第21話  ゲーム考案者の涙

 ゆうは一時的に意識を取り戻した。

 それは真夜中のことだった。丁度家族達が病室から離れている状況だったので侑の側にいたのはらいだけだった。侑の恋人も父に促されて席を外していた。


「お姉ちゃん!」


 らいは侑の側に駆け寄った。何かを伝えようと口をパクパクさせているのを見て頼は侑に近づいてなんとか言葉を聞き取ろうとした。


「……ら……い。いのうしゃ……を。うらまないで……ね」


 頼は初めて侑の発言を否定した。首を何度も横に振る。


「……ううん。……ううんむりだよ……。だって……お姉ちゃんがこんなになったのは……いのうしゃのせいだもん」


 頼が大粒の涙を流しながら否定すると侑は何故か頼に微笑んだ。ボロボロになった顔で包帯が巻かれてかろうじて見える口元から頼は姉が笑っていると分かった。


(どうして……。笑ったの?)


 そのすぐ後にナースコールと侑に取り付けられた器具からけたたましく警告音が鳴り響いた。


 侑の命が途切れる音がした。


 人の命が終わる時こんなに騒がしいものなのかと頼は耳を塞ぎたくなった。


*


 葬儀の後、頼は侑の恋人に話しかけられた。


「……はじめまして。君のことはよく侑から聞いていました。賢くていい子だと」


 轟大和と名乗った男は憔悴しきった様子で椅子に腰掛けていた。頼は侑に関わる式典の全てにおいて涙を流すことはなかった。侑が意識を取り戻して言葉を交わした時以降泣くことはなかった。泣けなくなってしまったという方が正しいかもしれない。


 頼は黙って轟を見上げていた。


「何かあったら連絡してください。きっと君の力になります」


 そう言って頼に名刺を手渡した。頼は名刺に難しい漢字が使われている中で"異能"という文字を辛うじて読み取り、この人も異能者に関わる仕事をしているのだと理解した。


 頼は名刺を受けとると轟に向かって「ありがとうございます」と呟いた。

あんなにヒステリックになっていた母が葬儀中や葬儀後も妙に静かで頼は不気味さを感じていた。


「命懸けで……育ててきたのに!どうして?どうしてあの子だったの?もうお終いよ。あんたが……あんたが男だったら良かったのに」


 いつの間にか母の不満の捌け口は頼に向けられるようになった。


「……やめなさい」


 父は母の暴走を止めて心療内科に連れて行った。母は薬を処方され頼に怒鳴り散らすようなことは無くなったが頼の心の中に黒いしみは残り続けた。母の顔つきは怒ってはいるもののその端々に悲しみを感じて頼は黙り込む。


(この人は悲しいんだ。お姉ちゃんがいなくなって悲しくて怒ってる。)


 泣きもせずただ母の感情を受け入れた。


 侑の葬儀から程なくして母も後を追うように亡くなった。働いていた会社の屋上から飛び降りたらしい。それによって父が弁護士やら賠償金やら会社から支給されたスマートフォンで対応しているのを頼は他人事のように眺めていた。幼い頼には自分の周りで起こっていることがよく分からなかった。父がたくさんの人に頭を下げて謝罪を述べている光景は覚えている。


 侑が亡くなったショックから頼の思考と感情は麻痺していたのかもしれない。


「人が死ぬってのは大変な出来事なんだよ……。残されたもんは悲しいだけじゃない。金とか手続きとか……現実に飲み込まれるんだ」


 父は侑の残された奨学金やら母が自殺した賠償金に生活費のやりくり、2人の葬儀代や段取りなどに奔走していたことを頼はだいぶ後になって知った。

 父の疲れたような途方にれた顔を頼は今でも覚えている。




*


 あの日から頼は夢中で勉強に励んだ。寝る間も惜しんでひたすらに侑の残していった参考書を読み漁った。

 2人の死から目を逸らすかのような行為を続ける娘に父は一冊のノートを渡した。


 中学生になった頼は色褪せたノートを訝しげに眺めた。その目元にはうっすらとクマが見える。


「……何これ」


 頼は軽くページをめくると懐かしい文字の羅列に息を呑んだ。このノートに書いたのは侑だった。


「それは侑の教員日記だ。自分でもつけてたみたいだな。正規のものはパソコンで作成して提出していたらしい」


 頼はペラペラと夢中で侑の筆跡を目で追った。


「それとこれも」


 そう言って父がもうひとつ手渡したのは少し厚めの冊子だった。


「少ないけどな。お前達のアルバムだよ」


 頼はパラパラとページをめくった。写真も電子アルバムや電子媒体として保存されることが多い今、フィルムカメラで紙のアルバムを作っている家庭は珍しい。写真も現物で手元に置きたいというニーズもありフィルムカメラは辛うじて生き残っていたが最近生産を中止したというのを耳にしたばかりだ。

