第9話

「ミレスの妹が居たって?」


 ラックは、ミレスから元難民の中に居た、妹と一緒に生活したいという申し出を受けていた。そしてできれば妹にも新しい名前が欲しいとも。


 ミレスは、以前に行商人に置き去りにされた少女たちのリーダーであり、現在14歳の女の子だ。彼女の保有魔力量は少女たちの中ではトップの400を誇る。その血縁者であれば魔力量に期待できる可能性がある。

 だが、”行商人が選別して落した娘であるなら、魔力を持っていたとしても低い数値なのだろうな”と、ラックは考えた。

 そうして、彼は”全員の魔力量の検査をするべき”と思い至る。加えて言うと、この時の領主様は、老人たちの中にも子供たちの中にも、魔力量が多い人間が居る可能性を全く考えて居なかった己の浅慮を恥じた。

 新たな住人たちは、元はカツーレツ王国の人間だったのだから、全員未検査でも当然なのだ。もし、その中に1人でも当たりが居れば、難民を受け入れたことは大正解だったとなる。


 ミレスから更に情報を聞き出すと、”彼女は父親に自ら売られることを申し出たため、妹は行商人の選別は受けていない”という事実も判明する。

 そうであると、”これは期待できる!”と考えて良い。

 ラックの心中は”なんという棚ぼた!”というお祭り状態に突入していた。

 そうして、ゴーズ家の当主は妹の名としてテレスの名を贈った。

 更にその場で決断して、”今日明日の2日間で元カツーレツ難民の全員に魔力量検査を受けるように”と、領主としての彼は通達を出したのだった。

 勿論、彼は名を贈ると同時に、テレスがミレスへ与えられている部屋に同居する許可も出している。

 魔力持ちはなるべく優遇して、忠誠心を上げねばならないのだから当然の措置ではある。


 そんな流れで、全員の検査が行われた結果、大当たりが1名居た。ミレスの妹のテレスの魔力量はなんと2000だ。それは、奇しくもラックの妻のミシュラと全く同じ数値であった。

 他には高い者で50程度の者は居たのだが、それなりの道具を使う基準としては200が最低ラインだ。なので、血縁から今後100や200が出るかも? の参考になる記録に過ぎない。付け加えると、この検査のついでにラックは元難民全員に催眠暗示を施している。要は”秘密保持の保険は大切なのだ”というお話。

 それはさておき、ゴーズ家はこの大当たりを逃すわけには行かない。

 彼は早速ミシュラに相談を持ち掛ける。妻の返答は、あっさりしたもので「ミレスとテレスを養女として迎えましょう」であった。


 そんな経緯で、ラックの息子のクーガは歳の離れた2人の義姉を持ち、同時に2人の婚約者を持つ事態へと発展して行く。ミシュラが「ついでに他家からの婚姻政策除けに利用しましょう」と言い出したのが発端となったのだった。

 これにより、副次効果が発生する。ゴーズ家は現当主の爵位が魔力量0で”特例”を適用されているからだ。

 何が起こったのかと言えば。

 年齢が釣り合わない婚約者の存在を知った周囲の人間から「次代も特例騎士爵を維持するために、魔力量2000の婚約者を息子にあてがった」と言われたわけだ。

 つまるところ、貴族や王都の役人に”誤認されやすい状況を作り出すこと”に超能力者は成功したのである。


 通常なら嫁ぎ手を探すことが困難な話であって、前例がない話でもある。この件には、「カストル公爵家ともなれば、そのような困難ですら打破できるのか?」と一部の貴族の間では話題になったりする未来が存在する。だが、ゴーズ家にとっては、そんな話は些細なこと。

 それもこれも、クーガの魔力量が秘匿されたままであり、”両親の魔力量からの推定で、息子のそれは大した量ではないだろう”と思われていたからこそ、起こったことではあったのだけれど。


 2人を養女にしたことで、彼女たちは貴族籍に入った。つまり、義務も発生して、15歳になれば3年間魔道大学校に通わなくてはならない。特に姉のミレスは来年からの入学になり、学費が早急に必要。

 そんなこんなで、ラックの金策はますます重要度が上がったのであった。当分の間、魔獣の領域の間引きが捗りそうで、実に結構なことではあるのだが。




 領主の仕事は多忙だ。朝一番でテレポートによる塩と食料の買い付け。

 超能力者は、売り手から不自然に思われることがないようにと、複数の場所から背負って持てる分量での購入をする。そのため、それなりに時間が掛かる。それが終われば次は千里眼による人造湖の水量確認と周辺の確認。ついでに、関所の様子も確認する。それから続いて、金策目的の魔獣の間引きである。

