第8話
「東の関所を封鎖中だって?」
ラックは、街道の領内の終着点に関所を設けて稼働していた。場所としては東西と南であり、数としては3か所だ。
15人の子供たちに8時間勤務+1時間の引継ぎ時間の3交代制、5人で1つの関所を担当する形で仕事を振った。1回の勤務の9時間拘束が終われば31時間のお休みである。
勿論、これは魔力保有者だけの話で、別に2名の一般の衛士が同じ仕事に就く。基本は常時3名が関所に居て、引継ぎ時は6名滞在という感じだ。子供たち15人の他に村人から30人の人手を衛士として抽出したため、農地の拡大はしばらく停止するしかなかったが、それは仕方のないことであろう。
そして、東の関所から”一大事”と、急ぎで衛士が報告に戻って来たのが今の状況である。
「カツーレツ王国が滅んで難民が押し寄せて来た。そういう話か」
カツーレツ王国は、軍部のクーデターにより王族は全て処刑された。そして、クーデターを起こした者たちが権力争いを始め、内部分裂。
各地の領地貴族は王都へ領軍を出そうと動いたが、そのタイミングで抑圧されていた領民が暴発。そうして王国は完全に内乱状態に突入。焼け出された住民が難民と化し、一部がこの国へとなだれ込んだ。
彼の国からこのゴーズ領までは、東部辺境伯領か大きな湖のどちらかと2つ以上の開拓村の領域を間に挟んでおり、移動距離で言えば120キロ以上は楽にある。”何故ここまで来たのか?”の理由がわからないラックは、対応するのに自身が東の関所へ出向く選択しかなかった。
燃料問題と魔道具、そして鉄。
石炭も石油もないこの世界。木材を燃料として利用する場合、支えられる人口という物は限られる。
ラックの知るご先祖様の賢者は「エネルギーが一番重要なんだよ!」という謎の言葉から石炭と石油という物を探した。
”地下資源としてどこかにそういう物があるのでは?”という話だったのだが、結果としてそれらはなかった。正確にはどこかにあるのかもしれないが、未だこの世界では見つかっていない。
植物性の油と動物や魔獣から採れる動物性油脂、所謂、脂肪分も燃料として利用はできるが供給量の問題がついて回る。
日々の生活に必要な煮炊きから生産活動、照明といった様々な事柄にはエネルギーは必須であり、即ち、燃料確保が問題となる。
訪れ人であった賢者様は、初期の魔道具を研究し、利用することでエネルギー問題の多くを解決しようとした。
どこにでも居る兎種の魔獣は、農作物を荒らす最小最弱の魔獣だが、その体内からは小さな魔石が採れる。”最小最弱とは?”という話になると3歳の子供が棒切れを持てば、なんとか勝てるレベルの最大30cmぐらいの魔獣だ。但し、”逃げられなければ”という条件が付くけれども。
魔獣の体内では、”空気中に漂っている”とされる魔素を凝縮して固化し、魔石が生成される。そして魔獣は成長過程で、魔素を体内に取り込んで魔石を成長させながら、日々の活動エネルギーの一部として利用している分で魔石を消費もする。
身体の成長限界で生成できる魔石のサイズに上限があるようなのだが、その詳細は長年研究が続けられている今も尚、判明してはいない。
初期の魔道具は魔石を加工して組み込み、それを消費して効果を得る物であって、所謂使い捨ての道具であった。
それの改良に着手した賢者は、魔石の交換型を試作品として作り上げ、更に魔石の固定化と触媒利用という技術を捻り出し、魔道具の存在価値を劇的に変化させた。
賢者の手法は魔石を2つ用意し、1つを固定化してどういう機能をさせるかを決定付ける。固定化しているので目減りはしないが、これだけでは効果も引き出せない。そこに燃料的な役割を果たす魔石を別で1つ接続する。
初期の試作品はそのまま消費型だったのだが、外部から空気中に漂う魔素を引き込む触媒として使うように変更されたことで、魔石の消費量を激減させることに成功。
