第24話 ユートピア
はじめは自分の右腕が右側へ勢いよく払う仕草をしていることに驚く。
(何かあったらって……このことを言ってたのか?)
はじめは
(銃弾を見切れる自信はなかったけど…。何とか動かすことはできたみたいだな。これが異能の成長?)
はじめは早まる心臓の鼓動をどうにか落ち着かせようと大きく深呼吸を繰り返した。
「ありがとう」
頼は銃撃をもろともせずに振り返ってはじめに笑いかけた。その笑顔は青空に映えるように眩しくてはじめはきまり悪そうに視線を逸らした。
その姿を見て轟は顔を青ざめさせて言った。
「……頼。君も異能者だったんですね。」
「……は?」
はじめは轟の発言に思わず疑問の声を上げてしまった。悲願を達成することのできなかった轟の様子が可笑しくなったのかと思った。
異能者であれば研究対象にはなるが家族を含め寝食に困らず生活を送ることができる。困窮した生活を送っていた頼であれば喜び勇んで政府の保護下に入ったはずだ。それがないということは頼は紛れもなく一般人なのだとはじめは考えていた。
「ずっと可笑しいと思ってた……。全部頼、君の思った通りに動いているんですよ。ここに佐藤君がいるのも、特殊部隊を学校の周りに配置させて置いたのも……。普通の人間にできるはずがない。それも子供が……。暴走事件の時と同じ……人を操る異能を持っているんでしょう?」
轟ははじめに狙いを向けていた銃口を頼に向け始めた。
「先生何言ってんだよ……」
「佐藤君のように目に見えるような異能を持っていれば判断しやすいでしょうが中には目に見えない異能を持つ者もいます。政府の保護に置かれていない者もいるはず。異能者の存在自体まだ分からないことが多いですからね」
頼は銃口を向けられても表情は変わらず龍馬から受け取った銃を轟に向けることはなかった。
「……私が異能者だとしたら?」
頼は試すように轟に問いかけた。
「……消えてもらうだけです」
そう言って今度は頼めがけて引き金を引いた。はじめが轟を前方から押すように動かしたことで銃弾は青空に放たれた。轟は自分の背後にあるフェンスに体をぶつけた。
(危ないところだった……次動きを読めなければ確実に銃弾が当たる。いまのうちに拳銃を先生から奪わないと……)
異能を使用するタイミングは全てはじめの勘だった。秒速にもなる銃弾の軌道を見切ることは弓月の異能でもない限り不可能だ。はじめは轟が引き金を引くたびに冷や汗をかいた。
はじめが再び異能を使おうと右手を轟に向けた時だった。
轟が屋上の出入口に向けて銃弾を放った。
「きゃあ」という甲高い悲鳴が響いた。どうやら屋上の扉付近に何者かが潜んでいたらしい。その声を聞いてはじめが弾けるように屋上の扉に視線を向ける。
「佐藤君。私に向かって異能を使おうものならもう一度扉を撃ちぬきますよ。頼も武器をこちらに寄越しなさい」
轟が鋭い目つきで屋上の扉に照準を合わせる。はじめは舌打ちをしながら右腕を下ろした。頼も手にしていた銃を轟に向かって地面を滑らせるようにして投げ渡した。
轟は頼の投げ渡した銃を手にすると扉の向こうに隠れていた人物に向かって声を上げた。
「こちらに来なさい立林さん。出てこないのならもう一度撃ちますよ」
その言葉を聞いて扉がゆっくりと開く。
「……
右腕に銃弾を撃ち込まれ血を流す水姫と後ろで両手を上げた
異能者に埋め込まれたマイクロチップの位置情報を轟の腕につけたウェアラブル端末が探知したのだろう。
「痛い……痛いよ」
「
水姫が涙を流しながら右腕を押さえていた。その様子は痛みと恐怖でパニックになっているようだった。右腕からは血が滴り落ちている。銃弾が栓となって出血が多少は抑えられているようだ。その後ろで
2人の足元にもう1発銃弾が撃ち込まれる。運良く誰にも当たることはなかったが2人を恐怖に陥れるには十分だった。
今までは"ゲーム"という名目があったから拳銃を使用していたとしても恐怖感は薄かった。そして何より異能者と一般人集団で対処していたことも多い。屋上にいる人数は明らかに先程の人数より少ない。
しかも相手は実験でもゲームでもない。明確な殺意を持って拳銃を向けている。
「先生の言うことが聞けますね?」
轟が不気味な笑みを浮かべる。賢仁は顔を青ざめさせて黙ってこくこくと頷き水姫は依然として体を震えさせた。2人は屋上の出入り口で動きを止めた。