 学校行事の写真も全てスマートフォンなどの電子媒体に送られるようになっている。


 幼い侑の写真から始まって、赤ん坊と頼、制服を着た侑の姿が目に入る。母は見たことのない笑顔をカメラに向けていた。母の笑顔を見るのは初めてかもしれない。侑の変わらない笑顔を見て頼は懐かしい気持ちになった。


「母さんはお前のことを嫌ってたわけじゃない。悔しかったのさ。才能のあるお前を学校に通わせられなくて。侑もいい職に就くことができたけど先行きが不安だったんだ。何せこの世の中が不安定で脆いものだからな」


 それを聞いて頼は首を傾げた。


「そう?お母さんは私たちがお金を稼いで家計を助けることを望んでたんじゃないの?お金を稼げない女の私が家計を圧迫する存在だって嫌ってた。本当は男の子が良かったって」

「随分な言い方をするな。確かにお前ときちんと話をしなかったからな……。そう言われても仕方ない」


 父が困ったように笑った。


「本当は違うよ。お前達を幸せにしたかったのにできない自分に絶望してたんだ。

自分たちにもっと稼ぎがあって生活を楽にしてあげられたら、男として産んであげられれば……。まあお前達にとっちゃいい迷惑だったろうな。……俺も働くことに必死でお前達に寄り添えなかった」


「……何それ。今更そんなこと言われたって……」


 頼は唇を噛み締めた。母は勝手に頼達を"貧しい家庭に生まれた不幸な子供"と憐んでいたらしい。ついでに子供達が歩いていくであろう未来の雲行きが怪しく順調に歩んでいた侑の人生でさえ悲観していた。そして今までの頼達の仕打ちは全て愛情の裏返しだったというのだ。


「ろくに話もせずに逝っちゃったから分かるはずない……。お母さんがどんな考えを持ってたかなんて。たとえそんなことを思ってたとしても私は忘れない。お母さんが私に言ってきた言葉を……」


 父は頼を眺めながら大きなため息をついた。



「ああ……そうだな。どれだけ時間がかかってもいい。いつか父さん達を許してくれたら嬉しい。

侑も母さんもただ生きてくれさえすりゃあ良かったのにな……。どんなに生きにくい世界だろうと、どんな未来だったとしても家族で一緒にいられればそれで良かったんだ」


 父の言葉が虚しく部屋に響いた。

 自室に戻った頼は父から預かった侑のノートを真剣に読んだ。


 異能持ちの生徒達の様子、自分の考えなどが簡潔に美しい文字でまとめられている。ノートを読み進めていくうちに侑が異能者の扱いについて疑問に思っていることがまとめられていた。『まるで実験体のようだ』という言葉が頼の心に印象深く残った。世間では華やかな存在としされていた異能者だったが実際は少し違ったらしい。


 そして段々と侑が事件に巻き込まれた大枠を理解することができた。


 人に"暗示"をかけることのできる異能を持った生徒が政府の異能者保護機関に疑問を持ち保護区から逃げ出した。その生徒を追いかけた結果、侑は捕まりたくない生徒の暴走に巻き込まれてしまったらしい。信じ難いがあの都市部の爆発は人を操る異能によって起こった出来事だったのだ。異能者である生徒も亡くなってしまったという。


 異能を目の当たりにしたことのない頼にとって御伽噺でも読んでいるのかという気持ちになった。そして侑が殴りつけるように書いたある文章に心打たれた。


『異能者は皆望んで異能者になったわけではないのにどうしてこんな目に遭わなければならないのか。このどうしようも無い社会から世界から子供達を救いたい。手を引いてこんな世界から連れ出したい』


(異能者を助けたいという人が異能者に殺された……。その異能者を追い詰めたのは何?)


