第11話 わたしの夢かな

 ――それって。


「わたしの夢かな、まきくん?」


「どうだろ」


 曖昧な笑みを返すと、彼女は拗ねたように頬を膨らませた。


 コロコロと変わる表情に僕は愛おしさを感じながら、膨らんだ頬を優しく撫でる。


 彼女と付き合い始め、大学を卒業してから五年が経とうとしていた。


 婚約からは一年。


 収入も安定して、そろそろ子供を養う余裕も出始めた。


 結婚式はいつしよう。子供は何人が良いかな。


 そんな会話をする機会も、段々と増え始めていた。


「冗談だよ。君の夢だ」


 僕がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。


 幼馴染だった頃と変わらない、太陽のような明るい笑顔だった。


 時々、あの日々を思い出して幸せをかみしめる。


 もしも、あの子が居なかったら。


 そう考えると、どうしようもない不安に襲われる。


 あれが全部、ただの夢だったら。全部、嘘だったら。


「まきくん?」


 彼女は不思議そうに僕の名を呼んだ。


 僕が不意に起き上がって、彼女を抱きしめたからだ。


「少しだけ、このままで居させて」


「う、うん」


 君は知らないと思うけれど、僕は君のために何度も繰り返したんだ。


 悲しいことや、辛いことや、苦しいことが、何度もあった。


 僕一人じゃ、きっと逃げ出していただろう。投げ出してしまっていただろう。


 僕は弱いから。君が思っているよりもずっと、脆い人間だったから。


 こうして君と抱き合えるのは、僕を支えてくれた人が居たからだ。


 あの子の名前は忘れてしまったけど。髪の色も、瞳の色も、姿かたちも思い出せないけれど。


 ……それでも、僕はあの子のことを忘れない。


 あの子への感謝を、忘れない。


 大切な人と過ごす最高の日々を与えてくれたあの子を、僕はいつまでも、絶対に。


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