第26話 神様からの贈り物

*


らい!もう無茶はやめてくれ!俺は撃たれてもいいから!」


 はじめは声を上げたが頼が反応することはなかった。冷静さを失った轟も頼に狙いを絞ったらしく自分が持ってきた拳銃の弾が切れたことを確認すると頼の拳銃を構え始めた。


 とどろきが使い終わった拳銃を地面に落とした音が屋上に響き渡ると頼は左足の痛みに耐えながら立ち上がって姿を晒す。


「私はこのギフトのお陰で轟さん達を動かすことができたし社会と世界を変えるという目的を達成することができた!本当にありがとう」


 頼はコンクリートの柱の影から立ち上がると轟に向かって叫んだ。その笑顔は引き攣っていたものの自信に満ち溢れていた。

 頼の姿を見てはじめは言葉を失った。そんなことをしたら轟の拳銃の餌食になる。


(頼を死なせたくない!)


 はじめは轟めがけて右腕を掲げた。その動きに迷いはない。


 轟は拳銃の引き金を頼めがけて引く。


 拳銃から銃弾が放たれることはなかった。驚きの表情を浮かべる轟を見てはじめは頼の拳銃が細工されたものであることを悟った。


(頼ははじめから……誰も傷つけるつもりはなかった?わざと煽ったりして先生の弾切れを待ってたのか)


 はじめはまたしても頼の先を読む力に舌を巻いた。自分もしっかりしなければと異能を発動することに集中する。


 その瞬間、赤い何かが目で追えないほどの速さで飛んでいくのが見えた。

 その赤いつぶてとはじめの異能が重なって轟の体を弾き飛ばした。赤い礫の幾つかが轟の体のあちこちに切り傷を付けて通り過ぎて行った。


 赤い礫はフェンスを破壊するほどの威力を持っていた。轟は後一歩はじめに押し出されていたら校庭に落ちるところだった。轟の背後でフェンスの残骸が校庭に打ち付けられる音が聞こえた。


 轟は怪我の痛みと突然の出来事に驚きながらも辛うじて正面に倒れ込んだ。どくどくと体のあちこちを貫いた傷が痛む。


「くそっ。どうして……この銃はなんだ?どうして引き金が引けない?」


 轟は頼から奪い取った銃を投げ捨て赤い礫の正体を見極めようとした。その正体に気がついて轟は途切れ途切れ水姫みずきに向かって口を開く。


「……立林たてばやしさん貴女も異能を成長させたのですね。たしかに血液も液体……。水のように操れる……でしょう。」


 はじめは水姫に視線を移した。水姫は轟に向かって右腕を伸ばしていた。伸ばした腕から先ほどよりも血が滴り落ちている。水姫はぼろぼろと涙を溢しながら轟に向かって言った。


「……先生がそんなふうに私たちのことを思ってたなんて……。私はいっちゃんもリッキーもリス君も……ゆーちゃんもありちゃんも誰も殺させない。その前に私が……」


 水姫の人を殺傷するような異能を目にした後でもそばに立っていた賢仁けんじは静かに水姫の血だらけになった腕を掴んだで首を横に振った。


「……もうあの人は動けない。それより止血しよう。もう誰も君たちを傷つけないよ」


 水姫の底光りするような目つきは賢仁の言葉でいつもの穏やかな光を取り戻した。水姫は嗚咽を上げながら右腕を下ろす。


 頼は足を引き摺りながらゆっくりと轟に近づいて行こうとしていた。はじめは急いで頼を止めようとして自然と体を支える。


「深海さん何する気?危ないよ。怪我もしてるのに……」

「……悪いけど肩を貸してくれるかな佐藤君。今は怪我なんてどうでもいい。……ゲームのエンディングはこれからなんだから」


 また頼が頭を捻るようなことを言うのではじめはため息をつきながら頼に肩を貸して歩くための補助をする。はじめよりも背の低い頼に合わせて少し肩を縮めて高さを合わせてやる。


