第28話 桜が咲き誇る世界
「ご覧ください!異能者と異能者でない者が手を取り合う瞬間を!私は今まで生きてきてこんなに胸打たれるような瞬間に出会ったことがありません!」
「今までの異能者高校生と異能者ではない高校生の共闘を見てきたかと思いますが彼らはお互いの
私達もこの生徒達のように生きていけるはずです。
今こうして異能者を憎む一般人の命を異能を持つ高校生が救っているのだから!
私はアナウンサーとしてずっと暗い社会情勢ばかりお伝えしてきましたが今日からは違う!それは異能者と一般人の格差に限ったことではではありません。私たちの未来は課題だらけです。ですがそんな状況に嘆いて他者を恨んでいるだけは何も始まらない!
私達はそれぞれ
伊吹の力強い言葉はこのゲーム中継を終わらせるのに相応しいものになった。コメント欄がネガティブな言葉からポジティブな言葉へと変化していく。もちろん「こんな茶番で異能者のイメージが変わるわけないだろう」という発言を書き込む者もいたがすぐに掻き消されてしまうくらいに伊吹の発言は人々の心を動かした。
この日子供たちによって世界はほんの少しいい方向へ変化した。
その変化の根拠を裏付けるようなものは何もないのに何故か多くの人が言葉にすることのできない未来への"いい予感"を感じ取っていた。
これから未来は自分たちの才能で変えていくことができるのだと確信することができた。
*
「本当に
暫くして到着した救急車の中で休む頼にはじめが声を掛けた。頼は拳銃で撃たれた左足を応急処置してもらっていた。これから病院で詳細な検査を受けるらしいが搬送先の病院が中々見つからないらしく待ちぼうけを食らっていた。
廃校は救急車だけでなく護送車やパトカーなどでごった返していた。
はじめも左腕の怪我の処置をしてもらい保護区にある医療機関で診てもらう予定だ。
はじめは「この世界に復讐する」と豪語していた女子高生、
「……さあ?どうだろう」
頼がなぞなぞを披露する子供みたいに答えたのではじめは笑った。頼なりの冗談らしい。
「それより。なんで今は深海さんなの?」
「えっと…。ん?」
頼の突然の指摘にはじめは驚きの表情を見せる。思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「私のこと名前で呼んでなかった?あれって何なの?」
はじめは思いもよらない指摘に思わず顔が熱くなった。改めてあの時のことを思い起こすと気恥ずかしい。顔を俯かせて頼に表情が見えないように誤魔化す。
「佐藤君は本当の自分を隠してるっていうのは気がついてた。外側では人当たりのいい『僕』を演じてその内側には捻くれた『俺』がいる。もっと捻くれた自分を外に出してったらいいんじゃない。
だけど私の呼び方の違いだけは分からなかった。何か意味があるの?」
真剣な表情で頼が問いかけるものだからはじめは返答に困った。同時に居心地が悪く早くこの場から立ち去りたいのに立ち去りたくない気もするという複雑な感情と戦っていた。
「えっと……別に意味はないよ。ただ咄嗟に出ただけで……。僕自身よく分からない。それに僕は捻くれてない」
「ふーん……。まあいいか。ゲームでは助けてくれてありがとう」
頼ははじめの解答をあっさりと受け入れると礼を述べた。そんな頼にはじめは言葉を続ける。
「深海さんは……これで世界は変わったと思う?僕達異能者の境遇も……」
「……少しは変わったんじゃない。だけどこのゲームの後何もしないままだったらまた世界は元に戻る。ゲームはきっかけにすぎない。
世界を変えるものは私達の行動だけ。だから行動し続ければ佐藤君の理想の世界に近づくと思う。私も未来に向かってこのどうしようもない世界で行動し続けていくしかない」
頼はやはりここではないどこか遠くを見ながら答えた。はじめはため息をつくと救急隊員に声を掛けられて救急車を降りた。
「……そうだな。お互い死なない程度に頑張ろう」
はじめの言葉に今度は頼が笑った。救急車が校門から出ていくのをはじめは見送った。その光景を遠くから眺めていた伊吹は満足げな笑顔を浮かべていた。
「やっぱり青春っていいものだな!君たちを見ていて本当に気持ちが良かったよ。ありがとう!」
側にいた
「大人ってなんでも子供の出来事を"青春"って言葉でまとめるよな。なんか腹立つ。何でだろうな」
「本当ね。はじめ君と頼がいい雰囲気だったのはニヤニヤしちゃったけど……。私達の人生を一言で纏められるのって気に食わない」
伊吹は笑い声を上げると2人に言って聞かせた。
「君たちも大人になれば分かるさ。振り返ってみてあれが青春だったんだなってなるんだよ」
伊吹のその言葉を聞いても2人はまだピンときていない様子で「おっさんってことか」「年取るとこうなるのね」なんて軽口を叩き合った。
これから異能者の扱いがどう変わっていくのか分からない。
もしかすると2度とこうして一般人と異能者が顔を合わせることはないのかもしれないし街中で異能者を見かけるぐらいに自然な存在になるのかもしれない。
