女子小学生が考えた川柳がおかしい件

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女子小学生が考えた川柳がおかしい

 夏休みの宿題を手伝ってほしい。恋原未来こいはらみくからそんなSOSの電話があったのは、8月31日の朝だった。

 小学5年生の少女、さちは何度かカレンダーへと目を向ける。どれだけ見ても今日は8月31日。手遅れにも程があった。

 幸はショートヘアの髪を戯れにいじりながら電話を聞く。どうやら未来が悩んでいるのは国語の宿題らしい。


『川柳・俳句・短歌の公募に応募しよう』


 という宿題だ。せめて1日で終わる宿題だけでも終わらせようという最後の悪あがきらしい。算数の宿題は終わってるのかと聞くと、未来はただ静かに笑っていた。こういうものに、私はなりたくない。幸は思った。

 手伝わないのも可哀想なので、未来に今から家に来るよう伝えて電話を切った。


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 部屋を片付けながら10分ほど未来を待っていると、ピンポンと家のチャイムが鳴った。二階から一階に降り玄関の扉を開ける。目に入って来たのは、まばゆい光が降り注ぐ炎天下の景色と、息を切らしたポニーテールの少女の姿だった。

 未来は急いで来たのか汗だくで、前髪がぺたぺたと額に張り付いている。


「あっつーい」


 そう言い、未来は体を犬みたいに震わせる。液体が顔に飛んできたので、普通に嫌な気持ちになった。


「あっ、ただいまー」


 言って、未来は当然のように家に入ってくる。


「ちょっと、お邪魔しますでしょー」

「おみやげに生モノがあるから、怒んないで」

「手ぶらじゃん」


 幸がそう言うと、未来は自信ありげに両手を広げた。


「これ、さっき転んで出来た生傷なまきず

「そんなもん見せんな」


 軽傷だったので、すぐに洗面所で傷を洗い絆創膏を貼ってやった。


「ありがと」

「もっと慌てずに来れば良いのに」

「あ、それとは別にシュークリームがあるよ」

「ちゃんと生モノもあるんだ」

「自転車のカゴに入ってるんだけど」

「生モノ!」


 幸は死にかけのシュークリームを回収し、二人で一緒に部屋への階段を登る。(なぜか家主の幸ではなく未来が前を歩いている)