「……全員は難しくなってしまいましたがここにいる異能者を排除できうるかぎり排除します」
轟は屋上にいる4人に宣戦布告をしたのだ。轟の頭の中には桜が舞い散る光景が浮かんでいた。
*
桜が舞う中で
大学のキャンパスには桜がたくさん植えられており花見をする学生達でごった返していた。その中に轟もいた。よく名前を知りもしない学友と笑い合っていた。
轟の入学した大学は有名私立大学でこの大学に通うことができた生徒は有名企業か公務員になれること間違い無いと言われていた。入学できた者は『人生の勝者』と呼ばれるほどだった。
そのせいか学内の雰囲気は薄暗い世の中とは反対に馬鹿みたいに明るい。
世の中は不景気だ、増税だ、高齢社会だと言われているのにここにはまるでそんな社会的不安なんてこの世に存在しないのだ錯覚してしまうぐらいに眩しい。多分桜の木の下で缶ビール片手に騒ぐ学生達に世の中の濃い影など見えていないのだ。これからそんな世の中に放り出されると言うのに。
轟はトマス・モアの『ユートピア』のようだと思った。この空間だけ社会から切り取られた"どこでも無い場所"のように轟には感じられた。
ここに通うことのできる生徒の殆どは経済的に恵まれている。轟も恵まれている方ではあったが毎日遊び呆けられるほどではない。奨学金を借りてやっていけている状況だ。
世の成功者となり莫大な益を得ることのできるようになった者はこの大学に寄付を行う。こうして卒業生を通して経済界と深い繋がりを得た大学は力を増していくのだ。
もっと金のある生徒が欲しい。
もっと経済力があり名を上げた卒業生が欲しい。
もっと大学のブランド力を上げたい。
そこに純粋な学びの場はあったのだろうか。
少子化が進み大学が少なくなっていく中、大学は生き残ることに必死で学生の学びなど二の次になっていた。いつから学びが破綻していたのか轟には分からなかった。ただ自分がやってきた時にはこうなっていた。
あったのは学校名を掲げて遊び呆ける生徒達と面倒そうに講義をする教授だけだった。
莫大な学費は安定した明るい未来を得るにはあまりにも大きな対価だった。しかしそれだけの対価を払わなければこの世の中を渡り歩いて行くことはできない。その矛盾に轟は苦しんだ。
入学まで漕ぎ着けても学費が払えずリタイアしていく生徒も多い。本当に学び続けたい者が諦めなければならない状況を目の当たりにして轟は唇を噛み締めた。
そんなことを考えている轟も今、その生徒達の馬鹿騒ぎの中にいて上辺だけの付き合いの学友と笑い合っている。轟はそんな自分が惨めったらしく思えた。
轟がふと桜並木の向こう側に視線を向けた時に1人の女子生徒の姿が目に入った。
桜の木の下でボロボロになった紙の本を読んでいる。
今時紙の本を読んでいるのも珍しいがなによりもその瞳がどの生徒とも違う、輝きで満ちているのが気になった。
轟はふらりとその場を離れると1人で夢中になって本を読む女子生徒に声を掛けた。
「……紙の本……珍しいですね」
「ええっ?あぁ!ごめんなさいお金ないから中古の本なんですっ!」
女子生徒は慌てて本を閉じると早口にそう言った。轟は女子生徒の飾らない態度に目を白黒させた。
このキャンパスにいる者達は「お金がない」なんて口が裂けても言わない。無理をしてでも金持ちを装おうとする。キャンパス全体でそんな雰囲気が漂っているのだ。
轟は声を出して笑った。笑う轟を見て女子生徒は不思議そうな表情を浮かべた。
「そんなに可笑しかったですか?紙の本外で読むのやめた方がいいのかな……。みんな電子だもんね……」
「いや……すみません。笑うツボがおかしかっただけで……。僕は轟大和と言います。名前聞いてもいいですか?」
女子生徒は目を瞬かせて満面の笑みを浮かべて答えた。
「えっと……深海侑です」
轟と侑が心を通わせ合うのに時間はかからなかった。
「私、妹がいるの。まだ小さいんだけどね」
轟が一人暮らしをする部屋に侑がやってきた時ぽつりと侑が自身のことを語り始めた。視線の先には轟が入れたホットココアを入れたマグカップがあった。
「妹には絶対幸せになって欲しいの。妹もだけどこの世界に生きる子供達全員、異能者の子供達も。だから教師を目指してるんだ」
轟は"夢"を語る侑がひどく眩しく見えた。"夢"を語るような世の中でも雰囲気でもないのに堂々と口にすることのできる侑が珍しい存在でもありずっと側で見守っていたいという気持ちにさせた。
