第27話 それぞれのエンディング

「え……?」


 はじめの目には全てがスローモーションに映った。はじめの肩から重みが消えたかと思うとらいとどろきの後を追って屋上から落ちていくのが見えた。頼は無謀にも轟を助けようとしたらしい。


 落ちていこうとする頼と目が合うのとほぼ同時にはじめは自分の異能を発動させていた。


 上体を屋上から乗り出して2人に向けると勢いよく両手を天に掲げた。両手に今まで感じたことのないような重みを感じるが気にしない。あのとき頼に言われた言葉がまた頭の中で響く。今度はしっかりと頼の口調で思い出されたからきっとこの言葉は今この時のために発せられたのではないかとはじめは思った。


『ああそれと。ここで何か起きたら助けてほしい。そのために佐藤君を呼んだんだからね』


「……こういうことでいいんだろ?」


 はじめは呟くように言った。


 飛び降りた轟は自分の体が宙に浮いているのに驚いた。頭上から何かに引っ張られている感覚がする。自分の体重を感じることができず奇妙な感覚が轟を襲っていた。屋上を見上げながら何度目かのため息をつく。


「佐藤君は人と複数の物も操れるようになったんですね……。異能者本人だけでなく他者が窮地に陥っても成長するのか。まさか私が異能者に助けられるなんて……」


 轟の隣で頼は腕組みをして浮かんでいた。相変わらずの無表情で何を考えているのか読み取ることはできなかった。少しずつだが2人の体ははじめの異能によって上昇していく。


「……どうして頼まで飛び降りてきたんです?」


 轟より頼の方が頭上にいるため自然と轟が頼を見上げる形になる。頼は轟を見下ろしながら答えた。


「私が飛び降りでもしないと佐藤君が助けてくれないでしょ」


 その返答を聞いて轟は笑った。


「見捨てれば良かったのに。貴方達を復讐の為に殺そうとしたんですよ?私のことを助ける必要なんてあったんですか」


「……もう目の前で人が死んで欲しくない。轟さんが憎しみに突き動かされる前に止めたかった。それにお姉ちゃんが悲しむと思って」


 そう言って頼は子供のように得意げに笑った。轟に撃ち抜かれた左足が痛むのかその表情は少し固めではあったが今まで見た笑顔のどれよりも頼らしかった。

 感情を顔に出すことのない頼は掴みどころのなく只者ではない雰囲気を醸し出していたがどんな暗闇をも照らす明るい笑顔はゆうの面影と重なった。


 轟は遅れてこのゲームが頼の「社会と世界を変えたい」という趣旨だけでなく轟の「異能者への憎しみを止める」という目的も含まれていたことを知る。


(本当に……頼。君の才能には驚かされるよ。こんな才能を持つ子供達がいるんだ。案外世界は良い方向に向かっていくのかもしれない……)


「今更こんなことを言っても許されないと思いますが……君達を傷つけてすみませんでした」


 轟の絞り出すように口から出た言葉を聞いて頼はどこか遠くを見ながら答えた。


「お互い傷つけあったんだからおあいこだよ」


 青空に向かって体が浮遊していく光景はあの世に魂が登っていくような光景に見えて轟は不思議と穏やかな気持ちになった。傷だらけの体が優しい太陽光を浴びて痛みが和らいでいく気がした。


 校庭では黒い服の集団が全員拘束されているのが見えた。複数の特殊部隊員達がその周りに控え、護送車を待っているようだ。

 そんな中で轟はもう一つ驚きの光景を見た。


 此方にカメラを向けて何やらアナウンサーの伊吹が熱く語っているのが見えた。亀崎も真剣な表情をしてノートパソコンに向かい何やら作業している。

 企画はめちゃくちゃになって収益どころか批判を浴びて自分の立場すら危うくなっているというのに。下手をしたら会社自体が存続の危機に陥るだろうというのにだ。


「配信を……していた?何のために?」


 いつの間にか撮影のテントにゲームに参加していた生徒達が集まり此方を熱心に見つめていた。春華しゅんかが手を振っているのが見えて頼も大きく手を振り返した。


「世界は変わったみたい。少しね」


 頼は背筋を伸ばして得意げにそう言った。


*


 亀崎きさきは拘束されながら辛うじてノートパソコンの画像を覗き込んでゲームの様子を眺めていた。


(異能者と……一般人が共闘してる……)


