第23話 正義

 隼人はやとはサイレンの音を耳にしながら頼と初めて出会った日のことを思い出していた。

 4年前、中学生だった隼人は「異能者暴走事件追悼式典」に参加していた。

 式典の主催者の一人に警察本部の警備部で働く隼人の祖父である太兵衛たへえが含まれていることもあって隼人も参加を要請された。隼人も異能者暴走事件で警察官である父を失った被害者であり式典参加の対象者でもあった。


(こんな式典開いて何になるんだよ)


 隼人は中学生になると大人に対して反抗するようになった。規則通りに制服を着ることは無く、ピアスもしていれば髪も金髪に染め上げている。警察一家の息子は絵に描いたような不良息子へと成長していた。


「可哀想に。お父様が亡くなられて息子さんは荒れちゃったのね」


 近所の住民から隼人はそんな風に評価されていた。幼いころの隼人は正義感溢れる真面目な少年だった。父から剣道や逮捕術を教わり自身も警察官になることを夢見ていた。小学生に入ったばかりの頃、父を失うと隼人は夢から目を逸らすようになっていた。


 幼いころのように「警察官になる」という言葉を発することはなく淡々と日々を生きる。家の中で父に関わる言葉を口にしようものなら母はすぐ涙を流した。母は父の死を嘆くばかりで変わっていく息子を気にかけることはなかった。


 学校へ足は遠のいていったが勉強と剣道、柔術は自分で続けた。


 学校は自分にとってどうでもいいもので溢れていて隼人はその中に身を置くことに疑問を抱くようになった。不良の恰好をすることで警察一家というレッテルへの反抗だけでなく周りから距離をとることができた。


 派手な恰好から喧嘩を吹っ掛けられることもあったが父から習った武術で対処した。こうして隼人は不良のフリから正真正銘”喧嘩の強い不良”になった。


 そんな隼人を叱る者は何もいなかった。太兵衛も「お前の選択がお前の人生に返ってくるだけだから知らん」と大声で笑うぐらいだった。現役の警察官が不良の孫に言う言葉ではない。

 そんな気の置けない祖父の申し出を隼人は断ることができずにこうして会場にやってきた訳なのだが隼人の目の前で参加者同士の小競り合いが巻き起こっていた。


「弱い者を殺す異能者なんてこの世から消えてなくなればいいんだ!」

「異能者も人の子だぞ……。聞けば加害者の異能者も精神的に追い詰められてそうじゃないか。あんたの言ってることは人権侵害だぞ。そんな思想じゃ死んだ人たちが浮かばれない……」


 一人の男は腕に赤い腕章を身に付けており声高々に過激な思想を説いていた。被害者を焚きつけるために異能者排除派団体の一員が紛れ込んでいたらしい。

 男の言う弱い者は「不況の中を生き残れなかった者」を指すのかそれとも「異能を持たない者」のことを指すのか隼人には判別できなかった。


 赤い腕章の男が拳を振り上げるのが見えた時隼人は反射的に動いていた。


 殴られそうになっていた男性の前へ躍り出ると迫ってくる拳を自身の腕で受け流す。直ぐに伸びてきた男の腕を取ると男の背後に回りつつ膝裏に自分の足を入れて男の上体を崩した。


 殴られかけそうになった男性が直ぐに警備員を呼んで事は収まったが隼人は自分の行動に驚いていた。


(どうして動いたんだ?異能者に親父は殺されたんたぞ。排除派団体の方が正しいことを言っていたはずなのにどうして……)


 隼人は視線を感じて顔を上げると近くに少女が立っているのに気が付いた。

 真っすぐな黒髪に自分とは異なる中学校の制服。その目元にはうっすらとクマが見える。

 手には慰霊碑に献上する花束が握られていることからあの事件の関係者なのだと分かった。


「あの……名前は?」


 思いもよらない言葉に隼人は一瞬表情を強張らせたが素直に答えた。


「……桜島隼人さくらじまはやと


 その言葉を聞いて少女は納得したように頷いた。


「桜島さんってこの式典を主催してる人だ。ということは殉職された警察官の桜島さんの息子が……君?」


 隼人の父はちょっとした有名人だった。報道番組では「異能者暴走事件にて警察官名誉の死」なんて謳われた。隼人の父は異能者の少年を止めるために少年の関係者と共に奮闘したらしい。

