第22話  救い

 屋上で頼ははじめの前に立ちはだかっていた。


 とどろきがはじめに向けていた銃口は自然と頼に向けられることになる。らいも龍馬から受け取った銃を轟に向けていた。


 澄み渡るような青空を背景にお互い銃を突きつけ合う。

 爽やかさと緊迫感が混ぜこぜになった光景にはじめは酔ってしまいそうになった。


「頼。そこにいると危ないですよ。これで世間は十分に異能者の脅威を思い知ったでしょう。カメラは全て停止しました。あとは1人ずつ排除するだけ」


「"異能の成長"を確認できればあんたのゲームは終わりじゃなかったのか?」


 頼の後ろではじめがぶっきらぼうに問いかける。


「表向きはそうですね。私のゲームはまだこれからなんですよ。

政府には研究資料としてこの映像を託して私は君たち異能者を排除してゲームを終える予定です」


 轟が銃を下ろす気配はない。

 その答えを聞いてはじめは顔を真っ青にさせた。はじめの反応とは裏腹に頼はいつも通りの無表情だった。


「何なんだよこのゲームは。表向きは一般人との交流で裏では社会を変えるためだの俺たちを始末するためだの……」


「頼は冷静なんですね。貴方達も一般人だからといって容赦はしませんよ。私たちに反撃してきたんですから。異能者に肩入れできるのは今のうちです。政府の職員でも異能者をよく思っていない者たちはいますからね」


 轟はそう言って頼を脅した。一般人であれば攻撃対象にならないと思って余裕ぶっているのかと考えたが頼の表情が大きく変わることはなかった。


(まだ何かあるのか?)


 轟は頼にゲームの話を持ちかけられた時から並々ならぬその雰囲気に圧倒されていた。全ては頼の想定通りに動いているように思えて轟は薄気味悪さを感じていた。

青空をバックにしたこの舞台も彼女が用意したものではないかと疑う。


 轟がこの企画に乗ろうと思ったのは頼が侑の妹だから、自分の復讐心が満たされるからという理由だけではないと思い始めていた。


(もしかして私は頼の思い通りに動かされているのかもしれない。まるで暗示の異能者のようだな)


 轟は頼を憎らしげに見つめた。銃を真っ直ぐに構え、ブレない信念を持つ姿は侑と重なる。見た目や雰囲気は大きく異なるのにふとした表情や行動は侑を思い出させて轟は時々銃口を上手く合わせることができなくなる。


「……俺はどうなったっていい。幼馴染達を傷つけるのはやめてくれ……ませんか。先生」


 頼の後ろではじめが必死に訴えた。はじめにとって桜咲高等学校の生徒達は幼馴染であり異能を持つ者同士、数少ない理解者だった。かけがえのない存在だった。


「いくら異能者でも武装された集団に囲まれたらただじゃ済まない。お願い……します」


 はじめが頭を下げたが効果はなかった。


「佐藤君。悪いけど要望には答えられません。異能者と僕らでは分かり合えないんですよ。侑だってあんなに異能者に向き合ってきたのに……。全て無駄にされたんだ。

君達の異能はまだ未知の力を秘めている危険な存在なんです。貴方達自身すら自分の力がどういうものか理解していないでしょう。侑のような悲劇を起こさないためには早めに排除しなければならない。分かりましたか?」


 轟はまるで授業で理解を示さなかった生徒に言い聞かせるかのように淡々と答えた。はじめは必死で両足に力を入れた。そうしなければ膝から崩れ落ちてしまいそうだったからだ。


(嫌だ……あいつらを殺されたくない)


 絶望して放心状態になったはじめを頼は肘で小突いた。自分の横髪を耳にかけるような仕草をするとはじめに背を向けたままただ一言呟く。


「大丈夫。誰も死なせない」


 はじめは感情の籠らない頼の言葉を聞いて我に帰った。その言葉ははじめを励ますような力強さも優しさもない、ただ事実を述べているだけだった。なのに不思議とはじめは冷静さを取り戻していた。