 部屋に入ると、未来はクッションに、幸はベットにそれぞれ座った。


「川柳の宿題だっけ? 未来そういうの得意じゃん。国語のテストだけ点数良いし」

「うーん。パナピタで調べたんだけど、川柳の公募っていっぱいあってどれ選んだら良いか分かんなくて」

「なんでも良いんじゃない?」


 幸はパーソナルコンピュータをパナピタと略すきっしょい女を無視し、川柳の公募をスマホで検索し始める。

 いつの間にかベッドに移動して来たきっしょい女もそれを一緒に眺めている。

 大手銀行が募集している『夏の俳句』に、スポーツドリンクメーカーの『熱中症対策川柳』。国がやっている『税金川柳』など。


「どれが良いかな」

「公共機関のが無難じゃない。私はこの『警察川柳』にする予定だよ」

「へぇ、見せて見せて」

「ほら、これ」


 幸は机の上にある川柳提出用の用紙に手を伸ばし、そこに書かれた句を見せる。



────────────────────

      ま  み  警

      も  ん  察

      っ  な  が

      て  の

      る  安

         心

────────────────────



「えー、才能ナシじゃん」

「はあ?」

「平凡すぎて、句は句でも絶句なんだけど」

「アンタ、句は思い付かないのに文句はすぐ出てくるのな」


 宿題を教えてもらう側にしては傲慢な未来に不満を言う幸。しかし、未来はなぜか不敵な笑顔を浮かべている。


「句が思いつかない? 甘いねー。考えがうどんより甘いよさっちん。この瞬間、既にひとつ警察川柳を考えついたよ」

「へぇ、じゃあ見せてよ。そしてうどんに甘いイメージはないよ」


 幸がそういうと、未来は提出用の用紙にスラスラと句を書き始める。そして完成した句を未来へと向けた。



────────────────────

      ま  ポ  お

      も  リ  り

      る  公  こ

      ま  さ  う

      ち  ん  な

         が

────────────────────



「どう?」

「いや、ポリ公は言っちゃダメだろ」


 お利口なポリ公って、警察官とのラップバトル以外で使わないだろ。幸は思った。


「普通に『おまわりさん』にしなよ。こんなの絶対落選するよ」

「そしたら「おりこう」と「ポリ公」で韻を踏む超絶技巧が消えちゃうじゃん」

「分かった上で直せって言ってんの」

「うー。とりあえず保留で」


 どうやらボツにするのは嫌らしい。仕方がないので、別の公募を探す。やはりそういう募集は多いらしく、すぐに良さそうなモノが見つかった。


「未来、これは? イオン川柳」

「イオン? マイナスイオンとか?」

「いや、おっきなスーパーマーケット」

「イオンモールね」

「採用されると......、一万円分の商品券がもらえるんだって」

「一万円! 2500発じゃん!」

「なんでパチンコに換算したの?」


 ともかく、2人は1万円に釣られ川柳を考え始める。提出する句が既にある幸も考えている。


「とりあえず、こんな感じかな」


 先に句を思いついたのは幸だった。



────────────────────

      お  イ  た

      か  オ  の

      い  ン  し

      も  モ  い

      の   |   な

         ル

         で

────────────────────



「......」

「はいはい、平凡とか言わなくて良いからね」

愚凡ぐぼん

「無い言葉で評さないで」

「一方私は、すっごい超絶技巧のヤツ思いついたよ」

「へぇ」

「さっちん。聞く前にコルセット巻いた方が良いんじゃない? 腰抜かすよ」

「未来の川柳ってダメージ判定あんの?」


 そんな自信満々な未来は、自信満々な面持ちで川柳を読み上げた。



────────────────────

      不  響  シ

      協  く  ャ

      和  異  ッ

      音  音  タ

         と   |

            街

────────────────────



「どう?」

「いや、とんでもねえな」

「これはイオンによってシャッター街となった駅前の商店街についての川柳で、異音でイオンを暗喩、不協和音は不況とWAONを暗喩してるよ」

「流暢に解説されても、この句に対する評価は依然変わりなく0点だけど」

「0点! こんなに超絶技巧を凝らしてるのに!」

「技巧で取った点数を、中身が全部帳消しにしてるんだよ」


 ショッピングモールを恨むもの川柳、とか探して送ると良いと思う。


「うー。スマホ貸して! 私も探す」


 今度は未来が、幸のスマホを借り公募を探し始める。1分も経たないうち、未来は幸にスマホの画面を向ける。


「さっちん見て。これ面白そう」

「どれ?」

「隣町にある、北第二動物園の『動物園川柳』だって」

「採用されたら......、入場チケット2枚プレゼントね」

「えっ、本当? ディズニーランドのチケットが良いな!」

「この園のチケットに決まってる」

「ねぇ、どの動物園にも当てはまる川柳なんて入賞しないから、この園の特徴を入れた川柳にしようよ」

「特徴? ホームページによると、園長さんが女性で、元飼育員なんだって」

「なるほど、園長がメスなんだね」

「メスとか言うな」


 句を考えているのか、しばらく二人に無言の時間が訪れる。静寂を先に破ったのは幸だった。


「ふぅ、出来たかな」


 言って、提出用の用紙を未来に見せる。



────────────────────

      動  女  男

      物  性  性

      園  も  も

         楽  

         し  

         い  

────────────────────



「どう?」

「うん。このレベルで良いと思うなら、一生そこで満足するのもまた、一つの人生だと思うよ」

「柔らかく遠回しに致命的な批判をしてくるのめっちゃ嫌だな」

「園長が飼育員で女の人でしょー。私も出来た!」


 言って、未来は提出用プリントに文字を書き込み、幸へと向けた。



────────────────────

      このえん


      女王じょおうは彼女


      SheQueenしーくいーん

────────────────────



「うるさいな」

「よし!」

「よしじゃない」


 なにがシークイーンだ。勝手に横文字にしやがって。


「とりあえず韻を踏もうとするのやめたら?」

「でも、川柳で入賞するには上手いこと言わなきゃじゃない?」

「題材を5・7・5で適当に褒めとけば良いんだって」

「折角やるんだから、真剣に精一杯頑張ろうよ!」

「そうだね、算数の宿題さえ終わってれば良いこと言ってるなと思えたのにね」


 今の未来に必要なのは、こだわりではなく時間である。


