第25話 ギフト
「……こんな時に何言ってるんだよ!先生は異能者のことが憎くて殺そうとしてる。なのに自分のことを異能者と言い張るなんて自殺行為だ!」
はじめは
(俺たちを助けようとしてるのか?)
はじめは頼の突拍子もない発言は自分達を助けるためのものだと判断した。
(深海さんばかりに責を負わせるわけにはいかない)
はじめは頼を庇うように言葉を繋げた。
「深海さんが異能者なわけないだろう!未来をみるなんて……そんな異能、人に証明できない」
はじめの助け舟を頼は拒否した。悲しそうに首を横に振ると轟に向かって話を続けた。
「……私が異能者じゃないという証明もできないはず。私自身これが異能かどうかもわからなかった……。でもやっと最近気がついた。私が時々見るこの光景は未来なんだって。
私はこの異能を活かしてゲームが実現するよう行動を起こした。もし失敗している未来を見たら失敗を補正するように動いてきた」
真面目な表情で話す頼の姿は真実を語っているように見えた。はじめは頭の中でもしかして頼も異能者ではないのかと考え始めた。
確かに頼の行動の全ては先が見えているかのようだった。女子高生とは思えない綿密に練られた計画性のある行動は人間離れしていたと今までのことを思い返す。
なんとか頼を救おうと言葉を発したいのに何も出てこない。
「……頼が異能者だとして。何故保護区に行かなかったのですか?生活は今より楽になったはずです」
轟は核心をついた質問を頼に投げかけた。
「……行くわけない。姉の遺した手記から保護区がどんな所か分かっていたから。それに父を心配させたくなかった……。幼い頃に姉が亡くなったあの光景も見た。だけど私はそれが何なのか分からなかった……。私は姉を見殺しにしたんだ。
自分の"ギフト"で。」
そこまで言って轟が頼達に向かって引き金を引いたのだが大きく外した。頼の足元に銃弾が跳ねる音が聞こえた。はじめは青ざめた顔のまま頼の小さな背中を見る。頼は轟を煽るような言葉をわざと選んでいるようだった。
「深海さん……それ以上あいつに何か言ったら本当に危ない。俺の異能でもカバーしきれない」
はじめは頼に声をかけたが振り返りもせずどんな作戦でいくのかもはじめに伝えることはなかった。
「……外した。排除対象が一体増えただけ。1番恐ろしいのはずっと侑のそばにいたのは異能者で侑は異能者に何度も裏切られていたってことだ」
頼の拳銃も手にしている轟は獲物を狙う猟師のような表情をしていた。轟は頼の言葉をそのまま鵜呑みにするぐらいに余裕がなかった。恐らく特殊部隊に屋上が制圧されてしまう前に異能者を1人でも多く消したいと焦っているのだろう。
頼は何を思ったのかはじめから見て右側へ駆け出した。頼の向かったのはコンクリートの柱だ。コンクリートの柱は天窓のために屋上に複数設置されていた。小柄な頼であればかがみ込むことで体を隠すことができる。
轟は反射的にもう1発銃弾を撃ち放しそれが頼の左足に命中した。頼は一瞬顔を引き攣らせたが声を上げることなくコンクリートの柱に飛び込んだ。
「頼っ!」
思わずはじめは叫んだ。後から賢仁の「深海!」と言う声を聞いて自分が無意識のうちに頼を下の名前で呼んだことに後から気がつく。
水姫は浅い息を続けながら頼が走る姿を虚な目で追った。
(あいつは……俺たちを庇うつもりだ……。先生の憎しみを1人で受けようとしてる!だとしたら異能者と言い張ってるのも嘘……なのか?)
はじめは頼の意図に気がついて心が震えた。言葉にならない感情が喉元にやってきて押し留めるように唇を噛み締めて耐える。
アザがギフト持ちを守る。
特別な力を持った者が持たない者を守るのは当然のことだと教えられてきた。多くの人がそう考えている。だからはじめ達は社会の役に立つように異能を訓練させられてきた。
力を持った者は何に守られるのか?力のない者が手を差し伸べてくれるだろうか?神からの贈り物"ギフト"を授かった者達を救う者などずっといないのだと思っていた。
はじめはそれが自分の思い込みであったことを思い知らされた。はじめは鬱屈とした心が屋上の青空のように晴れ渡っていくような心地がした。
(ずっとクソみたいな世界だと思ってた……早く滅べばいいと思ってた。だけど少しくらい居てやってもいいかもしれないと今なら思える。
頼が一般人か異能者かも分からない。どちらかなんて関係ないんだ。俺達を助けてくれる人はいる!)