「……何か策があるっていうのか?」

「……"救いはある"。」


 頼は振り返ることなくはじめに答えた。

 そのセリフは神に縋るようなもので現実的に対処してきた頼らしくない。そのすぐ後に頼のゴーグルから微かに小さな音が聞こえた。はじめは疑問に思って頼に問いかけようとしたが轟の言葉に掻き消されてしまう。


「私の合図で仲間達が一斉に異能者排除に乗り出すでしょう。これで本当にゲームは終わりです。私も本気で佐藤君を撃つ」


 轟が左腕につけたウェアラブル端末に触れようとした時だった。

 校庭にサイレンの音が鳴り響いた。


「……警察?何故こんなところに?警察からも許可を取った企画だぞ?」


 轟は思わずフェンスに駆け寄って校庭を見下ろした。いつの間にか学校の周りは覆面パトカーに囲まれている。

 校庭には「POLICE」と書かれた紺色の制服に身を包んだ集団が黒色の異能者排除団体のフリをした政府の職員を取り囲み制圧していた。殺傷能力の高い銃であるサブマシンガンや防弾盾を装備していることから普通の警察ではない、特殊部隊がやってきたのだと轟は悟った。


「これも頼の計画のうちですか!?」


 動揺を隠せない轟が勢いよく頼の方に顔を向けると頼は表情を変えずに素直に返答した。


「桜島君の家族が警察官だから助けてもらった」


 はじめは頼の計画性と実行性に戦慄していた。


(さっきのは髪をかき上げてたんじゃない。仲間に連絡を取ってたのか……。

それにこれだけの人数を短時間で田舎の廃校に呼ぶのは不可能だ。こうなることを予測して前もって準備していたということになる……。子供一人のために特殊部隊が動くものなのか?一体こいつは何者なんだ?)


 はじめは異能を使わずして異能者に立ち向かい、政府の関係者とも対等に渡り合う頼が眩しくもあり恐ろしくもあった。




*


 頼が隼人に通知を送る数分前、異能者排除派を追いやったゲーム参加者達は再び美術準備室に集合していた。


「これでゲームは終わりなんだよね?僕達の勝利ってことでしょ?何の音沙汰もないのはなんで?」


 龍馬の大きな独り言に誰もが答えられずにいた。あれからイヤフォンマイクを兼ね備えたゴーグルから通知が来ることはなく、依然としてスタッフは拘束されたままなのだ。


「終わりじゃない。あいつらにとっては始まりだ」


 隼人はやとが窓を見下ろし校庭の様子を伺いながら答えた。窓からの光で隼人の金髪が光をたたえて美しく見えた。


「なんだよ。まるであいつらのことを知ってるみたいな言い方。もしかしてお前も異能者排除派なのか?」


 力人りきとがじろりと隼人を睨んだ。


「俺は深海ふかみから全てを聞いてる。あいつらの正体もこのゲームの本当の目的も」


 隼人は全てをゲーム参加者に打ち明けた。

 異能者排除派が政府の関係者であり、異能者の実験のためゲームと称して手荒な行動に出ていること、頼が異能者と一般人の取り巻く世界を変えようとしているのだということを伝えた。そして政府側の黒幕が異能者排除の思想を掲げており研究を超えて異能者を殺しにかかってくるという頼の予測も合わせて話した。


