどこですか?』を確認したい。”この家を後ろ盾として取り込みたい”って話なんだろう?」


 エレーヌは厄介そうに確認をし、ラックとミシュラがそれを肯定する。


「すまないが、上位貴族の機微の話だと、私は役に立ちそうもない。意見を求められても正直言ってちょっと困る」


 リティシアは最初から白旗モード。ある意味ラックも同じなわけだが。


「それは私も同じだな。この件は私とリティシア以外の3人の知恵を当てにするのが良いと思う。但し、私から言えることが1つ。”ゴーズ領へ訪問を受けるのだけは論外だ”と思っている。ま、訪問者をトランザ村へは入れず、ガンダ村かデンドロビウ村辺りで応対するのならば話は別だが」


 訪問者は立場が立場なだけに、単身でやって来ることなどあり得ない。供回ともまわりをぞろぞろ引き連れて来るのが確実であり、そこにはどんな人間が紛れ込んでいるかわからない。ロディアや複数の赤子が居る現在のトランザ村に、そうした人々を迎え入れるのは馬鹿のやることである。

 以前のカストル公爵の訪問を受けたときに、その点で確認作業と監視を厳重に行わざるを得ず大変な思いをした苦い経験もある。そのため、エレーヌから指摘されなくとも、ラックはそれだけは理解していた。


 エレーヌは至極当然の内容の発言を終えると、”後は任せた”とばかりに食事のほうに意識を向けた。そして、リティシアもそれに倣う。


「使者2人に『中立です』と、書簡を託して終わりにする手はある。けれど、”それが最善手だ”とは言い難いな。王が代替わりした後のことを考えると、寧ろ悪手に近いと思う。それと、もの凄く気になる点を私からも1つ。亡くなった第1王子の死因なんだが、ゴーズ領が王都に出している亀肉の加工品が関与していたりはしないだろうな?」


 フランの指摘した点は十分に可能性がある話だった。死因を考えると、寧ろ関与していない可能性のほうが低い。


「えーっと。一応、主目的は塔の住人に食べさせるって名目で出してるはず。まぁ、それを流用するのは”完全に禁止”って決めごとをしてはいないけれど、流用したのなら何かあっても、それは自己責任の範疇じゃないかな? そもそも、持病がない健康な男性なら問題はないはず。食してる男性貴族はかなりの数だから、死に至るような深刻な副作用が出るのならば、死亡例がこれまでなくて、急に1例だけ発生ってのはおかしいし、時期的にも今更の話になると思う」


 亀肉の加工品の提供は近々に始まったことではない。流通が始まってから数年が経過しているにも拘らず、これまで副作用が出たという話は1つもないのだ。

 他の類似する効果が見込める薬剤があるにはあるが、それらは相応の副作用が存在し、使用には細心の注意が必要となる。

 そもそも、特別な効能の影響下になくとも、性交の興奮が原因での所謂、腹上死と呼ばれるものは発生する確率が高くはないだけで、一定の割合で起こり得る話。そして、それは、高血圧などの持病を抱えていると発生率は高くなる。


 今回の事例に限定すれば、ラックの推論は正しい。それは、亀肉の加工品が魔獣由来の不思議食品なだけのことはあって、完全に無害な夢の食品だからだ。

 しかしながら、副作用というものは長期間の蓄積によって初めて発露するものもあるので、後々になって最初の1例が出るケースはあり得る。そういう意味では、一般論で言うと、彼の発言内容は必ずしも正しい意見ではないのだった。


 ラックたちがこの時点で知り得る情報ではないが、第1王子は元々高血圧と他にも持病があり、健康な男性というわけではなかった。加えて言うと、宮廷医師からは亀肉の加工品も含めて、その手の効果を発揮する薬剤の使用は止められていた。

 死亡原因に亀肉の加工品の影響の有無を立証するのはおそらく不可能だ。が、それはそれとして、止められていたものを知っていて、それでも安易に食したのは本人の責任なのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、妃の話を聞くのは逃げると後々問題が出るが、かと言って、今の段階で”どちらに肩入れするのか?”の立場を鮮明にするのは不味いという話で落ち着いた。また、「可能であれば、先に国王陛下、宰相、第2王子の3者の考えを聞くべきである」というアスラの発言には、妻たち全員が賛同した。


 ラックの王都訪問はこの話し合いで決定された。が、この事案は1日で済むような話ではなく、おそらく数日の滞在が必要となる。

 しかし、ライガを抱えているミシュラは、トランザ村を長時間空けることはできない。諸々の事情から、赤子を連れて行くのは論外の話になるため、正妻の帯同は不可能。

 代理が務まるのは実務面だけならフランで良いのだが、彼女では王子妃と直接相対するのは少々厳しい。その点を本人が自覚していて辞退したため、最終的にはアスラが同行する話で纏まったのであった。


 こうして、ラックはアスラを連れて王都へ出向き、気の進まない話を色々聞きに行くことが決定した。


 当初の予定はビグザ村に隔離して、静かに生活して貰うはずだったアスラへの評価が、ジワジワと上がっているゴーズ領の領主様。「元の性格とか、性根の部分はアレな人かもしれないけど、元第3王子妃だっただけのことはあって、ミシュラより今回のような事態への対処能力は高いんだよなぁ。劣化って以前思ったのは失礼だったかも」と、本人には絶対聞かせられない独り言を、こっそり呟くラックなのであった。

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