要は日本人的に理解しやすい比喩で表現をするなら、固定化した魔石はモーターであり、ずっと使える。もう1つの魔石は電池であり、”初期は使い捨て電池だったが、改良により、高寿命の自動充電機能付きの充電池になった”と考えて貰うとイメージをしやすいかもしれない。
そして固定化している部分へ、起動命令を出すのに必要な物。それが、人の持つ魔力量であり、起動に必要な量は魔道具が生み出す効果量や現象によって異なる。
今のファーミルス王国が作り出す魔道具とはそういう物なのである。
更に付け加えるならば、国外で作られる魔道具は旧来からの使い捨てのまま。技術格差は一目瞭然の話だ。
固定化の技術は現在でも秘匿されており、この国が魔道具大国として君臨できるゆえんでもある。
賢者は元が頭がお花畑の人間だったこともあり、”専守防衛で外征の侵略不可”という思想を元とする国家を理想とした。外部を自主的に攻める理由がなく、攻められれば自国が圧倒的優位、攻めた国には武力以外での報復が可能。
それらの条件を満たすべく、戦略物資として鉄を押さえており、魔道具の供給でも縛る。
そして、魔道具は、魔石の固定化の根幹となる4つの工程を王家と3公爵家に振り分け、それらの技術は各家で秘匿された。
4つの家の意思が統合されねば、外征の侵略はできない。そういう形に持って行った結果が今のファーミルス王国なのだった。
戦略物資として鉄を押さえる。これは資源としての鉄を全て押さえているという意味ではない。
鉄という物は、使えるようにするために製鉄などと称されるように、事前の加工が必要であり、それには大量の燃料で高火力を必要とする。
燃料の供給元が森林資源に頼られた場合は、生産量がかなり限定される上に加工費用としても高くつく。賢者はそこに目を付けた。
魔道具により製鉄用の高炉の役割を担う物を作り上げ、運用コストをべらぼうに下げれば安価な鉄製品の量産が可能になる。そして、原料の鉄鉱石は豊富だ。だが、それができる魔道具は、高火力で高温を生み出す性質上、魔力量の大きな人間でしか扱えない。
超高魔力の人材、すなわち国王が居るファーミルス王家の専売物資となり、戦略物資となった理由がそれである。
「人々の生活基盤を支える生活家電」とでも言うべき魔道具と、鉄製の器具。それらはファーミルスの王家と公爵家である3家が居なければ成り立たない。国民が反乱を起こさない理由だ。そして、周辺国が侵略して来ない理由も同じである。
周辺国から見たファーミルス王国とは、自国で生産するより遥かに安い鉄製品と、「民生品に限られるものの生活必需品」とも言える魔道具を輸出してくれる国だ。
そうした必需品の輸出物量も安価な価格も、安定的にしてくれる国で、尚且つ、自国の余剰魔石は良心的な値段で買い上げてくれる。
その上で、おまけに外征の野心がない国。
そんな国に喧嘩を売る理由などない。
だが、王国の黎明期には生産設備、ノウハウの全てを奪おうと企み、それを実行に移した国もあるにはあった。だが、下級機動騎士どころか、車も戦車すらも持たない国の軍でいくら侵攻しようとも、勝負になりさえもしないで王国に負ける。
そんな歴史の証明が、いつしか今の状況を作り上げていたのだった。
ファーミルス王国は、北部が魔獣の領域、南端が海に接しており、東にカツーレツ王国、西にスピッツア帝国、南東にアイズ聖教国、南西にバーグ連邦と4つの国に囲まれている。
そして今、冒頭の状況で、東のカツーレツ王国が消え去った。
ラックが住むファーミルス王国は、長年友好を保ってきた隣の国の情勢の変化に、影響を受けることになって行くのだった。
東の関所へテレポートしたラックは、茫然と難民を眺めるしかなかった。
老人と子供が主体で500人程は居るだろうか?
そして、所謂、働き手となる年齢層が全く居ない。
何故そんな状況なのか?
その理由が想像できない以上は、領主としては直接話を聞いてみるしかない。
無断侵入されたらどうなっていたことか?