 父の英雄譚を報道番組製作者はかなり食いついた。隼人や太兵衛にまで取材を持ちかけられたが太兵衛はきっぱりと断った。


「俺の息子は英雄なんかじゃない。静かにさせてやってくれ」と言って追い払った。隼人はその瞬間、堂々とした太兵衛の大きな背中に目を細める。


「警官は殉職すると階級も上がるし周りからは名誉の死なんて言われる。だけどな、この世に名誉の死なんてものはない。死者を労う言葉に過ぎないのさ。

人の死に意味はない。……ただ悲しいだけだ」


 太兵衛はそう言って力なく隼人に向かって笑う。隼人は太兵衛の言葉と、笑顔を生涯忘れることは無いだろうと思った。


 この目の前の少女も下らない報道特集をみた野次馬なんだろうかと怪しがって見ていると少女は話を続けた。


「私は深海頼ふかみらい。この事件で亡くなった桜咲高等学校に勤めていた深海侑ふかみゆうの妹。あなたのお父さんと行動を共にしていたのは私の姉」


 隼人は言葉を失った。父と最期に異能者の少年を止めに奔走していた人物の関係者にこんな所で出会うとは思っていなかった。


 2人は会場に設置された休憩スペースの椅子に横並びに座った。


「それで?親父と一緒に行動していた政府関係者の妹であるあんたが何の用だよ」


 頼は正面を向いたまま感情の籠らない声で続けた。


「私はこの式典で姉の最期がどんなものだったのか聞いて回った。姉は……最期まで生徒である異能者の味方だった。暴走した少年を傷つけずに救おうとしてた」

「教え子だもんな。異能者でも情は湧く」


 隼人は自分の太ももの上で頬杖をつきながら答えた。隼人は父を殺した異能者の少年を許さなかった。ただ異能者全体が憎いかと問われるとよく分からない。どちらかと言えば嫌いだろうが先ほどの排除派団体の男のようにこの世から一人残らず消したいかと言われれば違う気がする。


「姉は異能者が保護区で不当に扱われていることを知ってどうにかしようとしてた。短い時間しか生きることのできない異能者の自由が研究によって奪われていくことが許せなかった」

「え……?」


 隼人は頼から異能者の少年が追い詰められていった経緯を話した。話を聞き終えた後で隼人は大きなため息を吐いた。


「あんたの姉の影響で親父が正義感燃やしたわけだ。助けを求められたらすぐに応じちまうから……一緒に引きずりこまれる。

正しいことをしても世界は何も変わらない。そんな物の為に死ぬんだったら正義なんて捨てれば良かったんだ」


「そういう桜島君も正義感が強いと思うけど」


 隼人は思いもよらない言葉に勢いよく頼の方を見た。頼は変わらず真顔で正面を向いている。


「……俺のどこが?」

「さっき異能者排除団体の人を身を挺して止めてたから。

多分桜島君にとってはどっちが異能者のことを話題にしていようがいまいが関係なかったんじゃない。目の前の暴力に対して行動を起こした」


 隼人は自分の行動の理由が分かってもやもやとしていた気持ちが晴れ渡っていくのを感じた。


「……そうか。俺は……いつの間に正義とやらのために動いてたのか……」


そう言って隼人は小さく笑った。父親と同じようなことをしている自分が可笑しかった。


「私も姉と桜島君のお父さんと同じように正しいことをしたい。異能者を取り巻くこの窮屈な世界を変えたいんだ」


 頼は真っすぐに前を見て力強く言った。隼人は頼が大真面目な顔で冗談みたいなことを言うので思わず笑ってしまった。隼人の笑顔につられて小さな笑みを作る。


「もしその時になったら桜島君にも協力して欲しい」


 この言葉の意味は数年後判明することになるのだがこの時の隼人は曖昧に頷くことしかできなかった。


*


 隼人は偶然にも頼と同じ高校に通うことになった。

 中学では最低ラインの出席率をキープすることができテストもそこそこできたので卒業するのに問題はなかった。高校生活もそんな風にして過ごして行こうと考えていた。


 当然この派手な見た目と隼人の噂は人を寄せ付けなかった。一人を除いては……。


「俺、朝日賢仁あさひけんじっていうんだけど宜しく。どこ中だったの?」


 隼人の噂を知ってか知らずか賢仁は席が隣の隼人に積極的に声を掛けてきた。隼人はクラスの誰に対しても分け隔てなく接することのできる典型的な優等生だった。


(こんな奴がいるなら学校に来てみてもいいかもな)


 隼人がそう考え始めたのも束の間、隼人に厳しく当たる男性教師が現れた。隼人が教室にいるだけで校則破りな見た目が気に入らないらしく何かにつけて因縁をつけてきた。

 わざと隼人を指名したり生徒の前でその見た目を貶したりした。


「お前のような奴はな社会にでても金を稼ぐことが出来なくて落ちぶれていくんだ。この不況下だ。お前みたいなやつを雇う会社なんていないだろうよ。警察一家だからって調子に乗りやがって。こんな頭で世の中生きていけると思うなよ?」


 そう言って問題児の隼人に生徒指導という名の憂さ晴らしをするようになった。


 隼人は学校に通い始めて教師が質の悪い人間であることを学んだ。


 校則を破っていることに怒るのは分かる。ただそれとは関係ない人間性や家族構成について悪口を言われるのは違うと感じていた。


 教師も人間だ。気に入らない生徒がいて当然だが学校という狭い空間で生徒を痛めつけるのは如何なものかと思う。お気に入りの生徒は下の名前で呼び、それ以外は名字で呼ぶというように驚くぐらい生徒の好き嫌いを態度に表した。