 亀崎は思いがけない展開に画面に集中した。亀崎はゲームを乗っ取り始めたのが桜咲高等学校の教師の轟であると拘束される前に気がついたので人が死ぬようなことは起こらないだろうと思っていた。拳銃も異能者と対抗するための脅しぐらいに考えていた。

 一般人の生徒がいるのにも関わらず拳銃を使用する光景を見て亀崎は話が違うぞと顔を青ざめさせた。そんな非常事態にも関わらず子供達は果敢にお互いの力を生かして対処していた。


(……すごい……格好いいな)


 亀崎は柄にもないことを考えている自分に驚いた。子供に対して尊敬とか憧れとかそんなものを抱いたことがない。亀崎が尊敬しているのは経済活動で成功した者だけであるはずだった。


 資本主義社会において富を追い求めるのは当然のことであり富を持つ者がこの世界を生き残ることができる。亀崎は生き残るため、自由を手にするために富を求めた。


 亀崎は自分の人生がこの薄暗い世の中にしては順調に歩んでいけていると自負していた。生まれた家も裕福で衣食住に困ったことは一度もない。有名学校を卒業しているので学歴について不満に思うこともない。

 容姿も悪くないので学生時代から亀崎が女性に困ることもなかった。遊びたいと思えばすぐ呼び出して遊ぶことができた。経営者のような若い同性の友人もおり人間関係についても他の誰よりも優れていると思っていた。

 就職活動だって短期間で終わらせ大学生活の残り時間は遊び呆けていた。


 自分は優れていて誰よりも恵まれて幸福だ。そう信じて疑わなかった。


 だから自分と関わりのある優れた人間であるかが重要でそれ以外はどうでも良かった。恵まれた環境に生まれなかった者に同情はするが手を差し出そうとは思わい。この世に格差があるのは当然のことでその格差を埋めるのは個人の力次第だと考えていたからだ。


 この社会に生まれた若者の多くは学歴で人の価値をランク付けする者が多かった。それは学歴が高い者が就職活動に有利だからだ。若者にとって有名企業に勤めることができた者が人生の成功者とされる。進学は人生を決定づけると言っても過言ではない世界に生きていた。


 生き方は自由、選べると世間では言われているのに実際は生まれた瞬間に決まっているのだと亀崎は常々考えていた。


 選ぶことのできる権利を得るには富を得るしかない。誰かを蹴落としてでも優れた人間になるしかないのだ。


 この世界の人の価値は学歴で、働いている会社で、給料で、見た目で測られる。亀崎は自分よりも下の学歴の者を見下していたし関わろうとも思わなかった。だから轟からゲームの企画を持ち上げられた時、自分にもチャンスが回ってきたのだと歓喜した。

 轟が自分と同じ有名大学に通っていたこと、政府の機関で働いていることから信頼できる相手だと判断した。信頼なんてものは飾った言葉にすぎない。"金になる相手"だと判断した。

 これが有名大学でもなく聞いたことのない会社名の提案だったら断るところだった。


 目の前で戦う子供達は亀崎の持つ優位性を測る物差しで測ることができないにも関わらず輝いて見えた。異能者の存在を疎ましく思う者が多い社会で異能者と一般人がお互いを庇いながら敵に立ち向かう。亀崎でさえ生まれた瞬間に人生の勝ちが確定する異能者を目の敵にしていたというのに。そんな世のしがらみなどまるで無視するようにお互いを守り合う姿は胸に込み上げるものがあった。


 そして自分のことがどうしようもないくらいちっぽけな存在に思えた。


(そうか……これが正しく生きるということなのか。損得を考えない正しい行動がこれほど感動するものとは思わなかった……。まさか子供に教わるなんてな)


 配信が中途半端に停止された動画のコメント欄は依然として異能者に対して過激なものが多い。両校のチームプレーを喜ぶコメントもあったが亀崎の感じたことを伝えきれていない。それがとても悔しくて亀崎は歯を食いしばった。


 その後配信は轟によって止められてしまうが特殊部隊がやってきて亀崎は拘束を解かれると急いでノートパソコンに飛びついた。それを見ていた伊吹いぶきが怒りの声を上げた。


「あんたはまだ子供達を見世物にする気ですか?」

「違う!」


 亀崎は伊吹に振り返って叫んだ。


「感動したんだ……。視聴者にこの光景がどういうものか伝えなければならないと思ったんです。異能者も一般人も関係ない。お互いの力を活かして生きていけるのだと!これだけ大事になってしまったんだ。僕は会社に戻れないどころか会社の存続自体危うくしてしまった……。