轟は侑が経済的に苦しく妹の世話までこなしていることを知っていた。それでもこの有名大学に進学して目指すべき場所を見据えている。苦しみながらもどんどんと前に進んでいく侑を心から愛していた。
「私絶対に負けない。どんなに貧しかろうが、女だろうが、不況だろうが、人類が滅亡しそうになったとしても関係ない!私は私の力で妹と幸せになる!」
満面笑みを向けてガッツポーズをしてみせる侑を見て轟は微笑んだ。
「さすがに人類滅亡は言い過ぎだよ」
そう言って侑の頭を軽く撫でたのを覚えている。くすぐったそうに笑う侑の笑顔が忘れられない。あの時は侑さえいればどんな未来が待っていたとしても大丈夫だと思えた。
2人は異能者に関わる職に就いた。
侑と轟は在学中から異能者に興味を持っていた。そのこともあり侑は異能者の教師に、轟は異能者の研究機関の道へ進んだ。
「頼に手紙書いちゃった。……あの子元気でやってるかな……」
「侑、まだ出勤1日目ですけど。そんなんで大丈夫?」
「心配なの。」と言って頬を膨らませる侑を轟は愛おしく思っていた。これから2人保護区で働くことができると思うと心が弾んだ。
楽しい日々が続くと思っていたのも束の間。侑は段々と元気を失っていった。妹への手紙は元気を装っていたけれども轟へ見せる顔は俯いていた。
「……異能者の子供達の扱いが酷すぎる……。まるで実験動物じゃない……」
「彼らは僕達とは違う。ある程度は仕方ないさ。その代わり彼らの生活に不自由はない」
頭を抱える侑に轟は首を傾げた。轟には侑が深刻に悩む意味がわからなかった。
「どうして私達保護区の職員に銃撃訓練と武術訓練があるの?そんなの聞いてない……。あの子達マイクロチップを入れられていることも知らないのよ」
「それほど神から授かった物が大きいんだよ。もし暴走でもされてみろ。僕達は武器で対抗するしかない。異能者の管理ができなくなれば社会は危険に晒される」
「管理……?あの子達は……私たちと同じ人間よ」
侑は力無く項垂れた。その様子を見て轟は心を痛めた。
侑は責任感が強いから異能者に対してそんな風に感情移入してしまうのだ。轟は研究者として異能を目の当たりにして異能者は自分達とは違う生き物なのだときっぱりと区別するようになっていた。
「特に人に暗示をかける異能は危険だ。彼の反抗的な思想が尚更心配だ。犯罪者になりかねないから政府の目の届くところに保護しておくべきだろうね。それがお互いの幸せのためだ」
「……心司君はそんな子じゃない」
侑は危険だと言われる異能を持つ少年にかなり肩入れしていた。辛抱強く彼に寄り添おうとしていた。
轟は侑の行動を不思議に思いながらも侑の行動を見守っていた。もしかすると侑の話す通り、異能者も自分達と同じ生き物なのかもしれないと思いかけた。
「
侑が明るい表情をするようになり始めた時に悲劇は起きた。
異能者の少年が暴走事件を起こし死亡した。
それを止めようとした侑も暴走を止めようと協力した警官と共に亡くなったという。
「……どうして。侑は異能者に寄り添って誰よりも異能者のことを思ってきたのに?!どうして異能者に殺されなければならない?神から恩恵を受けてもまだ何か足りないのか?不自由ない生活があっても?侑は不自由な生活の中でもお前達のために働いていたのに?ふざけるな!」
轟は自室で怒鳴り散らしていた。横で笑う侑の姿はない。
(異能者は早く社会から消さないといけない……。政府にも社会にも知らしめなければならない。異能者の危険性を……。経済的なアイコンに使っている暇はないと)
*
轟の宣戦布告を聞いてはじめは凍りついてしまい声を出すことができなかった。
(水姫が撃たれた…手㎜俺も殺される。ここに特殊部隊がたどり着くまで時間を稼げるのか?いや先生が先に行動を起こすだろ……。
やっぱり俺たち異能者は一般人にとって敵にしかならないのか……)
恐怖に包まれた屋上で第一声を上げたのは頼だった。いつもと変わらない淡々とした口調で答えた。
「……私、"ギフト持ち"なんだ。今まで隠してたんだけど」
轟の目が今までにないくらい見開かれた。その場にいた誰もが驚きの表情を浮かべる。水姫はまだ1人恐怖に囚われながらも頼を見ていた。
「私の異能は……未来をみること」
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