 学校は社会の縮図とはよく言ったものだ。生徒同士のトラブルを指して大人たちはよくそう言って笑うが隼人に言わせてみれば違う。


(教師の行動も含めて社会の縮図だな。クソみたいな社会の)


 周りの生徒達の反応は隼人が不良であることと教師に目をつけられ成績を下げられでもしたら困ると見て見ぬふりをしているのが大半だった。


「先生。髪を掴むのは体罰に当たりますよ。止めてください」


 賢仁だけは隼人を庇った。優等生の賢仁には何も言えないらしい。不機嫌そうな顔をして電子黒板を操作するタブレットに目を移した。


 授業後隼人に見た目をどうにかしろとか言うのではなく「あんなの気にするなよ。校長に言った方がいいんじゃないのか」と心配までしてくれた。


 隼人は初めて賢仁という同級生を信頼することができるようになったが教師と上手くいかず再び学校から離れて行った。


 そんな時に頼から連絡があった。


 警察本部警備部の本部長へと昇進した太兵衛にも話したいことがあるらしく3人が揃うように日程を調整して欲しいという内容だった。


 隼人は一か八か太兵衛に頼のことを伝えた。



*


「……協力していただけませんか」


 後日桜島家にやってきた頼は隼人たちに向かって深々と頭を下げていた。その姿に一番困惑していたのは太兵衛だ。


「深海さんのそれは全て想像だろう?そんな展開になったとしたらあの日と同じ大事件になるってことだぞ?」


 隣で聞いていた隼人も現実的ではない展開に開いた口が塞がらない。頼の考案したゲームの展開は警察のしかも特殊部隊を必要とするようなもので、偶然にも太兵衛が特殊部隊を管轄する部署にいた。

 ゲーム後必ずとどろきが異能者の研究データを取った後自身の復讐をするために暴挙に出ると頼は口にした。



「ゲームを始めなければいいんじゃないか?」

「それじゃあ何も変わらない!異能者が実験対象としてあり続けるだけ。今動かないとダメなの!」


 隼人の言葉に冷静沈着な頼が珍しく声を荒げる。


「このゲームで世界を変えることができるかもしれないんです。


私は……どんな社会状況であろうとも異能を持っていようと持っていなかろうとも、自分の持つ力で生きていけるのだと伝えたい!


生き方を選ぶのは社会でも大人でも何でもない自分達なのだって!それが……姉の悲願だったから。

 それに姉の恋人の暴挙を止めたい。このゲームがなくてもいつか轟さんは異能者を傷つけてしまう!」


 隼人の祖父は困ったような表情を浮かべていたが頼の熱意に負けたように声を絞りだした。


「……分かった。俺も10年前のような大惨事はもうごめんだ。かと言って何の確証もなく動けねぇからな……。

その轟というやつを調べて少しでも怪しい点が見つかれば動こう。武器を収集してるとか犯罪者に接触してるとかの証拠な。

但し何もなければ協力はしない。いいな?」


 太兵衛の言動に驚いた。

 一介の女子高生が警察組織を動かしたのだ。それは頼の熱意でもあり長年異能者について調べ続けた情報量のお陰でもあった。


 何より10年前の被害者同士という繋がりが事をスムーズに進ませた1番の理由だろう。頼は深々と太兵衛に頭を下げた。


「10年の時を超えてまた桜島家と深海家が協力して時間に立ち向かうなんて……。これが因果ってもんかね?お嬢ちゃんの姉ちゃんにはうちの馬鹿息子が世話になった。礼を言わせてもらうよ。

正義を貫いてくれてありがとう」


 その言葉を聞いて頼は一瞬唇を噛み締めるような表情を見せたがすぐに隼人の祖父に向き合った。


「……いいえ。姉が正義のためにあなたの息子さんを巻き込んでしまったこと。心よりお詫びします。それと……ありがとうございました」


 頼は何かに耐えるように頭を下げた。


 その後、轟が武器を集めているという不審な動きが掴まれた。しかしその不審な動きは既に政府関係者に許可を得たものだったのでその時点で轟を押さえつけることはできない。

 ゲーム会場周辺に特殊部隊が控え、隼人の合図で制圧するという段取りとなったのだ。


 ゲーム参加に乗り気ではなかった隼人だったが賢仁から連絡が来たことで決意を固めた。


(これもきっと深海の手回しなんだろうけどいいさ。協力してやろう親父が命を賭してでも貫いた正義のために)


*


 特殊部隊に拘束されていく仲間達を屋上から見下ろして轟は呆然としていた。


「これでゲームは終わりだね。轟さん」


 頼の言葉に轟は大きなため息をついた。はじめはやっとこの男が自分たちの命を狙うことを諦めたのだとそう思った。


「すみません頼。私は最後まで意地汚く足掻かせてもらいますよ。侑のために……」


 轟は頼とはじめに向かって手にしていた銃の引き金を引いた。


 青空の下、無機質な銃声が鳴り響く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る