これからの配信に数字は関係ない。話題性もコメント数も全て利益にはならない。

僕の意思で彼らの勇姿を配信します。だから伊吹さん、スタッフのみんな力を貸して下さいっ!お願いします」


 そう言って深々と頭を下げた。いつも飄々としている亀崎の姿からは想像もできなかった行動に周りに控えていた伊吹とスタッフは静かに頷くと機材を黙々と整え始めた。

 その光景を保護された子供達は不思議な気持ちで眺めていた。


「……私達がこの人達を動かしたってことだよね?」


 春華が呟くように言った。誰に言ったでもない春華の独り言を子供達はそれぞれ噛み締めていた。お互いに顔を見合わせて笑みをこぼす。


 亀崎が先程の轟に乗っ取られている間の動画について意見を述べるための準備をしていると屋上の防犯カメラに人がいるのを発見した。更に銃の発砲音まで聞こえてきた。


「何が起きてるんだ……?あのっ屋上にまだ人がいるみたいです!」


 近くにいた特殊部隊員に声を掛けそのことを伝えると保護された生徒達が亀崎の周りに集まった。


「頼とはじめ君?!早く助けに行かなきゃ!」


 春華が駆け出そうとして力人りきとが春華の腕を力強くつかんでそれを止める。春華と共に画面を覗き込んでいた力人が更に大きな声を上げた。


「やめとけって……てかここにいるの轟先生じゃねぇか?!政府の黒幕って先生のことだったのかよ⁉」


 更にそのすぐ後に銃声が続き怪我を負った水姫みずき賢仁けんじが現れると生徒達の表情は強張った。


「水姫ちゃんが……」

「うわっ朝日あさひもいるじゃん!深海ふかみさんに拳銃運んだのはこのためだったの?最終決戦に備えてたってことなのか!」


 亜里砂ありさ龍馬りょうまが口元を抑えながら騒ぎ立てる。弓月ゆづきは怪我の手当を受けていたのでこの場にはいなかった。りつ隼人はやと李帆りほも真剣な表情で屋上の映像を見ていた。


「あの拳銃私の異能で撃てないように改良したものなのに!どうしよう私のせいで……」


 亜里砂の顔色がみるみる悪くなっていく。それを聞いて隼人は励ますように言葉をかけた。


「これは深海が望んだ展開だ。……今は見守るしかない。深海はお前達の先生を傷つけずに助けるつもりらしい」


 亜里砂の不安な表情はまだ消えていなかったが隼人の方をちらりと見て小さく頷いた。


「……よし。今から配信を始める」


 亀崎は呟くと屋上の映像に注意を向けながら作業をはじめた。会話を頼とはじめ、水姫と賢仁のゴーグルから拾いあげ轟の言葉は辛うじて防犯カメラのマイクから聞き取れるように調整する。


 この場にいる全員が轟と頼のやり取りを固唾を飲んで見守っていた。屋上で繰り広げられる会話にだれも言葉を挟むことができなかった。

 ある者は歯を食いしばり怒りや悲しみに耐えていた。ある者はこの後どうなってしまうのだという緊張感で握り拳を作って画面を注視していた。またある者は祈るように自分の両手を重ね合わせていた。


 それは顔の見えない動画の視聴者も同じだった。数多のコメントが流れては消えていく。「殺し合いだ」だとか「異能者消えろ」というコメントに混じって「そうだよな。異能者だろうがなんだろうが関係ないよな」「もう一度異能者との関係性を見直そう」というコメントも見られるようになってきた。


 やがて轟と頼が画面から消えると亀崎は咄嗟に天を仰いだ。青空をバックにして2つの人影が現れる。


「頼っ!!」


 春華の悲鳴にも似た叫びが校庭に響き渡った。誰もが最悪の結末を考えて呼吸がとまりそうになった次の瞬間、2つの影が宙にふわりと浮かぶのが見えた。その光景を見た者たちは歓喜の声を上げる。亀崎は息を吹き返したように小型カメラを手にしている近くのスタッフに指示を出した。


「カメラ!」


 急いで小型カメラを持ったスタッフがはじめの異能によって助けられる2人の姿を捉えた。

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