 塩については実はもう十分な備蓄量があったりするのだが、「いくらあっても困る物じゃないし、腐る物でもないし」と、ラックは日課の購入を止めることはしなかった。


 ミシュラから言わせれば、「どれもこれも本来の領主の仕事ではなく、わたくしに振っている書類仕事が領主のお仕事です」という話になるのであるが、領地経営が上手く回っているうちは問題にするべき話でもない。

 住民同士の軋轢あつれきというか細かな問題は、ある程度第2夫人に任せているため、彼女の負担が重いわけでもない。そして彼女は、養女に迎えたテレスへの下級機動騎士の扱いの指導も含む教育も行っているのだが、それが思いの外楽しめている。

 カストル公爵家の末っ子だった彼女には、テレスは養女であるのに、義娘と言うよりは歳の離れた妹みたいな感覚で接していた。それが、指導や教育が楽しめる理由なのだった。

 難民477人をゴーズ領に受け入れたことは、結果として、ミシュラの日常に良い影響のみをもたらしていたのであった。

 現状の仕事の負担量的に大変なのは、ラックを除けば第2夫人のフランのみ。但し、彼女は任された仕事に遣り甲斐を感じており、嬉々としてそれに携わっていたのであるから全然、全く、微塵も問題はない。

 ブラック臭がプンプンするのは気のせいである。多分、きっと、おそらく。




 そんな感じで時は過ぎ、租税の徴収以外にはこれといった出来事もなく、ミレスが魔道大学校に入学する時期がやって来た。

 送り届けるために下級機動騎士で連れて行ったという体裁を保つ感じで、ラックは千里眼とテレポートを駆使する。バレる心配さえなければ移動に無駄に時間を掛ける必要はない。


 ミレスは3年の入寮生活となり、なかなか妹と顔を合わせられる機会が減るであろうという点と、王都への下見的な意味合いでテレスも連れて来られている。ついでに、”良い物があれば、テレス用の下級機動騎士も買って帰ろう”という欲張りプランだったりもするわけであるが。


 王都内を観光がてら歩き回り、あのスーツの件で一悶着ひともんちゃくあったお店が存在した場所の前も通ったのだが、そこには別の店名が掲げられていた。”ふうん。なくなったのか”と考えはしたものの、”ラックが悪い”という話ではないためスルーだ。

 ちなみに、商業ギルドで専任担当としてゴーズ夫妻に対応した男は、色々と過去の問題行動が発覚して、既に首になっており、現在は借金まみれの飲んだくれになっている。近いうちに借金奴隷になってしまうのがほぼ確定のコースなのだが、それもラックたちに責任がある話でもない。知ることもない情報であるから、気にすることもないのだけれど。


 魔道大学校に着いた一行は、ラックがミレスの入学金と3年分の学費全てを前納し、全ての手続きを終えた。受付担当は、「特例騎士爵なのに全額前払いとは凄いな」と驚いていたのだが、それもラックが気に掛けなければならないことでもないので何も問題はない。

 ミレスと別れた3人はジャンク店へと向かう。予算的に新品を注文できる余裕はないため、あくまで”買える出物があれば”位の感覚。そんな感じで店にやって来た一行は、想定できるはずもない店主の売り込み攻撃に、ただただ圧倒されていた。


「これは15年落ちですが、前にゴーズ様が買われた機体とは物が違いますぜ! 何故ここに流れて来たのか不思議ってなぐらいに程度が良い物だ。こいつなら1年の作動保証も付けて、金貨1800枚だ! 破格の値段だろう? 明日には、いや今日の夜には売れてなくなっていること請け合いだ。どうだい?」


「ここの可動部分の劣化具合が気になるんだが」


 超能力者は、適当な理由をつけて店主に機体の一部を覗き込ませ、身体を寄せる口実を作り出す。

 接触テレパスを発動。身体が触れている状態で、店主に質問を投げ掛けるラックだ。


「確かに見た感じ、物は値段の割に良さそうに見える。どうしてそんなに安いんだい? 何か理由があるんだろう?」


 ラックのその質問に反応し、店主の考えが流れ込んで来る。

 「この機体の前の持ち主が5人全員変死しているから」なんて言えねぇ。偶然が重なっただけなんだろうし、機体に問題がないのは事実だし。不気味だからさっさと売って近くに置いておきたくないしな。仕入れは金貨400枚で買い叩いた物だから1500枚くらいまで下げるか?