眼前の光景に、防壁と関所を作っていた過去の自分自身を褒めてやりたい気分である。
「この関所の向こう側、ゴーズ領の領主、ラック・キ・ゴーズです。貴方たちがここへ来た目的を教えていただきたい」
こうした呼びかけからとりあえず代表者数人を関所内に入れて話を聞く。
彼らが主張する内容自体は簡単だった。
戦火を逃れて湖沿いに東部辺境伯領に侵入。行商人が使う間道で特に咎められることなくファーミルス王国へ入ったものの、辺境伯領内では「難民の救助はしない」と突き放された。
「自国へ帰るか、あるいは人手が欲しい開拓村なら受け入れる可能性はある」と通告され、仕方なく開拓村を目指す。途中2つの開拓村で、働き手を含む家族はいくつかが受け入れられた。
そして、その他の者は「うちの村では抱える余裕がないが、ゴーズ領ならあるいは」という助言を受けた。
そんな経緯でここへ来た。彼らの話はそういうことであった。
”良い所取りだけをして、勝手に余剰人員のお荷物だけを押し付ける”という、2つの村の話にムカついたラックだったが、今はそれをどうこう言っても、何も始まらない。
ゴーズ家が治める村の規模は、総人口600人に未だ届いていない。
開拓村という性質上、初期の入植者に高齢者が居るはずもなく、年齢が一番上の者でも30代後半である。
そこへ60は超えているだろうと思われる爺様婆様を200人余、赤子はさすがに居ないが、下は4~5歳、上はせいぜい12歳の年頃の子供を300人余。
今食わせるだけはできる。だが、それは納税分の食料も使うのならばの話だ。
そして、超能力者ならば、テレポートを使えば食料を安く買い付けることも可能である。故に、納税分に手を付けなくても魔獣の領域で狩りをすれば、全員を養うこと自体は不可能ではない。ないのだが、それをする必然の理由も又ないのである。
「お話はわかりました。さぞお困りだということも理解しています。ですが、貴方たちはこの国の民ではありませんし、この領の民でもありません。無償で助ける理由がないのですが、どうお考えですか?」
ラックは代表で出て来た爺様の1人の、服が破れて肩が露出しているところにさり気なく手を置いてそう問いかけた。
そうして、接触テレパス発動する。
私たち老人はもう長く生きたから、子供達さえ受け入れて貰えばそれで良い。
だが、どう交渉すればそれが叶う?
対価で出せる物など何もない。強いて言えば子供たちの将来を出すしかないが、それでは子供を売るのと変わらない。
いや、それで子供たちの命が助かるのならそうするべきか?
ぐるぐると回って結論が出ない代表者の彼の思考が、ラックに流れ込んでくる。そこに悪意は感じられず、あるのは子供たちの行く末のみの心配のようだった。
「黙っていても何も解決しませんが、まぁいいでしょう。助ける条件は私に絶対の忠誠を誓い、ゴーズ領に対して悪事を働かない者に限定します。私が1人1人全員の手を取ってそれを確認して選別します。それで良いという者だけここに残って下さい。選別を受けるのが嫌な者、絶対の忠誠を誓い、悪事も働かないと誓うことが嫌な者はどうぞ御引取り下さい」
助ける必然の理由はないが、どうしても見捨てなければならない理由も又ない。
ラックには彼らを助けることのできる超能力があり、老人はお荷物になるかもしれないが、子供たちは数年養えば立派な働き手に成れる。
そして、彼にはまだ他人に対して試したことがない、遺伝子自体にヒーリングを掛ける若返りという能力がある。老人たちが即戦力化できる可能性もあるのだった。
但し、それを使うかどうかは、まだ決めかねているのだけれども。
代表を一度領外に戻し、全員にそれを伝えて判断を待つ。
さっさとラックの元へ来て自ら手を差し出す子供が居るかと思えば、「選別だと? 何様だ?」と小声で悪態をつく老人も居る。そういう輩には「文句があるなら帰れよ!」と言いたくなるラックである。
自主的にラックの手を取らなかった老人が28名。そちらに一緒に同行しようとした子供が8名居た。そして選別で弾いた老人が7名。
7名については考えていることが酷過ぎた。外面だけで人間は判断できない。こういう時は、自身が持つ超能力に特に感謝したくなるのだった。
そして悪態をついた老人は、当然のように弾いた7名の中に含まれていた。
選別が終わり、合格を出した者は男性老人65名、女性老人102名、男の子83名、女の子219名であった。そしてその全員を領内に引き入れ関所を閉じようとした時、待ったが掛かる。
そうして、選別を受けなかった子供たちが8名が前へと押しやられ、「追加で選別を受けさせてやってくれ」となってしまった。全員合格。男の子が2名と女の子が6名増え、今度こそ終了となったのである。
こうして、ゴーズ領は新たな住人を大量に抱えることになり、ラックはまたしても、現金を用意する算段に追われる。つまりは、今日も今日とて、魔獣狩り。変わらぬ日々を過ごすことになった。
人数的に別の村がいきなり統合したようなものであるし、老人は年長者だからと威張ることもあるかもしれない。そんな住人を望まずに大量に得てしまったゴーズ領の領主様。「僕は魔獣狩りで忙しいから、住人同士のトラブルの仲裁はフランの仕事にしよう!」そんな呟きと共に、面倒事を勝手に”丸投げ”と決め込んだラックなのであった。
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