 頼は侑が書いた"社会"と"世界"という言葉に釘付けになった。


(今ある社会と世界の仕組みがお姉ちゃんを殺したんだ……)


 頼はより一層勉学に励み異能者の情報を調べるようになった。調べていくうちに彼らの人権が蔑ろにされていることに気がついた。


 華やかな生活、SNSでのアイコン化は全て異能者の不遇な扱いを隠すためのものだった。新しい人種を政府はコントロールしたいようだった。


 異能者について書かれた報告書を読み頼は黙り込んだ。政府のウェブサイトから一般人に公開されているもので頼はその内容に黙り込んだ。彼らの寿命は短い上に政府に自由を奪われている。死後その体は研究のために使われるという。


 多くの人々は異能者の華やかな部分にしか注目しなかった。新しい人種を珍獣で見るかのように楽しむ者、不況に喘ぐ世の不満の捌け口を異能者に求める者も現れた。


(異能者だけが悪いんじゃない社会の仕組みそのものがおかしいんだ……。世間も好き勝手に異能者を解釈して差別してる)


 頼は侑が亡くなった悲しみを原動力としてこの社会、世界のおかしさを訴るための策を考え始めた。あの日轟から貰った名刺を引っ張り出すと頼は忙しくノートに鉛筆を走らせた。


 父の勧めで「異能者暴走事件追悼式典」というものにも参加した。あの日亡くなった人達を追悼するための会合で狂ったように机に向かう娘を気遣ってのことだった。頼が花を携えて受付をしている最中に騒動は起きた。


「弱者を殺す異能者なんてこの世から消えてなくなればいいんだ!」


 他の参加者と意見がぶつかりあったのだろう。参加者同士の小競り合いが始まりそうになった時金髪の少年が現れて殴りかかろうとした参加者の男性を止めた。


(逮捕術……?)


 頼は一目で警官が習う体術であることを見抜いた。

 頼の知る中学校の制服を身につけていたので自分と同じ中学生であることを悟ると頼は声を掛けた。


「あの……名前は?」


 少年は頼を訝しげに眺めていたが素直に答えた。


「……桜島隼人さくらじまはやと




*


「お久しぶりですね。深海頼ふかみらい……さん」


 とどろきと連絡を取ることができたのは最近だった。バイト先であるお好み焼き屋に呼び出した。柱の影から店主である岬が此方を覗き込んでいるのは分かりきっている。


「頼でいいよ。轟さんはまだ異能者保護区で働いているんだ」


 頼はわざと打ち解けたように轟に話しかけた。


「ええ。やっと桜咲高等学校の教師になることができましたよ」


 頼は轟を不思議そうな表情で見つめた。


「……へえ轟さんが先生に?お姉ちゃんと同じだ」

「私は異能者に復讐するために異能者の側で働いてきました。教師になった今私はやっと悲願を達成することができる……」


 頼は轟の嬉しそうな表情を見て凍り付いた。この男はあの日から異能者をずっと憎み続けていたのだ。そして今侑と同じ教師となりあの事件とは無関係な異能者を傷つけようとしていた。


「異能者には自身の生命が危機的状況に陥ると異能を更に進化させるらしいことができるらしい。侑を殺した異能者も追い詰められた結果、今までに見せたことのない強力な力を発揮した。この現象の解明を口実に異能者を社会から排除する流れを作ろうと思ってる」


 轟は瞳が生き生きとしていくにつれて頼の瞳は輝きを失っていった。過激な思想に縛られる轟に頼は失望した。異能者を取り巻く世界と社会を変えようという考えをこれから伝えようとしていたのに同意してくれそうにない。


(異能者を叩くだけじゃ社会は、世界は変わらない)


 頼は中学生の時構想し最近形にし始めたを轟の力を借りて実現しようとしていた。轟の異能者への憎しみ、偏った思想を聞き頼は落胆した。次の瞬間頼の頭にある考えが閃いた。


(轟さんの異能者を排除する計画を利用しよう。ついでにそんなくだらない計画も止めてやる)


 頼は轟に向かいあうと笑顔を浮かべて話し始めた。その笑顔を見て轟は何を思ったのか顔をこわばらせた。


「異能者とそうじゃない人達の未来を変える作戦を思いついたんだ。私の姉の葬いにもなると思う」

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