 ラックは心の中で叫ぶ。「事故物件かーい! 不動産じゃないから瑕疵情報の伝達義務はそりゃあないけど、やばすぎだろう!」となる。

 そして、ここでは全く関係ないけれども、訪れ人がもたらした契約条項の知識の中には、不動産の瑕疵物件に関係する物が存在しており、それがこの世界にも根付いている。非常にどうでもよい話である。


 「特別な理由は何もない」と言い張りながら、「1500枚でどうですか?」と言い出す店主は限りなく胡散臭い雰囲気を醸し出している。


「うん。わかった。金貨500枚なら買う。そうじゃなかったら縁がなかったってことで」


「そんな無茶苦茶な値引きはあり得ませんぜ! 1200枚ならどうです?」


「うーん。じゃあ、金貨490枚なら買う」


 ラックの値付けが更に下がったことで店主は焦りだす。実際のところ、”400枚でも買い手が付くのかが怪しい”と考えるようになっており、仕入れたことを後悔し始めていた店主だ。

 直ぐに売れると信じて仕入れたは良いが、もう2か月も寝ている機体だ。そして、不可思議な妙なことがよく起こるようになっている。さっさと処分したいのが彼の本音なのだった。


「800枚! これでどーだ!」


「480枚。交渉したいなら構わないが、どうしても欲しいとまでは思ってない。まだ下げるぞ?」


「悪魔のような旦那だな! えーいわかった。480枚で売る! ほんと酷い旦那だよ、もう。だけど、諸手続きの手数料の金貨5枚は別途負担してくれよ。旦那」


 ちゃっかりと少しでも金額を上乗せして来る店主の根性に免じて、そこは受け入れるラックだった。だが、内心は”いやいや、ちゃんと利益出せる値段しか提示してないだろうが!”と思っていたりもするのだけれど。

 しかし、店主からすれば、実態は利益など金貨1枚あるのか? のレベルの値切りだ。経費というものは仕入れ値だけが全てじゃないので。まぁ保証での修理が発生しない限りは、一応利益は取れているのでギリギリセーフなのだけれども。


 そして、ラックがこんな怪しげな機体に手を出したのには、当然わけがある。

 最近覚えた超能力でサイコメトリーがあり、それは物から色々な情報を読み取れるという能力だったりするからだ。よって、”それを使ってこの機体を調べればなんとかなるのでは?”という考えがあったからなのだった。更に言えば、”どうにもならなかったら部品取りの素体扱いでいいや。安いし”という安直な考えもある。

 僕の金庫は魔獣の領域。

 大昔の日本の、漁業を営む漁師さんのような考え方に染まってしまっているゴーズ家の当主は、少々金銭感覚が崩れてきているのかもしれない。

 但し、現代の日本の漁師さんは、利益を出すのが大変な職業になってしまっているらしいけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、お金を払ってテレスの使用機体としての登録手続きも滞りなく終わる。ついでにさらっとサイコメトリーして、機体に付いていた怨念の原因を知り、解決する。

 覚えたてだけど、なかなか使える良い能力だと自画自賛なラックなのだった。


 そうして王都での用事を全て済ませた一行は帰路に就いた。勿論、人目に付かない所まで移動した後はテレポートで帰還する。

 ただ、ここで1つ予想外の事態が起こる。ラックの能力では2体同時に下級機動騎士をテレポートで運ぶことができなかった。

 質量の問題なのか?

 体積の問題なのか?

 そしてこれは今後もずっと同じなのか?

 能力的に成長の余地があるのか?

 今後の検証課題が思わぬ形で発覚してしまった。しかしながら、「緊急事態の時の発覚ではないので良かった」とも言える。”超能力の限界もちゃんと知っておくべきかもなぁ”と漠然と考えるにとどめて、今は2回に分けてテレポートで帰るだけで済ませる。直ぐに検証をしなければならない理由は、超能力者にはないのだから。


 ゴーズ領では新たな下級機動騎士が持ち込まれ、2機の体制になったことに元々の村民からは歓声が上がる。

 村民の反応に差が出るのは下級機動騎士がどういう状況で使われ、活躍するのかを知っているかどうかの差が出ているだけだ。

 ファーミルス王国の国民以外で、軍人以外の一般の民なら下級機動騎士の知識などなくて当たり前なのだから、元カツーレツ王国の民だった村民の反応は仕方のないことではあるのだった。


 こうして、ゴーズ領は騎士爵家が通常持つスーツ1つに加え、機動騎士2機の運用体制を得た。そして、この領の人間はまだ誰も知らないが、この2機が活躍する事態は迫っている。


 それを知らない側に含まれるゴーズ領の領主様。”僕が居るから、別にここまでなくても良いんだけどなぁ”と、危機感のないことを考えてしまうラックなのであった。


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