「あのコケシ女が全ての元凶でお前が協力者ってことじゃねぇか!それに異能者を保護する立場の政府が何で俺らを殺しにかかってるんだよ!」


 力人は隼人の胸ぐらを掴んだ。それを弓月ゆづきが自分の怪我を庇いながら力人を止めに入る。


「やめな力人。最初から政府だって訳のわからない存在の私達を信じちゃいないんだよ。薄々感じてたけど私達は実験体で国にも一般人にも人としてみてもらえてない」


 弓月はそう言って力なく笑った。その様子を見て力人は隼人へ加えていた力を弱めた。


「そうだとしてもこんなゲームさえなければ俺達はこんな風にならなくても済んだ!怪我もしないで何も知らずに分かり合える奴だけで平和に生きていった方が良かっただろ!」

「そうかな?いつか僕達に死ぬかもしれない苦痛を伴う研究を始めるかもしれない。その前に政府の本性を知ることができて良かったよ」


 りつがふんっと鼻を鳴らして答えると力人はその答えを聞いてもまだ納得していないような顔をしていた。


「でもどうして頼はそこまでするの?こんなに沢山の人を動かして、世間を騒がせて……」


 春華しゅんかは床に座り込みながら呟いた。


「深海はあの異能者暴走事件で家族を亡くしてる。俺も警察官だった親父が亡くなった」


 隼人の告白にその場にいた全員が緊張感を高めた。

 春華は隼人の告白を聞いて「……やっぱり。頼はいろんなものを抱えてたんだね」と呟く。物寂しげで線香の香りが漂う頼の家を思い出しながら顔を俯かせた。亜里砂ありさが弓月の体を支えながら凍りついた空気を気にしながら小声で話し始めた。


「だとしたら……おかしいよ。異能者を憎むはずの人が異能者のために危険を冒すなんて……」


「憎むべきは異能者ではなくて社会構造だと深海は考えてる。俺も中学生の時追悼式典で深海に会うまではそんなこと考えもしなかったけどな。

異能者の扱いを知ってそう考えるようになった。異能者という存在を消して解決するような問題じゃないんだ」


 隼人が言葉を選びながら答えると李帆りほが突っかかるように口を挟んだ。


「……社会が悪いって……。

だったら私達に何ができるのよ?これから政治家にでもなればいいの?

このゲームを通して社会が変わるとでも思う?そんな訳ない。明日からまた変わらない日常が始まるだけ。深海頼のやってることは無駄なのよ!」


「無駄なんかじゃないよ」


 水姫みずきがぽつりと呟いた。いつも弾けるような話し方をする水姫が真剣な声で話すのが珍しく桜咲高等学校のメンバーは驚いたような表情をしていた。


「少なくとも私たちは変わったじゃん。黒い人達を倒すために信頼しあえることができたし。異能がなくても自分の力を最大限に活かす神有高校のみんなが格好良く思えた。


社会を変えるのって実は単純なことなんじゃないかな。近くの人の心を変えていくことがはじめの一歩になるんだよ。たくさんの心を変えていくことができれば社会だけじゃなくて世界を変える力になるんだと思う」


 水姫の言葉に李帆は黙り込んだ。李帆を含め、周りのメンバーは自分の考えが変わりつつあることを自覚していた。


 異能があろうとなかろうと隣にいる人物は自分たちと変わらない喜怒哀楽のある人間だと実感することができた。黒い人物達に立ち向かっている時は自然と背中を預けられていたことに思い至る。

 水姫の考えに納得したために沈黙が生まれた。その沈黙を破ったのは賢仁だった。


「これから黒い奴らが一斉に異能者めがけて来るんだろう?あれだけの数を相手するのはさすがに無理だぞ」


 賢仁がリカーブボウを手にしながら隼人に問いかけた。


「ああそれなら大丈夫。が何とかするよ」


 隼人はゴーグルから頼の言葉を聞いた。



『救いはある』



 この状況のことではなく、まるでこの世界のことを言っているみたいだと思って隼人は少し笑った。


(深海。お前って天才だけど馬鹿だよな)


心の中で頼に一言物申した後、隼人は自身の手首ににつけられた腕時計の形を取ったウェアラブル端末からメッセージを送信した。


「爺さん。頼むよ」


程なくしてサイレンの音がゲーム終了の合図のように鳴り響いた。

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