お互いの時間が許す限りゲームに参加した生徒達は語らっていた。もう2度と訪れないであろうこの時を噛み締めるかのように。
*
ゲームの配信を見ていた誰かが口を開いたまま画面を直視していた。
日曜日の昼下がり。何もせずにぼんやりと動画でもみるかと思って見始めたのだが面白くてつい時間を費やしてしまった。異能者排除派が乗り込んできてゲームが盛り上がってきた時、異能者への不満がコメント欄に溢れた。
自分も便乗しようと思って人を目の前にした時には決して発することのできない暴言を吐こうと指を動かしてコメントを投稿しようとする。こんな時でもないと自分の中に生まれたよくわからない鬱憤を晴らすことができないだろうと思ったからだ。
死ね、殺せ、消えろ、税金泥棒。
コメント欄に初めて投稿する誰かはコメントを投稿しようとした手を止める。やっぱり暴言を投稿するのはやめようという気持ちとみんな投稿してるんだからという2つの感情のせめぎ合いになった。
コメントを投稿するかしないか悩んだまま動画を見続けた結果、青空に浮かぶ2人の人物の場面を見て息が止まるかと思った。屋上に投げ出された人物を宙に浮かせて助けているのは異能持ちの高校生だった。
自分は今何をしようとしただろう。
身を捨ててまで社会と世界を変えようと行動を起こした人達に罵声を浴びせようとした。顔が見えないのをいいことに知らない誰かを傷つけようとしたのだ。
映像の人物達は異能の有無に関わらずお互いの立場を無視して助け合っているというのに自分はどうだろう。
ただ横になって動画を見て何もしていない。おまけに彼らに暴言まで吐こうとしていたのだ。自分の何も考えずにとろうとしていた行動が急に恥ずかしくなってきた。
ゲーム配信を見ていた誰かは暴言を消すと新たに言葉を綴ってコメントを投稿した。
『ありがとう。最高にかっこよかったです!』
スマホを投げ捨て布団から起き上がると自分にはどんな
*
「頼ー!早くー!もうみんな集まってるって」
少し大人びた雰囲気になった頼は長くの伸ばした黒髪をハーフアップにしていた。服装もシャツに丈の長いスカートを身につけてカーディガンを羽織っている。全て春華が選んだものだ。
メイクをして髪型も服装もばっちり決めた春華が手を振る。ふんわりとしたワンピース姿がとてもよく似合う。あのゲームから4年がたった今でも陸上競技を続けているらしい。
歩きなれないヒールで桜吹雪が舞う大通りを歩く。頼の目元には依然として薄っすらクマが見えるが春華が気合とコンシーラーで薄めた。
「頼ってほんと秀才よね。お姉ちゃんと同じ大学に通うなんてさ〜」
「……お姉ちゃんの本望を果たすことができて良かった」
「頼ったらお固いんだからー。素直に嬉しいでいいじゃない」
春華がばしばしと頼の背を遠慮なく叩くと頼が不機嫌そうな顔を向ける。
「そうだ賢仁君もアーチェリーの全国大会に出場できたらしいね。それに龍馬君も理系の大学に行ってるし……。隼人君は警察学校だってね!李帆ちゃんも学校の先生になるために大学行ってるらしいよ。
ま、これからみんなと会うから詳しく聞けばいいよねー」
そう言って楽しそうに春華は笑う。
「桜咲高等学校のみんなも来るし楽しみだねっ。特に佐藤はじめ君」
やたらと春華が頼の顔色を伺おうとしてくるので頼は首を傾げた。
「何で?」
「ええー?何とも思ってなかったの?つまんなっ!でもこれから何か起きるかもしれないし」
そう言って春華は楽しそうに笑うと頼の前を歩き始めた。春華がなぜあんなに弾んでいるのか訳もわからず後を追う。
強い風が吹いて桜吹雪が巻き起こった。頼の横を通り過ぎていった男の子の手から風船が飛んでいく。隣に母親が手を繋いで歩いていて男の子と同時に「あ!」と声を出していた。
頼が反射的に手を伸ばした時、男の子も同時に手を伸ばした。
不思議なことに風船はたちまち男の子の手に戻ってきたのだ。頼が手を伸ばしているのをみて男の子は楽しそうに笑った。
頼もつられて自然と笑顔を浮かべる。
男の子の隣にいた母親も特に驚きもせず頼に会釈をすると桜並木の中を通り過ぎていった。
「私……こんなクソみたいな無くなればいいやと思ってた世界に生まれてきて良かった……かもしれない」
頼の呟きは強い風の音に掻き消されて春華には届かなかった。
「えー?なんて言ったの?私の悪口?」
春華に口の悪い部分だけ聞こえたらしくカバンを頼に振りまわしながら近づいてきた。頼は小さく笑いながら自分の発言を心に仕舞う。
桜が春の日差しを浴びて美しく咲き誇っていた。その姿は仄暗い世の中や未来なんて全く気にせずにただ今この瞬間を全力で生きているようだった。
頼達は
その姿は桜のようにとても眩しく美しかった。
リバーサル・ゲーム ねむるこ @kei87puow
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