第12話 僕はまた、繰り返す。

 ――それって。


「こんな夢ですかぁ、先輩?」


「が、ぁ…………ッ」


 彼女に首を絞められ、僕は思わず苦悶の声を上げた。


 両手の親指が首元へと食い込む。ベッドと鎖で繋がれた僕の手は、馬乗りになった彼女へは届かない。どれだけもがこうと、虚空にしか触れられない。


「あはっ、あははははっ! 良いです、良いですよ、先輩! もっと、もっともがいてください! 苦しんでください!! そうじゃないとわたしは満たされませんものっ!!」


 光悦とした表情を浮かべ、彼女は僕の上で何度も腰を飛び跳ねさせた。


 夢の最後に見た、僕の首を絞めて泣きながら笑う彼女。


 あの時はまだ、僕の後輩だった頃の面影を残していたように思える。


 でも、今は違う。


 僕を殺すことに快感を覚え、それのみを求めるようになった醜い少女だ。


 彼女はもう、僕の知る彼女じゃなかった。


「軽蔑しますかぁ、先輩。その蔑んだ瞳も素敵です。ゾクゾクしちゃいますぅ!!」


「どう、……し…………て」


 そう問わずには居られなかった。


 彼女はどうして道を踏み外してしまったのだろう。


 どうして、こんなことになってしまったのだろう。


 考えずには、居られなかった。


「どうしてですかぁ? そうですねぇ……。初めて先輩を絞め殺した時、わたしは今までで感じたことのないような快感を覚えたんです。頭のてっぺんから足の先まで突き抜けるような、さいっっっっっこうの快感でした!! もう気持ち良過ぎて!! …………何もかもどうでも良くなっちゃったんでしょうね、きっと♪」


「…………」


 あぁ……そうなんだ。


 彼女はあの時に、壊れてしまったんだ。


 どうして気づけなかったんだろう。


 どうして、救ってやれなかったんだろう。


 救う方法が、あったかもしれないのに。


 こうならなかったかも、しれないのに。


 意識が遠のいて行く……。


 あの子は、元気だろうか。


 別の僕が、ちゃんと救ってくれただろうか。


 誰でも良い。幸せにしてくれただろうか。


 実感する。


 難しいな、生きるって。


 こんなにも愛してくれる人が居るのに。


 こんなにも、生きたいと願っているのに。


 生きるって、大変なんだな。


 いつまでも在り来りな日々が続いて行く。


 変わらないようで、少しずつ緩やかに変化する毎日を、ずっと歩んでいく。


 それは簡単なようで、当たり前のようで。


 けど、難しくて。


 気づかないだけだったんだ。


 気づけなかっただけなんだ。


 生きるってとっても、大変だ。


「あはっ♪ 逝ってらっしゃい、先輩。またすぐに、お会いしましょうね」


 ――そうして、繰り返す。


 何度も、何度だって、何度になっても。


 生と死を繰り返し。


 悲しみと苦しみを繰り返し。


 彼女の狂気を繰り返し。


 僕はまた、繰り返す。


 いつかきっと、彼女が救われますようにと。


 ただ、それだけを願いながら――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君を救うために僕は死ぬ KT @KT02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