「未来。ちょっと私お手洗い行ってくるね。スマホ置いてくから未来は句を考えてて」

「りょー。トイレなら隣の公園にあるよ」

「家のトイレ使うね」


 幸は立ち上がり部屋を後にする。

 数分後、部屋に戻ってくると、未来の周りには何枚かの提出用紙が散らばっていた。


「何個か作ったよ。見て」

「早いね」


 幸は散らばっている用紙を拾い、それを黙読する。



────────────────────

      首  た  や

      く  か  ら

      く  を  か

      る  く  し

         く  た

         っ

         て    

────────────────────



「なにこれ」

「これは『小さな失敗川柳』だよ」

「絶対大きな失敗してるだろ」


 続けて別の提出用紙も読む。



────────────────────

       畢生ひっせい


       えにしいつ


       きざはし

────────────────────



「なに???」

「畢生や縁へ至る階よ」

「何度聞いても分かんなかったわ」

「これは宗教法人「大狂オグル」主催の『来たるべき救済川柳』だよ」

「あやしい公募に応募すんな」


 大きく狂う宗教法人と関わって得することは一つもない。幸は未来からスマホを取り上げ、自分で検索を進めた。


「ねぇ未来、これどう? ユビキタス社会川柳」

「湯引きタソ? なにそれ?」

「えっと、なんか、インターネットがすごい社会のことだって」

「分からん」

「まあ私も分からんけど。でも大賞になるとパソコンくれるって。佳作はキーホルダー」

「パナピタ! 欲しい!」


 どうせ考えるなら見返りのあるものが良い。再び二人は無言で句を考える。

 そうしてしばらく後、先に口を開いたのはやはり幸だった。


「出来た」



────────────────────

      ユ  み  た

      ビ  ん  の

      キ  な  し

      タ  嬉  い

      ス  し  な

         い

────────────────────



「......」

「なによ」

「いや、情報量がとてもカスだなぁって」

「うっさいなー。どうせ未来はまたロクでもない句を考えてんでしょー。あとパソコンをパナピタって言うのきしょいからやめな」

「ふふ、今回も超絶技巧が凄い句を思いついたんだから」

「超絶技巧って言葉がもうフラグだからね」

「聞いてから判断してよー」


 言って、未来は考えた川柳を読み上げた。



────────────────────

      ユ  支  生

      ビ  障  活

      キ  を  に

      タ  き

      ス  た  

         す

           

────────────────────



「ほら、だめじゃん」

「ダメか? キタスでいんを踏んでるじゃん」

「まず意味を知りもしない言葉に『支障をきたす』とか言うなって」

「私って、真偽不明のレッテルを貼ることに対してなんの罪悪感もないんだよね」

「フェイクヒューマンじゃん」

「でもさっちんだってさ、知りもしないのに適当に褒めてたじゃん」

「いや、褒めんのは良いでしょ。たぶん、相手も喜ぶし......ねぇ......?」


 適当なのは同じなので、語尾にやや自信の無さが現れる。

 未来はというと、もう頭を切り替えたらしい。勝手に幸のスマホで他の公募を検索していた。


「さっちんこの公募よくない? 日本川柳普及連盟『あなたの川柳』」

「あなたの川柳?」

「テーマ自由、あなたの自由な川柳を募集します。だって!」

「全部自由とかめっちゃ楽じゃん」

「よーし考えるぞ〜。不必要に考えるぞ〜」

「必要分だけ考えて算数やりなさい」

「しつこいな〜! 同じことばっか言って、お婆ちゃんじゃん」

「はー? しつこいってなによ。こっちは宿題手伝ってあげてるんだからねー。もう知らないからね!」


 少し癇にさわったのか、幸はそのままそっぽを向き、スマホで動画を見始めた。未来は川柳を考えているのか、なにも言わない。そうしてしばらくあと、未来はおもむろに口を開いた。


「さっちん、さっそく良いヤツが思いついたよ」

「」

「聞こえてる?」

「」

「何の動画見てんの? 文字が流れるだけの芸能ゴシップ動画?」

「」

「今『パルクール 死亡シーン』で検索してる?」

「」

「スマホ広告あるある言うよ。カラフルなゼリーを壊すスマホゲームに出てくる、画面上のブロックを全部破壊する虹色の玉、強すぎ」

「」

「あれ? オフライン会話なのにミュートされてる?」

「」

「さっちんごめんて」

「」

「ごめんって。ちゅーしてあげるから許してよ」

「許すからちゅーすんなよ」


 ちゅーされたくなかったので、思わず無視をやめてしまった。


「おっ、息を吹き返した」

「意識不明みたいに言うな」

「それよりさっちん。良いのが思いついたよ」

「どうせ良くないでしょ」



────────────────────


      赤  終  禍

      き  わ  々

      月  る  し

         世 

         界  

         の

 

 

 友蔵 心の俳句         

────────────────────



「はい。悪ふざけ。もう悪ふざけが始まったので宿題会は終わりです。解散です」

「待って待って。これには深いわけが」

「これに深い訳なんてあるかい。あるのは浅い言い訳だけでしょ」

「待って、じゃあこの句も見てよ」



────────────────────

      潰  舐  ガ

      す  め  キ

      ぞ  て  が

         る  ・

         と  ・

            ・

────────────────────



「これは川柳じゃないだろ」


 完全に集中力が途切れているので、宿題会は終了となった。


────────────────────────


 良い句が考えられたとは思えないが、帰り支度をする未来の表情は割と晴れやかだった。そんな未来に、幸が声をかける。


「未来、結局どれ提出すんの?」

「うーん。さっちんは?」

「私はユビキタス」

「じゃあ私も、ユビキタスでパナピタ狙う!」

「あの句じゃ無理だよ」

「それを言うならさっちんも無理だからね! だって凡人の句だもん」

「はいはい」


 自信満々な未来を見送り、幸は提出用紙に丁寧な字で『たのしいな みんな嬉しい ユビキタス』と書いた。



 1ヶ月後、佳作としてホームページに載せられた

『たのしいな みんな嬉しい ユビキタス』

 を見て未来は驚愕することになるのだが、それは別の話である。

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