はじめは体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。
*
「凄いわ!この子異能が使えるみたい!」
はじめが異能を使えると分かったのは4、5歳の時だった。物心がつく年齢になると異能は発動しやすくなるらしい。
食事の時机からフォークを落としそうになったはじめは反射的に物体を触れずに動かす異能を披露した。それを見たはじめの母は歓喜して父に向かって叫んだ。
「良かった……。これで俺たちは救われる」
「ありがとう……ありがとう。生まれてきてくれて……」
当時はじめの父は失業していた。母も職につくことができずこれから住む場所を失うかもしれないと言う時にはじめは異能を発現させた。
2人に泣き付かれるほど感謝されたはじめは無邪気に喜んだ。自分のこの不思議な力はどうやら2人を喜ばせるものらしいと考えた。
はじめはすぐに政府の保護下に置かれた。異能者及びその家族は政府の保護区で生活を送ることができる。保護区での快適な暮らしが待っていた。そこには同い年で自分と同じように人を喜ばせる力を持った子供達がいた。
はじめは新しい生活に心躍らせた。
他の異能者の子供達と遊ぶのも楽しかったし、何より両親が喜ぶ姿が嬉しかった。
「予防接種?」
「そうよ。病気にならないように」
予防接種の話を母から聞いたのははじめが7歳になった時だ。保護区の小学部に入学する際、子供達は全員予防接種を受けなければいけないのだという。
その注射の正体をはじめは10歳になった時に知ることになる。
(非常時における異能者……マイクロチップ挿入の措置について……?)
それは何気なく開けた家の引き出しに入っていた文書だった。
異能者の位置把握のためマイクロチップを体内にいれること、社会の安全と保護区の存在を確保するためであるということが書かれており文書の終わりの方にははじめの両親のサインが書かれていた。
電子データで契約書は管理されるものだがこの文書は機密事項なのだろう。データで残さないようにしているらしい。
文書の終わりには「異能者本人には伝えないこと」と書かれていた。
(あの注射は……マイクロチップを植え込んでたんだ……)
はじめの頭の中は真っ白になった。左腕の上腕部を静かに右手でさする。
(まるで犬猫じゃないか……。どうしてお母さんとお父さんはそんなこと許したんだ?僕のこと何だと思ってるんだろう)
残酷な現実を他の異能者の子供に話すことができなかった。
大事な幼馴染達に自分と同じ絶望を感じさせたくない。絶望するのは自分だけでいい。
はじめの心に生まれた不信感は成長するにつれてどんどん大きくなっていった。
異能の訓練も異能者をSNSによって売り出していく方針も……全て異能が利用されているように感じられた。異能者の脱走と暴走事件があってから異能者の扱いはより研究色を強めていったように思える。
「お誕生日おめでとう。はじめ」
「生まれてきてくれてありがとう。父さん達を救ってくれてありがとう」
誕生日を祝ってくれる父と母の言葉でさえ偽りに聞こえた。それでも両親は自分のことを自分の子供として愛してくれているのだと思っていた。小さなはじめの希望はすぐに打ち砕かれる。
はじめは契約書を見つけて何日か経った後、両親にさりげなく相談を持ちかけてみた。両親が自分のことをどう思っているのか確かめたのだ。
「……僕保護区にもう居たくないよ。……怖いんだ」
保護区を出たいと言ったら母は鬼のような形相ではじめの肩を強く掴んだ。はじめは恐怖で息が止まりそうになった。
「何言ってるの?ここが1番安全に快適に暮らせる場所なのよ。何が怖いの?保護区外の社会の方がよっぽど恐ろしいわ。……成果を出せなかったり、少し休もうとしただけで消されるのよ。普通の生活すら許されない」
「そうだぞはじめ。ここは怖いところなんかじゃない。家族みんなが安全に暮らせる楽園なんだ」
はじめはその返答を聞いて絶望した。2人ははじめの心よりも自分達の快適な生活を優先させた。
(お母さんとお父さんは僕が生まれたことを喜んでるんじゃない。僕に異能があることを喜んでいるんだ……。異能があることによって得られる生活を喜んでる)
それが分かった時にはじめの心は大きく引き裂かれた。
「あなた達は寿命も短い。