「本当に……。最初から最後まで深海さんの頭の中は訳がわからないな。ここまできたんだ。最後まで付き合うけどね」

「……ありがとう」


 頼は素っ気なくはじめに礼を述べる。その目線は轟に向けられたままだった。

はじめは頼が轟に対して最後に何か言葉をかけようとしているのだと分かった。


 屋上から落ちてしまいそうなギリギリの位置で胡座をかいて座っていた轟は所々から出血をしていたものの死に至るほどでは無さそうだった。表情も俯いてはいたが先程までの殺気は無くなっている。異能者への対抗手段を失った轟の姿は抜け殻のようで拳銃を手に立ち向かってきた人物とは程遠い印象を受けた。

 頼たちから背を向け校庭を見下ろしていた。


「轟さん。私は『』異能じゃなくて『』"才能"を持ってる。未来と言っても何百年も先のことじゃない。目の前の事象に対してだけどね。

その才能は私の努力によって手に入れたものだけど異能者とも渡り合るぐらいの代物だった。それはゲームを通して証明したつもり。


才能は貴方も姉も……神有かみあり高校のみんなが持っているものなんだよ。

異能なんてあってもなくても関係ない。


私達は自分の持つ力を使って生きていくことができる」


 それを聞いて轟は背を向けたまま小さく笑った。


「頼のそれは異能じゃなかったんですか……。そうだとしても恐ろしい才能だ。

異能者のためにわざと自分を盾にしたんですね。……頼は異能者を恨んでないのですか」


 頼は轟の問いにゆっくりとはっきりとした口調で答えた。


「姉を殺したのは……社会から世界から逃げ出したかった追い詰められた少年だ。その少年に対して怒りはあるけど"異能者"に恨みはない。少年を追い詰めたのはこの社会だから変えることができるのは社会しかない。


それに私が守ったのは異能者じゃない。佐藤はじめという私と同じ男子高校生だ。


だから轟さんも異能者を恨むのはもうやめて。姉だってそんなこと望んでないよ。轟さんに穏やかに過ごしてもらいたいと思ってる。……私もそう思ってる!」


 その言葉を聞いて轟は小さくため息を吐きながら頼とはじめの方に向き合って問いただした。


「様々な格差が蔓延る社会を頼、佐藤君。貴方達は生きていけるのですか?

何者かを恨みもせずに、何者かを排除せずに。正しく生きていけるのですか?」


 その問いに頼は轟から視線を逸らすことなく答えた。頼の目元はクマが目立つのにその瞳は驚くほど力強い輝きを放っていて視線を逸らすことができなかった。



「私達は生まれながらにみんな"ギフト"を持っている。

異能者も性別も名声も利益も関係ない。私たちは特別な存在で神から授かった力を持って自由に生きていくことができる!


 私はどんな社会情勢だろうと家庭環境だろうと性別だろうと負けない。たとえ人類が滅亡するような危機に直面したって……ギフトを使って幸せになってやる!


だから轟さんも恨みを捨てて生きて行こうよ」


 轟は頼の発言を聞いて驚いたように目を見開いた。どんな理不尽にも前に進んでいく侑の姿をそこに見た。侑は頼の心に息づいていたのだ。


「……この異能を傷つけるために使ったりしない。


一般人はまだ過激な思想を持ってる人もいるけど傷つけ合うんじゃなくて話し合って理解できるようになりたい。

少なくとも俺達のことを神有高校の生徒達は助けてくれた。6人の理解を得られただけでも大きな一歩だと思う。

先生は異能者と一般人には最悪の未来しかないと思ってるかもしれないけど俺達は違う。ちゃんと俺達なりに未来に向かって歩んでいける。どんな未来になるかは分からないけど……。必ず正しいと思う道を選ぶ」


 轟は2人の発言を聞いてふっと小さく笑うと驚くぐらいに優しい笑顔を浮かべた。その笑顔に頼は表情を強張らせる。その笑顔は亡くなる前の姉を思い出させた。


「……良かった。最期に希望が見えて……。排除されるべき者は……未来に希望を抱くことのできない私だったんですね」


 そう言って轟は体の重心を校庭の方へ傾かせた。

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