だけど死んだら国の異能研究のために使われます。この不思議な力を解明することで多くの人を救うことができるのよ。今だってその神から授かった特別な力でいろんな人を助けることができる。
あなた達は選ばれし者、人を助ける立派な正義の味方なの」
女性教師はそんな風に話していたが段々と異能者を持った子供達は気がついていた。世間では異能者の存在は憧れであり憎しみの的でもあることを。子供達には見せないようにしていたが保護区に異能者排除派なる集団が物を投げ入れて抗議にやってきたらしい。
異能者暴走事件の後、教師は事件について大きく触れることはなく誤魔化すように異能者の有用性について語るようになった。異能を持つ子供達はそんな学校や社会の在り方に疑問を持つようになった。
はじめは13歳ぐらいの時に幼馴染達だけで話したあの他愛のない会話を今でも鮮明に覚えている。それははじめが教室でぽつりと呟いた一言がきっかけだった。
「何のために生きてるんだろう。こんなところに閉じこもって、死んでも研究に使われて……。異能者ってだけで顔も知らない奴に恨まれるし存在も否定される」
その呟きに幼馴染達は驚いた顔をしていたが力人が笑い飛ばした。面白いことなど何一つ言ったつもりのなかったはじめは力人を訝しげに見つめる。
「そんなの生きてるからに決まってんだろ?」
力人の単純な解答にはじめは吹き出した。そして何故だかどんな理屈を並べられるよりも1番説得力があった。力人の勢いと大声のせいで一時的に正しいことなように聞こえているのかもしれないとはじめは思ったが素直に頷いておくことにした。
続けて周りの幼馴染達も笑いながら答えた。
「……異能者ってだけで色々言われるのは怖いけど。私の異能で喜んでくれる人もいるから……」
「私も!弓道も射撃も自分の異能が活かせるから楽しいわ。周りが私の異能に対してどう思おうが関係ない。私は私として生きていくだけ」
亜里砂は柔らかな笑みを湛えながら、弓月は親指を立てて励ますようにはじめに言った。
「異能を持たない奴のことなんか耳を貸すなよ。僕らは政府のために生きてるわけじゃない。
僕らは僕らのために生きてる。
保護区に閉じこもってるんじゃない。閉じ込められてやってるんだよ。研究も研究させてやってるだけだ」
律はそっぽを向きながらぶっきらぼうに答えた。彼なりの精一杯の励ましらしい。
「私たちがいるから大丈夫だよ!いっちゃんの存在も私たちの存在も誰も否定できないよ。だって私たちが肯定するもん。私たちの存在が否定されたらいっちゃんが肯定してくれる。そうでしょ?」
水姫の明るい口調にはじめは小さく笑った。そして引き裂かれた心がもう一度修復していくのが分かった。
「みんな無茶苦茶だな。でもありがとう」
幼馴染達の力強い言葉とは裏腹に両親達の異能者排除派団体の反応ははじめにとって吐き気を催すようなものだった。
「本当にどうかしてる。私たちは選ばれたのだから選ばれなかった人たちは大人しくしていればいいのに」
「異能者の力に理解を示さないなんて時代錯誤だよな」
父と母はそう言って異能者を差別的に見る者達を見下していた。かつては選ばれなかった者であったはずなのに。はじめはそんな両親の姿を見て仄暗い気持ちになった。
(こんなところ抜け出してしまいたい。だけどここ以外に俺と俺の家族が生きていける道はない)
はじめは自分の違和感を殺して生きる日々を選んだ。自分を肯定してくれる幼馴染達がそばにいてくれるだけでその違和感を抱えながらも心を無くさずに生きていくことができた。
高校生になると異能者のSNSの活動と人々の生活のために異能を使用する社会活動が始まる。
SNSで自分達が"ギフト持ち"と呼ばれているのに気がついた。どこの誰がそんな言葉を流行らせるのか分からなかったがはじめは大笑いした。
(何が"ギフト"だ。これが神様の贈り物だっていうのか?呪いの間違いだろ。
どうして神からの贈り物で俺が苦しめられてるんだよ……。どうして神からの贈り物を貰ってんのにクソみたいな世界だって思うんだよ。Othersなんて言って自分達の価値を下げてんのは異能者のせいじゃない。そんな呼び方を考えたお前たち自身だろ?)
誰にも届くことのない皮肉をはじめは心の中で叫んだ。
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